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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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30/42

第30話 振り子

 飛ばした泥団子は1つも当たっていなかった。

 週明けの終業後、実験室の隅のモニターで、三島さんがおとといの配信のアーカイブを1コマずつ送っている。

 俺は丸椅子に座り、包帯を巻いた右のふくらはぎを伸ばしていた。胸の固定帯も、まだ取れない。


 ホワイトボードには三島さんの字で2行。泥団子が当たった数と、飛ばした数だ。


 実験室の的 35/48(73%)

 第11層のおおかみ 0/4(0%)


「先に、私の用件からいいですか」


 三島さんは画面から目を離さずに言った。


「試料の泥団子、6つとも映ってました。階段の下の床に、転がったままでした」


 持って帰ると、俺が約束した物だ。


「作り直して、測り直します。試験の枠はもう切れていたので、班長に判をもらって、今週だけ延ばしました」

「……そうか」

「毎晩、私の測り直しが先です。先輩の練習は、残りの時間でお願いします」


 責める言葉は1つもない。事実と条件だけだ。そのほうがよほど刺さる。

 言い訳は出てこなかった。置いてきたのは俺だ。


 コマが進むたびに、俺を囲むおおかみの影が少しずつずれていく。

 俺の飛ばした泥団子は、どのコマでも、おおかみがさっきまでいた所を抜けていた。

 7割当たるのは、この部屋の中だけの話だったらしい。


 あるコマで、三島さんの指が止まった。

 泥団子の通り道のすぐ内側で、おおかみが宙に浮いている。その横腹に、泥団子が1つ食い込んでいた。第11層で1匹だけ倒した、あのおおかみだ。


「……たぶん」


 三島さんはそこで口を閉じた。

 今、たぶんと言ったか。測っていないことは口にしない人が。


「たぶん、何だよ」

「何でもありません。測っていないので、言いません」

「言いかけてやめるなよ。気になるだろ」

「気にしていてください」


 三島さんはストップウォッチを握ったまま、モニターから半歩下がった。続きを言う気はないらしい。

 おおかみが1匹倒れているようにしか、俺には見えない。


 しかたなく、止まったコマに顔を寄せた。

 このおおかみは横へ走っていない。鼻先を俺に向けて、まっすぐ跳び込んできている。

 跳んでいるあいだは足が床に着かないから、曲がりようがない。

 当たらなかった泥団子の先のおおかみは、どれも床を蹴って向きを変えている。


 当たったのはまっすぐ来たやつだけだ。


 似た場面なら、前に一度ある。

 初めてゴブリンを倒した日、行き止まりに隠れた俺は、塞いだ土壁を外から刃で削られていた。だから塞ぐのをやめて、ゴブリン1匹分だけすき間を開けた。開けた所からしか、あいつは入ってこられない。

 あの頃の俺のほうがよっぽど賢い。


「三島さん。向きを変えるやつを追うのは、もうやめる」


 当たる所へ、来させる。


 マーカーを取って、ホワイトボードの数字の下に階段の下の通路を描いた。

 通路の脇の土で壁を2枚立て、あいだにおおかみ1匹分のすき間を残す。すき間の向こうの壁には土を固めて、泥団子を飛ばす先にする。

 俺に来たければ、おおかみはこのすき間を通るしかない。

 ただ、すき間に着いてから切り替えたのでは遅い。《引力》で泥団子を引き寄せる先を、俺から的へ切り替えても、泥団子が実際に曲がるまでには0.49秒かかる。そのあいだに、おおかみはすき間を抜けてしまう。


「だから切り替えるのは、おおかみがすき間へまっすぐ向かってきたときだ」


 三島さんが図の壁をペンの尻でつついた。


「この壁も、固めた土ですよね。なんで別に土を固めるんですか」

「壁はおおかみの手前にある。引き寄せる先を壁にしたら、泥団子は壁に当たるだけだ」

「……なら、動く的が要りますね」


 三島さんは天井のはりを見上げた。


「明日、私の測り直しのあとで、つるしておきます。測りましょう」


 ◇


 次の日の終業後。三島さんの測り直しが済むと、はりから的がぶら下がっていた。

 土を詰めた袋を、縄でつるしただけの振り子だ。安い試しから、ということらしい。

 的は、俺と奥の壁に固めた土とのあいだを、行ったり来たりして横切っていく。

 振れている的の先を予測して、飛ばす。泥団子は的が通り過ぎたあとの宙を、律儀に抜けていった。


「10回で、当たりが2回。20%です」

「振り子にも負けるのか、俺」

「おおかみより、ずっと遅いんですけどね」


 追い打ちが的確すぎる。


 足を固めていた土をほどいて、試験用の土に手をついた。


「《土操作》、《硬化》」


 床の土が盛り上がり、振り子の通り道をふさいで、壁が2枚立った。

 あいだに残ったおおかみ1匹分のすき間の向こうに、奥の壁の土が見える。

 これなら、追わなくていい。


 もう一度足を床に固定し、6つの泥団子を体の周りに回らせた。

 三島さんが袋を手で横へ持ち上げて放し、入口の脇の、透明な板で仕切った測定室へ駆け込む。


 的が、戻ってくる。

 すき間へ向かって、まっすぐ。


 切り替えた。


 2つが列を離れて飛ぶ。

 的はもうすき間を抜けていて、泥団子は奥の壁にぼそりと埋まった。


「外れ」


 板の向こうから三島さんの声が届く。

 すき間を狙ったのは合っている。遅れたのは、俺の切り替えのほうだ。


 次は早すぎた。泥団子はすき間の手前の宙を抜けて、的はそのあとから悠々とすき間を通っていった。


「外れ」


 引き寄せる先を壁の土へ切り替えて、すぐ自分へ戻す。

 的がすき間へ向かうたびに、それだけを繰り返す。


「外れ。……外れ」


 三島さんは1つも飛ばさずに数えていく。

 数えられるたびにMPが減っていく。周りの泥団子が少しずつぶれ始めた。

 持つのは、あと1回分だけだ。


 的が、戻ってくる。

 すき間へ向かって、まっすぐ。


 切り替えた。


 ごっ。


 すき間の中で、的が大きく揺れた。


「……当たり」


 外ればかり数えていた声が、それだけ言った。

 引き寄せる先を自分へ戻したとたん、MPがごっそり減った。列がほどけ、残りの泥団子が床に転がる。

 限界だ。足の土をほどいて、その場に座り込む。


【取得可能なスキルに、《MP自動回復》が加わりました】


 ……今か。

 岩を周りに回す練習を始めてから、俺は毎回、頭が割れる手前まで続けてきた。その分がやっと積もったんだろう。


 座ったまま、ステータスを開いて取得可能なスキルの欄を見た。


 取得可能なスキル:《MP自動回復》(5)

 スキルpt:18


 回している間もMPが戻るなら、欲しい。


「三島さん。払う前に、測ってもらえるかな。回してる間に、MPがどれだけ戻るか」

「今は戻らないんですよね」

「たぶん。だから、測ってほしいんだ」

「……それ、私が言うやつです」


 翌日、6つを1分回し、始めと終わりに俺がMPを読み上げた。三島さんが引き算する。

 1分で戻ったMPは0。知っていた数字だ。

 その場で取得を選ぶと、本当に取得するかを訊く文字が出た。頭の中ではいと答えた。


【《MP自動回復》を取得しました】


 スキル:《土魔法》 Lv8/《引力》 Lv4/《MP自動回復》 Lv1

 スキルpt:13


 払っても、体は何も変わった気がしない。勝手に働くスキルだから、確かめるには翌日もう一度測るしかない。


 その次の日、同じように測ると、板の向こうで三島さんの声が跳ねた。


「MPの戻り、3です。1分で3! 出ましたよ、先輩」


 6つを回していられる時間が、数秒延びるだけの数字だ。MPが減っていく感じは、昨日と少しも変わらない。

 それでも、0よりは3だ。

 頼まれてもいないのに、俺はもう一度6つを周りに回らせていた。


 この2日も、三島さんの測り直しが済んでからの短い時間で、すき間と振り子の練習を続けた。

 2日目の最後の1回を数え終えて、三島さんがボードに書き足す。


 4/10(40%)


「追うより、倍です」

「6回は外れてるけどな」


 おおかみは振り子ほど素直に戻ってこない。


 金曜は試験用の土で泥団子を6つ作る。

 三島さんは1つずつ重さと硬さを測ってから袋に入れ、口を縛って俺に渡した。


「今度は、持って帰ってきてください」

「……ああ」


 片付けのとき、三島さんが振り子の縄をほどくのを手伝った。


「そういえば、アーカイブを見てたとき。何を言いかけたんだ」

「測ってからにします」


 三島さんは縄を巻く手を止めなかった。

 測る人に、測る前のことを訊いた俺が悪い。


 帰る前に、ホワイトボードの図を方眼ノートに写した。

 すき間の横には『振り子 4割』『泥団子6つ』と書き足す。


 来月頭の会議の前の、最後の土曜。もう一度、第11層へ下りる。

 おとといの第11層の配信では、切る前に題の末尾へ〔外れ〕と足した。

 今度の題は、〔第11層 中層の土を採る もう一度〕。

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