第38話 揃える
天野さんの足元で、床の砂が細い筋になって這っていく。
筋はいつも同じ向きへ流れていた。天野さんのまわりでは、上から見て時計の針と同じ向きに、風がずっと渦を巻いている。
今朝、ダンジョンの入口でゲートをくぐる前に、天野さんはしばらく手首の布を見てから、こう言ってうなずいた。
「次の土曜の一度だけ。外したら終わり」
それで、その日の昼の今、ここにいる。第2層の行き止まり。俺が何年も1人で土をいじってきた場所に、今日はもう1人いる。
配信の同時接続数は24,000。日曜だからか、物好きが多い。
足元に、弾にする泥団子が6つある。昨日、ミノタウロスの広間に置いてきた分を、ここの土で作り直した。
1つ作るたびにMPが目に見えて減って、6つ目で座り込んだ。
『休憩中?』
『澪さんいる』
『ほんとに組んだんだ』
『足元の砂ずっと渦巻いてる』
「休憩中です。MPが戻るまで、少しだけ」
頭が少し軽くなるのを待って、6つを腰の高さで俺の周りに回らせる。
弾を引き寄せているあいだは、俺のほうも弾へ引っぱられる。つられて転ばないように、足首まで土で固めた。
正面に肩の欠けた細い土の人形、その向こうの壁の、人形の頭より高い所に、張りつけた土のかたまり。俺と人形とかたまりが、ほぼ一直線に並ぶ。弾を手放してかたまりへ引き寄せれば、人形の所を通ってそこへ飛ぶ。
どちらも、ホブゴブリンに挑む前の練習の残りだ。もう一度、的の役をやってもらう。
「天野さん、そこの盛り土の上に立っていてください。風は吹かなくていいです」
「はい」
俺の右の、親指ほどの高さの盛り土に天野さんが乗る。毎回まったく同じ所に立ってもらうために、さっき盛っておいた。
6つのうち2つを手放し、かたまりへ引き寄せる。弾は渦の縁をかすめて左へ流れ、かたまりの左の壁にめり込んだ。
跡の横に、《土操作》で親指ほどの土を盛って目印にする。
『風って毎回違うでしょ』
『ばらけるやつ』
床に落ちた弾を手元へ呼び戻しては周りへ戻し、2つずつ6回飛ばした。
残りのMPからして、測れるのはこれで全部だ。
壁を見た。
跡はほとんど重なっている。どれもかたまりから左へ、俺の肩幅の半分ほど。その横に目印が一列に並んでいた。
「天野さん、来てください!」
回していた弾を床へ下ろし、足首の土をほどいて、盛り土に立つ天野さんの腕をつかんだ。そのまま人形の脇を抜けて、壁の前まで連れていく。
「外れ。31回目」
人形の足元の小石が、平らな声で言った。俺の外れを数える小さなモンスター、ハズレだ。天野さんがいるので小石のふりだが、今のは俺の外れじゃない。
『俺のことか』
『視聴者の分も数えるの草』
「見てください。毎回、同じだけです」
当たり前のことを確かめただけなのに、手が震えた。
同じだけ流れるなら、その分、狙いを先にずらしておけばいい。
天野さんが壁を見上げて、手の届く所の目印を指でなぞった。
「……これ、全部、私の《つむじ風》ですか」
渦にあおられる前髪を、押さえようともしない。
昨日、ミノタウロスの前で弾を逸らしたのも、この渦だ。
壁の前から戻るころには、MPが半分を切っていた。
ここからは弾を回さない。試すのは、昨日ミノタウロスの肩に当てた、手で投げる一投のほうだ。
『投げるやつ?』
『投げる前から引き寄せとけば?』
「試すか」
床に手をつく。土を伝って、人形の向こうの壁のかたまりまで指先が届いた感じがしてから、立った。
これで立ったままでも、手を離した弾をあのかたまりへ引き寄せられる。
先に引いておけば、離せば速く飛ぶはずだ。弾を握ったまま、かたまりへ引き寄せた。
腕ごと、持っていかれた。
右手ごと前へ引っぱられ、体がついていく。止めると念じても、止まりきるまでの半秒足らず、引かれ続けた。長い半秒だった。
3歩よろけて、人形の手前でやっと止まる。
『兄が飛んだ』
『草』
『人形にぶつかる』
『大丈夫か』
「……俺が飛んでどうする」
『横から投げて途中で引き寄せろ』
人形の右へ移って、かたまりのほうへ投げ、宙で引き寄せる。
弾はぐいとかたまりのほうへ折れ、人形の脇を抜けて壁に当たった。
「外れ。32回目」
引き寄せるほうへ、曲がる。
人形の真後ろに数歩下がれば、人形の頭越しに、かたまりがまっすぐ見える。そこから人形へ投げて、手を離してから、かたまりへ引き寄せた。
ひゅっ、と弾が伸びた。
投げた勢いに、かたまりへ引かれる勢いが足されて、まっすぐ速くなる。弾は人形の頭の上を越えて、高い所のかたまりへそのまま上がっていった。
『親方、空へ弾が!』
投げる向きと、引き寄せる向きを揃える。
ただ、半分は人形の横を抜けていった。曲がったわけじゃない。投げた瞬間から、俺の腕がぶれている。
「次は当たります」
外れた。
「外れ。33回目」
『知ってた』
『回収はや』
昨日ミノタウロスの肩に当たった一投は、まぐれだった。
腕の問題なら、俺のほうを調べるしかない。ステータスを開く。
取得可能なスキル:《投擲》(2)
スキルpt:17
「……《投擲》?」
『投擲出てるじゃん』
『いつの間に』
昨日、あいつから逃げる途中で、天の声が何か言っていた。スキルのことを本人の頭にだけ告げる声だ。聞き流した、あれだ。
命がけで投げた一投が、ちゃんと数えられていたらしい。取るにはスキルptを2払う。
「払う前に、数えます」
『払えよ』
『先に数えるの草』
止まった人形へ、5つ投げる。胴に当たったのは2つ。
拾い集めて、スキルの名前を念じた。
投擲を取得:スキルpt 2(はい/いいえ)
はい。
【《投擲》を取得しました】
腕に変わった感じは何もない。
人形の真後ろに戻る。
投げる。胴。
『当たった』
投げる。胴。
投げる。肩の上を抜けた。
投げる。胴。
投げる。胴。
『え、急に?』
『また胴』
『5分の4』
『払う前の倍じゃん』
投げた瞬間に、俺が考えるより先に腕の向きが決まっている。外れた1つは、少し高かっただけだ。
「……止まってくれる相手なら、です」
次の1つを握って、人形の真後ろに立ち直す。足首を土で固めた。周りに弾を回して飛ばすときの癖が、そのまま出た。
振りかぶりかけて、止まる。
まわりを回る弾はない。俺を引っぱるものも、ここにはない。昨日の一投も今日の投げも、足は固めていなかった。
足首の土をほどいて、投げた。手を離してから、かたまりへ引き寄せる。
ごっ。
胴だった。
「足を固めずに、飛ばせる」
『え』
『投げて飛ばすやつ』
『投げてから慌てて引き寄せるのか』
『泥棒つかまえてから縄なうやつ』
『泥縄』
泥棒を捕まえてから縄をなう。手遅れの慌て方だ。
『泥団子で泥縄』
『技の名前それで』
「それ、褒めてないですよね」
『褒めてない』
『決定』
「……じゃあ、泥縄で」
後ろで、天野さんが噴き出した。
「泥、縄……っ」
口を押さえても、声が漏れている。
そんなに面白いか、泥縄。
壁の跡はそのままにして、床の弾を6つ拾い集めた。
片付けているあいだもコメントは止まらない。
『次なに試す?』
『距離のばせる?』
「壁のかたまりから離れて投げて、数えます。当たりがどこで落ちるかで、どこまで離れていいかが分かるので」
『研究員だ』
『そこ数えるんだ』
「天野さん。土曜も、盛り土の上に立っていてください」
「……はい」
天野さんは返事のあとも俺の顔を見ていた。
疲れたんだろう。
◇
その夜、居間でアーカイブを見返していると、三島さんからメッセージが来た。今日のアーカイブを数えた、という報告だ。
天野さんの渦で流れた幅は、同じ立ち位置なら毎回ほぼ同じです。ばらつきは指1本分です。
正直、先輩の止まった的より揃ってます、とまで書いてある。
投げて引き寄せた弾は、払う前が5つ中2つ、払ったあとが5つ中4つ。そこにだけ感嘆符が付いていた。
天野さんと組めるのは、次の土曜の一度きりだ。
少しして、もう1通来た。
動く的に投げたのは、0回です。




