第5話 貸してやる
継ぎ目のない大きな一枚岩に手を置いたまま、奥から来る音の間隔を数えていた。
岩の向こうのさらに奥で、陽菜たちのいる側の天井が端から順に落ちてきている、その音だ。
さっきより、間隔が短い。
鳴るたびに足元の砂が震え、ヘルメットのライトの中を砂と小石が落ちていく。
粉っぽい匂いもさっきより濃い。
数えたところで止まるわけじゃない。
音が収まると、岩の上のほうにある拳ほどの隙間から陽菜の声が戻ってきた。
顔を上げ、隙間へ声を張る。
「そっち、全員いるか」
「いる。4人とも生きてる」
「怪我は」
少し間があり、声が隙間の真下まで近づいてきた。
「1人、動けない。盾役の子が、崩れたときにあたしたちをかばって脚を折った」
「意識はあるし、血もそんなに出てない。でも、自分じゃ歩けない。回復できる人もいない」
「あたしの光じゃ、この岩は割れない。撃ったら、上が落ちてくる」
隙間の上の天井を見上げる。
ライトに照らされた岩肌に、細いひびが何本も入っている。そのうちの1本から、砂がひと筋こぼれた。
「奥からは、出られないのか」
「奥はもう埋まってる。音がしてるのも、そっち」
「こっち、行き止まりなんだよね」
冗談みたいな言い方だった。でも笑えるところはどこにもない。
唾を飲みこんだのに、喉の砂ぼこりは落ちていかなかった。
「兄ちゃん、いいから戻って!」
「そっちはまだ帰れるんでしょ! だったら帰って!」
語尾がかすれて割れた。
振り返る。
崩落の岩の間に、俺が這ってきた穴が黒く開いていた。
固めた岩は1つも落ちていないし、砂もこぼれてこない。
四つん這いで来た道を戻れば、そのまま外まで出られる。
帰り道なら、ある。
火魔法Aの火野でさえ、無理だと見て引き返した崩落だ。
そのさらに奥まで、土魔法Fの俺が入りこんでいる。先に引き返すべきなのは、ランクの低い俺のほうだろう。
戻るのが正しいことくらい、分かっている。
穴から目を離すのに、少しかかった。
向き直り、一枚岩に手を置き直す。
灰色の岩肌に、土で汚れた手の跡が薄く残った。
「兄ちゃん、聞いてる!?」
「せめて、もうちょっと軽ければな」
【力がない】
頭の中で、声がした。
右からでも左からでもなく、どこから来たのかが分からない。誰の声なのかも。
ライトを振った。浮いているドローンと岩肌のほかに、何もない。
隙間の向こうで陽菜が仲間に何か短く言っている。調子はさっきと何も変わらない。
聞こえたのは俺だけらしい。
力がないことくらい、言われなくても知っている。
【だが、使い方は悪くない】
目が一瞬、背後の穴へ向いた。
すぐに岩へ戻す。
【力があれば、何をする】
答えなかった。
手のひらの下で、岩がまた細かく震えている。
胸の奥が、急に重くなった。
気持ちの話じゃない。胸の内側に、本物の重さが1つ増えている。
軽ければと言った矢先に、その声から重さのほうを渡された。
誰にも教わっていないのに、扱い方だけは分かる。箸の持ち方と同じで、考える前に手が知っていた。
胸のこの重さは、ただ居座っているだけじゃない。手で触った物へ、そっくり移せる。
分かるのはそれだけで、移したら何が起きるのかはさっぱり分からない。
頭の中でステータスを開いた。
視界に、俺にしか見えない半透明のウィンドウが浮かぶ。
初めてダンジョンに入った日から何年ものあいだ、スキルの欄には《土魔法》が1つ載っているだけだった。
その隣に、何かが増えていた。
こう出ている。
スキル:《土魔法》 Lv6/縺ス繧�ッ蜑ア�ク邨 Lv1
「……何だこれ」
《土魔法》1つきりだった欄に、何かが入っている。
それなのに、文字が化けていて、自分のステータスが読めない。
何もない、のほうがまだ分かりやすかった。
天井のひびから、また砂がこぼれる。
この岩には使わない。
陽菜たちの真上でぶっつけ本番は、ないだろ。
天井のひびの真下を避けて、一枚岩の根元の手前にしゃがむ。左手を伸ばせば岩肌に届く所だ。足元には、落ちてきたばかりの小石がいくらでも転がっていた。
そのうち1つを右手の人差し指で押さえ、胸の重さをこの小石に移すつもりで力を使う。少し先の小石を1つ、押さえた小石へ引き寄せようとした。
狙った小石だけが指の下へ転がってきた。
こつ。
光らない。
いつもの《土操作》で石を動かすなら、石の下の土ごと盛り上げて運ぶしかない。今のは石だけが動いて、石がいた所の土はそのままだった。
奥で音が鳴り、首筋に降った砂が襟の中へ入った。それでも指は離さない。
2回目は、そばにあった別の小石で同じことをする。さっき本当に石だけが動いたのかを確かめたいので、今度は狙う小石の足元の砂まで目に入れておく。
押さえた指はそのままに、もう一度力を使う。
小石が転がり出す。
一緒に、その足元の砂が浮いた。
細い筋になって、宙を渡ってくる。
ライトの光を横切って一列に、押さえた小石の根元へ。
まとわりついて、止まった。
最後のひと粒が止まってから、息を止めていたのに気づいた。
引き寄せようとしたのは小石1つだけで、砂までは狙っていない。
指で押さえた物へ、ほかの物が引き寄せられる。
ただ、砂がなぜついてきたのかは分からない。
小石までの遠さも力の込め方も、1回目のままだったはずだ。
妹たちが岩の向こうにいるのに、少し面白くなっている。何なんだ、俺は。
「兄ちゃん!? 何してんの!?」
奥の音の合間に、裏返った声が隙間から飛んできた。
ドローンのレンズが俺の手元を向いている。
「石を転がしてる」
隙間の向こうがぴたりと黙った。
事実しか言っていないんだが。
小石を押さえたまま、一枚岩を見上げる。
押しても動かなかった岩だ。
指の下に目を戻す。
押さえた小石に、小石が2つと砂が寄り集まっている。
もう一度、岩を見る。
……待てよ。
空いている左手を岩肌に置いた。
さっき残した手の跡のすぐ横だ。
奥で音が鳴った。今度は手のひらの下で、岩そのものが揺れる。
ヘルメットに小石が当たり、硬い音が頭の上で跳ねた。
また間隔が短くなっている。
「陽菜」
隙間の向こうで、息を吸う音がした。
「そこで待ってろ」
指の下で、小石が砂ごと細かく震えている。
「試すか」
ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。
知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。
次回から第2章「妹救出」が始まります。




