第19話 公転
足首まで土で固めて、右手のすぐ先に土の山を1つ盛った。
同じ日曜の、第2層のいつもの行き止まり。休憩でMPも少し戻った。配信はつないだままだ。
正面の床には岩を1つ転がしてある。ハズレは壁際に座っている。
休憩の前に、転がった岩がたまたま俺の背中を回った。今度はそれを狙ってやる。
やり方は、こう考えた。
正面の岩を右の土の山へ引き寄せ、岩が走りだしたら、引き寄せる先を俺に切り替える。
切り替えても、土の山へ引き寄せる力は0.9秒ほど残る。先週から俺の予測を何度も外させてきた、力を切ってから効きが消えるまでの遅れだ。
残った0.9秒のあいだに、岩は土の山のほう、俺から見て横向きに走る勢いをつける。
だから俺に引き寄せられ直しても、まっすぐは来ないはずだ。横へ流れながら、俺の周りを巡る。
外れの原因だった0.9秒を、横の勢いに使う。
「じゃあ、やってみます。たぶん外します」
『待ってた』
『外す宣言で草』
『ハズレがもう構えてる』
ハズレは壁際から、ジト目をこっちに向けていた。
岩を土の山へ引き寄せて、切り替える。
岩は土の山を素通りして、そのまま奥へ飛んでいった。
「切り替えが遅い」
慌てて早めにやると、横の勢いがつかないまま、岩はまっすぐ俺に来た。
「早すぎたっ」
太ももに当たった。地味に痛い。
それから土の山を少しずらし、岩も軽いのに変えてみた。それでも岩は、飛んでいくか俺に来るかのどちらかだ。そのたびに、どこで切り替えたかを頭の中で数え直す。
「外れ。13回目」
『仕事が早い』
『太もも大丈夫か』
『自分に岩投げてる人』
14回目、15回目と、平板な声が続く。
岩より先に、ハズレの数字ばかりが増えていく。
それでも失敗を並べると、ちょうどいい頃合いが見えてきた。
土の山に着くよりだいぶ前、岩がまだ遠いうちに、先を俺に移しておく。
もう一度、岩を土の山へ引き寄せる。
まだ遠い。
そこで切り替えた。
岩が土の山の手前で曲がる。
俺の脇をかすめて、背中側へ入った。
反対側から出てくる。
落ちない。
2周目に入った。
腰より低い所を浮いたまま、俺の周りを巡っている。
止まらない。
『は?』
『回ってる』
『回ってる回ってる』
『浮いてる、岩が浮いてる』
『何これ何これ』
「回せた。1つだけですけど」
『だけじゃないが』
『1個で十分おかしいんだよ』
なら、もう1つ。
ただ、引き寄せる先は一度に1つしか決められない。新しい岩を土の山へ走らせるには、巡っている岩の行き先まで土の山へ移すことになる。
承知のうえで先を土の山に切り替え、床の岩を1つ引き寄せる。
とたんに、岩の描く円がぐらりとよれた。巡っていた岩まで土の山に持っていかれかける。
まずい。
新しい岩が同じ円に滑り込んだところで、引き寄せる先を俺に戻す。
どうにか2つになった。
2つの岩が互い違いに俺の周りを巡っている。
欲を出して、もう1つ足しにいく。
3つ目の岩は円に乗る手前で、ぼとりと床に落ちた。
「あ」
意識できるのは2つまで。《引力》のLv2では、そこが限界らしい。
『増えた』
『あ、落ちた』
『衛星じゃん』
『惑星だろ』
『これ名前ないの?』
コメント欄で、勝手に呼び名探しが始まっている。
『公転』
『公転だな』
『公転してる』
『公転で決まり』
「いや、名前はいいです。ただの実験なんで」
『公転』
『公転』
『公転です』
『あきらめて』
同時接続数が13,000になっていた。
「……公転、でいいです」
『土F兄、そのまま歩いて』
『歩けたら最強じゃん』
「それができたら、苦労しないです」
岩を巡らせているかぎり、俺はこの場から一歩も出られない。
岩を引き寄せている間は、俺のほうも岩に引き寄せられているからだ。足首の土を緩めたら、たぶん俺のほうが岩に引きずられる。
しかも1周ごとに、MPが減っていく。ステータスを開くまでもなく、目に見える速さで減っているのが分かる。
「いったん《引力》を切ります。切れば、落ちるはずなんで」
《引力》を切って、0.9秒。
岩は、落ちなかった。
円からほどけるように、外へ飛んでいく。
片方の行く先にハズレがいる。
ごん、とハズレのすぐ横の壁が鳴った。
ハズレは目をまん丸にしていた。
石のヘルメットが体から浮いている。
こいつのこんな顔を見るのは初めてだ。
『ハズレーー!』
『あぶねえ!』
『今の顔!』
『目まん丸じゃん』
『ヘルメット浮いてて草』
ハズレはヘルメットをすとんと戻し、まぶたを半分まで下ろした。
「外れ。16回目」
「……悪かった」
『ハズレに謝ってる』
『数えるのは忘れないの偉い』
《引力》を切ると、岩はどこへ飛ぶか分からない。
だったら切らずに、飛ばす先を前もって作っておけばいい。
足首は固めたまま、しゃがんで床に手をついた。
「《土操作》。《硬化》」
床の土が、いちばん近い壁の根元へ寄って盛り上がる。壁に貼りついたまま固まって、岩を受ける的になった。岩の巡る円から腕2本分ほど外だが、Lv2で倍に延びた《引力》なら届く。
飛んでいった2つを1つずつ土の山へ走らせ、先を俺に戻して、もう一度俺の周りに乗せる。頃合いはもう分かっていて、今度は一度で巡りだした。
岩の向こうに、壁に固めた土が見えている。
引き寄せる先を、その土に切り替えた。
2つの岩が円を離れて曲がる。
弧を描いて壁へ飛び、ごつ、ごつ、と続けて的の土にめり込んだ。
『止まった』
『着地した!』
『今度はハズレ無事』
『片付けまでできるようになった』
「よし。狙った所に飛ばせました」
MPはもうだいぶ減っていた。
しゃがんだまま見回して、ハズレの位置が変わっているのに気づいた。
俺の周りを岩が巡っていた円の、すぐ外側に座り直している。昨日までは、もっと壁際にいたやつがだ。
手を伸ばせば、ヘルメットに指が届きそうだ。
「打たれかけた所に、なんで寄ってくるんだよ、お前」
返事はない。ハズレはジト目で、岩の通っていた床を見ているだけだ。
2つの岩は壁の土にめり込んだままだ。
ゴブリンは子どもほどの背丈だから、腰より低く巡る岩なら、ちょうど胴を払う。
ゴブリンになら、これで足りる。
でも、陽菜に見せられた切り抜きが頭に浮かんだ。
《土魔法》の誰かが立てた土壁を、ホブゴブリンが棍棒の一振りで割っていた。
《引力》は相手の魔力で弱まる。ステータスの説明文に、そう書いてあった。
それでもゴブリンには効いた。
ホブゴブリンならどうだ。
魔力の高い相手でどこまで弱まるのか、俺はまだ自分で確かめていない。
確かめるなら、あの棍棒の前に立つことになる。




