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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第3章 検証

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20/24

第20話 一振り

 今日は勝ちに来たんじゃない。測りに来た。


 岩を体の周りで回らせられた日から6日たった土曜。

 《引力》は相手の魔力で弱まる。ステータスの説明文にそうある。ゴブリンには弱まっても効いた。

 魔力の高い相手でどこまで弱まるのかは、まだ確かめていない。今日は第10層の中間ボス、ホブゴブリンで弱まり方を測る。


 ただ、その前に第8層で手を慣らしておく。

 ゴブリンより1段重い相手でも、回る岩が盾になるのか。ホブゴブリンに挑む前に、そこだけは見ておきたい。第10層へ下りる通り道だから、寄り道にもならない。

 Eの相手が組で出る層だ。Fが1人で長居する所じゃない。


 床に土が溜まり、岩の転がる通路に立つ。足首を土で固定して、腰より低い高さで岩を2つ、体の周りに回らせる。


 ゴブリンソルジャーが組で寄ってきた。ゴブリンと違って、錆びた剣と木の盾を持っている。

 先頭の1匹は盾を前に構えたまま、回る岩の内側へ踏み込んできた。盾の外から回ってきた岩に横から胴を打たれて、そのソルジャーは転がった。


『触らなくなった』

『公転つよ』

『先週袖切られてた人とは思えん』


 先週コメントが「公転」と呼んだ、岩を体の周りで回らせるやり方が、ちゃんと盾になっている。


 同じ形で2匹目を倒したところで、天の声が鳴った。


【レベルアップ。Lv8からLv9になりました】


 4匹目で、もう一度。


【レベルアップ。Lv9からLv10になりました】


「あ、上がりました。Lv10です」


『2個上がった』

『ソルジャーおいしいな』


 足首の土を崩してから、ドローンに向き直る。


「今日の本題は、このあとです。第10層の中間ボスに行きます」


『は?』

『ホブ行くの!?』


「広間では、体の周りに岩を回らせません。棍棒のほうが遠くまで届くし、回らせてる間は俺が一歩も動けないので」

「ホブゴブリンが歩いてくる道の脇に、固めた土の山を作ります。その山へ、ホブゴブリンと近くの岩を一緒に引き寄せます。両方の寄り方を比べれば、弱まり方が分かります」


 弱まるにしても、ホブゴブリンも少しは動くはずだ。


「引き寄せるのは1回だけです。駄目なら入口まで下がります」

「中間ボスは広間の外へ出ないので、入口を越えれば追ってきません」


 下がる間の盾は土壁でいい。

 妹の陽菜が見せてきた切り抜き動画では、ホブゴブリンの一振りで誰かの土壁が割られていた。ただ、俺が固めた土は、先週測ったら前よりずっと硬くなっていた。


 だから、一振りは持つ。


『慎重で草』


 ◇


 第10層のいちばん奥、中層へ下りる階段の手前に、中間ボスの広間がある。

 卵形で天井の高い広間だった。苔の光で明るい床に、拳から頭ほどの岩があちこちに転がっている。

 奥だけが暗い。あの暗がりのどこかに、ホブゴブリンがいる。


 スマホを入口の壁に立てかけると、隣の縁にはもうハズレが座っていた。石のヘルメットの小さなモンスターで、俺の読みの外れを数える。

 正しい判断だ。


『ボス部屋きた』

『ハズレ入らないの草』

『同接どんどん増えてる』


 入口のそばの床に手をつく。

 土が薄い。指のすぐ下はもう硬い岩盤だ。挑む連中が何年も踏み固めてきた床だから、当たり前か。


 入口のそばじゃ、何も作れない。


 土が厚いのは中ほどからだ。だったら、用があるのもそこから先でいい。


 立ち上がって広間に入る。

 14歩目まで行けば、ホブゴブリンが立つ。挑む冒険者なら誰でも知っている決まりだ。

 歩数を数えながら、真ん中をまっすぐ進む。


 少し先に、頭ほどの岩が1つ転がっている。比べる相手はあの岩でいい。


 13歩目でしゃがんで床に手をつく。ここの土はちゃんと厚い。


「《土操作》、《硬化》」


 床の土が寄り集まって盛り上がり、そのまま固まって硬い山になった。ホブゴブリンが歩いてくるはずの道を挟んで、さっきの岩と向かい合わせだ。

 土の山と岩の間を、あいつが通る。


 腰を上げて、14歩目を踏む。


 奥の暗がりで、何かが立ち上がった。

 決まりどおりだ。


 見上げる背丈。太い腕の先で、丸太を削ったような棍棒が床を擦っている。


『でっか』

『ホブだ』

『音がもう怖い』


 背丈はゴブリンの倍、と聞いていたとおりだった。

 ホブゴブリンはまっすぐ歩いてくる。走りはしない。急ぐ理由がないんだろう。


 一歩ごとに床が鳴る。

 その足が土の山と岩の間に入った。


 今だ。


 《引力》を使う。土の山へ、あいつと岩を一緒に、強めに引き寄せた。


 一度に、MPがごっそり減った。

 それでも俺は、近づいてくる顔と棍棒から目を離さない。


 ごつ、と鈍い音が一度した。

 岩が土の山にぶつかった音だろう。岩はちゃんと寄った。


 なのに、ホブゴブリンの歩みは少しも変わらなかった。少しは動くどころじゃない。


 効かない。


『え、今引いた?』

『効いてない』

『普通に歩いてくる』

『土F兄下がれ』


 来る。

 床に手をつく。


「《土操作》、《硬化》!」


 足元の土が寄って、俺の胸の高さまで壁が立ち上がる。

 手のひらの下で、土が石みたいに固まる。これなら。

 壁の上に、振りかぶった棍棒の先が見えた。


 一振り。


 壁が砕けた。


 飛び散る土の向こうに、振り抜かれた棍棒があった。

 破片が左の肩を打ち、脇腹にめりこむ。


『割れた』

『一発!?』

『硬くしたんじゃなかったの』

『肩いった』

『土F兄!』

『逃げろ!』


 2歩下がって手をつき、もう1枚立てる。

 でも、一振りで割れる。


 また下がって立て、また割られる。

 あいつは走らないのに、一歩が俺の倍ある。下がった分を一歩で取り返される。


 振りかぶりが長い。棍棒が肩の後ろで一度止まってから、来る。

 その止まる間に、壁を1枚立てられる。……こんなときに、何を数えてるんだ俺は。


 手をつくたびに、MPが減っていく。

 肩越しに入口の縁が見えた。立てかけたスマホの画面が、流れる文字で白く光っている。

 あと数歩。


 床に手をつく。

 指のすぐ下は、もう岩盤だ。


 壁が、立たない。


 背中を向けて、走った。

 あいつが見えない。聞こえるのは、棍棒が床を擦る音だけだ。


『走れ!』

『後ろ来てる!』

『走れええ』

『あと少し!』


 背中で、棍棒の擦る音が、ふっと止んだ。


 あいつが、振りかぶった。

 壁を1枚立てるだけの間に、何歩行ける。


 入口の縁へ跳ぶ。


 ごっ。


 かかとのすぐ後ろの床を、棍棒が叩き割った。

 砕けた土が、背中にばらばらと降ってくる。


 転がって、縁を越えた。


 通路の壁に背中からぶつかって、振り返った。

 棍棒は、縁のすぐ内側の床を叩いたまま止まっていた。


 一拍。


 それからホブゴブリンは棍棒を持ち上げ、そこで足を止めた。

 追ってこない。本当に。


 あいつは背を向けて、奥の暗がりへ戻っていく。

 大きな影が暗がりで腰を下ろすのを見届けてから、俺も通路にへたり込んだ。


『生きてる』

『生きてた……』

『心臓止まるかと思った』

『よかったあああ』


 脚が今ごろになって震えている。遅いんだよ。


 縁の内側の床に、棍棒の形の割れ目が残っていた。

 跳ぶ直前まで、俺が踏んでいた所だ。


 あの一拍がなかったら、縁を越える前に次が来ていた。


 同時接続数は17,000。逃げ帰るところを、それだけの人が見ていた。


 ハズレは入口の縁に座ったまま、半分下りたまぶたでこっちを見ていた。


「外れ。18回目」


 先週までの外れは16回。今日で2つ増えた。

 ホブゴブリンも少しは動く。土壁なら一振りは持つ。どっちも、俺が言った読みだ。


 笑ったら、脇腹に響いた。

 MPは底をつきかけている。


 測りに来たんだ。

 なのに測れたのは、自分の走る速さだけだ。


 暗がりの奥で、あいつはまた、誰かの14歩目を待っている。


 あいつは引き寄せても寄らない。岩は寄る。


 次にあの前に立つとき、何を引き寄せる先にすれば、岩はあいつに当たる。

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