二つの手
王都。
第一王女の私室は、会議室とは違い柔らかな光に包まれていた。
重厚な調度品。香の匂い。だが空気は甘くない。
「辺境の動きは?」
第一王女が、窓の外を見たまま問う。
「軍備増強、住民名簿の整備、教会との協力関係構築。全て順調の様です」
側近が報告する。
「……やはり、あの子は本気ね」
小さく笑う。
「放っておけば、確実に“成果”を作る」
「止めますか?」
「いいえ」
即答だった。
「止めるのは簡単。でも、それでは殿下の思う壺」
王太子が警戒を強めれば、辺境は“監視対象”になる。
「今は、泳がせる」
第一王女が振り返る。
「そして――糸を結ぶ」
「糸、でございますか」
「直接ではない」
視線が鋭くなる。
「第二王女に“善意の支援”を届けなさい」
「資金?」
「いいえ。人材と情報」
辺境にとって有益な者。
第一王女に恩義を感じる者。
「貸しを作るのよ」
もしエリシアが将来、政治の中心に戻る事があれば。
その時。
「誰が味方か、思い出して貰わないとね」
第一王女は、穏やかに微笑んだ。
同じ頃。
王太子の執務室。空気は重い。
「第二王女の資金源、未だ不明か」
「はい。しかし、流通経路の一部が辺境近隣である可能性が」
王太子は黙る。
「……甘い」
低く、吐き捨てる。
「姉上は動くだろう」
「では、こちらも」
「派遣しろ」
即断だった。
「以前の様な粗い者では無い」
思い出す。
辺境で消えた密偵達。失敗が続いている。
「観察専門だ。干渉は最小限」
「証拠を掴む事を優先する」
「はっ」
「そして」
王太子の目が細くなる。
「勇者達の動向も重ねろ」
勇者は王都の象徴。
もし辺境に勇者が向かう事になれば、それは王太子の影響下である証。
政治は、剣よりも鋭い。
「妹が力を持つなら」
静かに言う。
「管理下に置く」
辺境。
その動きは、まだ届いていない。
エリシアは防壁図面を見つめ、ユーシアが隣で立つ。
盾さんが城壁の巡回を提案し、磁石さんが街道監視の配置を整理する。
爆薬さんは、研究室でミーヤと議論中だ。
「威力は抑えろ!」
「だが、威嚇効果は欲しい!」
うるさい。
俺は窓辺に漂いながら、街を見下ろす。
静かだ。
王都から、二つの手が伸び始めている。
一つは、柔らかく絡め取る手。
もう一つは、冷たく探る手。
そのどちらも。
まだ、ここには届いていない。
だからこそ。この時間は、貴重だ。
嵐の前の、静けさ。




