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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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第41話 言わない

「……兄ちゃん、これ、何のおせんべい?」


 陽菜は俺が渡した袋を目の高さに持ち上げた。中で、砕けた撮影用ドローンの欠片がからからと鳴る。

 ミノタウロスを倒した翌日の、日曜の朝だ。朝食の支度より先に、これだけは返すと決めていた。


「ドローン。陽菜に譲ってもらったやつ」

「知ってる。昨日、配信で割れるとこ見てたし」


 陽菜は羽根の欠片を1枚つまんで、窓の光にかざした。

 ひびの入ったプラスチックが白っぽく透けている。


「ごめん。譲ってもらって2か月で、これだ」

「ふーん」


 陽菜は欠片を指先でくるくる回した。


「兄ちゃんの頭の代わりに割れたんでしょ。じゃあ安いじゃん。頭のほうは、替えの部品売ってないし」


 それで話は終わりだった。


 台所へ向かう俺の左の足首を、陽菜がちらりと見た。まだ少しかばって歩いている足だ。

 陽菜はすぐに目を戻して、何も言わない。


 陽菜は袋の口を縛って、黙って自分の部屋へ持っていった。

 捨てる、とは言わなかった。


 卵を焼いていると、戻ってきた陽菜が、スマホを台所へ突き出してくる。


「はい。昨日のやつ、もう切り抜かれてる」


 題は〔土Fなのに異常に強い人 澪さんと2人でミノタウロス〕。

 「土F」は、土魔法Fだったころからの俺のあだ名だ。


「……Cになっても、頭は土Fなのか」

「だから言ったじゃん。もう名前なんだって」


 陽菜が開いた掲示板の「引力」は俺のスキルで、「土F兄」は俺だ。


土F兄の引力検証を見守るスレ part52


418:名無しの冒険者

澪さんのまわりで泥団子が曲がって

土F兄がおのの下に自分から入ってって投げた

なんで後衛がいちばん前にいるんだよ


 泥団子は俺の飛ばす砂の弾で、後衛は魔法使いの俺だ。


423:名無しの冒険者

>>418

後衛2人でミノ倒すなよ

澪さん、もう完全に土Fの相方枠で草


「Cおめでと、土F」

「それ、褒めてるのか」

「褒めてる褒めてる」


 陽菜が笑う横で、俺は423の最後の行から目を離せずにいた。

 「土F」と笑われるのには慣れている。笑われるのが俺なら、別にいい。

 天野さんが、俺のせいで「土Fの相方」と笑われているのは、初めて見た。


 ……これは困る。


 皿を並べ終えてから、ステータス画面を開いた。

 昨日、天の声がいくつも鳴っていた気はする。あいつが崩れたあとは、何も頭に入らなかった。


 Lv:20

 職業:魔法使い(進化できます)


 職業の行に意識を向ける。


 進化の候補:土魔導士


 ……土だ。

 選べば職業が変わって、この先の伸び方も変わる。選ぶまでは、候補は消えずに残る。


「なになに、何て出てんの」


 陽菜が身を乗り出して、俺が見ている宙をのぞきこんだ。ステータス画面は本人にしか見えない。分かっていて、のぞいている。


「職業の進化。候補が、土魔導士」


 陽菜は一拍おいて、吹き出した。


「職業まで土じゃん。で、なるの?」


 候補の名前に意識を向けかけて、やめた。


「……まだ、決めない。何が変わるか、測りようがないだろ」


 俺は画面を閉じた。


「出た。兄ちゃんのそれ」


 陽菜は笑って、トーストをかじった。


「でも、土は取れないね。土F、一生」

「取れなくて、いいけど」


「ねえ、その相方、お昼に連れてきなよ。あたし、ちゃんと会ったことないし」


 相方と聞いて、さっきの423の行が頭をよぎった。

 天野さんへのメッセージを、昨日の切り抜き、まで打って消した。何と続けても、「土Fの相方」の書き込みを本人に見せることになる。

 誘う文だけを打ち直す。


 昼、うちに来ませんか。陽菜が会いたいそうです、と送る。


 返事は30秒で来た。行きます、の一言だ。


 来る前に居間を片付けようとして、棚の前で手が止まった。

 どの瓶にも、どかせない理由がある。


「……1本も動いてないじゃん」


 陽菜の呆れた声が背中に刺さった。


 ◇


 昼の少し前に、天野さんが来た。

 いつもの青緑の上着だ。玄関で見ると、ダンジョンで見るより小柄に見える。


「はじめまして、天野です。……あの、陽菜さんですよね。配信、見てます」

「わ、こっちも見てる見てる」


 陽菜が先輩らしい顔を作るより先に、天野さんはもう居間の奥を見ていた。

 棚だ。


「……これ、全部、土ですか」

「全部、土です」

「兄ちゃんに瓶の話させると長いから、気をつけてね」


 天野さんは棚の前まで行って、端で足を止めた。

 上層の湿った茶色の瓶がずらりと並び、その列の端に、乾いた色の瓶が2本だけある。

 昨日まで1本だった端が、2本になった。


「この2本だけ、色が違いますね」

「第11層と、昨日の第17層です」

「上層はこんなにあるのに、中層は2本だけなんですか」

「中層のは仕事の分で、研究所に納めます。ここに置くのは、自分の瓶に詰めた分だけなので」


 天野さんは第17層の瓶をしばらく黙って見ていた。

 昨日の広間の、壁際の土だ。


 昼は焼きそばだ。

 フライパンから直接食べようとしたら、陽菜に「座って。お客さんいるんだから」と椅子を引かれた。


 皿が半分ほど空いたころ、天野さんが箸を置いた。


「次は、第20層の中間ボスですね」

「はい」

「……私が前に、一度退いた所です」


 前のパーティで、風が仲間の一撃を逸らした所だ。天野さんは俺の顔を見てから続けた。


「今の2人じゃ、まだ届きません。中層の後半で、しばらく力をつけてからです」


 中層を案内してくれたときと同じ、言い切る先輩の声だった。

 第20層の中間ボスはBで、昨日のあいつより1つ上だ。Cになったばかりの俺には、まだ遠い。

 研究所の調査なら、昨日から第25層まで入れる。入っていいのと、勝てるのは別だ。


「第20層なら、あたしが――」


 陽菜が言いかけた。

 陽菜は第20層の中間ボスを倒したことがある。


 陽菜は口を開けたまま、続きを言わずに止まった。


 それから焼きそばをひと口すすって、けらけら笑い出した。


「天野さん、聞いて。この前ね、あたしが中層の後半に一緒にって言いかけたら、兄ちゃん、言い終わる前に『いい』って。棚に、瓶を1本置いた日。言い終わる前だよ?」

「……言いそうです」

「でしょ」


 陽菜は麦茶をひと口飲んで、声を少しだけ平らにした。ダンジョンの話をするときの声だ。

 天野さんが背筋を伸ばした。


「じゃ、先輩から2つね。兄ちゃん、やばいときほど黙るの。黙って止まったら、止まる理由があるから、待ってあげて」

「はい」

「もう1個。外すと、すっごいうれしそうな顔するから。あれ、落ち込んでないの。心配しなくていいよ」

「それは、知ってます」


 天野さんが真顔で答えて、陽菜がまた吹き出した。

 本人の前で、取扱説明書を読み上げないでほしい。


 陽菜は立ち上がって、鞄を肩にかけた。


「あたし、盾の子のリハビリ付き合ってくる。夕方まで」


 盾の子は、崩落で脚を折ったパーティの盾役だ。


 玄関まで見送りに出ると、陽菜は靴を履きながら声を落とした。


「兄ちゃん、2人になっても瓶の話は禁止ね。……リハビリ、ほんとは3時からだけど」


 ……わざとか。2人にする気だ。


 陽菜は振り向かずに、もう1つ言った。


「あたしは断られたけど。天野さんは、最後まで聞いてもらえたんだからね」


 ドアが閉まった。

 振り返ると、天野さんが居間の戸口で、閉まったドアを見ていた。俺のほうも、返す言葉が見つからない。


 食器を洗ってから、方眼ノートを開いた。

 白いページを探してめくる途中で、『天野さん 風魔法C』と見出しを書いたページが開いた。


 見出しの下に、第13層で俺の弾が天野さんのそばで曲がった日の行がある。『風で、遠くまで運べる?』

 その下に、ミノタウロスの録画を見返して書いた『同じ所に立てば、同じだけ流れるはず』が続く。


 風で弾を運ぶほうは、まだ何も確かめていない。

 俺はそのままページをめくり、新しいページの1行目に『第20層 中間ボス』と書いた。

 顔を上げると、天野さんが俺のめくったページの端を指で押さえて、『運べる?』の行を見ていた。


「あの、黒沢さん」


 天野さんがノートから目を上げた。

 責める顔ではなかった。思ったことをそのまま言うときの、いつもの顔だ。


「配信の人たちとは、次はこう試すって話、しますよね」

「私とは、どこに立つかの話しかしないのに」


 なぜ私とは、と聞かれている。

 あの行のことを、俺はまだ一言も話していない。


 答えようとして、口を開ける。


 何も、出てこなかった。

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。

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