第20話 一振り
今日は勝ちに来たんじゃない。測りに来た。
岩を体の周りで回らせられた日から6日たった土曜。
《引力》は相手の魔力で弱まる。ステータスの説明文にそうある。ゴブリンには弱まっても効いた。
魔力の高い相手でどこまで弱まるのかは、まだ確かめていない。今日は第10層の中間ボス、ホブゴブリンで弱まり方を測る。
ただ、その前に第8層で手を慣らしておく。
ゴブリンより1段重い相手でも、回る岩が盾になるのか。ホブゴブリンに挑む前に、そこだけは見ておきたい。第10層へ下りる通り道だから、寄り道にもならない。
Eの相手が組で出る層だ。Fが1人で長居する所じゃない。
床に土が溜まり、岩の転がる通路に立つ。足首を土で固定して、腰より低い高さで岩を2つ、体の周りに回らせる。
ゴブリンソルジャーが組で寄ってきた。ゴブリンと違って、錆びた剣と木の盾を持っている。
先頭の1匹は盾を前に構えたまま、回る岩の内側へ踏み込んできた。盾の外から回ってきた岩に横から胴を打たれて、そのソルジャーは転がった。
『触らなくなった』
『公転つよ』
『先週袖切られてた人とは思えん』
先週コメントが「公転」と呼んだ、岩を体の周りで回らせるやり方が、ちゃんと盾になっている。
同じ形で2匹目を倒したところで、天の声が鳴った。
【レベルアップ。Lv8からLv9になりました】
4匹目で、もう一度。
【レベルアップ。Lv9からLv10になりました】
「あ、上がりました。Lv10です」
『2個上がった』
『ソルジャーおいしいな』
足首の土を崩してから、ドローンに向き直る。
「今日の本題は、このあとです。第10層の中間ボスに行きます」
『は?』
『ホブ行くの!?』
「広間では、体の周りに岩を回らせません。棍棒のほうが遠くまで届くし、回らせてる間は俺が一歩も動けないので」
「ホブゴブリンが歩いてくる道の脇に、固めた土の山を作ります。その山へ、ホブゴブリンと近くの岩を一緒に引き寄せます。両方の寄り方を比べれば、弱まり方が分かります」
弱まるにしても、ホブゴブリンも少しは動くはずだ。
「引き寄せるのは1回だけです。駄目なら入口まで下がります」
「中間ボスは広間の外へ出ないので、入口を越えれば追ってきません」
下がる間の盾は土壁でいい。
妹の陽菜が見せてきた切り抜き動画では、ホブゴブリンの一振りで誰かの土壁が割られていた。ただ、俺が固めた土は、先週測ったら前よりずっと硬くなっていた。
だから、一振りは持つ。
『慎重で草』
◇
第10層のいちばん奥、中層へ下りる階段の手前に、中間ボスの広間がある。
卵形で天井の高い広間だった。苔の光で明るい床に、拳から頭ほどの岩があちこちに転がっている。
奥だけが暗い。あの暗がりのどこかに、ホブゴブリンがいる。
スマホを入口の壁に立てかけると、隣の縁にはもうハズレが座っていた。石のヘルメットの小さなモンスターで、俺の読みの外れを数える。
正しい判断だ。
『ボス部屋きた』
『ハズレ入らないの草』
『同接どんどん増えてる』
入口のそばの床に手をつく。
土が薄い。指のすぐ下はもう硬い岩盤だ。挑む連中が何年も踏み固めてきた床だから、当たり前か。
入口のそばじゃ、何も作れない。
土が厚いのは中ほどからだ。だったら、用があるのもそこから先でいい。
立ち上がって広間に入る。
14歩目まで行けば、ホブゴブリンが立つ。挑む冒険者なら誰でも知っている決まりだ。
歩数を数えながら、真ん中をまっすぐ進む。
少し先に、頭ほどの岩が1つ転がっている。比べる相手はあの岩でいい。
13歩目でしゃがんで床に手をつく。ここの土はちゃんと厚い。
「《土操作》、《硬化》」
床の土が寄り集まって盛り上がり、そのまま固まって硬い山になった。ホブゴブリンが歩いてくるはずの道を挟んで、さっきの岩と向かい合わせだ。
土の山と岩の間を、あいつが通る。
腰を上げて、14歩目を踏む。
奥の暗がりで、何かが立ち上がった。
決まりどおりだ。
見上げる背丈。太い腕の先で、丸太を削ったような棍棒が床を擦っている。
『でっか』
『ホブだ』
『音がもう怖い』
背丈はゴブリンの倍、と聞いていたとおりだった。
ホブゴブリンはまっすぐ歩いてくる。走りはしない。急ぐ理由がないんだろう。
一歩ごとに床が鳴る。
その足が土の山と岩の間に入った。
今だ。
《引力》を使う。土の山へ、あいつと岩を一緒に、強めに引き寄せた。
一度に、MPがごっそり減った。
それでも俺は、近づいてくる顔と棍棒から目を離さない。
ごつ、と鈍い音が一度した。
岩が土の山にぶつかった音だろう。岩はちゃんと寄った。
なのに、ホブゴブリンの歩みは少しも変わらなかった。少しは動くどころじゃない。
効かない。
『え、今引いた?』
『効いてない』
『普通に歩いてくる』
『土F兄下がれ』
来る。
床に手をつく。
「《土操作》、《硬化》!」
足元の土が寄って、俺の胸の高さまで壁が立ち上がる。
手のひらの下で、土が石みたいに固まる。これなら。
壁の上に、振りかぶった棍棒の先が見えた。
一振り。
壁が砕けた。
飛び散る土の向こうに、振り抜かれた棍棒があった。
破片が左の肩を打ち、脇腹にめりこむ。
『割れた』
『一発!?』
『硬くしたんじゃなかったの』
『肩いった』
『土F兄!』
『逃げろ!』
2歩下がって手をつき、もう1枚立てる。
でも、一振りで割れる。
また下がって立て、また割られる。
あいつは走らないのに、一歩が俺の倍ある。下がった分を一歩で取り返される。
振りかぶりが長い。棍棒が肩の後ろで一度止まってから、来る。
その止まる間に、壁を1枚立てられる。……こんなときに、何を数えてるんだ俺は。
手をつくたびに、MPが減っていく。
肩越しに入口の縁が見えた。立てかけたスマホの画面が、流れる文字で白く光っている。
あと数歩。
床に手をつく。
指のすぐ下は、もう岩盤だ。
壁が、立たない。
背中を向けて、走った。
あいつが見えない。聞こえるのは、棍棒が床を擦る音だけだ。
『走れ!』
『後ろ来てる!』
『走れええ』
『あと少し!』
背中で、棍棒の擦る音が、ふっと止んだ。
あいつが、振りかぶった。
壁を1枚立てるだけの間に、何歩行ける。
入口の縁へ跳ぶ。
ごっ。
かかとのすぐ後ろの床を、棍棒が叩き割った。
砕けた土が、背中にばらばらと降ってくる。
転がって、縁を越えた。
通路の壁に背中からぶつかって、振り返った。
棍棒は、縁のすぐ内側の床を叩いたまま止まっていた。
一拍。
それからホブゴブリンは棍棒を持ち上げ、そこで足を止めた。
追ってこない。本当に。
あいつは背を向けて、奥の暗がりへ戻っていく。
大きな影が暗がりで腰を下ろすのを見届けてから、俺も通路にへたり込んだ。
『生きてる』
『生きてた……』
『心臓止まるかと思った』
『よかったあああ』
脚が今ごろになって震えている。遅いんだよ。
縁の内側の床に、棍棒の形の割れ目が残っていた。
跳ぶ直前まで、俺が踏んでいた所だ。
あの一拍がなかったら、縁を越える前に次が来ていた。
同時接続数は17,000。逃げ帰るところを、それだけの人が見ていた。
ハズレは入口の縁に座ったまま、半分下りたまぶたでこっちを見ていた。
「外れ。18回目」
先週までの外れは16回。今日で2つ増えた。
ホブゴブリンも少しは動く。土壁なら一振りは持つ。どっちも、俺が言った読みだ。
笑ったら、脇腹に響いた。
MPは底をつきかけている。
測りに来たんだ。
なのに測れたのは、自分の走る速さだけだ。
暗がりの奥で、あいつはまた、誰かの14歩目を待っている。
あいつは引き寄せても寄らない。岩は寄る。
次にあの前に立つとき、何を引き寄せる先にすれば、岩はあいつに当たる。




