【第2話】伝説が課す試練
ステージの照明が、突如として完全に落とされた。静まり返った真っ暗闇のスタジオで、練習生たちが「なんだ?」と騒ぎだそうとした――その瞬間。
地鳴りのような、すさまじい黄色の歓声が炸裂した。
「キャーーーーーーーーーッ!!!」
それは観客が数万人規模のドームコンサートでしか聞くことができない、地を揺るがすほどの大歓声の音だった。
「な、なんだ⁉何が起こったんだ⁉」
練習生たちがパニックに陥る中、モニターにパッと映像が映し出される。
まぶしい逆光の中、ステージのセンターで踊る、一人の男のシルエット。
顔は意図的に隠されていて、首から下が映し出されている。
重力を無視しているようなステップ、指先まで神経が通っているような繊細さを持つ仕草、「静」と「動」を併せ持つ圧倒的なダンスのキレ。
ほんの数秒、ダンスが映し出された瞬間――雛壇にいるダンスに自信があるであろう練習生たちが、ガタっと立ち上がった。
「おい……嘘だろ」
「今、世界ツアーの真っただ中のはずじゃ……!」
ざわざわと、信じられないものを見たかのような戦慄と、かすかな期待が広がり始める。
そして、モニターの中で男が、マイクに口元を寄せた。
響き渡る、あまりにも甘く、世界を魅了し続けている歌声。
瞬間、カメラがその男の全身と顔を鮮明に映し出した。
画面を埋め尽くすのは、ペンライトが作る光の星たちと、彼のすべてに熱狂している数万人の観衆。
日本の、いや世界の音楽界の頂点に立つトップアイドル――TR3S(トレス)の零(れい)。
「わぁーーーーーーーーーーーー!!!」
モニターの中の歓声と重なるように、スタジオの練習生たちから、割れんばかりの叫び声と歓声が一斉に巻き起こり、信じられないという風に目を見開いている。
――まばゆい光を背負い、スモークを割って、モニターに映っていた『本物』がそこに姿を現す。
画面の向こうにあった伝説が、今、自分たちの目の前に立っている。そのあまりのカリスマ性とオーラに、スタジオの空気は一瞬で支配され、鳥肌が起こるような熱狂と静寂が混在していた。
ステージの最前列へゆっくり歩み出た零が、話し出す。
『――プロジェクト『プリズム・ステージ』へようこそ、練習生諸君。』
美しい声がスタジオ中を駆け巡っていく中、練習生たちはこのグループでデビューしなくてはと確信した。『プリズム・ステージ』は本気で世界をまたにかけるアイドルグループを作ろうとしているのだと。
スタジオの誰もが、目の前の伝説に圧倒され、息を呑むことしかできない。そんな練習生たちの熱い視線を全身に浴びながら、零は不敵にほほ笑んだ。
『このプロジェクト『プリズム・ステージ』の案内人に就任した、TR3Sの零だ。』
「う、うわぁ……本物だ……」
「まさか零さんが案内人なんて……」
「そういえばスターライトの練習生いたよな」
「天音だっけ?」
「ああ、あの地味な奴」
どよめきが収まらない練習生たちを見渡し、零はさらに声を張る。
『そして、君たちを導き、審査する至高のトレーナー陣をここに紹介しよう。』
零の合図とともに、ステージの審査員席へ、鋭いオーラを持つ大人たちが厳かに着席していく。
『ダンスの鬼才、海外のトップアーティストの振り付けも手掛ける――JIN(じん)』
『4オクターブの美声を持つ伝説の歌姫――LUNA(るな)』
『ダークな美学と鋭いリリックで世界を魅了してきた、新世代グローバルラッパー――Lux Noir(ラックス・ノワール)』
業界の頂点を今なお走っている、生きる伝説たち。
「あのJINが……」
「LUNAまで……」
「ノワール大好きなんだよ!」
練習生たちの顔からみるみる血の気が引いていく
そこに加えて――
『数々のミリオンヒットを生み出してきた、天才シンガーソングライター――黒崎真(くろさきまこと)』
『世界的ハイブランドのショーや、トップアイドルたちの舞台演出を手掛ける、ステージディレクター――松田海央(まつだみお)』
「嘘だろ……歌とダンスだけじゃないのか……」
「作詞作曲のプロまでいるってことは、音楽性まで審査されるってことかよ」
「ステージディレクターがいるってことは、表情やカメラで映えないとだめじゃん……」
歌やダンスの技術だけではなく、「音楽家としての才能」と「表現者としての魅せ方」まで徹底的に審査される。この容赦のないトレーナー陣の顔ぶれを見て番組が要求することの多さに気づいた練習生たちは驚き恐れた。
だが、零は彼らに怯える時間すら与えない。
『君たち100名にはこれから全5回に及ぶ『バトル』に挑んでもらう。……そして練習生たちの運命のカギを握るのは――』
零がカメラの向こう、世界中の視聴者に向けて指さした。
『画面の前のあなたたちの投票だ』
実力、ビジュアル、魅せ方すべてが世界中に公開される恐ろしい舞台。
雛壇の片隅で璃桜は、周りの練習生たちが恐怖に怯えている中、胸の奥でくすぶっていただけの熱が再び燃え上がるのに気付いた。
『――そして、この後に行われるレベル分け審査によって、君たちは【G・S・C・F】の4つのクラスに格付けされる』
零の冷徹な声とともにステージの大きなモニターに4つのアルファベットと、それぞれのレベルの特典が映し出された。
『まずは最高評価、【G(Gold)クラス】――この『プリズム・ステージ』内でトップ5のものにしか与えられない評価だ。1人部屋で生活でき、個人練習室が与えられる。またトレーナー陣に質問があった場合個別でのレッスンも申請すれば受けることができる。食事は食べたいときに管理栄養士が作りたてを用意し、前日までに申請すれば希望の料理を献立に入れることができる。日常生活でのサポートも充実しており洗濯は個別で毎夜に回収し、朝までには洗濯を済ませておく。また体のケアとしてマッサージも受けることができる。』
「すっげ!!!」
「金めちゃくちゃかかってないか⁉」
周囲がざわついている最中、璃桜は耳をピクリとさせた。
(……個室!)
『また、Gクラスには各課題ごとに1人1回だけ私へパフォーマンスの感想を聞くことができる。』
『バトル前、バトル後問わずだ』
『歌、ダンス、表現すべてに対して私が思ったことを話そう』
「うらやましすぎ……」
(個室)
『ただし、【Gクラス】の定員はわずか「5名」だ』
その言葉で、スタジオの空気はさらに熱くなる。
『レベル分け審査で一定以上の実力を示したものは、まず「Gクラス候補生」として選出される。だが、それは内定ではなく全員のテスト終了後、Gクラス候補生が5人以上いた場合1位から5位までの順位が決定され、そこで初めて【Gクラス】決定となる。』
つまり、候補生に選ばれても自分よりうまいやつが4人以上いれば引きずり降ろされるということだ。
『また、【S(Silver)クラス】は3人で共同生活を送ってもらう。食事は決まった時間に食堂に運ばれるので食堂に取りに行くように。食事のリクエストは週に1回可能だが、全員リクエストされた食事が配られる。【Sクラス】が使える練習場が3室与えられるためそこで自主練を頑張ってくれたまえ。トレーナー陣に対する質問はトレーナー陣が【Gクラス】とレッスンする予定がなければ1室ごとに週1回のレッスンを受ける権利がある。洗濯は週に3回部屋ごとに回収し、係りの者が洗濯し部屋の前に置くので自分たちで回収するように。』
「これでも十分だろ」
「俺はここにでも引っかかれば満足だわ」
(個室は鍵かかるのかな)
『【C(Copper)クラス】は10人で共同生活してもらう。食事は決まった時間に食堂に運ばれるのは【Sクラス】と同じだが、もし食堂が満員だった場合【Sクラス】の者に【Cクラス】の者は席を譲らねばならず、【Cクラス】には食事のリクエスト権はない。トレーナー陣への質問は受けることはできないが【Sクラス】のレッスン風景だけはリアルタイムでなら見ることができるため参考にするように。洗濯は週1回【Cクラス】全体から洗濯物を回収しまとめて洗い、洗い終わったものをまとめておいておくので自分で取るように。練習室は2室与えられるため譲り合って使うように。』
「結構下がったな」
「CクラスでこれならFクラスって……」
(防音だといいな)
『――そして最低評価である【F(Fail)クラス】』
モニターに映った文字を読むと、スタジオ中が凍った。
『【Fクラス】は練習室が1室与えられるがそこで全員暮らしてもらう。寝床はレッスン室に布団を引いて雑魚寝。食事は支給される弁当を食べてもらう。洗濯は自分たちで行うように。』
「監獄かよ……」
「Fにだけはなんねぇ」
(ないな)
さっきまで零やトレーナー陣の顔ぶれを見て興奮していたはずの練習生たちの顔から、みるみる血の気が引いていく。
【G】は天国。
【F】地獄。
誰の目にもそう映った。
(……完全個室)
知らないやつらと同じ部屋で寝、起き、食い、練習する。
それを何か月も繰り返す。
(無理だろ)
他人と群れることが苦手で、協調性が皆無な璃桜にとって、集団生活や、レッスン室の雑魚寝なんて精神崩壊をすぐに引き起こすに違いない。
誰にも邪魔されない、自分一人の空間を手に入れることは璃桜にとって、この番組でデビューすることより魅力的に映った。
(絶対に、【G】を獲る)
隠れた璃桜の美しい『紫の瞳』に、初めて静かで、明確な、闘志が宿った。
『――説明は以上だ。これより、最初の試練『レベル分け審査』を開始する。……己の価値をここにいる大人と、視聴者たちに証明して見せろ。』
そして――。
『トップバッターは――』
零が名簿へ視線を落とす。
会場の空気が張り詰めた。
少年たちが栄光をつかむための戦いが始まる。
まだ誰にも知らない。
雛壇の片隅の目立たない少年が、この舞台の主人公になることを。




