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【第6話】見えてきたもの

「♪~(起床音楽)」


「……うるさい」

璃桜は布団を頭までかぶり二度寝しようと思ったが、音楽は容赦なくなり続けた。


『練習生の皆さんおはようございます』

『7時より朝食の提供が始まり、9時からレッスンが開始されます』

『10分前にはそれぞれのクラスの名前が書いてあるレッスン室に集合してください』

スピーカーからスタッフの声が響く。


枕元の時計で時間を確認すると、午前6時だった。


いつもとは違う環境にさらされたせいなのか、昨日の疲労が抜けきらず、体は重いままだ。


できればあと2時間は寝たいところだがしぶしぶ起き上がる。


体を起こし、そのまま床に座る。

足を開き前に倒れ、股関節をゆっくり伸ばした。

寝起きの重たい身体が、だんだん目を覚ましていく。


ある程度目が覚めたところでレッスン着に着替え、洗面台で歯を磨き顔を洗った後、鏡で身だしなみを整え始める。


寝癖を直しながら前髪を整える。

何度か位置を調整した後に、軽くワックスで固めた。


食堂に向かおうと扉を開けると、ちょうど隣のドアも開いた。


「あ」


部屋からレッスン着に着替えた碧斗が出てくる。

「おはよう」

「……はよ」


璃桜が素通りしようとすると碧斗は話を続けてきた。

「そういえば、ちゃんと話すの初めてだよな」

「まぁ」

「俺、望月碧斗っていうんだ。碧斗って呼んで」

「……天音璃桜」

「知ってる」


軽く自己紹介を済ませると、碧斗は続けて尋ねる。

「食堂にご飯食べに行くの?」

「そうだけど……」

「俺も行くから、一緒に行ってもいい」

「……別に」


そのあとは会話もなくただ並んで向かった。

碧斗は無理に璃桜に話を振ってくることはなかった。

気まずさはなく、気が付けば二人は食堂についていた。


食堂に来るとまだ7時になって間もないからか人はあまりいなかった。


自分の名札が貼ってある膳を取ってくると自然と向かい合わせで座る。


お互い無言で食べ進めていると、碧斗が璃桜に尋ねた。

「この後のレッスン隣で受けてもいい?」

「……なんで」

「昨日、もっと見たくなったから」

「邪魔しなければ好きにしていい」

「ありがとう」


食べ終わり、人が増えてくるタイミングで二人は食堂を後にした。

部屋の前につくと

「あとでね」

「……あぁ」


璃桜は部屋に戻ると、レッスンのための準備を始める。


軽く再度ストレッチを行い、水を飲む。

タオルと、冷蔵庫からペットボトルを取り出し荷物に加えた。


最後に鏡の前に立つ。

前髪の位置を整え、時計を見るといつの間にか8時30分を回っていた。


璃桜は荷物を手に取り、部屋を出た。


レッスン棟につくとそれぞれのレッスン室へ向かう練習生たちの姿があった。

すでに仲良くなりはじめグループができ始めている練習生たちの中を一人で抜かしていく。


レッスン室に入るとすでに二人の練習生が笑いあっていた。


「璃桜!」

碧斗が璃桜に気が付くと手を振って呼ぶ。


碧斗の隣の席は空いたままだった。


朝食の時の言葉は本気だったらしい。

何も言わずに碧斗の隣に座り、レッスンの開始を待った。


「よろしくね」

先にレッスン室にいたもう一人の練習生も話しかけてきた。

「僕は斎藤葵です。気軽に葵って呼んでほしいな」

「……天音璃桜」

「知ってるよ」

葵は柔らかく笑った。


「璃桜って呼んでもいい?」

「……すきにすれば」

「よかった」


レッスン開始の10分前にはGクラスの5人全員集まり、開始時間が近づくにつれ会話は減っていった。


時間になると同時に扉が開き、一人の男が入ってきた。


それはダンストレーナーであるJINだった。

彼は40代ほどで黒いジャージ姿で、無精ひげが少し伸びていた。


「……レッスンを始める」

そう声をかけると同時にすぐに指示を出し始める。

「昨日振り入れしたのは覚えているな」


皆が肯定を返すと、

「踊れ」

それだけだった。


途端に音楽が流れ始める。


5人は鏡の前で昨日覚えたばかりの『Prism Flare』を踊り始めた。


JINは腕を組みながら無言で見ていて、表情だけでは何を考えているかよくわからなかった。


曲が終わるとレッスン室には荒い息の音だけが残る。


JINが講評を始める。

「北尾蓮」

「はい」

「力が入りすぎてる」

「わかりました」


「西ヶ谷悠太」

「……はい」

「振り付けを理解していない、もう一度よく見て考えろ」

「……」


「斎藤葵」

「はい」

「枠にとらわれすぎだ」

「もっと自分を出せ」

「はい」


「望月」

「悪くない」

「ありがとうございます」


そして最後に璃桜へ視線を向ける。


数秒。


「……以上」


(まだ改善点はあったが)


JINは講評は終わりというように「もう一度」と簡単に指示する。


音楽が流れる。


2回目。3回目。4回目。……


皆動きが鈍くなり、汗が滝のように流れている。

だがJINは止めない。


「北尾」

「はい!」

「そこ違う」

「はい!」


「西ヶ谷」

「……テンポが遅れてる」

「……はい」


「斎藤」

「はい」

「もっと大胆に」

「わかりました」


「望月」

「はい」

「少し自分の色を出してみろ」

「わかりました」


指摘が練習生たちに次々と飛ぶ。

「天音、お前には相手がいない」

「お前の中には自分の世界が構築されてる」

「だが、その世界に一人で閉じこもってる」

「客を楽しませようと思ってない」

「客を感動させようとも思ってない」

「ただ自分が納得するためだけにステージに立っている」

「……」

「アーティストとしては武器になりえたが、アイドルとしては欠陥だ」

「アイドルになりたいなら改善しろ」

「……」

璃桜は黙り込むしかなかった。

誰かに見せるために踊るという感覚が理解できなかった。

ダンスは楽しいし歌うことも好きだ。

だからステージに立つ。

それ以外に理由は必要なのだろうか。


レッスン開始から1時間以上たったころJINは璃桜に注意した。

「天音」

「……ん」

「手を抜いたな」

「……はい」

「次からやるな」


璃桜はわずかに目を瞬かせた。

最後のほうは疲れて少しゆるく踊っていたことを見抜かれていた。


JINはそれ以上璃桜には何も言わなかった。


時計の針が11時を回ったころ、ようやくJINは曲を止めた。


「レッスンは終わりだ」

「タブレットで振りを確認しろ、明日は絶対に間違えるな」

「13時からボーカルレッスン。遅れるな」

「……以上」


璃桜は一人で昼食を取りに食堂へ行った。

30分ほどで食べ終わると、そのまま自室へ戻った。

午後のレッスンに備えるために、ベッドに横になる。

目を閉じているうちに、気づけばボーカルレッスンの時間が近づいていた。

璃桜は再びレッスン室に向かった。


13時になりボーカルレッスンが始まった。


ボーカルトレーナーであるLUNAはまず歌詞が書かれた紙を配り、キーボードの前に座った。

「今から音楽を流した後、一人ずつ目の前で歌ってもらうわ」

「もちろん歌詞は見ながらでいいけど、明日までには覚えてきてね」


「まずは蓮から」

音楽を聴き終わるとすぐに北尾がまず呼ばれ、歌いだす。


北尾が歌ってる最中からLUNAの眉間にしわが寄り始めた。

歌い終わるとすぐにLUNAはダメ出しを始めた。

「あなたプロでしょ」

「高音が全く出てないじゃない」

「歌詞が聞き取れないところがあったわ、発声練習をしっかりしなさい」

「……はい」

北尾はこぶしを強く握っていた。


「次、悠太」

「……はい」

LUNAの強烈なダメ出しに萎縮しながらも歌いだす。

西ヶ谷の歌を聴きながらさらに深く眉間にしわを刻んだ。

「音程が全然あっていない」

「今のままだとSクラスにいる練習生たちより下手よ」

「明日までに曲を聴きこんでおきなさい」

「……わかりました」

西ヶ谷は視線を落としていた。


「次、葵」

「はい」

少しこわばってはいるが笑みを浮かべながらLUNAのもとへ行き歌う。


歌い終わりとLUNAは小さくうなずいた。

「悪くないわ」

葵の表情が少し緩む。

「音程も安定してるし、リズムも取れている」

評価はされていた。

「でも無難すぎるわ」

「はい」

「もっと『これが自分の歌』とアピールしなさい」

「わかりました」

葵は指摘をかみしめるようにうなずいた。


「次、碧斗」

緊張した面持ちでLUNAの前に向かい歌いだす。

歌い始めはわずかに硬さが出ていたが、歌うにつれて碧斗の肩の力も抜けていった。

「ここまでで一番いいわ」

初めてLUNAの口元に笑みが浮かんだ。

「しいて言うならサビの部分で『自分を見て!』という切実な感情を入れてみて」

「ありがとうございます」

碧斗は真剣な顔で歌詞カードに注意を書き込んでいた。


「最後、璃桜」

璃桜はすっと立つとLUNAの前に向かった。

驚くことに璃桜は歌詞カードを手に持っていなかった。

LUNAは一瞬だけ眉を上げたが、すぐに音楽をかけ始めた。


曲が終わる。


碧斗は璃桜を見つめていた。

同じ曲なのに、自分とはまるで違って聞こえる。

繊細な感情が乗った歌声。

どうしたらあんな風に歌えるのか。

聞いてみたかったが、結局言葉にできなかった。


LUNAは満足そうな笑みを浮かべながら講評を始めた。

「璃桜、あなたの声質は魅力的ね」

「声だけでも耳に残るわ」

「……ありがとうございます」

「細かい表現や語尾の抜き方もきれい」

「でも、惜しいの」

「……?」

「一つ一つのフレーズの感情は素晴らしいの」

「だけど曲全体として何を伝えたいのかが少し弱い」

「サビでどんな感情を伝えたいのか、この曲を通して何を伝えたいのか」

「そこをもっと考えなさい」

「今のままでも十分魅力的よ」

「でも、まだ完成はしていない」

「……はい」


(伝える、か……)

その言葉が妙に頭に残った。

今まで歌う時にそんなことを考えたことはなかった。

歌は歌詞の情景を音に落とし込み、うまく表現するものだと思っていた。

誰かに何かを伝えるために歌うという発想はなかった。


その後LUNAは基本の発声練習を行わせた。

腹式呼吸、ロングトーンや音階練習など。

基礎を何度も繰り返させて、一人ひとりの癖を指摘していった。


全員で『Prism Flare』を歌うと、一人で歌う時とは違い周囲の声と合わせる難しさが練習生たちを苦戦させた。


そして2時間のボーカルレッスンが終了した。


「ありがとうございました」

ボーカルレッスンが終わり、LUNAがレッスン室から出ると入れ替わりにスタッフが入ってきた。

「レッスンお疲れ様でした」

「明日からも今日と同じスケジュールでレッスンを行います」

「そして明後日、再レベル分け審査を行います」

その言葉に練習生たちの表情がこわばる。


「これは実際の皆さんの実力でクラス分けするためのものだとご理解ください」

「明後日の9時から練習生の皆様に集まっていただき一人ずつ『Prism Flare』の歌とダンスを披露していただきます」

「その様子をトレーナーの皆様方と零さんが別室で見ておられ、再評価されます」

「現在Gクラスに所属している皆さんも、審査結果によっては降格となる場合もあります」

「以上です」


伝え終わるとスタッフは足早に練習室を後にした。


スタッフが出ていくと同時に璃桜もレッスン室を出た。

その表情には気負いはない。

ただLUNAやあJINに言われた言葉が頭の中でぐるぐる回り続けていた。

(伝えたいこと……)

うまく形にならないまま、璃桜は個人練習室へ向かった。


一方その頃――

レッスン室では今回のレッスンで注意をよく受けていた北尾と西ヶ谷の2人は碧斗に詰め寄っていた。

「碧斗、お前今日褒められてたろ」

「俺たち、このまま落ちたくねぇんだ」

「頼む、少し教えてくれ」


二人の表情には焦燥が浮かんでいた。

碧斗は困ったように眉を下げる。

「すみません」

「俺もまだ完璧に覚えられたわけでも昇華できたわけでもないんです」

「人に教えられるほどでもありません……」

少しためらった後きっぱり言った。

「再レベル分けまで時間もないから、今日は自分の課題をやりたいんです」

「本当にごめんなさい」


北尾と西ヶ谷はあきらめたように顔を見合わせた。

「そっか」

「無理言って悪かったな」


碧斗は軽く頭を下げると、すぐにレッスン室から出ていった。


落ち込んでいる二人の様子を見て、葵が話しかけた。

「僕でよければ付き合いましょうか」

「僕もまだまだ課題があるので」


二人は葵の提案に目を見開いた。

「いいのか」

「助かる」


北尾は安堵したように息を吐く。

葵はそんな二人を見てほほ笑んだ。

「せっかく同じクラスなんですから」

「悔いのないように頑張りましょう」


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