第14話 生配信
壁に立てかけたスマホの同時接続数が4桁になった。
日曜の昼に、第2層のいつもの行き止まりから、初めての生配信をしている。
入口は《硬化》の土壁で閉じてある。ただ、スマホの電波が届くように、上に拳ほどの隙間だけ残した。
外から撮るのは、陽菜に譲られたドローンだ。
3,100。
この数字の前で何を言えばいいのか、誰にも習っていない。
「えー……どうも。土魔法Fの、黒沢です。今日は《引力》の実験をします」
視聴者0の頃の挨拶しか、俺は持っていない。誰も見ていなかったから、言い終わる前に土を触っていた。続きなんて考えたこともない。
『声ちっさ』
『お兄さん緊張してる?』
『ハズレは?』
『ハズレ出るまで待機』
ドローンのレンズを見るのか、コメントの流れるスマホを見るのか。どっちを見るかも決めてこなかった。
題は、〔引力 視聴者の仮説を試す〕にしてある。
コメントの言うハズレは、昨日の録画に映った喋るモンスターだ。今日は着いてから一度も見かけていない。あいつの予定なんて、分かるわけがない。
小石の列は昨日のまま壁際に並んでいる。
その列の端の、やけに丸い石の下で、目が2つ開いた。
『いた!』
『ハズレだ』
『本物いるじゃん』
『録画のやつ』
『ジト目かわいい』
そいつは石のヘルメットの下から短い足を2本出し、列の端に座り直した。
画面の向こうの何千人には目もくれず、並べた小石を眺めている。何千人が小石に負けた。
「……ハズレ、っていうらしいぞ。お前」
返事はない。
口に出してみると、案外なじむのが悔しい。
「じゃあ、録画にもらった仮説を試します。道具の要らないものから」
昨日みたいに爪で床に線を引くのは、もうやめた。
代わりに、通り道の脇へ《土操作》で土を親指ほどに盛った。
床の小石を1つ指で押さえ、離して置いた別の小石を引き寄せる。転がってくる小石がこの盛り土の横を過ぎたら、《引力》を止める。爪の線の代わりの、止める合図だ。
小石が止まると予測した所には、もう1つ盛り土を作る。こっちは印と呼ぶ。
『盛り塩?』
『お墓並んでる』
墓じゃない。誰も埋まってない。
「いちばん多かったのが、ハズレが見てると《引力》が強くなる、って説です。目隠しします」
ノートを立ててハズレの目をふさぎ、押さえた小石から手のひら3枚分離した小石を弱めに引き寄せる。
見られていなくても、小石は昨日と同じだけ印を越えた。
ノートの陰で、ハズレが口を開いた。
「外れ。4回目」
視聴者の仮説の外れまで、俺の外れに数えている。
「待て。今のは俺の仮説じゃない」
『視聴者の外れも兄のツケで草』
『連帯責任』
「止めるときは声に出せ、って説もあります。念じるだけだと止まりが遅いそうです」
腹から「止まれ」と叫んでみた。
でも、小石は黙って止めたときと同じ所まで転がっていく。叫んでも、止まるまでは1秒と少しかかったままだ。
「外れ。5回目」
『さっきの挨拶より声でかい』
「床が傾いてる説。これは向きを変えれば分かります」
反対側にも盛り土を作り、押さえた小石から手のひら2枚分と3枚分の所から転がす。
右から来ても左から来ても、越える幅は同じだった。
「外れ。6回目」
『テンポよく外すな』
『ハズレの仕事が早い』
仮説は空振りでも、測った数字はノートに残る。
その数字を見ているうちに、手が止まった。
合図の盛り土で止めてから、小石が行き過ぎた幅は、2枚分の所からなら指2本。3枚分の所からなら指4本。
向きを変えても幅は揃うのに、遠さを変えると揃わない。
「……あ」
『兄が固まった』
『今「あ」って言った』
遠くから転がってくる小石は、合図の盛り土に着くまで長く引き寄せられる。だから、そこに着いたときにはもう速くなっている。
なのに、《引力》を止めてから小石が止まるまでは、どの小石も同じ1秒と少しだ。
速いほど、行き過ぎる。
昨日、3枚分先の印を指2本分の所に置いて越えられたのも、それでだ。2枚分先の行き過ぎ方のまま、速く来る3枚分先を予測していた。
床は傾いていなかったけど、試したのは無駄じゃない。
今度は、引き寄せる小石を、押さえた小石から手のひら4枚分先に置く。合図の盛り土は、押さえた小石のそばのいつもの所に盛る。
『2本、4本ときたら次は6本?』
『等差数列』
俺も一瞬そう数えた。
でも、さっき3枚分先から転がした小石は、押さえた小石から遠い、出だしの1枚分をのろのろ転がっていた。勢いがついたのは合図の盛り土が近くなってからだ。遠いほうでは引き寄せる力がまだ弱いのだと思う。
合図の盛り土を越えた先に、印の土を盛る。
気づいたら、ハズレに向かって印を指さしていた。昨日もやったな、これ。
「いいか。昨日より1枚分遠い。けど、足したのはのろのろ転がる出だしの1枚分だから、合図に着くときの速さはほとんど上がらない」
「だから、行き過ぎも指4本から1本延びるだけ。止まるのはここ、指5本分。見てろよ」
ハズレはこっちを見もしない。
代わりに、何千人が見ている。
『指5本って言った』
『外したら7回目』
『ハズレ、数える準備できてる』
『言質とった』
うるさい。こっちは本気だ。
引き寄せる。
小石が転がり出す。
合図の盛り土を越えた。
《引力》を止めて、数える。
1秒と、少し。
小石は、印の土の真横で止まった。
ハズレの目は止まった小石に向いている。
半分下りたまぶたはいつものままだ。
俺はあの平板な声を待った。
『え』
『当たった!』
『マジか』
『予告ホームラン』
『ハズレが黙った』
『当たったら何も言わないのかよ』
『ハズレ、ちょっと悔しそう』
『鳥肌立った』
『お兄さんやった』
「……予測どおりだ」
ノートに書きつける字が、自分でも分かるくらい跳ねた。
「まあ、1回だけどな」
『1回でも当たりは当たり』
『謙遜すんな兄』
コメントの流れがひとつ速くなった。
『測って当てるの、計算の力ってすげー(なお土魔法F)』
『次これ試して』
『2個同時に寄せたら?』
『ハズレも転がしてみて』
『ハズレに当てたら数え直し?』
「ハズレは転がしません。2個同時は、ノートに書いときます」
6,200。
空振りを3回見せていたあいだより、当たりを1回見せたあとのほうが増えている。
MPも減ってきた。もう半分くらいは使っている。
『上の隙間から光漏れてない?』
『ゴブリンって音と光に寄ってくるよね』
『兄、声でかくなってきたし』
『ここ上層だろ、普通に出るぞ』
「大丈夫です。入口は塞いでありますから」
上に残した隙間の向こうで、何かが土を引っかいている。
見上げると、ドローンが隙間のすぐ前に浮いていた。俺を撮るのにちょうどいい高さだったらしい。
あの隙間を電波のために開けたのは、俺だ。
『今の音なに』
『ゴブリン?』
引っかく音が壁の下のほうへ移っていく。
俺の腰ほどの高さで、壁の土がひと塊、内側へ落ちた。
《硬化》で固めた壁だぞ。
開いた穴から、刃こぼれした刃物の先がのぞく。握っている指は緑っぽい。
向こうで足音が重なる。聞き分けられるだけで3つある。
『ゴブリンだ!』
『逃げて』
『そこ行き止まりだろ』
『ハズレ隠れて』
何年も上層でやってきたのは、壁を立てて、モンスターがあきらめて離れるのを待つことだけだ。
その壁を、向こうが削っている。
刃先が穴の縁をえぐった。
土が、またひと塊落ちた。




