後半
前半のあらすじ
人類は「国際キログラム原器」に翻弄されていた。しかし……‼︎ (BGM:地上の☆)
この度、ついに人類は「国際キログラム原器」を捨て、新たな基準を獲得することに成功したのです!!
さぁ、その新たな基準というのをとくとご覧あれ!↓
キログラムは、プランク定数の値を正確に6.62607015×10^-34 Jsと定めることによって設定される。
……。
……はい。この文章を読んで「あぁなるほど!!」と合点した方が、果たしていらっしゃるのでしょうか。ちなみに私も、初めてこの定義を知ったときは、どうしてプランク定数が出てくるのかすぐには分かりませんでした。
というか、大多数の方はそもそもプランク定数がなんなのかすら分からないと思います。なのでまず、「プランク定数がなんなのか」を説明することにしましょう。「馬鹿にすんな、プランク定数くらい分かるわ!!」という方は、ブラバしていただいて結構です!
さて、プランク定数とは一体何なのでしょうか。一言で言うと、「光のエネルギーは周波数に比例し、その時の比例定数として求められたのがプランク定数だった」となります。
周波数(あるいは振動数)というのは、光の波が一秒間に振動する数のことです。周波数が大きいほど、波長が短く大きなエネルギーを持った光になります。お肌の大敵紫外線は、可視光よりも周波数が大きく高エネルギーなので、お肌にダメージを与えてしまうんですね。X線やγ線も、正体は超高周波数の光です。γ線ともなれば、肌どころか下手したら人が死ぬレベルです。周波数によって、光のエネルギーはこうも変化するんですよ。
ここで一つ、簡単な算数の話をしましょう。1本40円の鉛筆があります。この鉛筆を買えば買うほど、合計金額は大きくなっていきますが、鉛筆が1本40円という部分は変化しません。これを数学っぽく表現すると、「合計金額は鉛筆の本数に比例し、その比例定数は40円である」となります。
この話を、先ほどの光に当てはめてみます。すると、「合計金額」が光のエネルギー、「鉛筆の本数」が周波数、といった具合にそれぞれ対応します(鉛筆の本数[周波数]が大きくなるほど、合計金額[エネルギー]が増える)。そして、「鉛筆1本あたりの値段」が、「プランク定数」に当たるというわけです。……なんとなくおわかり頂けました? なので、プランク定数は光の周波数がいくら増えても一定の値をとります。数式で表現すると、こんな感じです↓
E=hν (E:エネルギー h:プランク定数 ν:周波数)
……で? だから? というリアクションをひしひしと感じるのですが、焦ってはいけません。まずはセンブリ茶でも飲んで一息つきましょう(ごふっ←吐いた)。
……気を取り直して。プランク定数が「キログラム」とどんな関係にあるのかですが、ゴールはすぐそこです。どうすればいいか分かりますか? ……はい、そうです! あのアインシュタインの超有名な式、
E=mc^2 (E:エネルギー m:質量(kg) c:光速)
これを使えば良いのです! えっ、こんな式知らない? いやいや、それは同僚の前で「琵琶湖があるのって佐賀県だよね!?」って自信満々に発言するのと同程度に恥ずかしいことだと思うので、是非この機会に覚えてください。……誰が「琵琶湖は佐賀県」なんてふざけたこと言ったのか、ですって? 私だよっ!! 琵琶湖は滋賀県だよっ!!
この式が言わんとしているのは、「質量はエネルギーに読み替えられるよ!」ってこと。つまり、1kgという質量を、「ある周波数の光のエネルギー」をもって表現できるということなのです。スゴくないですか? ついに人類は、質量をエネルギーで定義する域に到達したんですよ!(まぁ、素粒子の質量は昔からエネルギーで表現されていましたが) さささ、早速計算してみましょう!
E=mc^2 を E=hν へ代入すると、mc^2=hν、∴ m=hν/ c^2
今回、プランク定数hは6.62607015×10^-34 Jsと正確に決まり、光速cはメートルの定義より正確に299792458 m/sと決まっています。そして、1kgを定義したいわけですから、mは正確に1です。これらの数値を代入してνについて解くと……
ν=(299792458 m/s)^2/(6.62607015×10^-34 Js)=1.356391466…×10^50 s^-1
……はい、とんでもない周波数の光になりました。10の50乗って君……(一兆の一兆倍の一兆倍のそのまた一兆倍の、さらに百倍。もはやわけわかめ)。まぁでも、0.5 gの質量程度でも、都市一つが吹き飛ぶエネルギーを秘めているわけですから、1 kgともなればそりゃとんでもないエネルギーになるでしょうね。
とは言っても、これは定義ではなく表現法の一つに過ぎません。発見当初こそ「ただの定数」だったプランク定数ですが、今や様々な物理量と関連していることが分かっていて、1 kgを表現するアプローチはたくさん存在するのです。だからこそ、
キログラムは、プランク定数の値を正確に6.62607015×10^-34 Jsと定めることによって設定される。
……なんていう幅を持たせた定義になっているわけです。この定義を元にすれば、理屈上はどこでもだれでも「1 kg」を設定することができます(技術と頭脳があれば)。……さようなら、国際キログラム原器……。
ただしその副作用として、1 kgというのがどれくらいなのか、非常に想像しにくくなってしまいました。一般の方が馴染めないというのは少し残念ですが、今日の科学は、「わかりやすさ」よりも「正確性」を優先したということです。諦めて受け入れましょう。
それにしても、プランク定数で質量を定義できるのなら、もっと早くそうしていれば良かったじゃん……とか思いません? どうして人類は、130年間も「国際キログラム原器」に頼らなければいけなかったのでしょうか。
……答えは簡単です。「国際キログラム原器を上回る精度でプランク定数を超正確に求めるのが超難しかったから」。実際、プランク定数を「6.62607015×10^-34 Js」と決定するために、世界中の科学者が最先端の測定機器を惜しげも無く駆使し、莫大な費用をつぎ込んできました。
しかもその際、日本の研究機関がウルトラ大活躍してるんです!(詳しくは産業技術総合研究所のホームページをご覧あれ!!)。皆さん、日本人であることを誇りに思いましょう。日本の科学技術は(今のところ)世界に誇る素晴らしいものなのです。なので、この水準を維持できるよう、理系学生の皆さんは夜も寝ないで勉強してください。
ちなみに、今回質量の基準を改定したことと連動して、物質量(mol)の定義も変更されました。物質量はあまり一般的な話では無いのでここでは詳しく話しませんが、ざっくり言うと「アボガドロ数が定義値(正確に6.02214076×10^23)となったことで、今までと考え方が逆に」なっています。具体的には以下の通りです。
旧:質量数12の炭素0.012 kg(正確に)を1 molとし、そこには6.022……×10^23個の炭素原子が含まれる。
新:6.02214076×10^23個(正確に)の粒子の集団を1 molとする(故に、質量数12の炭素1molの質量は、0.0119999…kgとなり、正確には0.012 kgよりわずかに小さな何らかの値となる)
以前は書籍によってアボガドロ数の値は異なりましたが(主に……14以下の桁)、今年以降は「6.02214076×10^23」に統一されます。まぁ、一般の方にはキログラム以上にどうでも良い話ですが(化学系研究職の私ですら、全く影響はない笑)、高校で化学の教師をやられている方は、間違って旧定義を教えないように気をつけなければいけませんね。
さて、物質量の話は少々蛇足だったかもしれませんけど、この辺りで締めくくらせて頂きたいと思います!! それでは皆さん、今日から体重計に載るときは「プランク定数」に想いを馳せてくださいね!!