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【第8話】もう一歩先へ

――Fクラスの練習室。

朝9時。

今日もレッスンが始まろうとしていた。


しかし、この時間にトレーナーが来ることはない。

Fクラスが直接指導を受けられるのは、他のクラスのレッスンが終わった後のわずかな時間だけだった。

だから彼らは朝から練習を続ける。

そして、わずかな時間の教えによって成長するということを再レベル分け審査で証明しなければならないのだ。


Fクラスではすでにもくもくと鏡に向かって踊り続ける練習生と、床に座って談笑する練習生に二分されていた。


しかし今日は座っている練習生たちも白琉を見つめていた。


まだまだ形になりきってはいないが、昨日と比べれば雲泥の差だった。

目に見えて振りを間違えることもリズムが遅れることもなくなっていた。


そうして2時間ほどが過ぎたころ――

他のクラスのレッスンが終わったのかJINがやってきた。

「早く鏡の前に立て」


JINの鋭い声に座っていた練習生たちも素早く立ち、ならんだ。


「踊れ」

JINは一言いうとすぐに曲をかけ始める。


昨日は鋭い目つきで全体を見渡していたJINが今日は一人を見つめて離さなかった。


曲が終わるとJINは白琉を見つめた。

「水無月」

「はい!」

「前半はよかった」

「だが後半で崩れる」

「筋力と体力をつけろ」

「ありがとうございます」

小さくガッツポーズをした白琉は口角が緩むことを抑えられなかった。


「以上」

解散を指示するとJINはすぐにレッスン室から出た。


――レッスンが全て終わり、自主練習の時間になった。

碧斗は昨日アポイントを取っていた。

Gクラスの特典である、零にパフォーマンスを見せて感想を聞くためだ。

時間になると、スタッフから渡された携帯に着信が入る。

『お疲れ』

「お疲れ様です」

『こんな早い段階で使われるとは思わなかったよ』

「すみません」

「でも、どうしても足りないものを埋めたいんです」

「でも手がかりが少なくて……」

『そういうことなら分かった』

『全身が映るようにカメラを置いてくれ』

『あと、歌だけでなくダンスもやるように』

「はい!」

誰もが憧れる大先輩が自分のために時間を取ってくれている。

その事実が碧斗を高揚させて、体温が熱くなってきていた。


『始めて』

碧斗や機材の準備ができたのを見ると零はスタートの合図を出す。


碧斗は『Prism Flare』を全力でパフォーマンスをする。

零に見てもらえているせいかもっと自分を見てという意識が強く出ている気がする。

今なら誰よりも輝いてると思った。


曲が終わった。

すぐに零はしゃべらない。

碧斗はだんだん不安になってきた。

数秒の沈黙の時間が碧斗には何十分にも感じられた。

首から伝う汗がどんどんシャツに染み込んでいく。

さっきまで熱かった身体が少しずつ冷え始める。

ようやく零が話し始める。

『僕が見たのは振り入れ直後のパフォーマンスだからもちろんだけど、前よりずっと良くなった』

『「視線が集まってほしい」っていう気持ちがすごく伝わった』

LUNAに課題として言われていたことが解決できて碧斗は顔が明るくなる。


しかし、そのあとに続いた言葉が碧斗を混乱させる。

『でもずっと伝わる感情は一つだ』

『観客は同じ熱量で同じ感情を与えられ続けると、飽きて逆に見られなくなってしまう』

『人は慣れてしまうんだよ』

『観客を引き付けるには波が必要だ』

『静かな場所があるから盛り上がる場所が生きる』

『相乗効果が生まれるんだ』

観客に見せる経験が少ない碧斗にとって思いつかない観点だった。


『たまに、感覚で強弱をうまくするやつもいるけどほとんどのアイドルはそれを考えてステージを作る』

『君はレベル分け審査の時より熱が生まれた』

『それ自体はとてもいいことだ』

『次はその熱を操ってみて』

「ありがとうございます」

碧斗は自分のような練習生に零が真摯な助言をくれたことに胸が高鳴っていく。

下がっていた体温もまた熱くなってきた。


「絶対に形にして見せます!」

『楽しみにしてる』

そして電話は切れた。

時間にして1時間にも満たなかった。

しかし得たものは練習を数時間しても得られないものだった。


碧斗はスタッフに電話を返すと、すぐに練習を再開した。

まず意識するのはさっきうまくいった自分を見てという感情を表現する感覚に慣れることだ。


目の奥が熱くなるような感覚。

だが、零が求めていたことはそれだけではない。

熱を生み出すだけでなく、操ること。

碧斗はそれを感覚だけではできない。

だから何度も反復し、その感覚を身体に染み込ませなければならない。

碧斗の一日はまだまだ終わらない。


――時同じく

レッスン棟の廊下では白琉が今日も璃桜の練習室の前に来ていた。

一度深呼吸をすると、意を決したようにノックをした。


「……はい」

白琉は扉を開ける。

そこには休憩中なのか、床に座ってアイスを食べている璃桜がいた。


「……なに」

「今日も後ろで見させてもらえないでしょうか」

「……邪魔しなければ」

「ありがとう」


白琉はほっと胸をなでおろしながら練習室の隅に座った。

璃桜の個人練習室はFクラスのレッスン室に比べると小さいが10人は余裕で踊れる大きさだった。

練習室の端にはピアノやギターなどの楽器やパソコンなども置いてあった。

ぼーっと周りを見渡してると璃桜が何かを目の前に突き出してきた。

「……ん」


よく見てみると今璃桜が食べているアイスだった。

「え、いいの」

「……ん」


白琉は久しぶりの甘味に目を輝かせてお礼を言った。

「ありがとう!」

久しぶりの甘味が体に染み込んでいく。

知らないうちに吐息が漏れた。


白琉が食べ終わると同時に璃桜は立って柔軟を始める。

見よう見まねで白琉も璃桜の真似をしてみた。

「いたた」

璃桜のように体が床につかない。

「……無理するな」

「俺の体硬すぎかも……」


柔軟が終わると、次は発声練習を始めた。

「あー……」

やり方は初日にLUNAに習ったがやるタイミングがわかっていなかった白琉は真似して一緒に発声練習もやってみた。


そして璃桜はカメラを設置し始めた。

白琉はカメラに映らない位置に移動した。

「……もうちょっと前に来て」

「映っちゃうと邪魔じゃない」

「……別に」


白琉は言われた通りに璃桜の斜め横に陣取った。


璃桜が曲をかける。

今日はダンスだけでなく歌も合わせているようだった。


璃桜を見ていると知らないうちに動きが止まっていた。

目が離せなかった。


璃桜が動きを止める。


白琉は思わず拍手をしていた。

「すげぇー」

自然と声も漏れていた。


璃桜はタオルで汗を拭きながら首をかしげる。

「……なにが」

「全部」


白琉は笑っていた。

「見てるだけで楽しい」

「……楽しい?」

(見てるだけなのに?)


璃桜は録画していた映像を見返す。

修正点を確認すると、また鏡に向かい合った。

そんな璃桜の姿を見て今度は見ながら真似してみようと急いで白琉も準備を終えた。


音楽がかかる。

璃桜は踊りながら横目で白琉を見る。


白琉はまだ粗かった。

けれど必死だが笑いながら楽しそうに踊っていた。


曲が終わると白琉は満足そうだった。

「楽しいな」

額の汗をTシャツの裾で拭いながら笑っていた。

(……楽しそうだな)

ふと璃桜はそう思った。


再レベル分け審査まであと10時間を切っていた。

いつもなら暗くなっているはずのレッスン棟はまだまだ煌々と夜を照らしていた。

皆後悔しないために必死だった。

夜がどんどん更けていく。


そして空が白み始める。

最初の正念場まであと少し。

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