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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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第39話 運ぶ

 今日、ミノタウロスを俺の前まで連れてくるのは天野さんだ。

 ただ、天野さん本人にはまだ言えていない。


 第17層の奥にある細長い広間の入口に、2人で立っている。入口の脇にある協会の中継器を通して、配信はもう始まっていた。

 始めた時点の同時接続数は40,000。陽菜にもらったドローンは俺の肩の上だ。

 天野さんが俺と組むのは今日の一度だけで、外したら終わりだと本人が決めている。


 広間の奥の端に、ミノタウロスが座っている。

 ミノタウロスの手前の床には、前回この広間で挑んだときに残してきた泥団子が6つ、散らばったままだ。拾いに行ける距離じゃない。


「天野さん。三島さんが、第2層で測った日の配信を数えてくれました」


 天野さんは前髪を押さえたまま、こっちを見た。

 天野さんの足元で、砂が今日も同じ向きに這っている。《つむじ風》が作る渦だ。


「同じ盛り土に立ってもらえば、渦を通った泥団子は、毎回同じだけ曲がります。ずれは指1本分」


 少し迷ってから、残りも言った。


「俺の腕より、揃ってるそうです」


 天野さんは口を開けたまま固まった。


「……え。あの、私の、渦が?」

「はい」


 天野さんは自分の足元を見下ろした。回り続ける砂を、初めて見るような顔だった。


 曲がる幅が毎回同じなら、その分を先に狙いに入れておける。


 問題はその先にある。

 前回この広間で挑んだときは、俺が自分で砂を蹴ってあいつを呼んだ。足首を土で固めて体の周りに泥団子を回らせているあいだ、俺は一歩も動けない。固めていないと、泥団子の勢いに体ごと持っていかれるからだ。

 今日は、あいつを天野さんの渦のそばまで連れてきて、俺の前を横切らせなきゃいけない。

 動ける人にしか、できない仕事だ。


 言えばいい。奥まで行ってあいつに砂をかけ、戻ってきてください、と。

 なのに、言葉が出てこない。

 砂をかけた相手に、あいつは突っ込む。前回、天野さんが右の壁まで追い詰められたのを、俺はこの広間で見ている。


 天野さんは何も言わずに、俺の顔を見て待っていた。

 天野さんがふっと目を落とした先は、左の手首に結んだ細い布だった。

 布の端が奥から流れてくる空気に揺れている。

 天野さんは布から目を上げた。


「釣りは、私の仕事です」


 敵の気を引いて、俺の前まで連れてくる役のことだ。中層でホブゴブリンを連れてきてくれたのも、この人だった。


「……天野さんの風なら」


 泥団子をもっと遠くまで運べる。

 そう言いかけて、口を閉じた。

 その使い方なら、天野さんは今日よりもっと前に立つことになる。


「なんですか?」

「いえ。準備、します」


 ◇


 あいつは奥に座ったまま動かない。離れているうちはこっちに気づかないのは、前回と同じだ。

 俺は広間の中ほどまで進んで、向かって右の壁に手をついた。乾いた土が掌にざらつく。


「《硬化》」


 壁際の土が集まって固まり、拳ほどの土のかたまりが2つ、壁に張りついた。入口寄りに1つ、奥寄りに1つ。手を離れた泥団子は、このかたまりへ引き寄せられて飛ぶ。

 広間の真ん中の床には、《土操作》で親指ほどの盛り土を2つ作った。これも入口寄りと奥寄りに1つずつ。天野さんが立つ場所だ。

 入口寄りの盛り土から吹く渦は、入口寄りのかたまりへ飛ぶ泥団子を曲げる。奥寄りどうしも同じ組だ。かたまりは、曲がった先があいつの胸になるようにずらしてある。


「1回目で倒れなければ、2つ目の盛り土へ」

「奥のほう、ですね」


 天野さんはつま先で奥寄りの盛り土に触れた。

 俺は右の壁のかたまりと向かい合う、左の壁際に戻った。土が溜まった所に立って、足首まで土で固める。奥から走ってくるあいつは、俺と右の壁のあいだを入口へ抜けていくはずだ。

 腰の袋から泥団子を6つ出して手を離すと、6つは腰の高さで俺の周りを回り出す。いつもの分だけ、MPが減った。


『壁に2つ』

『澪さんが前?』

『前回ここで澪さん追い回されてたじゃん』

『突っ込まれたらどうすんの』


「突っ込んできたら、ぶつかる前に足の土を崩して、よけます」


『軽く言うな』


 天野さんが奥へ歩き出した。

 座っている巨体へ、1歩ずつ近づいていく。青緑の上着の裾がばたばたと鳴り、足元の砂も一緒に回りながらついていく。

 俺はここから動けない。


 あと数歩の所で、天野さんが手のひらを前へ向けた。

 床の砂が巻き上がって、牛の顔に叩きつけられる。

 これで、あいつは天野さんしか見なくなる。


 天野さんは背を向けて駆け出した。

 ミノタウロスが立ち上がる。角が天井をこすりそうな高さだ。床に立てていたおのをつかんで、肩の後ろへ振りかぶった。

 天野さんは入口寄りの盛り土に跳び乗って止まり、振り向いてあいつを待つ。


 あいつが走り出した。

 まっすぐ、天野さんへ。


『動かない!?』

『来る来る』

『澪さん逃げて』


 天野さんは逃げない。あの盛り土の上にいなければ、泥団子の曲がる幅が変わってしまう。

 突進の道が俺の前へ伸びてくる。あいつは走り出したら曲がれない。だから、どこを通るかは分かる。

 分かるのに、怖い。


 天野さんの足元で、砂が回っている。


 巨体が、俺の目の前を横切りはじめる。

 俺から入口寄りのかたまりへ泥団子が飛ぶ線に、天野さんの渦の縁が重なった。


 俺は周りを回る泥団子のうち2つを列から離して、そのかたまりへ引き寄せた。


 2つはあいつの前の、何もない所へ飛んでいく。

 渦に流されて、曲がった。

 曲がった先に、胸があった。


 どっ。


 巨体が、よろめいた。

 天野さんが最後の一歩で横へ跳ぶ。

 ミノタウロスは天野さんのいた所を抜けて、何歩も先でやっと止まった。


『曲がった!?』

『曲がって当たった』

『胸いった』

『今の風?』

『澪さん!』


 当たった。

 前回、外れていったのと同じ曲がり方で。

 床に手をついた天野さんが、こっちを見て口を開けている。


 ミノタウロスが振り向いた。

 天野さんには目もくれず、あいつはまっすぐ俺を向く。打ったのが俺だからだ。

 右の壁の側から、あいつが走り出した。壁のかたまりを背にして、俺へ一直線。

 今度は曲げなくていい。


 また2つ、離す。


 1つが肩に、1つが側頭に入った。

 巨体が揺れる。


 揺れただけだった。


『効いてない?』

『止まらない』

『4発当たってるのに』


 泥団子は岩より軽い。当たっても、あの巨体を倒すだけの重さがない。


 残る泥団子はあと2つ。MPがずしりと減った。


 跳ぶ構えをする。ぶつかる寸前に足首の土を崩して、横へ逃げる。前回、あいつを壁にぶつけたときと同じやり方だ。

 あと、5歩。

 4歩。


 あいつが、止まった。

 泥団子の列の、すぐ手前で。


 突っ込んでこない。

 牛の顔が俺を見下ろしている。見ているのは俺の足元だ。

 あいつが片足を持ち上げた。


 ――踏み下ろされた。


 床が、割れた。

 足首を固めていた土ごと、砕ける。

 支えが消えて、回る泥団子の勢いに体を持っていかれ、足首がねじれる。

 割れた土の下から出た岩の床に、肩から落ちた。

 周りの列がばらけて、泥団子が床に跳ねる。


『割られた!?』

『足元!』

『兄!』

『立って立って』

『やばいやばいやばい』


 影が、かかった。

 見上げた先で、おのが肩の後ろへ上がっていく。


 周りを回る泥団子は、もうない。

 足元の土は砕けて、足首が熱い。


 床の上で、泥団子が2つ、まだ揺れていた。

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