第16話 何年分
土F兄の引力検証を見守るスレ part2
212:名無しの冒険者
昼の土F兄の配信見たやついる?
塞いでた壁をわざわざ開けて、ゴブリン1匹だけ入れてた
213:名無しの冒険者
足を土で止めて、自分から肩に手を置きに行ったとこで声出た
214:名無しの冒険者
置いた瞬間、脇の土の塊がすっ飛んできて直撃
ゴブリンひっくり返って、そのまま魔石
215:名無しの冒険者
土Fがモンスター倒すとこ初めて見たわ
216:名無しの冒険者
>>215
本人も初めて見たみたいな顔してたぞ
日曜の夜、俺は居間のテーブルで、自分のことを書かれたスレッドを読んでいた。
陽菜は自分の用事で出ていて、まだ帰ってこない。
初めて見たみたいな顔、というのは合っている。
脇の塊は先に固めて置いた土で、肩に触れて《引力》をかけると、ゴブリンの魔力で弱まりつつも飛んできた。
知らない人の文章の中で、昼の俺がもう一回ゴブリンを倒している。
倒したときより、読むほうがよほど照れくさい。
231:名無しの冒険者
兄チャンネルの過去回、掘れるとこまで掘ってきた
5年分、ほぼ土壁を立てては崩してるだけ
232:名無しの冒険者
>>231
壁しか立ててなくて草
233:名無しの冒険者
壁職人
234:名無しの冒険者
壁職人、ついにモンスターを倒す
呼び名としては文句のつけようがない。
240:名無しの冒険者
まじめな話、なんで土Fで倒せたの
攻撃魔法の威力って、スキルLvと魔力の掛け算だろ
241:名無しの冒険者
引力が実は隠れ攻撃スキル説
242:名無しの冒険者
>>241
引力ビーム出るなら見たい
出ない。
251:名無しの冒険者
本人が配信で読み上げてたけど、Lv7で土魔法Lv7な
どうせレベルアップのスキルptで上げただけだろ
252:名無しの冒険者
安全な所でいくら壁立てても、習熟度なんかほぼ積もらんし
壁職人が何年壁立ててても無駄ってこと
253:名無しの冒険者
>>252
言い方
スキルは使って習熟度を積めばレベルが上がる。ほぼ積もらないのも知っていて、毎週使った分を捨てていると思っていた。
居間の壁際の棚へ行き、サンプル瓶のあいだに挟まった方眼の実験ノートを、抜けるだけ抜いてテーブルに積んだ。ノートが何年分あるのかは、数えたことがない。
ページの端には、毎回その日の《土魔法》のレベルを書いてある。隣は魔力だ。固めた土の硬さは、魔力で決まる。
めくってもめくっても、端の《土魔法》のレベルは6から動かない。
画面の中で無駄と笑われている何年分が、手元では6の縦の列だ。
でも昼の《土魔法》の7には、スキルptを1つも使っていない。レベルアップでもらった2ptは、画面に残っている。
ゴブリンの前で使った土は、壁を何枚かと、足を止めた土と、ぶつけた塊1つぶんだけだ。
何年も動かなかった数字が、それだけで動いたとは思えない。
捨ててたんじゃない。溜まってたんだ。
安全な行き止まりで何年も使った分の習熟度は、少しずつしか積もらなくても、消えずに残っていた。そこに初めて戦いながら使った分が加わって、7に届いたのだ。
6の縦の列を指でなぞる。
顔がゆるむのが自分で分かる。誰もいない居間でよかった。
玄関で鍵の回る音がした。
「ただいまー! 兄ちゃん、見たよ昼の!」
陽菜がスマホを握ったまま、靴も揃えずに居間へ飛びこんでくる。
誰もいない居間は10秒ももたなかった。
「帰りの電車でアーカイブ見てたら、声出ちゃってさ。隣のおじさんにめっちゃ見られた」
「電車で出すなよ」
「出るって。あたしの兄ちゃんだもん」
陽菜はテーブルをのぞきこんで、6の列と俺の顔を見比べた。
「……何これ。てか兄ちゃん、なんでにやけてんの」
「《土魔法》のレベル。6から7になっただけだよ」
陽菜はいちばん下のノートを引っぱり出して、表紙の日付に目をやる。
「これ、あたしまだ高校生のときじゃん」
「その1つって、このノート全部ぶんでしょ」
「すごいじゃん。よかったね、兄ちゃん」
肩を平手で2回叩かれた。加減というものを知らない妹だ。
それでも、否定する気にはならなかった。
陽菜は俺の横に座りこんで、勝手にスマホの画面を送りはじめた。
271:名無しの冒険者
で、土F兄はいつランク上がんの
272:名無しの冒険者
>>271
上層の中間ボス倒せばFから一気にDまで飛ぶ
多摩なら第10層のホブ
273:名無しの冒険者
土Fがホブは無理
ゴブリン1匹でこの騒ぎなんだぞ
274:名無しの冒険者
>>273
1匹倒せたなら2匹目もいける理論
275:名無しの冒険者
ホブも1匹だから実質ゴブリン
「ほら。兄ちゃんなら、Dランク狙えるじゃん」
Dランクへの近道も、第10層のホブゴブリンも、冒険者証を取った日から知っている。
ただ、土魔法Fが中間ボスを倒す筋書きに自分を当てはめたことは、一度もなかった。
無理だとずっと決めていた。
今は、分からない。
「……どうだろうな」
「どうだろうな、じゃないの。あたしは狙えると思って言ってんの」
「あたし、Fのとき、パーティで第10層のホブゴブリンやったよ。それで一気にDまで上がったの」
「どうだった」
「あたしの光線でちょっとずつ削って、やっと倒したの」
「皮も肉も分厚くてさ、奥まで通んないんだよね」
「おまけに魔力も高いって有名だし」
触った相手の魔力が高いほど、《引力》は弱まる。
昼のゴブリンには弱まっても届いた。ホブゴブリンでどれだけ弱まるのかは、まだ分からない。
「あと棍棒ね。重くて長いから、届かないと思った所の一歩先まで来るの。こっちが下がりすぎちゃう」
陽菜の話を聞きながら、俺はノートの新しいページを開き、次の土曜の日付を書いた。
試すことは2つある。1つは、モンスターと戦いながら《土魔法》を使うこと。危ない場面ほど、習熟度は多く積もる。
もう1つは、岩が土のうちに入るかどうか。《土魔法》のレベルが上がれば、土として扱える物の範囲も広がるかもしれない。
「あ、そうだ。これ見て」
陽菜が自分のスマホをノートの上に置いた。
誰かの配信の切り抜きだ。第10層の広間で、《土魔法》の冒険者が土壁を立てている。
《土魔法》で配信している人は、俺のほかにもいたらしい。
立て方は手慣れていて、固め方も悪くない。
奥の暗がりからホブゴブリンが歩いてくる。
昼に倒したゴブリンの倍の背丈だ。
丸太を削ったような棍棒を床に引きずっている。あの長さなら、陽菜の言うもう一歩先まで届く。
棍棒が横に振られて、土壁が真ん中から割れて崩れ落ちた。
「ね。土壁なんか一発だよ」
怖がるより先に、陽菜のスマホを取って巻き戻していた。
どこから割れたのかを、もう一回見たい。
「兄ちゃん。そこ、怖がるとこだから」
分かってる。
でも、壁の硬さを決める俺の魔力は、昼のレベルアップで16から18になったばかりだ。
俺の壁なら、何発だ。




