アトランティス恐竜大戦(恐竜ではない)
ゴールデンウィークなんて言葉、今の仕事に就いてからすっかり忘れちまったぜ…
基本的に現実の海を忠実に再現しているラオシャンにおいて、案内役の人魚アクアにリクエストすることでどんな生き物を選んでも送ってもらえる特別区画といえる空想海域が3つある。
アトランティス、レムリア、ムー。これらの海域では呼吸や空腹の心配がなく、捕食者と被捕食者の関係や肺呼吸と鰓呼吸も何も考えず遊べるカジュアルな空間になっている。ラオシャンのいわゆるライトユーザー層だとこの3つの海域でしか遊ばないという人もいるくらいで、ある意味ではラオシャンを海洋生物シミュレーターではなくゲームとして遊べるコンテンツともいえる。
しかしこの3海域、実は裏の顔を持っている。呼吸や空腹で死ぬことはないが体力が無くなれば普通に死ぬし、殴ればダメージを与えることもできる。それはすなわち、特に何も考えず純粋に戦うことだけができるということでもあるのだ。
「うーん今日もトリトンコロシアムは大盛況だな」
アトランティスの片隅にある通称トリトン通り三丁目コロシアム。直径約500メートルの円形闘技場のあちこちでは血みどろで命を奪い合う光景が繰り広げられている。
コロシアムのルールは『Kill them all』『Praise for battle』の二つのみ。どんな状況であろうとも全員が敵であり、裏切り謀略不意打ち騙し討ち横取り漁夫の利なんでもありだ。しかし命を懸けた相手には敬意を払うべし。
トリトンコロシアムでの戦いはシロナガスクジラ以下の大きさであることを暗黙の了解にしているので俺はシャチできた。クラーケンにリヴァイアサンやらバハムートといった空想上のクソデカ生物で戦いたい場合はレムリアかムーに行くことを推奨する。
「死ねぇ!」
「お前が死ね!」
「そんなお前を殺す!」
「全員殺すってんだよぉ!」
バショウカジキが走り、ホホジロザメが舞い、人魚がチームを組んで銛を突き出し、ザトウクジラが蹴散らしていく。その周辺ではアジとサバが熾烈なぶつかり合いを繰り広げ、離れた場所ではメガロドンの喉をモササウルスが食いちぎっている。
うむ、いつも通りの命のドミノ倒しとでも形容すべき戦いの密度。なんと濃ゆい血の匂いだ、いろんなゲームを渡り歩いてきだけどここほど殺伐としている場所もそうはない。
「ヘイそこのシャチ野郎!俺とひとバトル、闘らないか?」
「プリオサウルス。相手にとって不足はないな」
プリオサウルスは見た目はモササウルスに似た四肢がヒレになったワニとでもいうような恐竜だ……厳密には恐竜には分類されないらしいが。モササウルスよりも少し大柄で、モササウルスが体をくねらせて尻尾で泳ぐのに対してプリオサウルスはウミガメのようにヒレになった四肢で水をかいて泳ぐ。実際はどうかは知らないがラオシャンの中ではプリオサウルスの方が泳ぐのは速い。
体格差はおよそ1.5倍むこうがデカい。真っ向勝負ではまず勝てず、直線速度もほとんど変わらない。短距離で瞬発力を活かした戦いを心掛けないといけないな。
先手を取ったのはプリオ、小手調べのように大顎を開けて突っ込んできた。この程度の大振りな攻撃を避けれないようじゃ戦いのステージにも立てないってことかな。
プリオの腹側を潜るようにして避け、ついでに尾に噛みついてやろうかと思ったが相手もすぐに体を回転させてそれを防いだ。いい勘をしているな、こいつは恐竜という種族のフィジカルにかまけず幾多もの戦いで研ぎ澄ましてきたタイプだ。
「良い動きだ、楽しくなりそうだぜ」
「同感だな」
シャチもプリオも全力の短距離ダッシュなら時速にして60kmを超えることもある。50mを3秒ほどで駆け抜ける速度で円を描くように泳いでぶつかり合う俺たち。すれ違う一瞬に攻撃・誘い・回避といくつもの駆け引きを繰り広げ、互いにわずかな傷を負ってまた円を描く。
骨格がしっかりしている爬虫類が相手だとメガロドンをはじめとするサメみたいに内臓狙いの腹パンも効果が薄い。しかし即効性が薄いだけでボディブローのダメージは蓄積するから隙あれば一撃入れていく所存。
打撃がそうなら牙による切り裂きはどうか。プリオサウルスは爬虫類ではあるが鱗があるのはヒレだけで、体の大部分はツルツルの皮膚なので牙は通る。一番狙いやすくて勝負を有利にできるヒレの防御が硬いのは少し困るが、モササウルスみたいに全身鱗マンじゃないのは大いに助かる。
「シャッッ!」
体のどこが武器になり弱点になるかなんて俺よりも理解している相手が、鱗で守られたヒレをブレードのようにぶつけようとしてくる。マトモに衝突すれば向こうの骨も無事ではすまないだろうに、それをやって来るということはどうやれば自分へのダメージを抑えられるかを熟知している証拠だ。
体を回転させながらスルリと抜け、互いの実力が伯仲していることを確信した。つまりこれから先で求められるのはミスをしないことと外的要因への対処だ。乱入とか普通にあり得るからな。
「この俺がここまで手こずるなんて信じられないな!神よ、素晴らしい敵を用意してくれたことを感謝する!」
俺とコイツで大きく違うのは性格だろう。たいそうな自信家に見える。そしてまあ多分外人さんだな、日本人は感極まっても神よ!とかあんまり言わない。デスブラとかならたまーに言うやついるけど。
全ての攻撃に殺意を乗せて回避や防御にも全神経を張り詰めているが、お互いの実力が拮抗しているがゆえにまるで答え合わせをしているかのような攻防が続く。
決定的な一打が入らず、体力ではなく精神を削り合う泥沼の戦い。しかし疲労は感じず、むしろ瞬間を重ねるごとに互いを研磨し高めあう感覚に昂揚してくる。戦いの中で成長するというのなら今がまさにその時。
殺したいが死んで欲しくない。もっと戦おう、もっともっと戦おう。ヒレが欠けようが構わない。皮膚が裂け血が流れようが止まらない。衝撃に骨が軋もうが意にも介さない。俺たちならもっといい戦いができるはずだ。
興奮で過敏になった神経を上手く使いながらも、勇み足にならないよう理性で適度に押さえつける。この興奮と理性のバランス感覚が強敵との戦いで一番重要なことだと俺は思う。興奮に身を任せるだけでは足元が不注意になるし、ただ冷めているだけでは攻め時を失ってしまう。
「寡黙な一匹狼って話だったはずがとんだバトルジャンキーだな……だがそれがいい!おまえ、まぎれもなくナイスガイだぜ!」
「あんたもいい雄だ!」
いったいどれほどの時間を戦っただろうか。いまだ決着はつかず、お互いに体のあちこちに大小の傷をつけながらも命に届くにはまだまだ遠い。
さて次はどうやって攻撃を仕掛けようかと機を窺っていた時だった。
「楽しそうなところ悪いが、俺たちも入れてもらうぞ」
「新手!?」
俺の腹に向かって突っ込んできたのは3頭のイクチオサウルス。体長は3メートル半ほどの、尾びれが縦向きになったイルカのようなシルエットの魚竜だ。
戦闘機の編隊飛行のごとく一糸乱れぬ動きのイクチオサウルスたちをすんでのところで避けると、知り合いだったのかプリオサウルスの側でやつらは止まった。
「良いところだったんだぞ、邪魔するな!」
「落ち着けベンソン、仕事なんだ。個の戦いの強さは十分わかった、次は対集団戦を測る」
「クソ、これだから雇われは嫌なんだ。クライアントはいつもロマンってもんを理解しやがらねぇ。おいシャチ野郎!納得はいかないがこれも戦いだ。おまえもゲーマーで海の生物なら恨むなよ!」
なにいってんのか良くわからないけど、要するに1対4になったってことだな?だとしたらこのままやって勝ち目はない。イクチオサウルスはイルカ程度の大きさしかないとはいえ、プリオサウルスのサポートに徹されたらどうしようもないし。
「殺し合いが目的であってただ殺されるのが目的じゃないんだよな。とりあえず逃げよ」
「全くもって正しい判断だが、逃がすわけにはいかねんだよ!」
あからさまに不利過ぎるので背を向けて全力で逃げる俺を追うプリオwithイクチオーズ。トリトンコロシアムでは乱入不意打ちなんでもありな海に生きる戦闘狂の聖地ではあるが、売られた喧嘩を全て買う義務はない。生き延びた後に相手を殺すためなら一時撤退はむしろ推奨されるのだ。
ただし俺も何のアテもなく逃げているわけじゃない。本当にどうしようもないと判断したらイクチオを何頭か道連れにしてから死んでやるくらいの気概はある。
そして俺のアテとは、ずばりこの人だ!
「モッさん!」
「おお赤信号君じゃないか!ははは、君が来たなら今日のコロシアムは血の臭いが濃くなるな!」
いつぞやにここで戦ってから出会えば殺し合う仲になったトリトンコロシアムの名物プレイヤーの1人であるモササウルスの強者ことモッさん。モササウルス以外の姿を誰も見たことがない狂気の専門家としていつもコロシアムに血と死体を撒き散らせている危ない人だ。
逆に言うと危ない人だからこそ俺も安心して話しかけられる。たとえどんなグッドorバッドコミュニケーションをしてもどうせ最終的には殺し合いで終わるのだから気が楽でしかない。
そしてモッさんにはとある癖というか習性のようなものがある。
「……赤信号君。君を追いかけてきているアレらはお友だちかな?」
「いや、敵。一緒に血祭りにあげないか?」
「ふっ、ははは……このモッさんの前に魚竜や首長竜で現れるとはいい度胸だ。貴様らの命、このトリトンコロシアムに散ると知れ!」
「うわっ!なんだこのモササウルス!?」
モッさんはモササウルスが好きすぎるあまり他の恐竜系生物をライバルっていうか目の敵にしている。そう、モッさんのあだ名は『トリトンコロシアムの恐竜絶対殺すマン』なのだ。とりあえずモッさんをけしかけておけばプリオサウルスは封殺できるだろう。モッさんマジで強いから。
上手いことモッさんがノってくれたので俺はイクチオサウルスを仕留めていこう。少なくとも視界の中の恐竜系が全部死体になるまでモッさんは絶対的な味方だ。
何の事情があったのかは知らないし恨んでもいないが、それはそれとして楽しい戦いに水を差されてイラついていないワケがない。俺は表情筋が死んでいるかもしれないけど、感情まで死んじゃいないんだ。
「相手が我が好敵手である赤信号君とはいえ、シャチ1頭を狩るのに徒党を組むなど恐竜の風上にも置けぬ情けなき所業!このモッさんがアトランティスの養分にしてやろう!」
「このモササウルス、イカレてるが強いぞ!援護を頼む!」
「してやりたいが……クソッ!あのシャチにハメられた!俺たちを他のプレイヤーが戦っているところへと追いたてガァッ!?」
「チャーリー!?」
はいイクチオ1匹め。結構なやり手なんだとは思うけど、プリオサウルスという頼れる重戦車がいなけりゃ身体機能のほとんどがイルカ程度のイクチオサウルスを倒すのは難しくない。だってシャチはそんなイルカを仕留めて食ってんだから。
モッさんがプリオを倒すのが先か、俺がイクチオ3頭狩るのが先か。よーし、お兄さん張り切っちゃうぞー!
モッさんは237話で赤と戦ったモササウルスの人です。覚えていた人は偉い。
モササウルスもプリオサウルスも生物分類上は恐竜ではありません。でもまあ恐竜図鑑にも載ってますしモササウルスはジュラシックワールドにも出てましたし、恐竜と呼んでもいいんじゃないでしょうか(適当)。




