【第1話】姿なき天才、プリズム・ステージへ
巨大な収録スタジオ。
スタッフの指示がトランシーバー越しに飛び交い、忙しなさを増している。幾筋もの派手なスポットライトが空中で交差し、スタジオ全体に人工的な熱気を充満させていた。
ここは、世界へ羽ばたくアイドルグループのメンバーを決めるサバイバルオーディション番組――『プロジェクト:プリズム・ステージ』の収録会場。
参加者は1万人もの応募から選ばれた100人の練習生たち。すでに雛壇に座っている彼らは、静かに座っているようで、視線だけは忙しなく動いている。
前列に座る大手事務所の練習生を見て、小さく息を呑む音が聞こえる。
隣同士で、ぎこちなく自己紹介を始めている声があちこちから聞こえてきた。
気になった相手と目が合うと、にっこりと笑いかけている者もいる。
おそらく少しでも印象に残りたいのだろう。
そして中には、自分から積極的に話しかけに行く者さえいた。
そしてカメラが自分に向くと、空気を一変させる。
険しい表情を一瞬で取り去り笑みを浮かべ、手を振り、愛嬌をふりまく。
少しでも観客の記憶に残ろうと必死だ。
この場では、愛嬌も会話も自分を売り込む武器となるからだ。
その空気が、会場の巨大モニターに最後の参加者の所属事務所の名前が映し出された瞬間、ガラスのように飛び散ったように見えた。
巨大なLEDモニターに映し出されたのは『【スターライト・エンターテインメント】――所属、天音璃桜(あまねりお)』
「おい、嘘だろ……?」
「……スターライト⁉」
「マジかよ!」
ざわざわと、会場中に驚愕と焦りの声が波紋のように広がり、瞬く間に会場を飲み込んでいく。
芸能界の頂点に君臨し、今まで数々のトップスターを輩出し続けているこの業界では知らないものがいない伝説の事務所。そこから送り込まれてきた『刺客』。
だが、驚愕が会場の空気を凍らせた後、すぐに違和感を覚える練習生たちが出だした。
いつもなら「誰が出るか」まで噂になり、ネットニュースにもなるはずの事務所。しかし、今回は『プリズム・ステージ』にスターライト・エンターテインメントの練習生が出ることすら誰も知らなかった。
「スターライトなのに情報ないの?」
「隠し玉……?」
いったいどんな練習生が現れるのか確かめようと、会場の全員が呼吸すら忘れ、一斉にステージへ視線を注ぐ。会場全体が異様なほどの静寂に包まれ、期待と警戒がまじりあった空気が張り詰める。
どんな化け物が現れるのか。誰もが息を呑み、その登場を待ち構える。
――ト、トン、と静かな足音。
ステージへと踏み出した璃桜の足元に、照明が鋭い光の束でいくつもの影を作っている。黒い衣装を着た、飾り気のないシルエットが浮かぶ。前髪が目元をほとんど覆い、表情はほとんど見えない。
背は平均より高く見え、足も長く、姿勢も悪くない。
しかし――それだけだった。
「……え?」
最初の反応は困惑だった。
「普通じゃね?」
「いや、むしろ地味だろ」
期待値が大きかった分、落差が一気に広がる。
ステージの中央まで歩を進めた彼は、そこでふと足を止めた。照明がまぶしすぎたのか、彼は指先で重い前髪をいじる。
それだけ。
その動作で「やる気なさそう」と、さらに評価が下がっていく。
空気が緩み、観客席の練習生たちが、拍子抜けしたように体の力を抜く音が、カサカサとあちこちから聞こえてくる。
安堵も混じった嘲笑が会場を包む。彼らにとって、璃桜が「脅威」から「格下」に変わった瞬間だった。
(……だっる)
重い前髪で表情を隠しながら、璃桜は小さく、だれにも聞こえない溜息を吐いた。
飛び交う視線も、テレビ局独特の汗が噴き出るくらいのギラギラした照明の熱も、すべてがひたすらに煩わしく感じる。自分を『宝物』と呼び、大事に育ててくれた事務所の人たちには感謝している。
しかし、人付き合いが苦手で、ずっと一人で殻に閉じこもっていた自分にとって、たくさんの値踏みされ、敵意さえ感じるような視線にさらされているこの空間は苦痛でしかなかった。
『一人でやるな。ちゃんと誰かとやれ。』
送り出される際、社長に強く抱きしめられた感触が、いまだ背中のあたりに妙な違和感として残っている。あの人は昔から距離感がおかしい。正直、苦手だ。だけど、手をはねのける気にはなったことがない。
(誰かとやれ……か)
璃桜は静かに歩を進め、ただ一つ空いていた席へと向かう。周囲の突き刺さるような視線はいまだ感じるが、気にしないふりをすることにした。
席に着いてからも、誰も話しかけてくるなと拒絶するオーラをまとう。
しかし、重い前髪の下、誰にも見えないその美しい『紫の瞳』の奥には、昔に璃桜自身が消し去ったと思い込んでいる小さな熱があった。
(もし、この張り詰めた空気の中に、俺と高めあってくれる本当の仲間がいるのなら――)
周囲の練習生たちの、緊張の解けた薄ら笑いが耳をかすめる。璃桜はそれを気にする風でもなく、指定された自分の席に深く腰掛け、再び自分の殻の中へ閉じこもった。
――その時。
じっと見られている気がして顔を上げると、椅子から身を乗り出した少年と目が合った。
その少年は周囲の冷ややかな空気を一切気にせず、目をキラキラさせ、陽だまりのような笑顔を向けてくる。
「……?」
璃桜が戸惑っていると、少年はビシッと指を指さしてきた。言葉はなくとも「負けないぞ!」と言いたげな熱量が、璃桜の閉じた心にもダイレクトに伝わってくる。
「……。」
初対面でそんな顔を向けられる理由がわからない。璃桜は(喧嘩売ってきたのか?)と結論付けた瞬間、少年の後ろから、もう一人の少年がため息交じりに現れた。彼は少年の襟首を容赦なくつかむと、そのまま席に座りなおさせた。
呆気にとられる璃桜。嵐のような二人だった。
璃桜は無意識に、彼らの胸元に視線を落とす。
喧嘩を売ってきた少年には『藤沢晴希(ふじさわはるき)』、あとから現れた少年には『望月碧斗(もちづきあおと)』というネームプレートが光っている。
(……変なの)
璃桜は心の中でそう呟き、視線を戻した。気づけば、少しだけ肩の力が抜けていた。
『プリズム・ステージ』に参加する100人の練習生が全員揃った。
自分こそがデビューして栄光をつかむのだと信じて疑わない顔をしていた。




