第15話 触る
塞いで、隠れるか。
ここは第2層の行き止まりで、入口は俺が立てた土の壁で塞いである。壁には崩れた穴が開き、ゴブリンの刃の先が引っ込んだ。壁の向こうの通路に、足音が3匹分ある。
何年も、モンスターが来るたびに塞いで隠れてきた。だから今度も、同じ答えでいいはずだ。
考えるより先に、手が床についていた。
「《土操作》、《硬化》」
床の土がずるずると壁を這い上がり、崩れた穴を埋めて固まった。
通路のゴブリンから見れば、また土の壁に戻ったはずだ。
ところが3つ数えないうちに、がりがりと削る音が戻ってきた。
埋めたそばから、これか。
刃で削った所を、ゴブリンが緑がかった指でかき出している。埋めたばかりの土がぽろぽろとこっち側へこぼれてきた。
中に獲物がいると分かっている相手なら、待っても帰らないだろう。
塞げば、また削られる。
それを繰り返したら、先に底をつくのはこっちのMPだ。
『お兄さん配信切って逃げて』
『壁削られてる』
『ゴブリン3匹はやばいって』
『土Fじゃ無理だろ』
無理だというコメントは正しかった。
《土魔法》には攻撃の魔法がひとつもない。
だから、動き回るモンスターを倒せたためしがない。土魔法Fの仕事は、壁と足場を作ることだ。
これまでの討伐31体も、ほとんどがスライムだった。土で包んで固めれば、水を吸われてしぼんでいく。
つまり俺の討伐記録は、ほぼ乾燥剤の記録だ。
削る音が一段深くなった。
塞ぐのはやめだ。
そばに土の玉を固めておき、ゴブリンの体に触ればいい。玉はあいつへ引き寄せられる。
《引力》で動くのは、俺が手で押さえた物じゃない。そのそばにある別の物のほうが、押さえた物へ飛んでくる。昨日から小石で何十回も見てきた。
生き物を押さえたところで、引き寄せる力が消えるとは思えない。説明文には、押さえた物が生き物だと体の魔力に邪魔されて力が弱まる、とあるだけだ。働かないとは書いていなかった。
上層のゴブリンくらいの魔力なら、弱まっても届くと思う。ただ、確かめる暇はない。
壁の土がまたひとかけ、こっち側へ落ちた。
困るのは数だった。触れるのは一度に1匹だけだ。3匹に一度に入られたら、触れなかった2匹が残る。
だったら、1匹ずつ入れればいい。
「……試すか」
『試すって何を』
『この状況で?』
削られている所の脇に、手をつく。
「《土操作》、《硬化》」
床の土が盛り上がって固まり、頭ほどの土の玉になった。置いたのは、これから開けるすき間を入ってすぐの床の、壁に向かう俺から見て右側だ。
《引力》で引き寄せられるのは、触った物のすぐそばにある物だけだ。だから土の玉は、ゴブリンの足を止める所の真横に置くしかない。
それから手のひらを壁へ移す。
「《土操作》」
壁の土がほどけていき、ゴブリン1匹がやっと通れるだけのすき間が開いた。
『開けた!?』
『何してんの』
『お兄さん正気か』
「正気です。たぶん」
すき間から2歩下がり、床に手をついたまま待つ。
膝が笑っているのはしゃがんでいるせいにしておく。
1匹目のゴブリンが、緑がかった手ですき間の縁をつかんだ。
来た。
子どもほどの背丈の体を、ゴブリンは肩からねじ込むようにして入ってくる。後ろの2匹はその背中につかえていた。
「《土操作》、《硬化》」
ゴブリンの足元の土がうねりながら這い上がり、くるぶしまで包んで固まった。
止めたのは足だけだ。
ゴブリンは喉の奥で鳴き、刃を足元へ振り下ろした。固めた土がひとかけずつ削れていく。
長くはもたない。
俺は立ち上がり、前へ出た。
自分からモンスターに近づいていくのはこれが初めてだ。
『近い近い近い』
『お兄さん!?』
ゴブリンは尖った耳をぴんとこっちへ向けた。
気づかれた。でも、ゴブリンの足は土の中だ。
土の玉はゴブリンの右の床にある。引き寄せれば、玉は右からゴブリンへ飛んでくる。だから俺は反対の左側から近づき、左手を伸ばした。
ゴブリンの肩に、触れた。
固い。子どもの肩じゃない。
緑の肌の上に、俺は土で汚れた指を乗せている。
ゴブリンの振った錆びた刃が、目の前を横切った。
モンスターに触られないことだけ考えて、何年も壁の内側にいた。
引き寄せる。ゴブリンの体の魔力で弱まる分を見込んで、強めにかける。
ゴブリンの足のすぐ脇で、頭ほどの土の玉が床から跳ね上がった。俺の手が乗った肩へ斜めに飛び、そのすぐ上の頭の横にぶつかる。
ごつ、と鈍い音。
ゴブリンは横へはじかれた。足を土に取られたまま、後ろへ倒れていく。
起き上がらない。
ゴブリンの体がほどけるように消え、床に小さな石がひとつ残った。
【レベルアップ。Lv6からLv7になりました】
【《土魔法》がLv7になりました】
『え』
『倒した』
『土の塊が飛んでった』
『土Fがゴブリン倒した!?』
『自分から触りに行ったぞこの人』
左の手のひらに、肩の固さがまだ残っている。
「……届いた」
横で、ハズレは黙っている。
「まあ、土をぶつけただけですけど」
『だけじゃねえよ』
『それを倒したって言うんだよ』
『謙遜で草』
同時接続数が9,800になっていた。
数字のほうが俺よりよほどはしゃいでいる。
残りの2匹はすき間の外でぎゃあぎゃあ騒いでいた。仲間が消えるのを見たらしく、入ってはこない。
俺はすき間を塞ぎ直し、ドローンの明かりを落とした。行き止まりに残ったのは、壁の苔の薄い光だけだ。
息をひそめていると騒ぐ声が遠のき、軽い足音が通路の先へ消えた。
今日はこの1匹で十分だ。
床の魔石を拾う。小指の先ほどの、くすんだ石だ。
討伐、32体目。
倒したとき、頭の中で天の声が鳴った気がする。もう何年も聞いていない声だ。
壁にもたれ、ステータスを開いた。
「一応、見ておきます。たぶん空耳ですけど。ゴブリン1匹じゃ上がりませんよ、スライムを30体近く倒して、やっとLv6なんで」
『フラグ』
『それフラグでは』
名前:黒沢透
Lv:7
職業:魔法使い
HP:64/68
MP:6/33
筋力:7 耐久:9 敏捷:8 器用:15 魔力:18
スキル:《土魔法》 Lv7/《引力》 Lv1
スキルpt:2
取得可能なスキル:0件
目がLvの行で止まった。
見間違いかと思い、閉じて開き直す。変わらない。
空耳じゃなかった。
「……Lv、7。《土魔法》も、7」
何年も6のままだった数字だ。
『Lv7きた』
『フラグ回収早すぎ』
『ひっく』
『いやめでたいだろ』
『上がる瞬間に立ち会えた』
MPの欄は上限だけが33に増え、今の値は6のままだ。
ハズレは昨日より俺の近くに座っていた。
半分下りたまぶたの下から、こっちを見上げている。
「外れ。7回目」
ハズレは、俺の読みが外れるたびに数えている。今のは、上がらないと言った読みだ。
言い返そうとして、詰まった。
外れるのは好きだ。でも、こういう外れ方には覚えがない。
「……そこも数えるのかよ」
笑ってしまった。




