第17話 岩
3匹目のゴブリンの肩に、手を置いた。
土曜、多摩ダンジョンの第5層で配信している。この辺りは通路が広く、床の土も厚い。
ゴブリンの足を土で固めて動けなくしてから、肩に触る。先週見つけた倒し方を、今日はもう手が覚えている。
脇に固めておいた土の玉を引き寄せる。土の玉はまっすぐ飛んでこめかみを打ち、ゴブリンは魔石を残して消えた。
【レベルアップ。Lv7からLv8になりました】
【《土魔法》がLv8になりました】
『3匹目』
『ペース早くない?』
先週は、刃物が目の前をかすめるたびに息が止まっていた。今日は数を数える余裕まである。同時接続数はもう10,000を超えていた。
ハズレは少し離れた床に座って、半分下りたまぶたのまま俺の手元を見ている。見物料を取りたい。
魔石を拾ったところで、通路の先から足音が近づいてきた。
苔の光る壁に重い靴音が揃って響く。ゴブリンの足じゃない、人だ。
目の端で、ハズレが体をヘルメットの中に引っ込めた。
残ったのは焦げ茶の丸い石1つで、通路の小石と見分けがつかない。
『ハズレ消えた?』
『擬態できるんかい』
『引っ込めるんだそれ』
『ちょっとかわいい』
ライトの光が苔の上を通り過ぎ、足音は分かれ道へ折れて遠ざかった。
聞こえなくなったとたん、石の下から短い足が2本出てきた。
人が来たら石、いなくなったら足。都合のいいやつだ。
「人見知りか、お前」
返事はない。
『なんで隠れたの』
「俺に聞かれても」
本人に聞いたところで、答えたためしがない。
気を取り直してステータスを開く。さっき天の声が言ったとおりだ。
Lv:8
スキル:《土魔法》 Lv8/《引力》 Lv1
8なら試したいことがある。
《引力》の説明文には『土と認められる範囲は、《土魔法》の段階に応じて広がる』とあった。段階というのは、《土魔法》のレベルのことだと考えるのが素直だ。
レベルが上がったら岩を引き寄せてみる、と先週ノートに書いておいた。
壁際に転がっていた拳ほどの岩を拾い、腕1本先の床に置く。
Lv7までは、この大きさの岩を手元へ引き寄せようとしても、ぴくりともしなかった。
床に左手をつき、その甲を右の指で押さえる。引き寄せる先は、俺の左手だ。そこへ岩を引き寄せる。
ごつ、と左手の小指に固いものが当たった。
見ると、岩が手元まで転がってきていた。
『岩動いた!?』
『ころって来た』
『あれ、岩って無理なんじゃ』
『土F兄の顔が完全に子ども』
「岩ですよ、岩」
ただ、1回なら偶然かもしれない。念のため隣の岩でもう一度やると、こっちも来た。
ゆるんだ顔が戻らないんだから仕方ない。
床に転がっている岩が急に全部、使える物に見えてきた。
ついでに、ノートのもう1行も片づける。俺の土壁の硬さだ。
「《土操作》、《硬化》」
《土魔法》の技を2つ続けて、足元の土を寄せ集めて固める。湿った匂いが立つ。
硬さは、固めた土にいつもの丸い小石をいつもの高さから落とし、できたへこみの深さで測る。何年も10か11ミリから動かなかったへこみが、今日は6ミリしかない。
魔力の値が20に上がったぶんだ。
これなら、ホブゴブリンの棍棒でも1回は受け止められる。
次のゴブリンは岩で倒す。
やり方は同じでいい。触ったゴブリンへ、土の玉の代わりに岩を引き寄せる。
膝の高さまである岩の左隣に立ち、待つ。両手で押しても、たぶん動かない大きさだ。
「試すか」
『岩でいくの?』
『それ当たったら絶対痛い』
痛くなかったら困る。
ところが4匹目は待ってくれなかった。
通路の角から、刃物を振り上げて突っ込んでくる。足を土で固める暇がない。
固めるより先に、肩に触れた。触った物が、引き寄せる先になる。岩はゴブリンへ飛ぶはずだ。
右脇の岩を強めに引き寄せる。
ゴブリンが、浮いた。
俺の手の下から抜けて、右へ。
岩のほうへ。
ごしゃっ。
背中から岩に叩きつけられ、ゴブリンはずり落ちたきり動かない。
岩はびくともしていなかった。
『ゴブリンのほうが飛んだ』
『岩じゃなくてそっち!?』
『自分から岩に突っ込んでったぞ』
『結果オーライ』
『倒したからヨシ!』
いつの間にか、岩の根元にハズレが座っていた。倒れたゴブリンの鼻先だ。
「外れ。8回目」
「……倒したんだけどな」
『倒したのに外れで草』
『判定きびしい』
ハズレは、俺の読みが外れるたびに回数を言う。岩が飛ぶと読んだのは俺だから、外れは外れだ。
足を押さえていなければ、軽いほうが動く。
《引力》は、触った物と引き寄せる物を引き合わせ、軽いほうを動かす。岩よりゴブリンが軽いから、ゴブリンが岩へ飛んだ。
先週からの4匹が飛ばなかったのは、足を土で固めていたからにすぎない。
「ノートに書いたの、俺なんだよな」
『何を』
『急に反省会』
「反省会じゃなくて、答え合わせです」
《引力》は、触った相手の魔力で弱まる。ゴブリンの魔力で弱まって、それでもあれだけの勢いで飛んだのなら、力は足りている。
なら、ゴブリンより軽い岩を使えばいい。今度は岩のほうがゴブリンへ飛ぶ。
5匹目の足音がした。
膝までの岩はそのままにして、壁際から頭ほどの小さい岩を両手で抱え上げた。通路の真ん中に下ろし、そのすぐ脇に立つ。
来た。
今度はゴブリンの足を固めずに、こっちから踏み込む。固める手間を省けば、そのぶん早く触れるからだ。
俺はゴブリンの肩に触れた。取った、と思った。
刃物が横から来る。
左の袖が、裂けた。
痛いかどうかはあとだ。引き寄せる。
足元に下ろしておいた頭ほどの岩が床を離れ、ゴブリンの脇腹にめり込んだ。
ゴブリンが崩れ落ち、魔石が転がる。
『うわっ』
『今切られた!?』
『腕! 腕!』
『倒したけど今のはダメだろ』
『土F兄、大丈夫か』
袖の裂け目から、前腕の赤い線が1本のぞいている。指でなぞると血がつく。ただ、浅い。
痛みはあとから来た。袖ごと押さえて、血が止まるのを待つ。
「大丈夫です。皮だけです」
『皮だけでも切られてんのよ』
『心臓に悪い』
ハズレが裂けた袖の端をじっと見ている。何も言わない。
倒すことは倒した。
でも、足を固めても固めなくても、触るたびに俺は刃の届く所に立っている。
5匹倒すあいだに、MPがだいぶ減った。今日はここまでにする。
袖の裂け目を指でつまむ。
引き寄せる先を、刃の届かない所に置けないのか。




