【第5話】それぞれの夜
レベル分け審査。
そして『Prism Flare』の振り入れ。
『プリズム・ステージ』が開始してから数時間で行われた試練は、練習生たちを心身ともに疲弊させた。
やっと長く感じられる一日が終わろうとしている。
「――以上で本日の収録は終わりです」
スタッフのアナウンスが聞こえた瞬間、張り詰めていた空気がようやく緩む。
「移動してください」
スタッフに促され、スタジオの外へ向かうと大型バスが何台も並んでいた。
収録が始まる前は太陽が練習生を照らしていたが、今はもう沈んでしまっている。
スタジオの熱気で火照った顔が冷やされてくるにつれ、夢見がちだった練習生も現実に戻ってきて、特にFクラスになってしまった子たちが落ち込んでいる。
「GクラスとSクラスの皆さんからバスに乗ってください」
車内が埋まるとバスは出発した。
車内は静寂に包まれている。
寝ている者、スマホをいじってる者、窓の外をぼっと眺めている者。
晴希は窓の外を眺めながら、今日の後悔が溢れ出て止まらなかった。
(くそ……)
脳裏をよぎるのは、忘れようとしても何度も浮かび続けるあの言葉。
『藤沢晴希、Sクラス』
同じ事務所で、同じ環境で切磋琢磨し続けてきた。
だが結果、碧斗はGクラスで、自分はSクラス。
差を突き付けられた。
「……ぜってぇ、上がってやる」
晴希が呟くと、隣にいた光輝は視線を向けた後すぐに戻した。
晴希と光輝の数列前。
緋凪は窓硝子に反射する自分を眺めていた。
選ばれなかった。
負けたという感情が消えない。
(絶対認めさせてやる)
バスに乗る前少しの視線も向けられなかったことにいらだちと落胆がぬぐえない。
彼にとって今日は弱い自分を、そして自分より優れているものもいるという事実を受け止める苦い日になった。
さらに前方。
碧斗は静かにバスに乗ったときに配布された、資料を眺めていた。
施設案内や今後のスケジュールなど頭に入れておかねばいけない情報がたくさんあるのに何度も同じページを繰り返し読んでいる。
(……すごかったな)
「天音璃桜」今日一日で彼の名と存在を刻み込まれた。
Gクラスという大まかに見れば同じ評価だったけれど、今の時点では超えることのできない差を感じた。
悔しい――しかしマイナスの感情は抱かなかった。
初めて背中を追いかけ隣に肩を並べたいと思う人を見つけた。
一方、璃桜は最前列の窓際で眠ろうとしてた。
(まだつかないのか……)
今日一日で数年分以上の注目を浴びた気がする。
疲れて頭が回らない中、璃桜が考えて言うことは一つ。
(早くひとりきりなりたい)
それだけだった。
――1時間後
目的地に着いたのかバスが止まった。
窓の外にはまるでお城のような建物があった。
ホテルのような外観の建物やレッスン棟と思われるビル、さらに体育館までも。
スタッフに案内され、ロビーに入ると練習生たちは言葉を失った。
吹き抜けのエントランスに、巨大なシャンデリア、磨き上げられた床。
「ここが今日から皆さんに過ごしていただく寮です」
「すっげ」
「王族になっちゃったかも」
ざわめきが起こり、なかなか静かにならない。
「ですがこの一番大きい寮はGクラスのみ使うことができます」
「SクラスとCクラスの皆さんは隣の建物に、Fクラスの皆さんは後でレッスン棟に案内します」
「またレッスン室にはGクラスの皆さんの名札が貼ってある個人レッスン室とSクラス、Cクラス、Fクラスと書いてあるレッスン室があるのでそれぞれ書いてあるところを使ってください」
「レッスン室の使用時間は決まってませんが、Fクラスの皆さんは寝泊りもそこでしていただくのでお互いに配慮しあってください」
「また携帯電話など外部と連絡を取れるものは全て回収させていただきます」
「携帯電話を返却するのは脱落して家に帰るときか、デビューするときです」
「しかし、携帯電話は週に1回1時間だけ一時返却を要求することができます」
「……まじかよ」
「強制デジタルデトックスじゃん」
「Gクラス以外の皆さんは相部屋のためこちらでランダムに部屋割りをしました」
「原則変更を認めません」
「ただし、共同生活に重大な支障がある場合のみスタッフへ相談してください」
「このGクラスの寮に最低でも3人いつでも待機してます」
璃桜は張り出された紙で自分の部屋番号を確認し、鍵を取って。すぐに部屋に向かう。
部屋の扉を開けて見えたベッドに飛び込んだ。
静かで視線もない自分だけの空間で落ち着きを取り戻していく。
大きいベッド、ソファ、テレビに風呂など生活するには十分すぎるほどの設備が備え付けてあった。
「……少し楽しかったな」
璃桜は自分でも気づかぬうちにそう呟くと、疲れからかすぐに就寝した。
◇
そのころ晴希は、新しく同じ部屋になった練習生たちと親睦を深めていた。
「よろしく!」
「一緒に生き残ろうぜ」
晴希の明るい笑顔が悔しい一日に終わった練習生たちの表情を緩めていく。
「お前のダンス俺は好きだったんだけどな」
「お前なら絶対Gクラスにすぐ上がれるさ」
和気あいあいと友達から仲間へと変わっていった。
◇
緋凪は部屋について早々に就寝準備を終えた。
ベッドに横になり疲れをいやすためにすぐに目をつむるが、Sクラスと評価された場面とGクラスに選ばれた練習生のパフォーマンスが頭の中でリピートし続けていた。
寝ようとしてもGクラスのステージが浮かび続ける、気が付くと緋凪はベッドから起き上がって靴を履いていた。
「どこ行くんだ?」
同室の練習生から声をかけられ「レッスン室」と言葉少なめで答えると部屋を後にした。
◇
光輝もまた部屋についていた。
光輝は誰にも相談せずにベッドに荷物を置く。
「……おい」
「やめとけ」
同室の練習生が光輝に文句を言おうとしたが光輝のにらみで引き下がった。
今日の自分のパフォーマンスを思い出す。
ミスもなければ、練習の時以上にうまくやれていた。
なのにGクラス候補生にすらなれなかった。
長い今までの練習生時代が頭をよぎって離れない。
誰もいない時間からレッスン室で練習し、他の練習生たちがいなくなったころに帰るという生活を何年も続けてきた。
Gクラスになった連中や審査員の評価を思い出す。
何度考えても納得はできなかった。
あいつらが間違ってないといけないんだ。
◇
――一方、Fクラス
レッスン室に入ると、みな二度見した。
余裕で50人は過ごせそうなほど広いレッスン室には積み上げられた布団と給水器しかなかった。
「……え?」
誰かが思わず口に出す。
本当にここで暮らすらしい。
白琉は静かに荷物を置くと、鏡の前に立った。
音楽もないままに、さっき覚えた振りを繰り返す。
Fクラスになったことが悔しくないと言えばうそになるが、自分の実力はわかっていた。
間違えても、転びそうになっても、汗が床に落ちても繰り返す。
ほかのFクラスの練習生たちはその姿をただ見つめていた。
けれど白琉は鏡だけを見つめて、どうすればさっきよりうまく踊れるのか。
ただそれだけを考え続けていた。




