第18話 砂
ゴブリンに触りに行くのは、もうやめる。
岩を引き寄せる行き先を、ゴブリンじゃなくて俺の体にする。
日曜の昼、第2層のいつもの行き止まりで配信をつけた。
入口は《硬化》の土壁で塞ぎ、上に拳ほどの隙間だけ残してある。
スマホは壁に立てかけ、ドローンは天井の近くから俺を撮る。
『土F兄きた』
『袖、縫った?』
『今日はゴブリンなし?』
『左腕大丈夫?』
「大丈夫です。今日は、こっちを使います」
行き止まりの奥の壁際を指さした。
天井から落ちた岩が10個ほど積もっている。拳くらいのから頭くらいのまで、根元は砂と小石をかぶったままだ。
何年もここで魔法を試してきたが、こいつらだけは一度も動かせなかった。
昨日、岩が寄ってきたのを、正直まだ半分信じきれていない。
でも今日から、こいつらは材料だ。
説明より先に、体が山の前へ行っていた。しゃがんで根元の床に手をつく。
「これを、俺のほうへ引き寄せます。寄ってきたのを周りに積めば、盾になる」
『岩の盾!』
『昨日のあれ見たあとだと安心する』
気づくと、壁際にハズレが座っていた。
実験を始めると、こいつは必ずいる。
床から手を離し、立ち上がる。手を伸ばせば、いちばん近い岩に指が届く。
左手を胸に当てて、引き寄せる先を自分の体に決めた。
《引力》は、目で見て選んだものを寄せる。選ぶのは、山の中で俺にいちばん近い岩だ。その岩と根元に積もった砂と小石を、目でまとめて囲む。
寄ってきたら目の前で止め、足元に並べればいい。
「引き寄せます」
力は弱めにした。
端の岩がごろりと山からこぼれた。
床を離れる。
まっすぐ、こっちへ来る。
止まれ、と念じた。
岩は止まらない。
右腕を上げる。
ごっ。
前腕の骨に、重いのが響いた。
その後ろから、ざあっ、と砂が来る。
根元の砂と小石が筋になって追いかけてきたかと思うと、ヘルメットから襟の中まで降りそそいだ。
『自爆』
『盾じゃなくて的』
『岩に撃たれる配信』
『頭から砂かぶってて草』
腕を押さえて顔を上げると、すぐ前にハズレが座っていた。
ジト目だった。
「外れ。9回目」
俺の見立てが外れるたびに、こいつは数える。
止まらなかったのも当たり前だ。念じてから岩が実際に止まるまでには、1秒と少しかかる。そのあいだに、岩は俺まで来てしまう。
知ってたはずなんだけどな。
口の中がじゃりじゃりする。
砂を吐き出して首筋を払った。払っても払っても、襟から出てくる。
岩しか引き寄せてないのに、なんで砂まで来るんだ。
……いや。
目で囲んだものは、丸ごと来る。
方眼ノートを開き、事故の週に《引力》の疑問を並べたページをめくった。
最後の行は、一枚岩の前で2回目に試したときのことだ。小石を引き寄せたら、足元の砂までついてきたやつだ。
なんで、砂までついてきた。
空けたままだったその下の行に、書いた。
俺が、砂まで見てたから。
『急にノート出てきた』
『砂払ってから書いて』
ページの上にも髪から砂がぱらぱら落ちてくる。
2週間近く分からなかったことが、頭から砂をかぶったら分かった。
靴に目を落とすと、さっきより半歩、山のほうへずれている。
俺の体も、岩のほうへ引き寄せられていたらしい。
「《土操作》、《硬化》」
床に手をつくと、足元の土が靴を包んで這い上がり、足首まで固まった。これで足は床から動かない。
あとは、岩が俺まで来る前に止まればいい。だから引き寄せる力を弱めて岩を遅くし、念じるのも早めることにした。そう決めて3回試した。
ところが弱めても、岩は床を離れたとたんに速くなる。念じた頃には、もう腕の前にいる。
ハズレは1回ごとに律儀に数え、12回目まで来ている。
盾の前に、腕のほうが硬くなる。
『腕が盾』
『右腕もう紫だろ』
ただ、受けるたびに1つ気になっていた。
腕で受けるのは同じでも、念じてから岩が止まるまでが1回ごとに短くなっている。最後のなんて、1秒もかからずに止まった気がする。
【《引力》がLv2になりました】
ステータスを開く。
スキル:《土魔法》 Lv8/《引力》 Lv2
「……Lv2。上がってる」
『引力のLv上がった!』
『おめでとう』
『腕の犠牲は無駄じゃなかった』
『レベルアップの瞬間に立ち会えた』
使えば、伸びる。
今日は来てから、数えきれないほど引き寄せている。
それなら届く所も変わったはずだと思った。さっきの岩は、手を伸ばせば指が届く所にあった。
足は床に固めたまま、今度は山の向こう側で壁にもたれている岩を2つ選ぶ。山を挟んで、さっきの倍は遠い。昨日までなら、何も来なかった距離だ。
今度は砂を囲まず、2つの岩だけを1つずつ別々に目で囲んで、引き寄せる。
2つとも来た。しかも砂は山の根元に残ったままだ。
砂を置いていけるなら、話が早い。
1つは右の前腕で受けた。もう1つは腕の端で弾かれ、俺の右の床を、後ろのほうへ転がっていく。
拾いに行くのが面倒なので、転がっているうちに引き寄せた。
岩が床を離れる。
まっすぐ俺へは来ない。転がっていた勢いで横へそれながら、俺の右の脇腹すれすれへ寄ってくる。
腕を上げ、止まれと念じた。
来ない。
岩は脇腹の横をすり抜けて、目の端から消えた。
風が背中をなでる。
左の床で、ごとん、と鳴った。
ハズレが、俺の右から左へゆっくり目で追い、床の岩を見て止まった。
『今、後ろ回った?』
『背中側を通過したぞ』
『岩が兄をよけた』
『なにいまの』
「……回った」
床の岩と、自分の脇腹を見比べる。
まっすぐ引き寄せた岩は、まっすぐ俺に来た。でもさっきのは横から来た。
公園にある、柱に紐でつないだボールを思い出す。あれは横から叩けば、ぶつからずに柱の周りを回る。
横から入れれば、回るかもしれない。
当たらない岩が、俺の周りを回り続けたら。
試したい。今すぐ。
なのに、体がだるくて頭がぼんやりする。
「ちょっと座って休みます。MPを戻さないと」
『ここで休憩!?』
『回すの? 回すんでしょ』
『正座して待つ』
『ハズレも休め』
同時接続は11,000になっていた。
「MPが戻ったら、岩を回らせます」




