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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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第29話 群れ

 階段の下の壁に手をついて、1つ目の的を土で固めた。泥団子を当てるための的だ。

 初めての第11層だ。班に頼まれた中層の土を、来月頭の会議までに持って帰るために下りてきた。

 空気が乾いていて、土の匂いが薄い。階段を下りきるころには、鼻の奥の湿り気がすっかり抜けていた。


 床は人の通る筋だけが踏み固められていて、土が薄い。岩は1つも転がっていない。

 岩がない分、通路の脇と壁際に土が溜まっている。


「《土操作》、《硬化》」


 壁際の土が這い上がって壁に貼りつき、硬く固まる。

 高さはおおかみの背より少し上で、右の壁に2つ、左の壁に1つ。

 どっちへ走られても、どれかの的が向こうにある。


 振り返ると、ハズレが階段の上から2段目に座っていた。上で見たときと同じ段で、下りてくる気はないらしい。


『ハズレ今日も上』

『高みの見物』

『下りてこいよ』


 階段の下から十数歩の、人の通る筋の上に戻って、足首まで土で固定する。

 踏ん張ると、胸の固定帯の下でひびが鳴った。

 ひびを治してからにして、と陽菜には言われている。聞かなかったことにして下りてきた。


 袋を開けて、6つの泥団子を腰より低い高さで体の周りに回らせる。《引力》で自分へ引き寄せ続けるかぎり、泥団子は落ちずに俺の周りを回る。低いうなりが6つ重なった。


 通路の奥から、音が来た。

 爪が岩盤を叩く軽くて速い音で、1つじゃない。


『来た』

『足音多くね』

『泥団子の出番』


 苔の青白い光の中に、おおかみが出てきた。

 大型犬より一回り大きい灰色の背が、次々に続く。


『6匹』

『多すぎ』

『囲まれてる』


 おおかみたちは飛びかかってこないで、泥団子の外側をぐるりと走りはじめた。

 いちばん大きいのが1匹だけ、走らずに離れた所で足を止めている。


 ドローンが床すれすれまで降りてきた。

 腰より低い所を泥団子が回り、その外側を5匹が逆向きに走っている。いちばん大きいのは、その向こうからじっとこっちを見ている。

 目が回りそうだ。それでも、ここまでは予定どおりだ。


「走っていく先の向こうに的がある所で、飛ばします」


『頼む』

『実験の成果見せて』


 初めての相手には、いつも小さく試す。飛ばすのは2つだけだ。

 引き寄せる先を自分から壁の的へ切り替えると、泥団子は的へ飛ぶ。前の2つが離れたところで自分へ戻せば、残りは周りを回り続ける。

 おおかみの体へ直接引き寄せることはしない。生き物へ向けて引くと、そいつの魔力で引く力が弱まって、体の周りの泥団子が散ってしまう。


 右の壁にある的の手前へ、1匹が走っていく。

 その走る先へ。


 引き寄せる先を的へ切り替えて、すぐ自分へ戻す。


 泥団子が2つ、列を離れて飛んだ。

 着く所に、おおかみはもういない。

 速い。切り替えてから泥団子が向きを変えるまでのひと呼吸で、おおかみはもう横へ抜けている。

 2つとも誰もいない床の上を抜けて、的の土にめり込んだ。


「外れ。26回目」


 階段の上から、ハズレの平たい声が降ってきた。俺の見込みが外れた回数を、あいつはずっと数えている。


 左の的の手前を走る1匹へ、もう2つ。

 おおかみは跳ねるように向きを変えた。2つとも空いた床の上を抜けて、壁の的を叩いた。


『外れた』

『また外れ』

『避けてね?』

『ウルフ速すぎ』


 実験室で的にしていた柱は、もちろん逃げなかった。

 体の周りに残った泥団子は、あと2つ。


 周りを走っていた群れから、1匹が外れた。

 まっすぐ、俺のほうへ跳び込んでくる。


 宙にいるその肩を、回ってきた泥団子が真横から打った。

 おおかみは床を転がり、起き上がらないまま、ほどけるように消えた。あとに小さな魔石が1つ残る。


『倒した!』

『1匹やった』

『泥団子つえええ』


 1匹。残りは5匹。


 残ったおおかみの走り方が変わった。

 1周するごとに、俺との間が詰まってくる。


 また1匹が跳び込んできた。

 泥団子は肩をかすめただけで、灰色の体に弾き飛ばされた。浅い当たりでは、泥団子のほうが負ける。


 引き寄せていた重さが急に抜けて、体が横へ持っていかれる。固めた足首で踏ん張ると、胸の奥でひびが鳴った。


 弾き飛ばされた泥団子が1つ、床を転がっていく。

 拾いに行けない。足首は土で固めたままだ。


『やばい』

『弾落ちた』

『逃げて!』


 次の1匹が来た。

 最後の泥団子も鼻先をかすめただけで、床に落ちた。おおかみは首を一つ振って、周りを走る群れへ戻っていく。


 また踏ん張る。また胸が鳴る。

 息が吸えない。


 体の周りの泥団子が、1つもなくなった。


『輪が消えた』

『足固めてるって!』

『逃げて逃げて』

『噛まれる!』

『土F兄!』


 いちばん大きいのは離れた所に立ったまま、まだ一歩も動いていない。


 泥団子のいなくなった所を、灰色の影が抜けてきた。


 右のふくらはぎに、牙が入った。


 熱い。


 足を固めていた土をほどく。

 床に手をつく。


「《土操作》、《硬化》!」


 脇の土が跳ね上がって、俺とおおかみの間に壁が立った。

 壁に押されて、牙が抜ける。


 下がって、もう1枚。

 床の泥団子は、もう拾えない。

 また下がって、もう1枚。


 かかとが階段の1段目に当たった。

 壁の脇から、1匹が追ってくる。


「《土操作》、《硬化》!」


 立ち上がった壁で、階段の下をふさいだ。


 壁の向こうで、爪の音がする。

 がり、がり、と土をひっかいている。


 割れない。

 ホブゴブリンなら一振りで割った壁だ。おおかみの爪では、表面が削れるだけらしい。


 しばらくして、爪の音が遠ざかっていった。


『音消えた』

『助かった……』

『生きてる?』

『よかったああ』


 階段に座り込んだ。

 ふくらはぎの血が靴の中まで垂れていて、思ったより深い。

 ポーチの包帯を、きつめに巻いた。


「生きてます。歩けます。走るのは、無理そうです」


『無理すんな』

『報告が実験っぽい』


 同時接続数は28,000。


 足音が戻ってこないのを確かめてから、階段の下をふさいだ壁を崩した。ほかの組も通る階段だ。

 十数歩先の床に泥団子が転がっていて、壁の的にめり込んだままのものもある。

 三島さんの試料の土で作った6つだ。使ったら全部持って帰る、と約束していた。

 取りに行く足が、出なかった。


 腰の瓶は2本とも空のままだ。

 今日、俺が中層の土にいちばん近づいたのは、壁に貼りつけて的にした分だった。


 階段を上がると、ハズレは上から2段目に座ったままだった。

 その隣に腰を下ろす。


「実験室では7割当たったんだ。半分は当たると思ってた」

「外れ。27回目」


 笑ったら、胸とふくらはぎが一緒に痛んだ。


 配信を切る前に、題の末尾に1語足した。

 題は〔第11層 中層の土を採る 外れ〕。


 ◇


 その夜、居間のテーブルで包帯を巻き直していると、陽菜が横からのぞきこんできた。


「うわ、歯形くっきり」

「触るなよ」

「兄ちゃん、おおかみにもおいしそうに見えたんだ。土の味しかしないのに」


 陽菜はけらけら笑うだけで、胸のひびのことはひと言も言わなかった。


 代わりに、俺の手から包帯を取った。

 訊きもせずにほどいて、巻き直していく。俺が巻いたのより、ずっときつくて、ずっときれいだ。


 怒られたほうが、まだ楽だった。


 テーブルの上でスマホが震えた。三島さんからのメッセージだ。

 おおかみへ飛ばした4つが当たったかどうか、アーカイブで数えると言っていた、その結果だ。


 画面には、0/4、0%です、とだけあった。


 置いてきた6つのことは、ひと言も書いてなかった。

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