↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/44

第32話 棚

「兄ちゃん、そこに立ってもう30分だよ」


 テーブルから、陽菜の声が飛んできた。

 昨日、第11層でおおかみの群れを退けた。今日はその翌日の日曜だ。

 第11層の土は2本の瓶に採ってきて、研究所に預けた1本は明日の会議の前に三島さんが測る。今握っているのは家に置くもう1本で、ふたに陽菜が「第11層」と書いてある。


 置き場所がない。

 立ちっぱなしのせいで、右のふくらはぎに巻いた包帯の下がじんわり熱い。


 居間の棚では、陽菜の段がすっきり片付いている。

 俺の段は、上層の土の瓶で端から端まで埋まっている。

 陽菜がこのふたに字を書いた日には、第10層の瓶の先がまだ空いていた。そこにも今は、平日の調査のついでに採った上層の瓶が並んでしまった。

 1本どかせば済むのは分かっている。


「どれか捨てなよ。いっぱいあるじゃん」

「捨てていいのが、ない」


 陽菜が立ってきて、段の真ん中の2本を指でつついた。


「この2本、どっちも第2層って書いてある」

「左は行き止まりの床。右は、初めて小石が止まった所の土」

「同じ所じゃん」

「1メートル違う」


 陽菜があからさまに、うわ、という顔をした。

 言いながら、自分でも重症だと思う。


 陽菜は段の左端から1本を持ち上げた。


「じゃあこれ。ラベル、取れてるよ」

「それは第5層の、通路の曲がり角」

「なんで分かんの」

「色と、粒で」


 陽菜はもう一度、うわ、という顔をした。

 どの瓶にも、ちゃんと理由がある。1本捨てたら、その日にノートへ書いた何行かまで一緒に捨てることになりそうだ。

 だから困っている。


「あと、脚。包帯の上から30分立ってるの、やめな」

「座ったら、決まらない気がする」

「決まんないのは座ってないからでしょ」


 正論だ。それでも俺は立ったまま棚をにらんでいた。


 陽菜はため息をついて、スマホをこっちへ向けた。


「はい、気分転換。昨日のやつ、もう切り抜かれてる」


 題は、〔土Fなのに異常に強い人 泥リボルバーでおおかみの群れ〕。


「……前の題に、つぎ足しただけじゃないか」

「いいじゃん。スレも伸びてるよ」


 陽菜が画面を送る。


土F兄の引力検証を見守るスレ part41


312:名無しの冒険者

先週、自分で配信の題に「外れ」って付けて帰ってきた人が

1週間で群れ追い返してて草


315:名無しの冒険者

>>312

昨日の配信の題が「もう一度」だったの、ちゃんと回収してきたな


「せめて頭の土Fを取ってくれ」

「無理でしょ。もう名前だもん」


 切り抜いてくれと頼んだ覚えはない。俺は土を採りに行っただけだ。


 テーブルの上で、今度は俺のスマホが震えた。三島さんからのメッセージだ。


 土曜の配信の録画で、弾の当たりを数えました。6発中4発、67%です。

 当たってます、ちゃんと当たってます、と感嘆符まで付いて続く。

 瓶と持ち帰った弾は、明日の会議の前に測ります、で終わっていた。


 当たりが好きな人の、当たったときの文面だ。


「67って、いいの?」


 陽菜が横から画面をのぞきこむ。


 実験室で、止まった的に投げたときの当たりは73%だった。

 昨日、走ってくるおおかみに投げた当たりが67%。


「かなり。実験室の数字に、ほぼ届いた」


 三島さんの文面を下まで送る。数字と予定のあとには、何も続いていない。

 先週、三島さんは動画のコマを止めて「たぶん」と言いかけ、続きを言わなかった。その続きは今日の文面にもない。


 もう一度、棚に向き直った。

 よく見ると、瓶と瓶のあいだに、指1本分ずつ隙間が空いている。


 捨てなくていい。詰めればいい。


 左の端から順に、瓶を隣へ寄せていく。瓶どうしが当たって、ガラスが小さく鳴る。

 陽菜がつついた第2層の2本も、ぴたりとくっつけた。1メートル離れた所の土でも、棚の上なら隣でいい。

 ノートの背表紙まで寄せきると、段の右の端に、瓶1本分の隙間ができた。


 そこへ第11層の瓶を置いた。


 ふたの字が前を向くように、瓶を回す。


 上層の湿った茶色の土が、ずらりと並んでいる。

 その端に1本だけ、乾いた色の土がある。


「……浮いてる」


 いつの間にか、陽菜が俺の肩越しにのぞきこんでいた。


 陽菜が指を伸ばして、ふたの丸っこい字をとん、と叩いた。

 この瓶を空のまま第10層の隣に置いたのは、陽菜だ。


「空っぽで置いたのにさ」


 ふたに指を置いたまま、陽菜が続ける。


「……ちゃんと、入って帰ってきた」


 すぐには返事が出てこなかった。

 陽菜は棚と俺の顔を見比べて、にやっと笑った。


「おめでと、兄ちゃん。30分かけて、端っこに1本」

「端っこしか空いてなかったんだよ」


 つられて笑ったら、胸の固定帯の下でひびが鳴った。

 痛みに顔をしかめながら、俺はもう第11層の瓶のふたを回していた。

 ひとつまみ出して、指の腹でほぐす。隣の第10層の瓶も開けて、同じようにつまむ。両手の指先をこすり合わせると、違いが皮膚に残った。

 これより下の土は指にどう残るんだろう。自分の指で確かめるまで、たぶん落ち着かない。


 陽菜はソファへ戻りかけた足を止めて、黙って俺の手元を見ていた。


「中層のはさ、上層より乾いてて、粒の大きさも揃ってて――」

「あ、説明はいい」


 まだ何も聞かれていなかった。


 陽菜はソファの背にもたれて、棚の端を眺めたまま言った。


「で、次はCランクだね」

「Dの次か。Cは、何を倒せばいい」

「中層の後半で、協会が指定してるモンスター」

「指定って、どのモンスターだ」

「教えたら兄ちゃん、今夜それの動画ばっか見るでしょ。脚治すのが先」


 図星すぎて、何も言えない。

 中層の後半。昨日の第11層より、ずっと下の土だ。第11層の瓶の隣に並べる土は、そこまで自分で採りに行くことになる。


「先に言っとくけど」


 陽菜の声が少しだけ平らになった。ダンジョンの話をするときの、先輩の声だ。


「中層の後半は、1人で潜る所じゃないからね。昨日のおおかみがかわいく見えるのが、普通に出てくるから」


 言い返す材料を探して、すぐにやめた。

 持って下りられる弾は6つまでだ。昨日は階段の下の群れ1つで、6つとも使い切っている。


 6つの弾で、中層の後半の奥までもつわけがない。


「うちのパーティ、盾の子が治るまで休みだからさ。そのあいだなら、あたしが一緒に――」

「いい」


 陽菜が言い終わる前に、俺はもう断っていた。


 陽菜が、言いかけた口の形のまま固まる。

 まばたき1回分、間があいた。


「……じゃあ、誰と行くの?」


 答えようとして、口を開ける。

 何年も、第2層の行き止まりの入口を土壁で閉じて、中で1人で土をいじってきた。下りるときも上がるときも、ずっと1人だった。


 組んだことのある相手を、指を折って数えようとする。

 親指が、曲がらなかった。


 いない。

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。