第24話 翌朝
土F兄の引力検証を見守るスレ part19
208:名無しの冒険者
何回見ても下からの絵がいい
ボスの足元で、腰より低い輪がぐるぐる
209:名無しの冒険者
>>208
ホブから見たら小石なんだよな、あれ
210:名無しの冒険者
で、その小石をホブが横に払う
あそこで心臓止まった
211:名無しの冒険者
脇腹に棍棒めり込んでたぞ
あれで立ってるのおかしい
あれで立っていたのはおかしいと、打たれた本人も思う。
中間ボスのホブゴブリンを倒した翌朝、俺は胸に固定帯を巻いたまま台所に立っていた。
フライパンの横にスマホを立てかけて、このスレッドを読んでいる。寝る前は part14 だったのに、起きたら5本も進んでいる。
ゆうべは陽菜に夜間の救急へ引っぱっていかれて、打ち身じゃなく、あばらにひびが入っていると言われた。
あれだけ当てたいと言っておいて、いちばんきれいに当たったのはホブゴブリンの棍棒のほうだ。
固定帯の上からエプロンを着けて、陽菜の皿に目玉焼きとトーストを載せ、ラップをかける。俺の分は袋から出したパンを1枚で、立ったままかじる。
ひびが入っても、自分の分が雑なのは治らないらしい。
230:名無しの冒険者
横払いで輪の岩が2つ吹っ飛んで、残り3つがよれよれ
正直ブラウザ閉じかけた
231:名無しの冒険者
>>230
俺も閉じかけた
閉じなくてよかった
閉じかけたのは俺も同じだ。
あのときは、体の周りでふらつく3つの岩しか見えていなかった。
232:名無しの冒険者
振り抜いた棍棒が床を叩いて、そこで止まるんだよ
一拍だけ
233:名無しの冒険者
土F兄が入口から逃げ帰ったときの一拍な
同じ一拍で返してる
234:名無しの冒険者
胸にごっ
頭にがくん
235:名無しの冒険者
で、床の棍棒がもう上がってこない
読んでいるだけで脇腹がうずくのに、スクロールはやめられない。
240:名無しの冒険者
横もらってから返した
241:名無しの冒険者
>>240
それ
242:名無しの冒険者
横もらってから返した
朝から10回は言ってる
243:名無しの冒険者
スレタイにしろ
244:名無しの冒険者
ホブが膝ついた瞬間スクショして、スマホの壁紙にした
決着の配信のコメントに一瞬流れた一言が、一晩でこのスレッドの合言葉になっていた。
確かに返したのは俺だ。返す前に、だいぶもらったけど。
251:名無しの冒険者
配信の最後はハズレな
とことこ歩いてきて「21回」
252:名無しの冒険者
勝った日まで外れ数えに来るの何なの
好き
253:名無しの冒険者
ハズレのグッズ出たら買う
あれを買ったら、持ち主の外れまで数えに来そうだ。
260:名無しの冒険者
で、本人の第一声がこれ
「……当たったの、2つだけどな」
261:名無しの冒険者
>>260
そこ?
262:名無しの冒険者
中ボス倒して最初に言うのがそれかよ
喜べ土F兄
いや、そこだろう。
声に出して笑ったら、胸の奥でひびがきしんだ。流しの縁をつかんで、体を折る。
「……兄ちゃん」
台所の入口で、寝癖を跳ねさせた陽菜が止まっていた。自分のスマホを握って、駆け込んでくる途中の格好のままだ。
「今、笑って胸押さえたよね」
「スレが悪い」
「スレのせいにしない」
陽菜は大股で寄ってきて、立てかけてあった俺のスマホをつかんだ。
「没収」
「レシピを見てただけだ」
「目玉焼きに、レシピ要らないでしょ」
陽菜は画面をのぞいて、『横もらってから返した』のところで一瞬だけ口の端を上げた。それから、スマホを俺のエプロンのポケットに落とした。
「次笑ったら、本当に没収。ひび入ってる人は笑っちゃだめって、お医者さん言ってたでしょ」
救急で医者の話をいちばん真剣に聞いていたのは、打たれた本人じゃなかった。
「で、これ見て。昨日の切り抜き、再生数のとこ」
陽菜が突き出した画面の中で、膝をついたホブゴブリンが止まっている。
「180万回! 一晩でだよ! 一晩!」
寝起きの頭で、0の数を数え直した。
「題もそのまま。『土Fなのに異常に強い人』」
「FからDに上がったんだけど」
「知ってる。でも土Dだと弱そうじゃん」
「Dのほうが上なんだよ」
テーブルの端の冒険者証には、Dの字の上に土の指の跡がついたままだ。
世間が呼び名を書き換えるより先に、俺のほうがDを汚している。
陽菜が向かいの席で目玉焼きをつつきはじめたので、俺はポケットからスマホを出して、笑わないように読んだ。
288:名無しの冒険者
勝因はホブの前まで3歩踏み込んで足固めたことな
あそこまで寄ったから岩が届いた
289:名無しの冒険者
>>288
敗因も同じだろ
足固めてたから横よけられなかった
290:名無しの冒険者
同じ3歩が勝因で敗因なの草
291:名無しの冒険者
わざと脇腹で受けて一拍作った説を推す
全部計算
どっちの言い分も、俺のあばらが証明している。
ただ、わざとなわけがあるか。そんな計算があってたまるか。
301:名無しの冒険者
ホブってDのモンスターだぞ
土F兄は戦う前Lv11でEの帯の入口。帯1つ上の相手をソロ
302:名無しの冒険者
だからまぐれだって
303:名無しの冒険者
>>302
帯1つ上なら準備と急所で届くこともある、ってのが常識
304:名無しの冒険者
入口から逃げてく背中の切り抜きと並べて見ろ
同じ人と思えん
まぐれかどうかは次に当ててみれば分かる。
逃げる背中のほうは、俺だって同じ人だと思いたくない。
305:名無しの冒険者
ボス1体で一晩にどんだけ上がったんだか
春にスーツで潜ってた人形使いの配信者も、一日の上がり方おかしいって言われてたな
310:名無しの冒険者
アーカイブ掘ってきた
何年も前から、土の固まり方を測る動画ばっかり
本業、土を調べる研究員らしい
311:名無しの冒険者
研究員がボス倒すな
合っている。何年分あると思ってるんだ、あのアーカイブ。
明日、職場で誰にも見つかっていないといいけど。
315:名無しの冒険者
転移陣の目の前で、乗らずに配信切ったの何
あの脇腹で第10層から歩いて帰ったんか
乗ったことのない物に、ひびの入った胸を預ける気はない。
320:名無しの冒険者
てか岩を周りに回してる間、一歩も動けてなくね?
321:名無しの冒険者
>>320
固定砲台で草
否定できない。
笑いかけて、腹に力が入る前にやめた。陽菜がフォークを持ったまま、こっちを見ている。
残りのパンを口に押しこみ、棚から方眼ノートを取って陽菜の向かいに座った。部屋着のポケットで、休みの日でも入れている土のサンプル瓶が、太ももに当たる。
新しいページに自分の弱点を4行書いて、少し下にもう1行足した。
回せるのは5つ
替えられるのは1回
当たったのは5つのうち2つ
回している間は動けない
称号2つ、何が変わったかは不明
「……兄ちゃん」
陽菜がページをのぞきこんでいた。
「昨日ボス倒した人が、次の朝に何書いてんの」
「弱いところ」
「見れば分かるよ。普通、勝った次の日はもっとこう、ケーキとか食べるでしょ」
「パンは食べた」
「立ったままね。見てたから」
見られていた。
「それ、配信でやれば? 土Fの反省会。絶対伸びるよ」
「勝った次の日に反省会を流すやつがいるか」
「ここにいるじゃん。ノートで」
言い返す代わりに、4行を上から眺めた。
潰すなら3行目からだ。5つを体の周りで回らせて2つしか当たらないなら、残りの3つはただの飾りになる。
朝飯の間に、スレッドはさらに2本進んでいた。
土F兄の引力検証を見守るスレ part21
18:名無しの冒険者
次はCランクか?
19:名無しの冒険者
Dランクのソロでどこまで行く気だよ
次と言われても、昨日ランクが2つ上がって、胸にひびをもらったばかりだ。
手の中でスマホが短く震えた。送り主は研究所の後輩、三島さんだ。
休みの朝に職場から連絡が来たことは、一度もない。
メッセージには画像が1枚付いていた。決着の1コマに、人形相手に練習した最後の1回を重ねたものだ。
練習のほうまで見返したのか。
当たった岩の所には赤い丸がある。人形の肩に1つ、ホブゴブリンの胸と頭に2つ。棍棒に払われた2つは青い×で、当たりにも外れにも数えていない。
当たらなかった岩の行き先には、赤い線が引いてある。練習の4つと、本番の1つだ。
余白には小さな字で、当たった数が『練習 1/5』『本番 2/3(払われた2つは別)』。
本番は、払われずに飛んだ3つのうち2つだ。
指で画像を広げると、5本の線はどれも人形とホブゴブリンの脇をかすめて、画面の端まで伸びていた。
線と線のすき間は指1本分もない。
外した岩はばらばらに散ったものだと、ずっと思っていた。行き先を1本ずつしか見ていなかった。
画像の下に、三島さんの文が2行。
外れた5つ、全部同じ側に抜けてます。先輩から見て右です。
先輩、外れの行き先は見ない主義でしたっけ。
当たらなかった数なら、俺も数えていた。
行き先まで並べて見たのは、俺より三島さんが先だ。
スマホがもう一度震えた。
明日、実験室を空けておきます。




