就活なんてしたくない
小説を書いてるのか水生生物の解説書を書いてるのか分からなくなってきました。
さてアカマンボウは熱帯や温帯の暖かい海のだいたい水深500メートルくらいまでという表層〜中層を生活の場としている。暖かい海と言っても500メートルも潜れば水温はだいたい1ケタになる。
そんな水深に生息しているアカマンボウの特殊能力とは『全身恒温性の魚』だということ。冷たい深い海でも体温が保たれ、活発に動き回ることを可能にするスーパー能力だ。
実はマグロも高い体温を保つ恒温性の魚なのだが、マグロが泳ぎまくってできた代謝熱をなるべく逃がさないよう特殊な血管配列で内臓や筋肉などの温度を部分的に保つのに対し、アカマンボウはエラの血管が熱交換器の役割を果たす血液循環システムでほぼ全身の体温を保つ。
つまり同じ高温性の魚と言っても泳ぐのをやめたら呼吸もできないし体温も下がるのがマグロで、なにもせずとも血液を循環させるだけで体温を維持できるのがアカマンボウだ。しかし泳ぎ続けないと呼吸できずに死ぬ魚が「泳ぎ続けてる限り熱が保たれるので恒温性です!」と言い張るのが腑に落ちないのは俺だけではないと思いたい。
そんなわけで、他の生き物が寒くてパフォーマンスを発揮できないのを尻目にいつもどおり動けるアカマンボウは捕食の成功率が高い。成魚になれば最大2メートルにも達する巨体もあって天敵も少ない。ようするに結構なイージーモードだ。
天敵らしい天敵はホホジロ先輩をはじめとしたデカい鮫。あいつらも部分恒温性だから多少深く潜ったところで体温的アドバンテージはあんまりないから普通に狩られてしまう。
まあ今回に限ってはリラックスしに来ただけだし死んだら死んだとき。あんまりにもなってない舐めたシャバ鮫が相手ならその限りではないが。俺だってどうせ殺されるなら強者に殺されたい。
「あーここまで何も考えずに漂ってるのも久しぶりだな。最近はあっちでもこっちでも気ぃ張ってたし……」
青春チャンネルももうちょいリラックスした感じになると思ってたんだけど、マグヌス・レックスと因縁ができちゃったのが運のつきと言うかなんというか。
つーかフルダイブVRを始めてからもうすぐ1年になろうかとしてるけど、本当に怒涛の毎日だったな。特に青たちと出会ってからは中学高校の6年間よりもよっぽど濃かった。冗談でもなんでもなくそれまでとは人生が変わったんだ。
目に入るプランクトンをパクつきながら思い返せば、真正ぼっちだったころの俺がいかに変わり映えのない毎日だったかがよくわかる。たまに優芽が隣で寝そべりながら俺のプレイを眺めていたのを除けば、一人で黙々と親父のコレクションを消化していく日々。それもまた今の俺を形作っている一部分ではあるから否定はしないけど色味はなく乾燥していたよな。
週末どころか週3くらいで誰かから一緒にゲームしようぜって誘いがあったり、リア友がほぼ毎週のように家に遊びに来たり、すれ違った男が2度見するレベルの女の子と外出したり、連休にはバイクに乗った兄ちゃんが来たり、家に帰ったらあと1ヶ月くらいで中学生になる女の子がリビングに居たり……1年前の俺は想像もしてなかっただろうな。冷静になると今でもなんでこうなったのか分からねぇわ。
「俺、人生すべての出会い運をこの1年で使い切ってないか……?もしかして就職面接全落ちする盛大な前振りか?」
マジで怖くなってきたぞ。茶管がなんかあったら実家のお茶屋に来いって言ってくれてるけど、仕事の面倒を友だちに見てもらうのもなんだかなぁって思わなくもないんだよな。
来年の今ごろには就活のあれこれでゲームやってる暇あるのかな。いやなくてもやるけど。少なくともラオシャンには浸かりに来るけど。俺の三大欲求は食事・睡眠・ラオシャンだから。それができなくなるような仕事に就く気はない!メシ食うために働いてんのに仕事のし過ぎでメシが食えないとか本末転倒どころじゃないだろ。
ダメだ、現実のことを考えるのはやめろ俺。今日はリラックスするつもりで来てるんだ、これ以上考えたらリラックスどころかストレスがたまってしまう。
「俺はアカマンボウであって大学生じゃない。俺はアカマンボウであって大学生じゃない俺はアカマンボウであって大学生じゃない俺はアカマンボウ俺はアカマンボウ俺はアカマンボウ俺はアカマンボウ俺はアカマンボウ……」
すべてを忘れるために呪文を唱え精神を安定させる。そうだ俺はアカマンボウだ、アカマンボウ以外の何者でもないんだ。だから就活のこととか考える必要はないんだ。YESアカマンボウ、NOヒューマン。
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「プランクトン美味しい」
水温は暖かく流れも緩やか。陽光が海中を青く照らし、捕食に困らない程度の餌がある。Oh...…it's so peaceful......
ここは天国だろうか?それとも桃源郷?あるいはアルカディア?もしくはユートピア?シャングリラの可能性も捨てがたいな。いやどっちかっていうとヴァルハラか、みんな生まれながらの戦士だもんな。
ゆったりと海流に流されるまま、最低限の姿勢維持だけで海を漂う。はは、これじゃまるでプランクトンみたいだな。
『プランクトン』と言う名の生物はいないというのはみんな知っているだろう。ではプランクトンとは何か。それは水生生物を生活のタイプでざっくりニューストン、プランクトン、ネクトン、ベントスの4つに分けたうちの1つだ。ちなみにこれ、あくまで『水生生物のタイプ』だから海の生き物だけじゃなくて池とか川とかの生き物も含まれる。
ニューストンはアメンボとかカツオノエボシとかの水面に浮かびながら生活するタイプ。
プランクトンはオキアミなんかの、海流や水流に逆らえない程度の遊泳力しか持たず水中を漂いながら生活するタイプ。
ネクトンは大半の魚類や海棲哺乳類などの流れに逆らえる遊泳力を持ち、水面あるいは水底を生活の場としないタイプ。
ベントスはカニやエビ、イソギンチャクなんかの水底で生活するタイプ。
この分け方には身体の大きさは関係ない。プランクトンって聞くと『小さくて浮かんでるやつ』みたいな印象があるかもしれないが、遊泳力のあるなしをメインに分けてるのでエチゼンクラゲなんかのデカいクラゲも流れに逆らえず水面にも水底にもいないやつは全部まとめてプランクトンだ。
プランクトンはなんか弱っちい感じがしてラオシャン初心者は軽視しがちだけど、水中で生きるならどんな生物であれプランクトンには最大の感謝と注意を払う。
直接プランクトンを捕食する生物は言わずもがな。プランクトンじゃなくて他の魚なんかを捕食するタイプでも、周辺水域のプランクトン量の多寡はそれを餌にする本命の獲物の量にも直結する。水中の生命サイクルはプランクトンを中心に回っているのだ。
しかしプランクトンが多すぎるといわゆる赤潮となってしまい、周辺の酸素消費量の爆上がりやプランクトン自体が鰓に詰まったりして魚の大量死を巻き起こしたりするんだけどね。人間でたとえるなら大量の食料に押しつぶされて死ぬのに近いかな。
プランクトンの代表格であるオキアミもプレイできるが、アレもうすごいぞメッチャ食われる。俺いつの間にコイツらの親の仇になったっけって思うほど食われる。こっちはロクに泳げねぇってのにあっちこっちから魚は来るわペンギンは来るわ……目の前にいきなりデカい壁ができたなって思ったら次の瞬間にはクジラの腹のなかでゲームオーバーだ。
ちなみにオキアミで寿命で死ぬっていう実績もあるぞ。寿命が短い分マンボウチャレンジよりはマシって言われてるけど、ナンキョクオキアミなんかは6年生きるからなぁ。なおマンボウは30年くらい生きる。実をいうとまだはっきりとした寿命は判明していないらしく、現状の飼育記録等からラオシャンではだいたい30年で死ぬようになっているというのが正しい。もっと長生きしたマンボウが発見されたら嬉々としてアップデートしてくるんだろうな。
なんかアカマンボウなのにアカマンボウ以外の生き物のことばっかり考えている気がする。まあラオシャンのプレイアブルキャラクターは軽く万を超える種類があるから仕方ないよな。マジでこのゲームのサーバーってどんなスペックしてるんだろ?並のゲームとは比べ物にならない負荷がかかってそうなんだけど。
そういえばラオシャンはとある誰かのためだけに作られたみたいな都市伝説もあったような気がする。それが本当だとしたら、こんな偏執的とまで言えるレベルの再現度の海をプレゼントされる人ってどんな人なんだろうな。見れるもんなら見てみたいわ。会いたいとは言わない、会ってもどう喋ればいいかわかんないし。
そんなとりとめもないことを考えながら、特に食われることもなくのんびりとしたアカマンボウ生をエンジョイしたのであった。
食ったり食われたりせずに終わったラオシャンパートっていつぶりなのか私にもわからん。
ニューストンとかプランクトンとかの分け方はキッパリと線引きできるようなものではなく、プランクトンとネクトンの中間くらい、みたいなのも結構います。




