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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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第42話 答えないまま

 天野さんが指で押さえていたページを、俺は静かにめくって、ノートを閉じた。

 押さえられていたのは『風で、遠くまで運べる?』の行だ。閉じたところで、天野さんがもう読んだ行は消えない。

 日曜の午後の居間に、天野さんと2人でいる。陽菜は夕方まで帰らない。


「平日は、研究所の調査で中層の後半を回ります」


 訊かれたことには答えず、俺は仕事の段取りを話していた。


「調査なら、第25層まで入れるので。第20層までの壁で、岩がどこで割れているか見ておきたくて。割れ目のない大きな岩がどこまで続くか、まだ誰も調べてないんです」


 声が少しずつ明るくなっていく。土の話になると、いつもこうだ。


 天野さんは黙って俺の顔を見ていた。それから、左の手首に結んだ細い布へ目を落とす。

 続きを待っているのだと分かった。急かす言葉は1つも来ない。


 俺は目をそらして、壁の棚を見た。上層の茶色い瓶が並ぶ端に、乾いた色の中層の瓶が2本ある。

 その先の、下層の瓶はまだ1本もない。


 ノートのあの行は、天野さんの風で泥団子を遠くまで運べないか、という思いつきだ。試せば、天野さんは今よりもっと敵の近くに立つことになる。


「……今日は、帰ります」


 天野さんが立ち上がり、俺は玄関まで後ろをついていった。

 靴を履き終えたところで、天野さんが振り向いた。


「あの。さっき、土の話に変えましたよね」


 言い当てられた。


「土曜は、中層の後半、どうしますか」


「土曜も、調査の続きです。……1人で行きます」


「……わかりました」


 それだけ言って、天野さんはドアの向こうへ出ていった。


 ◇


 火曜の午後、1人で第16層に下りた。

 平日の調査なので、鞄には研究所のラベル付きの瓶が入っている。中層の後半を1人で歩くのは、これが初めてだ。


 通路の壁は、白っぽい岩と灰色の岩が細い帯で交互に重なっていて、苔の青白い光に横じまの模様が浮いて見える。壁際には、黒い土が帯になって溜まっていた。第15層までは見なかった色だ。

 前の角の手前で、右の壁に脇道が開いている。

 中層を案内してくれた天野さんなら、オーガを避けて、ここで脇道へ曲がっていた。その先がどこへ出るのか、俺は知らない。


 角の向こうから、重い足音が2つ来た。

 壁に大きな影が2つ揺れる。オーガの2体連れだ。


 足音が聞こえるまで、オーガに気づかなかった。1人だと、気づくのがこんなに遅れる。

 来た道はまっすぐ続いている。走れば、角を出たオーガに背中を見られる。


 壁際の黒い土に手をついた。《土操作》で土を集め、《硬化》で固めて、自分の前に壁を立てる。上層では、これで何度も隠れてきた。

 黒い土は手の下でぐずぐずと崩れ、形にならない。


「……水が多すぎて、固まらない」


 腰の袋の6つから、泥団子を1つ出した。砂を詰めて硬く固めた、拳ほどの玉だ。

 脇道の奥へ、思いきり投げ込む。


 奥で、かつん、と岩に当たる音がした。

 ころころと転がる音が、脇道の奥へ続いていく。

 音に寄ってくれるかは、賭けだ。


 俺は壁の浅いくぼみに背中を押しつけた。苔の光が届かない影の中だ。

 顔を横に向け、頬をくぼみの縁の岩に寄せる。

 息を止めた。


 足音が角を出た。

 目の端に、褐色の巨体が2つ入る。丸太のような棍棒を提げている。

 オーガは脇道の前を過ぎて、こっちへ向かってきた。


 ずしん。

 ずしん。


 前のオーガが、俺の頬の数歩先で足を止めた。


 ふんと鼻を鳴らす音がする。

 大きな頭がゆっくりとこっちへ回る。

 影に隠れていても、においまでは隠せない。


 もう一度、鼻が鳴った。さっきより近い。

 生ぐさい息のにおいが頬に届く。

 提げた棍棒の先が床をこすって止まる。


 あと1歩踏み込まれたら見つかる。


 胸が苦しくなってきた。息を止めてから、まだ何秒も経っていないはずだ。

 動けば終わる。瞬きもせずに、目の端でオーガの影だけを見ていた。


 ふん。

 3度目は、くぼみの縁のすぐ外で鳴った。


 脇道の奥で、からん、と小さな音がした。


 大きな頭が止まった。

 それから、オーガは2体とも脇道のほうへ向きを変えた。


 まだ息を吐けない。鼻先の岩に、苔の光がわずかに回り込んでいる。

 白いしまと灰色のしまの境目に沿って割れ目が1本あり、中に乾いた土が詰まっていた。

 この深さの岩がどう重なっているのか、ずっと自分の手で確かめたかった。気づくと、指を当てていた。

 《土魔法》で割れ目の土をわずかにほぐすと、乾ききった土は細かい粒にほどけて粉になり、割れ目に沿って一筋こぼれていく。

 その向こうを、脇道へ向かうオーガの脚が通っていった。


 粉の流れる先を追えば、割れ目が岩の中でどこへ続くか分かる。粉は、壁の奥へまだ流れていく。


【《土魔法》がLv9になりました】


 8に上がった日から、毎日使っても動かなかった数字だ。


 足音が聞こえなくなるまで待って、壁を離れる。

 長い息が出た。

 命拾いの最中に地層を眺める冒険者は、たぶん俺くらいだ。


【取得可能なスキルに、《気配察知》が加わりました】


 物陰のモンスターに、先に気づけるスキルだ。さっきの俺に足りなかったのは、まさにそれだった。

 Lv8になってからは、床に転がった岩へなら、泥団子を引き寄せられるようになった。9なら、壁の岩へも引き寄せられるかもしれない。


「試すか」


 泥団子を1つ床に置き、右の手のひらを壁につく。この岩の壁へ、泥団子を引き寄せる。


 泥団子は動かなかった。


 もう一度やっても、ぴくりともしない。

 外れだ。


 上層なら、予測が当たらないたびに小石のモンスターのハズレが出てきて、回数を数えていく。

 ハズレは中層までは下りてこないので、今のしくじりは数えられずに済んだ。


 床の泥団子を袋に戻す。袋に残ったのは5つだ。


 壁際の黒い土を研究所の瓶に詰め、ラベルに第16層と書いた。

 《気配察知》は、まだ覚えない。スキルptを3使えば覚えられるが、その前に、オーガに先に気づけない回数を数えておきたい。覚えたあとの回数と比べて、初めて何が変わったか分かる。


 スキルはLv10が上限で、届けば進化できる。

 昔は何年も6のままだった《土魔法》が、上限の1つ手前まで来た。

 10で何が変わるのか。


 ノートを開いて、1行だけ書いた。『土魔法9。岩の壁は、まだ』

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