【第7話】深夜の練習室
璃桜は自分の練習室に入ると、すぐにレッスンを始める。
後ろにカメラを設置し、踊りだした。
曲をかける。
曲が終わる。
そしてカメラで自分の姿を見て修正する箇所を決め練習した後、再び曲をかける。
一連を繰り返す。
一度、もう一度と。
気づけば何十回かもわからないほどだった。
Tシャツは汗で張り付き、髪からは踊るたびに汗が飛び散る。
いつの間にか鏡が白く曇り始めていた。
さすがの璃桜も、やっと休憩をとるために座り込んだ。
「……はぁ」
録画した映像を見返す。
(まだ甘いなぁ)
指先、視線、重心移動や筋肉の使い方。
休憩しているときも璃桜の頭の中には修正しなければならない場所がどんどん浮かんでくる。
だが――
『客を楽しませろ』
『曲を通して何を伝えたいのか』
JINやLUNAに指摘されたことが頭から消えない。
何度歌っても、何度踊っても何を直せばいいかすらわからない。
璃桜の理想にはまだ終わりが見えない。
だが与えられた課題には、手がかりすら見つけられていなかった。
――一方
個人練習室。
碧斗は『Prism Flare』を何度も歌っていた。
璃桜の歌を思い出しながら歌ってみるが、どうしても切実な感情が乗っていないように感じる。
碧斗は少し悩むと決心したように内線電話に手を伸ばした。
「はい、スタッフ室です」
「Gクラスの望月です」
「LUNA先生に追加のレッスンを頼みたいです」
「わかりました、LUNAさんの予定を確認次第折り返しします」
「ありがとうございます」
折り返しが来るまで碧斗は休憩することにした。
ピリリ…ピリリ…
内線が鳴った。
「はい、望月です」
「LUNAさんは今からでも大丈夫とのことです」
碧斗はすぐにレッスンが決まったことに胸が軽くなる。
「では今からお願いします」
「わかりました、レッスン室の指定などはありますか」
「個人レッスン室でお願いします」
「おそらく10分後くらいに着かれると思います」
「ありがとうございました」
碧斗は発声練習をしてLUNAを待つ間も、璃桜の歌が脳裏から離れない。
まもなくLUNAがきた。
香水の甘い匂いが部屋の空気を変えていく。
「は~い、碧斗」
「まさかあなたが一番最初に権利を使うとは思わなかったわ」
碧斗は視線を下げた。
「LUNA先生、何度やっても違うんです」
「何が?」
「理想ができてしまったんです」
「でも理想を思い浮かべても別物になるんです」
「うーん」
「それを私が言っちゃったら意味ないじゃない」
「それは自分でつかみ取らなきゃだめだもの」
「……確かに」
LUNAは少し考えた後に聞いた。
「例えばさっきサビで『自分を見て!』という感情を入れてみてって言ったわよね」
「はい、そこがよくわからなくて」
「碧斗は今まで友達や家族に「僕を見て」って思ったことはないの?」
「え……」
「頑張ったことを認めてほしいとか、気づいてほしいとか」
「そういう気持ちを抱いたことはある?」
「……あります」
碧斗にはあの日の光景が浮かんでいた。
小さいころからなりたかったアイドル。
その夢を追い続けて、事務所のオーディションに受かった瞬間。
家族や友人に報告したときの『おめでとう』という言葉と、満面の笑み。
自分の努力を認められたような気がして嬉しさがあふれていた。
もっと頑張りたい。もっと認められたい。
あの時、確かにそう思った。
「その気持ちだけを感じながらサビの部分を歌い慣れると感情を込めることができるようになっていくはずよ」
「ありがとうございます」
アドバイスを終えたLUNAは練習室を後にした。
碧斗はさっき受けたアドバイス通り、浮かんだ光景や気持ちを入れながら何度も歌う。
最初は逆に何の気持ちも感じられない歌になってしまっていたが、繰り返すうちに少しずつ変わっていっている気がした。
それでも、頭の中で鳴っている理想の歌にはまだ届かない。
碧斗は首筋を伝う汗をぬぐいながらも決意した。
(明日、零さんに見てもらおう)
――その頃
Gクラスのレッスン室では葵が北尾と西ヶ谷に細かく教えていた。
葵の声はすでに少し枯れ始めている。
「北尾さん、その振りはもっと力を込めてみてください」
「おう」
「西ヶ谷さん、ワンテンポ遅れてます。曲をよく聞いてください」
「わかった」
踊っている二人だけではなく、教えてる葵までも額から汗がしたたり落ちている。
「一回休憩をはさみましょう」
葵がそういうと二人は糸が切れた人形のように倒れこんだ。
一言もしゃべれないくらい疲れ果てている。
葵はわずかに痛むのどを潤すように水を飲むとすぐ、自分の練習を始める。
二人を見ているうちに曲の解釈が済んだ葵は、レッスンの時とはまるで違っていた。
振り付けに迷いがなく、リズムもずれない。
動きが正確でお手本のようだった。
派手さはない。
しかし、あるのとないのでは確実に差が出てしまう安定感があった。
「あいつ、すげぇな……」
北尾は自分たちのことにかかりきりになっていることに申し訳なさを抱えていたが、その気持ちが一瞬吹き飛んでいた。
――しかし、再レベル分け審査に向けてあせをかいているのは、Gクラスだけではなかった。
Sクラスの練習室の一室では緋凪と晴希がもくもくと二人で踊っていた。
「晴希、全部が強すぎ」
曲が終わると緋凪が指摘を始める。
「JIN先生に強弱付けろって言われたろ」
「サンキュ」
晴希は軽くうなずくとすぐに、次の動きを確認する
「緋凪、もうちょっとサビでさ、色気出してみね」
「お前はそっちの方が映えると思うんだよな」
「やってみるわ」
お互いにアドバイスをしあいながら、二人は何度も曲をリピートした。
目指す場所はただ一つ。
Gクラス。
切磋琢磨している練習生もいる中で、練習室の隅っこで数人が輪になって座っていた。
「翠ちゃん、水」
「ありがと~、もう足動かない」
翠は床に座り、隣の練習生にもたれながらペットボトルを受け取る。
「サビの振りまた間違ってたぞ」
「え~、あとでまた教えてよ」
「しゃあねぇな」
「その代わり、インタビューの時俺の名前出してよ」
「ん~、覚えてたら」
「絶対忘れるだろ」
練習室の一角で笑い声が響いていた。
――しかしもう一つの練習室には一人しかいなかった。
光輝は鏡の前で何度も踊り続ける。
自分の熱い呼吸が周りの温度をどんどん上げていっているようだった。
汗が溢れ出て止まらない。
一回切り上げて水を飲むことにした。
ペットボトルを取りに行こうと顔を上げる。
気づけば、さっきまで目についた練習生たちは誰もいなくなっていた。
隣の練習室からは笑い声が聞こえてくる。
「チッ、うっせぇな」
その声が妙に耳についた。
練習しても振りを間違えてしまっていることが腹立たしく、唇を強く嚙む。
鉄の味が口の中に広がった。
この番組に出てからうまくいかないことばかりだ。
今まで事務所では評価も一番だったのにレッスンでも注意されてばかりだ。
「俺を評価しないやつの言葉なんて信じられるか」
光輝はペットボトルをたたきつけるように床に置くと、再び練習を再開する。
今度こそ指摘されることがなくなるように、完璧に踊れるように。
自分が正しいと証明するために。
耳をふさぎ誰の助言も受け入れず、一人『Prism Flare』を踊り続ける。
それから時間がたった。
練習生たちも次々と部屋に戻っていった。
レッスン棟は暗闇と静寂に包まれている。
白琉は周りの練習生たちが布団を引き始めたのを見て、ひとまず風呂に行くことにした。
風呂に向かおうとレッスン棟の廊下を歩いているとき、暗い中にまだ一室だけ明かりがともっている練習室が見えた。
(まだやってるのか……)
白琉はそう思いながら廊下を歩いて行った。
白琉が風呂から戻ってくるとまだひとつの部屋から光が漏れてきていた。
気になってのぞいてみると、一人の練習生が歌いながら踊っていた。
歌は防音のせいかよく聞こえなかったが、ダンスの動きはお手本のように正確なのに、レッスンで見た見本の映像とはまるで違って見える。
(あんな風に踊ってみたい)
気づくと白琉は練習室のドアを開けていた。
自分でもなぜそんなことをしたのかわからない。
ただ、もっと近くで見たいと思った。
いきなりのドアの開閉音に、踊っていた練習生は肩をすくめて振り向いた。
「……なに?」
そこで初めて白琉は相手の顔を見た。
「……天音、さん」
璃桜は小首をかしげていた。
「あの……」
「後ろで見ててもいいですか……!」
「えぇ……」
璃桜はいきなり入ってきて、お願いしてくる白琉に戸惑いながらも、白琉の瞳の力強さに気づけばうなづいていた。
「……勝手にすれば」
「ありがとうございます!」
白琉は大声で返事をすると、あまりの声の大きさに璃桜は肩をびくつかせた。
「もう少し静かにできない」
「がんばります」
次は小声で返事をする白琉に、璃桜は小さく息を吐いた。
璃桜は視線を鏡に戻すと、また曲をかけ始めた。
白琉はそのダンスに見とれた。
振りは覚えている、けれど自分のダンスとリオのダンスはあまりにも違っていた。
気づけば白琉は璃桜のダンスを見ながら自分も踊っていた。
璃桜はその様子を横目で見ながらも何も言わなかった。
白琉の足元に汗の池ができ始める頃、璃桜は初めて白琉に話しかけた。
「……名前何」
「あっ、はい!水無月白琉です」
「水無月、重心をもっと高くしろ」
白琉は勢いよく顔を上げた。
「重心を高くするってのはこうですか?」
「いや、もう少し胸を張る感じで」
白琉が言われた通り試してみる。
「それ」
璃桜は一瞬だけ目を向けるとそっけなく返した。
璃桜はようやく満足がいくと、そろそろ部屋に帰ろうとする。
振り向くと床にだれか寝転がっていた。
(誰だっけ?)
「……」
少し考えると思いだす。
(水無月か)
璃桜はこの後のレッスンを考えると早く寝なければならない。
「おい、風邪ひくぞ」
声をかけてもピクリとも動かない。
小さな寝息だけが聞こえる。
璃桜は少し考え、冷房の温度を上げてから練習室を出た。




