第21話 切り抜き②
土F兄の引力検証を見守るスレ part7
301:名無しの冒険者
今日のアーカイブの題見た?
第10層 中間ボスの魔力で引力がどれだけ弱まるか測る 外れ
302:名無しの冒険者
>>301
自分で外れって付けてて草
303:名無しの冒険者
土壁が一振りで割れるとこ、何回見ても声出る
304:名無しの冒険者
最後は壁も立たなくて、背中向けて走ってたな
305:名無しの冒険者
床叩かれたとこで普通に声出たわ
同じ土曜の夜、俺は居間の床に座り込んで、このスレッドを読んでいた。
スマホを持ち替えるたびに、左肩と脇腹がずきりと痛む。
外れは外れだ。ホブゴブリンを少しも動かせなかったんだから、ほかに付けようがない。
308:名無しの冒険者
逃げるとこだけ切ったやつ、もう回ってる
〔切り抜き〕壁職人、最後は壁なしで全力ダッシュ
309:名無しの冒険者
>>308
運動会の曲つけたの誰だよ
310:名無しの冒険者
フォームが必死すぎて3回見た
311:名無しの冒険者
アーカイブより再生されてて草
開かなければいいのに、指が勝手に開いていた。
軽い行進曲に乗って、俺の背中が入口へ走っていく。かかとのすぐ後ろに棍棒が落ちたところで、曲がいちばん盛り上がった。
弱まり方を測りに行った配信より、逃げた背中のほうが見られている。
閉じても、行進曲が耳に残った。
320:名無しの冒険者
だから言ったろ
土Fはやっぱり無理なんだって
321:名無しの冒険者
>>320
その土Fが昼に第8層でソルジャー4匹、触らずに倒してたんだが
322:名無しの冒険者
>>321
ソルジャーとホブを一緒にすんな
323:名無しの冒険者
上層でゴブリン狩って喜んでりゃよかったのにな
かばってくれたのは321の1人だけで、その1人も、もう書き込んでいない。
悔しいけど、言い返す材料は俺の手にもない。
330:名無しの冒険者
で、次どうすんの 作戦会議しようぜ
331:名無しの冒険者
数で押せ。ソロで行くから負けるんだよ
332:名無しの冒険者
陽菜ちゃんと組めば秒
333:名無しの冒険者
公転させたまま突っ込めばよくね?
体の周りで岩ぐるぐる回しとけば近寄れないだろ
数で押すのも陽菜と組むのも、俺が行く意味がなくなる。
岩を回らせたまま近づいても、棍棒のほうが長い。あいつが回る岩に触れる前に、棍棒が俺の頭に届く。
335:名無しの冒険者
てか魔力の高いモンスターに弱らせる系が効かないのは常識だろ
336:名無しの冒険者
Lv10でホブはまだ早いって
まだFの帯やぞ
337:名無しの冒険者
あとホブは足元に何かあると横にも払ってくるぞ
知り合いの盾がそれで壁まで飛ばされてた
335と336の言うとおりなのは、今日この体で確かめた。
横に払うところなら見ていない。俺の前で、あいつは上から振り下ろしただけだ。
名無しの知り合いの話は、自分で見るまで数えない。
340:名無しの冒険者
お前ら頭固すぎ
ホブ本体に効かないなら、棍棒のほうを引力で引っぱればいいんだよ
武器は生き物じゃないから弱まらない。はい解決
341:名無しの冒険者
>>340
天才おる
握られた棍棒は、握っている体と一緒に弱まる。冒険者なら誰でも知っている話だ。
はい解決、の勢いだけは見習いたい。
350:名無しの冒険者
引力で岩飛ばしたとこ、スローにしたら面白いの映ってた
351:名無しの冒険者
>>350
岩がすねに当たってて草
352:名無しの冒険者
ボスがちょっと痛がってるw
353:名無しの冒険者
弁慶の泣き所はホブにもあった
中間ボスの手前で、比べるために引き寄せた岩のことか。
貼られた切り抜きを開く。ドローンが撮ったあの数秒を、スローに引き延ばしてある。
画面に顔を寄せた。
岩はあいつの通り道を横切って、道の脇に固めた土の山へ飛んでいく。スローだと、ひどくのろい。
その行く手に、太い足が踏み込んでくる。
「……当たってる」
ホブゴブリンの歩みは乱れない。
ただ、当たったコマで、あの大きな体が一瞬だけ縮こまった。
すくんでいる。
あのとき、鈍い音を一度だけ聞いた。
岩が土の山に着いた音だと思っていた。
あれは、すねを打った音だ。
あいつに《引力》は効かなかった。
なのに、《引力》で飛んだ岩は、弱まらずにあいつを打っている。
あの岩を引き寄せていたのは、土の山だ。あいつじゃない。
土の山と岩が引き合っていて、あいつはその間に足を出しただけだ。
握られた棍棒とは違って、あの岩は誰の手にもなかった。
あいつに《引力》をかけず、引き合う2つの間に立たせればいい。
スレッドはまだ、すねの話で笑っている。
肩の痛みを、しばらく忘れていた。
切り抜きを、もう一度頭から流す。
当たったコマのあと、あいつは何もなかったように歩いている。転ばせてもいない。
止まっていた岩を2メートルほど引き寄せただけだ。あの巨体には軽すぎる。
倒すには、速さが足りない。
なら、もっと重い岩をもっと強く引き寄せればいい。
昼に強めに使った分、MPはまだ少し減ったままだ。一晩寝れば回復する。
明日、第2層の行き止まりで試す。
方眼ノートに、土の山と岩を1本の線で結んだ。線の途中に、あいつのすねを小さく描き込む。我ながら下手だ。
玄関で、鍵の回る音がした。
「ただいまー」
居間に入ってきた陽菜の、上着を脱ぎかけた手が止まった。
陽菜は俺の襟元をじっと見ていた。隠すには遅い。
「兄ちゃん、それ」
「土壁の破片。脇腹にもある」
「見せて。湿布あったよね」
返事を待たずに、陽菜は救急箱を取ってきた。
冷たい湿布が左肩に貼りつく。思ったより、しみる。
「怖かった?」
湿布の端を押さえたまま、陽菜が訊く。
「怖かった。足が震えた」
どうせ、震えた脚まで配信に全部映っている。
「あはは。兄ちゃんらしい」
陽菜は笑いながら、脇腹にもう1枚貼った。
「あたしなんか崩落で閉じ込められたとき、ぜんぜん平気だったけどね。余裕余裕」
いつもの笑い方より、少し高い。
俺は何も訊かずに、ノートに目を戻した。
救急箱を片付けて戻ってきた陽菜に、ノートの線を見せて、切り抜きで見つけたことと、まだ足りないことを話した。
陽菜はスローを3回見返してから、線を指でなぞる。
「待って。じゃあホブゴブリン、引き合う2つのどっちにも入ってないの? ずっと仲間はずれってこと?」
「そうなる」
「うそ、すご。スレの人たち、すねで笑ってるだけじゃん。気づいたの兄ちゃんだけだよ、これ」
陽菜が膝立ちのまま身を乗り出してくる。自分のことみたいに声が弾んでいる。
「手伝う。あたしが先に入って削っとくから、最後だけ兄ちゃんが当てなよ」
「いや。1人で行く」
「え、なんで」
「《土魔法》で、俺の手で倒したい」
それだけでは足りない気がして、もう1つ足した。
「それに、1人なら、外しても俺だけで済む」
陽菜の笑い顔が、止まった。
身を乗り出したまま、陽菜は動かない。
「兄ちゃんだけじゃ、済まないよ」
低い声だった。
陽菜はそれ以上、何も足さない。俺も、それ以上は訊けずにいる。
陽菜は膝を揃えて、座り直す。
「明日も配信するんでしょ」
「する。あいつくらいの土の人形を立てて、試す」
「じゃあ、その人形に当てるとこ、配信で見せて。当たんなかったら、あたしも一緒に行く」
ダンジョンで俺を新人扱いするときの、先輩の口調だった。
「陽菜」
「兄ちゃんが何て言っても、行くから」
あの広間に、陽菜が入る。
かかとのすぐ後ろで床が割れた音が、耳の奥に戻ってきた。
あそこに陽菜を立たせるくらいなら、人形の1体くらい、当ててみせる。
「……分かった」
陽菜は立ち上がって、俺の背中に回った。
湿布のない所を選んで、手のひらが思いきり背中を叩く。
ぱん。
「当てたら、行ってこい」
すぐには声が出なかった。
振り向くと、陽菜はもう笑っていた。
それでも、さっき笑いが止まった一瞬を、俺は覚えている。
「……当ててくる」




