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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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23/24

第23話 中心

 暗がりの中で、ホブゴブリンの肩が息をするたびに上下している。

 先週、俺が逃げ帰った中間ボスの広間の、いちばん奥だ。入口から壁に手を添えたまま、ここまで来た。

 ホブゴブリンは床に座り込み、棍棒を膝の脇に寝かせている。


 今日の最初の段取りは、この壁に土を固めて的を作り、戻ることだ。

 あとで、ホブゴブリンは俺の前まで来て立ち止まるはずだ。俺とこの壁の間に、あいつが立つことになる。

 岩は最後に、ここへ飛ばす。


 しゃがんで壁際の床に手をつき、息だけで言った。


「《土操作》」


 足元の土が壁を這い上がっていく。

 ざりざりと擦れる音が広間じゅうに響いた。

 うるさい。頼むから、もっと静かに上がってくれ。


 頭より高い所まで上がった土を固める。


「《硬化》」


 奥の暗がりで、目が2つ開いた。


『あ』

『目』

『目あいてる』

『戻って』

『静かに戻って』


 あいつは座ったまま、こっちを見ている。

 それでも、手は離せない。固め終わる前に離すと、土は壁をずり落ちる。練習の日に1回、それをやった。


 頭の上で、土がじわじわと石みたいになっていく。こんなに遅かったか。

 あいつはまばたきもしない。


 固まった。


 手を離し、背中を壁につけて、入口のほうへ横に下がる。

 あいつは目だけで俺を追ってくる。

 俺が一歩ずれるたびに、暗がりの2つの点も同じだけずれた。気味が悪いくらい、ぴったりだ。


 まだ立たない。真ん中に入るまでは、立たないはずだ。

 もっとも、まだ倒していない人間が壁沿いに奥まで来た話は、誰からも聞いたことがないけど。


『見てる見てる』

『走るな』

『ゆっくり』

『息してる?』


 走りたい。でも走ったら、全部が先週に戻る気がする。

 背中で壁のでこぼこを1つずつ確かめながら、下がった。


 入口の縁まで戻ると、ハズレがさっきと同じ所に座っていた。

 振り返ると、あいつはまだこっちを見ていた。それでも、座ったままだ。


 膝に手をついて息を吐く。

 息を止めていたことに、今ごろ気づいた。


『戻れた……』

『立たなかった』

『心臓に悪い』

『見てるだけで汗かいた』


 ここからが本番だ。

 入口から、広間の真ん中を歩く。先週と同じ14歩だ。


 14歩目で、ホブゴブリンが棍棒を床に引きずって立ち上がった。

 座っていたときより、ずっと大きい。


 俺はあいつのほうへ3歩踏み込んだ。

 ここまで近づかないと、向こうの壁まで岩が届かない。


「《土操作》、《硬化》」


 床に手をつくと、足元の土が集まってきて、靴を足首までのみこんで固まった。


 逃げ道は自分で消した。


 振り返らなくても分かる。入口は先週よりずっと遠い。


 床に転がるばらの岩を1つずつ引き寄せ、俺の体の周りをぐるぐる回る列に加えていく。

 あいつは走らない。それでも、着くまでの間は先週よりずっと短い。


『来てる』

『間に合え』

『3つ目』

『急げ土F兄』


 4つ目を加えたとき、棍棒が床を擦る音はもうすぐそこにあった。

 MPが見る間に減っていく。それでも、手は止めない。


 最後の1つが列に加わった。

 顔を上げると、あいつはもう目の前にいた。


 5つの岩が俺の腰より低い所を回っている。

 撮影用ドローンが床すれすれまで降りてきて、岩のすぐ上で羽音を低くした。


 見上げると、首が痛い。

 こんな足元の5つなんて、あいつから見たら小石だろう。


『5つ!?』

『回ってる……』

『下からの絵やばい』

『Fランクがボスの真下にいる』

『どっちがボスか分からん』


 ホブゴブリンは棍棒の届く所で止まった。

 あいつの肩越しに、向こうの壁の的が見えた。目に追われながら固めた、あの土だ。


 あいつは振りかぶりが長い。棍棒が肩の後ろで一度止まってから、来る。

 その間だけが今日の俺の持ち時間だ。


 5つの岩を列の片側へ集める。集めておけば、飛ばしたときに5つがそろって同じ向きへ行く。

 岩は今、俺に引き寄せられて、俺の周りを回っている。引き寄せる先を向こうの的に切り替えれば、岩は的へ飛ぶ。

 ただ、切り替えてもすぐには曲がらず、少しのあいだ回り続ける。だから、集めた側が的のほうを向く少し前に切り替える。


 棍棒が上がらない。


 あいつは足元を回る岩を目で追っている。

 そして太い腕で、棍棒を腰の横に構え直した。


 横だ。


 足元に何かあると、横にも払ってくる。掲示板にそう書き込まれていたのに、自分の目で見ていないからと、俺は聞き流した。

 今、見ている。


『横!』

『よけて!』

『横くる』

『土F兄!』


 集めた側はまだ的を向いていない。今切り替えても、外れる。


 今じゃない。


 棍棒が、低く来た。


 列の岩が2つ、弾き飛ばされた。


 勢いの落ちた棍棒が、そのまま俺の左の脇腹にめり込む。


 足首まで固めた土が、俺を床に縫いつけていた。

 倒れない代わりに、一歩も逃げられない。


 息が入ってこない。

 白い。


 白い視界の端で、残った3つがよれた列のままふらふら回っている。

 次が来たら――


 振り抜かれた棍棒の先が、床を打った。

 そこで止まる。


 一拍。


 先週もそうだった。入口の縁の床を叩いたあと、棍棒は一拍止まり、その間に俺は逃げ切った。


 よれた3つを片側へ集める。

 的を向く、少し前。


 切り替えた。


 3つが、列を離れた。

 向こうの壁の的めがけて、飛ぶ。

 途中に、あいつがいる。


 胸に、1つ。

 厚い胸板の真ん中で、ごっ、と重い音がした。


 頭に、1つ。

 あいつはがくんと首をのけぞらせた。


 残る1つは脇を抜けて、壁の的にめり込んだ。


 あいつは床の棍棒を振り戻さず、そのまま柄から指を離した。

 ホブゴブリンが膝をつき、前へ倒れ込んだ。床が揺れて、固めた足首の土ごと俺まで揺れた。


 ホブゴブリンの体がほどけるように消え、拳ほどの魔石が1つ、土の上に転がった。


 何の音もしない。


【レベルアップ。Lv11からLv15になりました】

【称号、孤軍を得ました】

【称号、番狂わせを得ました】


『え』

『倒した』

『倒したあああああ』

『土Fが中ボスを』

『横もらってから返した!?』

『生きてる!』

『生きてるよな!?』


 足首を土に埋めたまま、脇腹を押さえて、俺はまだ立っていた。


「……当たったの、2つだけどな」


『そこ?』

『十分なんよ』

『中ボス倒しといて何言ってんの』


 画面の隅で、同時接続数が24,000になっていた。


『おめでとう』

『切り抜き班、仕事だぞ』

『脇腹やばくない?』

『ハズレどこ』


 足首の土をほどいた途端、膝が抜けて、床に膝をついた。

 今まで立っていられたのが不思議なくらいだ。


 入口の縁から、ハズレが歩いてきた。短い足で、床の土の上をまっすぐこっちへ来る。

 広間の中まで入ってきたのは、初めてだ。


 ハズレは俺の膝の先で止まり、半分まぶたの下りた目で見上げた。


『ハズレ来た』

『ハズレが黙ってる』

『懐いた?』


「……何だよ。2つ当たった。今日は外してないぞ」

「21回」


 ハズレだ。練習の日、俺が外すたびに数えて、20回目で終わっていた。

 広間の入口で俺は、あいつは長く振りかぶる、と言い切っていた。


 勝った日まで、外してたのか。


 声に出して笑ったら脇腹に響いて、体が折れた。


『笑ってる場合か』

『脇腹!』


 浅く息をして、ステータスを開いた。


 名前:黒沢透

 Lv:15

 職業:魔法使い

 称号:孤軍/番狂わせ

 HP:46/100

 MP:17/58

 筋力:11 耐久:13 敏捷:12 器用:22 魔力:31

 スキル:《土魔法》 Lv8/《引力》 Lv3

 スキルpt:18

 取得可能なスキル:0件


 3週間前、俺はLv6だった。それが15だ。

 職業の下に、称号の行が増えている。俺の画面に称号が出るのは初めてだ。並んでいるのは名前だけで、何に効くのかはどこにも書いていない。

 スキルptは18あるけど、まだ使わずにおく。

 ただ、レベルが9つ上がっても、脇腹の痛みは少しも軽くならない。


 広間のいちばん奥、中層へ下りる階段の脇の床で、円い模様がぼんやり光っていた。

 転移陣だ。ボスを倒した人間だけが、あれに乗って入口の近くまで一瞬で戻れる。

 冒険者なら誰でも知っている。俺も知っているだけで、乗ったことはない。

 何がどうなって運ばれるのか分からない物に、この脇腹を抱えた体は預けられない。

 倒したかどうかを、あれがどうやって見分けているのかは、ちょっと気になるけど。


『乗らんのかい』

『その脇腹で歩いて帰るの?』


 配信の題は〔第10層 中間ボス 引き寄せる先を壁に置く〕。

 今日は、題の末尾に何も足さずに配信を切った。


 ◇


 脇腹を押さえて50分歩き、多摩ダンジョンの入口の建物に戻った。

 息を吸うたびに、左のあばらの奥がきしむ。MPもほとんど残っていない。今日はもう、岩の1つも回せそうにない。


 買い取り窓口に、拳ほどの魔石を出す。

 ポケットから冒険者証を引っぱり出したら、土のサンプル瓶まで一緒に出てきた。

 瓶だけポケットへ戻す。こっちは売り物じゃない。


 職員が魔石を端末に乗せ、冒険者証と照らし合わせる。

 あの端末の中で何が起きているのか、すごく知りたい。


「上層の中間ボスの討伐、確認しました。FからDへ、飛び級で昇格です」


 差し出された新しい冒険者証のランクの欄には、Dと刷ってある。


 初めて、Fでない冒険者証を持った。


 カードの角を親指でなぞったら、Dの字に土の指の跡がついた。新品なのに、さっそく台無しだ。


「兄ちゃん!」


 振り返ると、陽菜がいた。来るなんて、ひと言も聞いていない。


「見てた! 最後の! ホブゴブリンがどーんって! どーんって!」


 陽菜が手を振り上げた。背中を叩くときの、いつもの勢いだ。

 俺はとっさに左の脇腹をかばって体をひねり、自分でまた響かせた。


 陽菜は振り上げた手を宙で止めた。


「……そこ、打たれたとこ」

「見てたのか」

「見てたよ。打たれたとこで、もう靴はいてた」


 陽菜は手を下ろした。笑っていない。


「病院。今から」

「ひどい打ち身だよ。寝れば――」

「打ち身かどうか決めるの、兄ちゃんじゃないから」


 ダンジョンで俺を新人扱いするときの、先輩の声だった。

 1人なら外しても俺だけで済む、と言った俺に、低く「済まないよ」と返した。あのときの声にも少し似ている。


「倒したとこは、駅の階段で見た。転ぶかと思った」


 それから陽菜は怒った顔のまま笑って、俺の手元の冒険者証をのぞきこんだ。


「D? じゃあ、Bのあたしの2つ下まで来たね」

「上から数えるなよ」

「下から数えたら、2個しか上がってないじゃん」


 言い返せない。けど、Fのまま何年も動かなかったんだ。


「あ、そうだ。これ見て」


 陽菜がスマホの画面をこっちへ向けた。

 膝をつくホブゴブリンの前に、俺が突っ立っている。さっきの決着の切り抜きだ。

 早すぎる。


 切り抜きの題は〔土Fなのに異常に強い人〕。


「……Dになったんだけど」

「知ってる。おめでと、土F」


 陽菜が指で画面を送ると、見慣れた掲示板が出た。


「こっちは兄ちゃんのスレ。兄ちゃんが広間に入ったときは、このスレ、まだ10本目だったんだよ」


 倒してから、まだ1時間半ほどしか経っていない。

 俺が脇腹を押さえて歩いている間に、スレッドが4本も増えた。


 画面のいちばん上に、今のスレッドの名前があった。


土F兄の引力検証を見守るスレ part14

ここまで読んでくださってありがとうございます。続きが気になったら、ブックマークしてもらえると更新の通知が届きます。

知識で先回りして元の職場を見返す話がお好きなら、同じ作者名のページから『俺のスマホのAIだけ、ダンジョンの答えを全部知っている〜クビにされた配信の裏方、元職場が狙うボスを先に倒してバズる〜』も読めます。

次回から「実験室編」が始まります。

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