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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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第36話 一回目

 広間の奥に座ったそいつは、俺たちが入口に立ってもまだ動かなかった。

 牛の頭をしていて、座っていても俺の背より高い。両手で持つ大きなおのを、床に立てていた。

 ミノタウロス。Cに上がるために協会が倒せと指定しているモンスターだ。


 第17層。中層の後半まで下りてきたのは初めてだ。土曜の朝から潜り、オーガがうろつく通路は、天野さんの知っている脇道でまるごと避けてきた。

 広間の入口の脇には協会の中継器が置いてあるので、配信は広間の中からでも届く。陽菜にもらったドローンは、俺の肩の上に浮かべてある。

 俺の外れを数える、石のヘルメットをかぶった小さなモンスターのハズレは、今日も第10層の階段の上から下りてこなかった。


『でか』

『ミノだ』

『座っててあれ?』

『天井ひくくない?』


 ひとりで倒した第10層のホブゴブリンでも、隣に並べたら子どもに見える。

 広間は学校の廊下を少し広げたくらいの幅で、奥へ細長く延びている。

 横へ逃げる場所はない。


 壁際の床には乾いた土が溜まっていた。ばらの岩も転がっているが、使わない。泥団子より重い岩を6つも体の周りで回らせたら、MPがもたない。

 左の壁に沿って奥へ歩き、あいつのおのが届きそうな所まで近づいて床に手をつく。

 ここで起きられたら、泥団子を浮かせる前に終わる。


「《土操作》」


 床の土が壁をはい上がって、あいつの頭より上にある奥の壁へ集まる。もう一筋は、向かいの右の壁の高い所へ。


「《硬化》」


 どちらの土も拳ほどのかたまりになって、壁に張りついた。体の周りで回す泥団子は、手放すとこのかたまりへ引き寄せられて飛ぶ。


『近い近い』

『起きる起きる』


 あいつはまだ気づいていない。鼻先を土がはっていっても、おのの柄に手を置いたままだ。

 少し戻って、土の溜まった壁際に立つ。飛ばすときの勢いで体を持っていかれないように、足首まで土に固めた。

 袋から泥団子を6つ出して、腰の高さで体の周りに回らせる。この6つが今日の弾だ。


 天野さんが入口のほうから足音を殺して歩いてきて、俺の横で止まった。

 風は吹いていないのに、足元の砂は靴のまわりで同じ向きにぐるりと回っている。上着の裾も、はためいたままだ。この人はいつもそうだ。


「私は、どうしますか」


 訊きながら、天野さんは奥のあいつでなく俺の顔を見ていた。中層の歩き方なら何でも先に言う人が、ここでは俺の答えを待っている。


「天野さんは、ここに立っていてください」


 俺と同じ左の壁際で、2、3歩入口寄り。周りを回る弾の後ろだ。


「今日は、何もしなくていいです。俺が砂を蹴って、あいつを起こします。まっすぐ突っ込んでくるので、奥の壁のかたまりめがけて、弾を飛ばします」


 天野さんは奥のあいつへ目をやって、また俺を見た。


「あの」


 言いかけて、天野さんは手首の布に目を落とす。


「……いえ。分かりました」


『澪さん待機?』

『風なし?』


「天野さんが吹かなければ、風は弾まで来ません。今日は、俺の弾だけです」


『言ったな』

『了解』


 つま先で、足元の砂を蹴り上げた。

 散った砂粒が奥へ飛んでいく。

 あいつの耳が動いた。


 あいつはおのを床から引き抜いて立ち上がった。角の先が天井をこすりそうだ。

 牛の目が、こっちを見た。


 走り出す。


『速い』

『来る来る来る』


 速い。

 床の揺れが土で固めた足首まで上がってきた。

 まだ引きつける。近いほど弾は外れない。あいつと奥の壁の土が、俺から見て1本の線に重なっている。


 まだ。

 あと少し。


 おのを構えた巨体が、体の周りの弾のすぐ外まで来た。

 鼻息が顔にかかる。


 奥の壁のかたまりへ、飛ばす――


 その瞬間、横から風が来た。

 天野さんが、俺の後ろから右前へ出ていた。俺からあいつへ弾が飛ぶ道の、すぐ右脇だ。突き出した手のひらから、砂を巻いた風があいつの顔へまっすぐ走る。

 手首の布が風に跳ねた。


 あいつが頭を振った。

 砂を浴びせた天野さんへ向きを変える。


『澪さん!?』

『横から!?』


 飛ばした2つはもう止められない。

 天野さんのすぐそばを2つが抜ける。

 そこで、2つがそろって横へずれた。

 あいつの肩の外を抜けて、奥の壁に当たる。

 天野さんの風に、流された。


『外れた!』

『うそだろ』

『2つとも!?』

『澪さん逃げて』


 あいつが天野さんを追った。

 天野さんは右へ走る。広間の幅を横切って、向かいの壁際へ。

 狭い。逃げる先がすぐ尽きる。


 天野さんは右の壁まで下がって、背中をつけた。

 あいつがおのを肩の後ろへ振りかぶる。


『狙われてる』

『逃げて!』


 飛ばせない。

 天野さんが背をつけた壁の、頭より上に、さっきのかたまりがある。

 そこへ飛ばせば、弾は天野さんの頭のすぐ横を抜ける。腰の高さから上がっていく弾は広がって飛ぶので、1つでも逸れたら天野さんに当たってしまう。

 足首は土の中で、駆け寄ることもできない。


 体の周りで、4つが回っている。

 回っているだけだ。


 回らせるのを、やめた。

 4つの弾が足元へ落ちて転がる。

 足の土をほどいて、床の1つを拾った。


 当てれば、あいつはこっちを向く。


 狙いは天野さんより高い、あいつの肩。その向こうの壁の高い所に、さっき張りつけた土がある。

 5日前の第12層でも、天野さんへ手で投げ渡した泥団子が途中で曲がり、壁に固めたままの土へ飛んでいった。天野さんが「嫌われてます?」と言った、あの1つだ。


 投げた弾でも、壁の土は引き寄せる。


 投げた。

 手を離した瞬間、弾を右の壁のかたまりへ引き寄せる。

 弾が宙で速くなった。


 ごっ。


 あいつの肩で、弾が跳ねた。


『投げた!?』

『今の何』

『当たった!?』

『手で!?』


 浅い。肩の皮を削っただけだ。

 それでも牛の頭がこっちを向いた。

 頭の中で天の声が、取れるスキルが増えたと告げた。中身を聞いている暇はない。


 あいつが俺へ向き直る。

 おのを構えたまま、突っ込んでくる。


 走り出したら曲がれない。天野さんが教えてくれた癖だ。


 横へ跳んだ。

 巨体が俺のいた所を抜けていく。


 どん。


 あいつは左の壁に頭からぶつかった。


『壁ドン』

『自分でいった』

『今!』

『走れ!』


「天野さん!」


 叫ぶより先に、天野さんはもう走っていた。俺も入口へ走る。床に転がった弾を拾う暇はない。

 背中のほうで、おのが床をこする音がした。

 入口を抜けて、通路へ転がり出る。


 振り返ると、あいつは広間の端で止まっていた。入口から一歩も出てこない。


『出てこない』

『助かった……』


 通路の壁にもたれて息を整えた。


「怪我は」

「……ないです」


 入口から広間の中が見える。床には泥団子が6つ転がったままだ。

 あいつはもう座らなかった。広間の真ん中に立ち、おのを下げたままこっちを見ている。


『弾、置いてきた?』

『6個全部?』

『2人とも無事でよかった』

『最後の投げたやつ何?』


 取りに行けば、あの突進がもう一度来る。


 右の手のひらを開いた。さっき弾を投げた手だ。

 体の周りで回らせもせず、手で投げた弾が当たった。


 スマホに出ている同時接続数は、42,000。


 配信の題は〔第17層 ミノタウロスを2人で倒す〕。

 その末尾に、また〔外れ〕と足した。


『出た、外れ』


 隣で、天野さんの息がだんだん静かになっていく。

 天野さんは、外れた2つが当たった奥の壁を見ていた。それから床に目を落として言った。


「やっぱり」


 何がやっぱりなのか。

 俺は知らない。

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