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最弱の土魔法Fで戦えない地質研究員ですが、Aランクが引き返した崩落を岩ひとつ壊さずに通ってバズりました  作者: 月見まっちゃ
第1章 配信事故

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第2話 土魔法F

 多摩ダンジョンの入口に、報道の車が並んでいた。

 研究所の前からタクシーで15分。

 妹の配信が切れてから、まだ1時間たっていない。


 歩道は人で埋まっているのに、建物を見ている人がいない。

 全員が手元のスマホをのぞきこんでいた。


 平日の昼過ぎだぞ。

 週末ごとに潜りに来ているけど、この入口で人が足を止めているのは初めて見る。


 人垣に肩をねじこむと、手の甲が誰かのかばんをこすった。かばんに、乾いた土が白く移る。


 服も実験室の作業着のままで、胸元にはいつものカメラが留まっている。


 前の人のスマホに、『多摩ダンジョン上層で崩落』の赤い帯が出ていた。

 中継車の脇のモニターには『配信者パーティ4人取り残される』の文字があり、その下を『協会が救助の緊急依頼』の字幕が流れていく。


「取り残されたの、陽菜ちゃんのとこだって」

「配信まだ戻んないの?」


 戻っていない。

 歩きながら陽菜のページを開き直したけど、配信中の印は消えたままだった。


 4人。陽菜とパーティの3人だ。


 自動ドアの中は、外よりさらに騒がしかった。

 協会の職員が何本ものマイクに囲まれている。その奥に、改札型のゲートが横一列に並んでいた。


「取り残された4人の安否は!」

「確認中です! 下がってください、ここは通路です!」


 ゲートの上の表示板に、『Cランク以下:立入禁止』の赤い文字。


 Cランクから下は入れない、ということだ。

 俺の冒険者証はFランク。Cよりさらに3つ下になる。


 表示板の真下、ゲートのすぐ手前だけは、記者も職員も避けて丸く空いていた。

 その輪の中で、冒険者の4人組が装備を確かめている。


 1人だけ、周りより頭ひとつ背が高い。

 赤の入った防具には傷ひとつなく、留め具の金具まで光っていた。


 火野陸(ひのりく)。火魔法のAランクだ。

 D-Tubeを開けばおすすめ欄のどこかに必ずいる人気配信者で、陽菜ともよくコラボしている。


 その隣で肩を回している金髪の男は、雷堂誠(らいどうまこと)。火野の配信の相方だ。

 防具は軽く、顔の横には手のひらほどのドローンが浮いている。


 ドローンの赤いランプが点いている。

 雷堂はレンズに対して、顔をきっちり同じ角度に保っていた。


「はいどうも、予定変更ね。今日は普通に潜る回だったけど、救助行きます」

「多摩の上層で崩落。取り残されてんの、陽菜ちゃんのパーティ。みんなもう知ってるっしょ」


 雷堂はスマホの画面をのぞくと、口の端を上げた。


「で、今何人見てんの。……おー、跳ねてる跳ねてる。こういうときは伸びんのよ」

「『陸、陽菜ちゃん助けて』? はいはい、助けに行きますって。な、陸」


 火野は答えない。

 自分の手元から目を上げなかった。


 世の中には妹の事故で伸びる数字もあるらしい。


 盾を背負った大柄な男と、端末をのぞく後衛。残りの2人は黙って支度を続けていた。


 救助に行くのはAランクだ。


 俺の出る幕はない。


 なのに気づけば、4人のほうへ歩きだしていた。


 火野の横に立つと、見上げる形になった。

 傷ひとつない赤い防具の隣に、土の粉をふいた作業着が並ぶ。


 雷堂は背を向け、ドローンにコメントを読み上げている。

 その声の陰で、火野にだけ届く低さで言った。


「妹が中にいます」


 火野は手甲の留め具を締める手を止めなかった。


「だから、俺たちが行く」


 短い。


「俺も、一緒に――」


 ぱちん、と金具が鳴った。

 火野はもう次の留め具に指をかけていて、顔を上げない。


「土Fは連れていけない。足手まといになる」


 土魔法のFランク。つまり、俺のことだ。


 笑う声ではなかった。

 留め具の数を確かめるのと、同じ声だ。


 俺を連れていけば、守る手間が1人分増えるだけだ。

 俺が火野でも、同じ答えを出す。


 反論を探した。


 1つも、見つからなかった。


 コメントを読み上げていた雷堂の声がふっと止む。


「え、なになに。救助ついてきたいって人?」


 雷堂がこっちを振り返っていた。

 ドローンが肩越しに回りこんでくる。レンズは俺の顔に寄り、それから土で白い手まで下りた。


「土Fだって、土F。マジで?」


 俺は両手を作業着のポケットに入れた。

 指先にサンプル瓶のガラスが当たる。


「行って何すんの。岩の前で土こねんの?」


 雷堂はスマホの数字に目を落とし、声を立てて笑った。

 それからカメラに顔の角度を決め、親指で俺を差す。


「映えないし、映っても誰も見ないって。土Fは入口で待機。それが仕事っしょ」


 雷堂のほうは見なかった。


 火野の赤い肩当てに目を置いたまま、答える。


「……そうですね」


 火野は何も言わない。

 雷堂はもうドローンに向き直り、次のコメントを読んでいた。


 最後の留め具を締め終えると、火野が顔を上げた。


「行くぞ」


 4人がゲートへ向かうと、報道のカメラが一斉にそっちを向いた。

 ゲートの手前で、雷堂がドローンに手を伸ばす。


「じゃ、配信ここまで。救助、行ってきまーす」


 赤いランプが消えた。


 4人が順に冒険者証をかざし、ゲートを抜けていく。

 最後の1人が抜けると、扉はまた閉じた。

 赤い防具の背中が通路の奥で小さくなっていく。


 火野は、一度も振り返らなかった。


 表示板の赤い文字の下に、俺だけが残っている。

 ポケットの中で、まだ瓶を握ったままだった。


 入口で待機。

 言われたとおりの持ち場に、ちゃんと立っている。


 少し待った。

 待っているあいだに、勝手に周りを測りはじめていた。


「今のパーティ、救助ですよね!」

「お答えできません、線から出ないで!」


「担架出ます! あけてください!」


 声がしたのは、ゲートの列の端にある灰色の扉だった。

 改札のない扉が1枚だけある。救助の人が通る通用口だ。


 扉の脇に職員が1人立っていて、内側から担架が来ると扉を押し開けた。

 担架が抜けると、すぐに閉める。

 開けっぱなしにする気はないらしい。


 担架に乗っていたのは、知らない男の人だった。

 陽菜じゃない。あいつはまだ、中だ。


 扉の脇の壁際には、ライト付きのヘルメットが並んでいた。

 隣には銀色のケースが腰の高さまで積んである。救助の道具を詰めて、中へ運ぶケースだろう。


「ちょっと、そっちは関係者だけです!」


 スマホを掲げて扉に寄った野次馬が、職員の腕に止められた。

 手ぶらで近づくと、ああなる。


 入れ替わりに、ヘルメットをかぶってケースを提げた救助の人が2人来て、職員は黙って扉を開けた。

 職員は2人の頭と手元を見ただけで、顔までは見なかった。


 道具のケースを提げていれば、止められない。


 自分を見下ろす。上も下も、実験室の作業着。

 さっきの2人も作業着だった。

 違うのは、頭の上と手元だけだ。


 ただ、ヘルメットとケースは職員の目の前にある。

 手ぶらで取りに行けば、さっきの野次馬と同じだ。


「担架出ます!」


 もう1台、担架が出てきた。

 記者たちが規制の線へいっせいに押し寄せる。

 けが人の数より、カメラの数のほうがずっと多い。


「けが人の容体は!」

「崩落の現場からですか!」

「線から出ないで! 下がって!」


 職員は扉を押さえたまま、記者のほうへ向き直っていた。

 中へ入っていく救助の人の背中を、見てもいない。

 さっきの担架のときも、同じだった。


 担架が出るたび、あの職員は扉に背を向ける。


 2回見て、2回とも同じだった。この動きには再現性がある。


 次の担架が出てくる数秒なら、手ぶらで壁際まで行っても止められない。


 観察して、予測を立てる。研究所でやるのと同じ、真面目な手順だ。

 ただ、出てきた結論が無断侵入なだけで。


「……まあ」


 ヘルメットの列から目を離せない。


「見るだけなら」


 どこまで見に行くつもりなのか、自分には聞かないでおいた。


 胸のカメラに指を当てる。

 カメラの側面の電源ボタンを押しこみ、頭の中で2つ数えた。

 実験を始めるときと同じ手つきだ。


 小さなランプが緑に点いた。


 スマホで、自分の実験記録のチャンネルを開く。

 小さな枠に、閉まった通用口が映った。


 扉の向こうで、車輪の音がした。


「担架出ます!」


 扉が開き、記者たちが線へ押し寄せる。

 職員がそっちを向いた。


 今だ。


 壁際のヘルメットを1つ取って、頭に載せる。ケースの山から、いちばん上の1つを提げた。

 見た目より重い。中身は知らない。


 中へ入っていく救助の人の、最後尾についた。

 前の背中と同じ速さで、扉へ歩く。


「下がって! 線から――」


 職員の声が途中で切れた。

 職員がこっちへ振り向く。


 見られる。


 職員はまず、俺の提げたケースを見た。

 それから視線を上げてくる。


 ヘルメットの縁の下で、その視線が止まりかけた。


 俺の顔だ。


 職員が口を開く。


「次の担架、こっち回して!」


 自動ドアのほうから、声がかかった。

 職員は俺の顔から目を外し、そっちを向いた。


 シャツが汗で背中に張りついている。


 担架が出ているあいだ、職員は背を向けている。その予測より、こっちへ向き直るのが早かった。

 あとで記録に書いておく。


 手の中のスマホに目を落とす。

 小さな枠の中で、開いた扉が揺れていた。


 画面の隅の数字を読んだ。


「視聴者数は0。いつもどおりだ」


 ケースを提げたまま、救助の人の背中について、俺は通用口を抜けた。

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