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第十二章 クリスマスパーティ

第十二章 クリスマスパーティ


「それってただの飲み会じゃないですか?」

12月の半ばになり、僕とレナ先輩と水島先輩はクリスマスパーティの準備のためミーティングを行っていた。

部長という大任を授かったものの、水島先輩もけっこう頻繁に顔を出してくれているので、結局今までと変わらぬ日々が続いていた。

「飲み会じゃないの。あくまでパーティよ。なぜか例年部員の家で行うことになっていることと、ケーキは男子部員がチョイスすることになっているわ。」

「ケ、ケーキは女子のほうがいいのでは?」

「そこがあえて男子部員にさせるという方針なの。昨年は、ねぇレナちゃん?チョイスがイマイチだったのよね。」

「草野、今回のケーキは君にかかっている。武田は連れて行かない方がいいよ。そして木村は論外。出来れば私が行きたいのだけれど・・・」

「じゃあ部長として今回は伝統とか気にしないことにします。やっぱり女の子が楽しみにしているケーキはベストチョイスをすべきです。だったら男子部員が変なのを買ってくるより、女の子たちが楽しんで選んだ方が盛り上がるじゃないですか。これは部長としての判断です。」

部長になって初めて権限行使をしてみた。伝統を覆すなど却下されると思い、適当に言ってみたのだが、レナ先輩の顔がパーっと明るく輝いた。

「じゃあ、私が決めていいの?ありがと草野。じゃあ夏樹と一緒に買ってくるね。」

「まあ私はもう部長じゃないから、草野部長が決めたことに従うわ。でもクリスマスパーティとして何か企画しておいてほしいんだけど?」

「うーん、危険ですが、木村に任せてみてはいかがでしょう?」

「台無しにする気?」

あぁ、レナ先輩の視線が痛い。

「じょ、冗談ですよ、ちょっとアイディアが浮かばなくて。一応聞いてみようかなと。」

と冷たい二人の視線を浴びながら電話をかけてみた。

「あ、木村?ちょっと相談なんだけど。うん、そう。よくわかったな。それで何かアイディアが・・・うん、うんうん、一応提案してみる。」

「で、木村くんはなんて?」

「どうせ変なことしか言ったんでしょ。」

「そうですね、場所を水島先輩かレナ先輩の家にして、パジャマパーティにするというアイディアでした。」

「あら、意外と普通ね。でも女の子の家っていうのはちょっとね。ってわけで、部長の家にしましょうか?」

水島先輩にとってパジャマパーティは普通なのか。しかしレナ先輩は?って僕の家かっ!?

「私はパジャマは・・・特に木村や武田に見られるのには抵抗があるよ。」

いつの間にか武田先輩の”先輩”がきれいさっぱりなくなってますが、昨年のケーキの恨みですか?

「でも私はレナちゃんの可愛いパジャマ姿が見たいなぁ。どうせ合宿でみんなの前で寝ちゃったりしたんだから、今更平気でしょ?そういえばあのとき、草野くんがレナちゃんにブランケットをかけてくれたのよ?」

レナ先輩がこちらをジッと見つめる。小さな顔のわりに大きな栗色の瞳が僕を吸い込みそうになる。

「その、ありがと。あと、たたいてごめんなさい。」

「えっ?ああ、気にしないでください。悪いのは木村ですから。」

「ありがとぅ。」

そういって少し微笑んだレナ先輩は今までに見たことのない”女の子”の表情だった。これが噂のツンデレなのか!!


結局クリスマスパーティは、僕に言わせればただの飲み会で、会場は僕の1DKの狭いアパート。ケーキはレナ先輩と夏樹ちゃんが買ってくれるので、特に僕は肩の荷が下りてホッとした。さて、新しいパジャマを買っておくとしようか。ん?パジャマ?夏樹ちゃんのパジャマ姿?僕の部屋で?これはヤバイ。僕の心を巣食う妄想天使が暴れだしそうだ。ドウドウ、静まれ天使よ。とりあえず落ち着け僕。女子を招くことを可能にするため、まずは掃除を頑張らねば。あとは幾度となく夜の戦をともに乗り越えてきた、僕の長年の戦友たちを処分しておこう。万が一見つかれば、いや、木村がきっと探し出して披露するに違いない。さらば友よ。さらば先生。さらば大切な仲間たち。君たちの雄姿は忘れない。


翌週になり、いよいよクリスマスパーティの日を迎えた。パーティは実際のクリスマスより1週間早い。やはりクリスマス本番はそれぞれ予定があるだろうということで外してある。

そういえばその日程を伝えたとき、一波乱があったのだ。


「あら、24日や25日はみんなそれぞれ思うところがあるでしょ?ほら、恋人と過ごす日、とか。ね?」

「僕様は水島先輩と過ごせるならむしろ24日で決行したいであります!」

「私だって24日は恋人と過ごしたいって思ってるんだけど?」

「ええ!?水島先輩、彼氏がいるんですか!?」

「あぁ、草野くんは知らなかったかな?こう見えて彼氏いますよ?」

「まままままさか、武田じゃないですよね?」

「こら木村、先輩をつけろ先輩を。」

「あははははっ、違うに決まってるじゃない木村くん、私、そこまで残念な女じゃないよ?」

「あのぉ、結果的に僕が一番残念な人になっちゃってるんですけど。何気にひどいです水島さん。」

「ごめんごめん、つい本音が。」

「そしてトドメッ!?」

「それと木村くんには言ったはずよ、私にお付き合いしている人がいるってこと。」

「僕様のドッグ・イヤーにそんな卑猥な言葉は聞こえません!えっ!?水島先輩は卑猥な言葉を連呼してるんですか?ぜひ聞きたいよねレナ君。」

「3回まわって死ね野良犬が。それとも広辞苑にその耳を折って挿もうか?」

あぁ、ドッグ・イヤーなだけに、ですか。

それにしても、水島先輩には彼氏がいたのか。考えてみれば大学生になって3年。客観的に見て美人であり、ちょっと抜けているところもあるが、真面目で将来のこともしっかり考えている水島先輩だ。彼氏の一人や二人いても、いや、二人は危険か。

しかし、それを知っていながら木村は果敢にアタックを続けているということか。さすが木村先輩。漢っす。


話が少し逸れたが、あと2時間ほどでパーティが始まる時間となる。僕は必要な食器類やゴミ袋などを買って部屋に戻った。

「おかえりんごー。」

「はぁ、またか木村よ。何度言えばわかる。僕に黙って部屋に入るんじゃない。」

「いいじゃん減るもんじゃないんだしぃ。」

「僕のマジックポイントと貴重な部屋の酸素が減るぞ?」

「代わりに愛と二酸化炭素が増えるから大丈夫だよ。」

何を言っても無駄か。

「ところでまだ時間には早いけど?それに飲み物の買出しを武田先輩と行くはずじゃなかったか?」

「買出しはもう済ませた。荷物はすでに冷蔵庫に入れておいた。」

ご準備がよろしいことで。

「で、武田先輩は?」

「時間があるからパチンコに行ったよ。どうせまた負けるのに懲りないメガネだ。パチンコ行く暇あるなら、もはや趣味と化してる不採用通知でも集めてりゃいーんだ。」

「おいおい、言い過ぎっす木村さん。」

と、ここで電話が鳴った。水島先輩からだった。

「はい、草野です。はい、早めに始めてもかまいませんよ。どうせ木村も既に来てますし。はい、ではお待ちしています。」

「木村よ、ちょうど開始時間が繰り上げられることとなった。準備を手伝え。」

「アイアイサー!」

そして僕たちは武田先輩にそのことを伝え忘れ、パーティの開始時間を迎えることになってしまった。


「お邪魔しまーっす。」

「まあ小汚いウサギ小屋だが入りたまへ。」

「てめぇ、人の部屋になんて言い方するんだ。」

「おっ、けっこうキレイな部屋だねぇ。」

「皆さんをお迎えするために頑張って掃除しましたから。狭いところですがどうぞお入りください。」

そう言って僕はこの部屋初の女性をなんと3人も迎え入れることになった。内心ではビクビクし、落ち着かない僕。誰だって初めてはそうでしょ?

「さて、草野くん、早速で悪いけどキッチン借りるわよ?うーん、男の子の一人住まいってやっぱりこんなものねぇ。」

と、あまり使われることのない我が家のキッチンを物色する水島先輩。狭いシンクとガスコンロが一つ。まな板が1枚置けるだけのスペースという典型的なアパートのキッチンだ。

「えーっと、まな板と包丁と、それからぁ・・・」

水島先輩が独り言を言いながら準備を進めていく。

「草野、水島先輩のエプロン姿だ。」

「そりゃ見ればわかるだろ。」

「何か他に言うことはないのか?」

「逆にこっちが聞きたいよ。何を言えと?」

「バカ者!お前はそれでも男か!?年上の女性が私服にエプロンを着用して自分の家のキッチンに立っている!このシチュエーションを楽しめない奴は破門じゃ!」

「むしろ永久に破門してくださってけっこうです。」

水島先輩が簡単なおつまみを作ってくれたところで、予定時間より少し早いが全員が席に着いた。

「というわけで、草野部長企画により今日はクリスマスパジャマパーティを開催します!男子諸君、10分ほど部屋の外に出て待っててね。」

「僕様は別に気にしませんけど?」

「木村くん、あなたはむしろ外で着替えなさい。国家権力を持った方々に宿泊の予約をしておいてあげるから今日は別荘で過ごしなさい。」

「レナ先輩と一緒ならどこへでも行きますっ!」

「孤独死しなさい。」

そうして僕たちは扉の外でしばらく待つこととなった。外の空気が冷たく、体の芯から冷えてくる。

「草野よ、見た目は郵便受けに見えるこの穴、本当のところは何のために備わっているかご存知かな?」

「何のためって郵便物を受け取るために決まっているだろ。」

「君の知能と想像力はヒマワリ以下だな。これは宇宙と交信するための不思議穴なのだよ。」

お前の頭の中身の方がよっぽどヒマワリのようだと思うが・・・

「まさかとは思うが、そこから部屋を覗くつもりか?無駄だよ、ポストカバーでガードされているので見えません。残念でした。」

「草野よ、世の中には不思議なことがたくさんあるのだよ。今まさに、なぜかここにホワイトホールが発生し、そこには宇宙の神秘が広がっているらしいのだよ。これはぜひ拝見せねばなるまい。」

「おっ、おまっ、まさか早くうちに来て穴を開けたのか!?」

「違うぞ草野。ホワイトホールの存在を確かめておいただけだ。誤解してもらっては困るなぁ。では、神秘の海をレッツ拝見!」

そう言うやいなや、しゃがみこんで郵便受けを開ける不審者が約一名。その刹那。

プシューーーー

「ぎゃあああああああああああ!目がっ!目がぁあっ!僕様の目がムスカ的にぃ!!」

ん?何が起こったんだ?あっ、この香りは香水??

どうやらホワイトホールの存在に気付いたレナ先輩が香水を噴射し、ムスカ、いや、木村の目がやられてしまったようだ。これぞ因果応報。

まだ意味不明なことを口走っている木村がいるが、それは無視しておこう。あとで隣人に怒られないか心配だが。

それにしても街が賑やかだ。クリスマスが近いからだろうか、アパートの5階から見える近所の商店街にはたくさんの人が行き来している。

「ふははははは!見たまえ!人がゴミのようだ!」

「黙れゴミ代表。それよりお前、目は平気なのか?」

「僕様じゃなかったら失明して失禁してるところだよ、まったく。レナ先輩もお茶目なんだからぁ。」

ガチャリ

扉が少し開き、パジャマ姿になっているであろうレナ先輩が顔だけ出して呼んでくれた。

「どうしたの木村くん。目が真っ赤よ。」

平然というレナ先輩。あなたが攻撃したんですよね?

「いやぁ、さきほど地球侵略を目論み宇宙から飛来したマケドニア星人たちと戦い、世界の救世主となった時の傷です。大したことありませんよ。」

マケドニアの人々に謝れ、と心の中で思う僕だったが、レナ先輩のパジャマ姿に見とれてしまいそれどころではなくなっていた。

まるで狙ったかのような、少し大きめのゆるふわニットのパジャマを着て袖を余している姿。わかるか!?袖が掌のちょうど指の付け根までの長さに設定されているこの神業!これは男性の心をくすぐるために仕組まれた罠としか思えない。

そして、その左肩だけが少しズレて覗かせちゃってる鎖骨とキャミソールのコラボはもしかして三種の神器の一つですかっ!?

「早く入んなよ。風邪引くよ。」

「あっ、はい。すいません。お邪魔します。」

自分の部屋なのに、ついお邪魔しますと言ってしまったのは、自分の部屋に女の子がいることと、そこから現れたレナ先輩の無垢な姿を見て少なからず動揺しているんだと思う。

はいはーい、とレナ先輩の後にさっさとついていく木村はこういう時に頼もしく感じてしまう。僕はちょっと緊張しながら部屋の奥、というほど奥行きはないが、我が居城の中心部へと進んだ。

こ、ここはアヴァロンか!?それともアルカディアか!?僕の部屋がユートピアと化しているではないかっ!ここまで夢のような光景に出会えるとは、木村先生に感謝するしかない。ありがとう木村。そしてもう用は済んだ、帰ってくれ。


木村が女の子たちを前にストリップを始めようとしたが、僕がこの愛すべき変態のシャツの襟を引っ張り浴室へ連れて行き、僕たちもそこで着替えを済ました。

そして狭いリビングの中心部に設置されたコタツを囲むようにして座る。

改めて見渡すと、どこにも目のやり場がないような光景だ。

水島先輩は白を主体とした清潔感溢れる清楚系、夏樹ちゃんは薄いピンクの女の子らしいフリル付きのパジャマだった。あぁ、写真に撮りたい。パーティの様子を記録に残すという名目で堂々と趣味に走りたい、が、僕にはそれを言い出す勇気はなく、持ってもいない能力、グラフィック・メモリー(瞬間記憶能力)を駆使して頼りない網膜に焼き付けた。

ちなみにどうでもいいが、木村はなんと猫の着ぐるみ的なパジャマで、フードに猫耳まで付いていた。・・・男が着るなよ気持ち悪い。

まあ僕は所詮ユニクロのシンプルな、あったか素材のスウェットですけど。


「では改めてパーティを始めちゃおっか。最初にケーキから食べる?私としては酔っちゃう前にせっかくレナちゃんたちが選んでくれたケーキを味わいたいんだけど。」

とそこへ玄関のチャイムが鳴った。ん?何か思い出しそうな・・・

ガチャ

開けるとそこには武田先輩が立っていた。僕はしばらく静止し、そして脳をフル回転させる。あれ?武田先輩いなかったっけ?そういえば木村が先に来て、武田先輩は始まるまでの時間潰しにパチンコへと。そこへ開始時間を早める連絡があり、揃っているからと準備を進めてしまった、ってわけか。なるほどなるほど。武田先輩への連絡は誰がすべきだったのか。そうだ、一緒に行動することになっていた木村に決まっている。よし、なんとかここまで推定2.1秒ほどで理解及び事件を解決したぞ。さらっと流せ僕、これはミッションだ。

「お待ちしていました。さあ、武田先輩、中へどうぞ。皆さんお揃いですよ。」

「あれ?もうみんな来てるの?むしろ着てるの?」

「あれ?武田先輩、木村から聞いてませんか?開始時間が少しだけ、少しだけ早くなったってことを。でも大丈夫ですよ、武田先輩が到着されるのを今か今かと待っていました。パーティは今から開始ですので。」

と必死に誤魔化す僕だったが、どうやらミッションは失敗のようだ。武田先輩の目が心なしか潤んできたような気がする。

「僕、泣いちゃってもいいのかな?」

「いやいやいや、これから楽しいパーティの始まりじゃないですか!中でお美しい方々がお待ちです、さあ早くどうぞ。」

「くーさのーっ、何やってんだよぉ、早く始めよーよー。僕様は待ちきれませんよぉ。」

「木村ぁー、武田先輩に開始時間が早くなるって電話してなかっただろー?」

「僕様がするとでも思っているのか?馬鹿じゃないのか君は。」

「お、お前ねぇ。武田先輩と一緒に来る予定だっただろ?」

「これ以上は僕がみじめになるばかりだから、この辺で止めてもらえるだろうか1回生たちよ。」

「はい。すいませんでした。僕の管理不足でした。木村にはきついお仕置きをしておきますので。」

というわけで、武田先輩もパジャマに着替え、まあガイコツ柄という趣味の悪さにブーイングが起こったが、無事にパーティを始めることとなった。

「じゃじゃじゃーん、ここで僕様からの差し入れでーっつ。なんとあの佳代子さん御用達のル・パティシエール神戸のクリスマス限定ケーキでつ!」

「おぉ、気が利くじゃないか木村よ。カヨコさんって、俳優の上原香代子のことか?」

「誰でつかソレ?僕様のお母様の佳代子さんに決まってるじゃないでつか。」

『知るかっ!』

「でもここのお店って有名で、いろんな雑誌に載ってるんだよぉ。あたし一度食べてみたかったんだぁ。ありがと木村くん。」

「おいしそー。早速取り分けるね。」

意外な人物からの差し入れは、ケーキ好き女子には高評価だった。こういうところで気が利く木村にちょっとだけ嫉妬してしまう僕がいた。

「では、みんなに飲み物が渡ったら乾杯しましょう。はい、夏樹ちゃんにはこれを。」

「ああ!先輩、こぼれちゃいますよ!」

「しっかりと夜用にしておかなベブシッ!」

レナ先輩からのケーキまるごとファーストバイトによって木村の口が封印されたのだった。


パーティが始まってから早くも2時間が経過していた。クリスマスだからってことで雰囲気を出すためシャンパンやワインも開けられ、みんな気持ち良さそうにほろ酔いになっていた、約1名を除いて。もちろん木村だ。前回同様に既に部屋の隅で酔い潰れて転がっていて、それはまるで巨大な猫のようだ。飲めないなら飲まなきゃいいのに。

はっ!このシチュエーションはまさか美女3人に囲まれるというハーレム状態ではっ!?僕の妄想の中にフトドキなガイコツ野郎が「僕もいるよー」と叫んでいるような気がするが、この際そんな奴はどうでもいい。このレベルアップのチャンスを逃す手はない。・・・しかしさすがガールズトークだ。中々入っていく隙がない。僕は相槌を打ちつつ、3人の話を聞きながらお酒を飲むという残念なポジションをキープしてしまっている。まあガイコツさんは軽く無視されたりしているので、そのポジションよりはマシなのだろう。

「ところで夏樹ちゃんさぁ、最近の恋の行方はどうなの?」

と水島先輩が一瞬だけ僕にウインクを送りながら突然の話を展開させた。僕はむせ返りそうなのを我慢して平静を装った。

「水島先輩こそどうなんですかぁ?彼氏さんとはうまくいってるんれすかぁ?」

あ、ちょっとロレツが回っていない。もうすぐ寝るぞ、夏樹ちゃん。

「実はね、木村くんには言ってないけど少し前に別れちゃってるの、あはははは。」

「えっ!そうだったんですか、ごめんなさい。」

「いいのいいの、恋愛はたくさん経験した方がいい女になれるんだよ、きっと。次の恋を探してもっといい女になるぞぉ!」

「じゃあそろそろ僕が立候補しようか、水島。」

「どこかにいい人いないかなぁ。」

「おーい、ここに武田くんがいるぞぉ。」

哀れ武田先輩。完全に世界から拒絶されていらっしゃる。人間、諦めが肝心っすよ。

「で、夏樹ちゃんはどうなの?」

「あたしですかぁ?特に今は好きな人いませんよぉ。もちろん付き合ってる人もいないですぅ。」

あれ?木村のことは・・・あぁ、僕がいるから気を使ってるのかな?水島先輩、これ以上は聞かないでくれっ!

「でもでも、ほら、なんだか木村くんのこと気にしてたみたいだけどぉ?おねぇさんの目は誤魔化せないぞぉ。」

あぁ、言っちゃった。言っちゃったよ水島先輩。僕はここでお酒に酔って潰れたフリをすべきなんだろうか。今更って感じですが。

と僕がいろいろ考えているのとは正反対に、夏樹ちゃんはお酒の勢いで意外なことをしゃべりだした。

「まあ木村くんのことを気にしてたのは否定できませんけどぉ、さすがにあたしもあの性格の人は好きになりませんよぉ。いろいろと葛藤がありましたけどねぇ、あははー。」

今、なんとおっしゃいました?好きにはならない?cannot LOVE?Don't like?あれあれあれ?おかしいぞ?夏樹ちゃんは木村が好きという前提で繰り広げられた、僕と木村の恥ずかしいあの会話はなんだったの?

「えっ、じゃあちょっと待って。夏樹ちゃんは木村のことを好きじゃないってこと?」

「草野くんまで何言ってんの?さっきそう言ったじゃん。」

あれ?ちょっと怒ってる?

お酒で頬が赤くなっている夏樹ちゃんが熱いぃと言いながらコタツを出て、手でパタパタと頬を扇いでいる。

「なんで二人ともそう思ったわけ?だって木村くんだよ?あっ!・・・寝てるからいっか、あはは。もうあたしも自分で何言ってるかわかんなくなってきらぁ。」

「だって木村くんのこと、なんだか意思してるっぽかったし、ほら、よくいなくなると寂しそうにしてたり、現れたら嬉しそうだったじゃない?」

「そりゃあ木村くんのことは友達として好きなんだと思いますけどぉ?面白いし、まあ変態だけどねぇ。正直言うとね、実は木村くんのこと、入学前からちょっと知ってたんだ。」

「えぇ!?それはいつからの知り合いだったの?」

「知り合いってわけじゃなくて、入試の時にあたしが一方的に知っただけだよ。草野くんとは試験会場が違ったのかな?木村くんと一緒だったら記憶に残ってると思うけど?」

「僕は入試の時にこんなインパクトな人間は見てないから、きっと別の会場だったんだと思うよ。」

「入試の時、木村くんはこんな人じゃなかったんだよ。ちゃんとブレザーの制服を一番上のボタンまで留めて着て、とっても真面目そうだったよ。最初は同じ高校の人たちとしゃべってたのをなんとなく見てたんだ。でも今みたいに”僕様”なんて言ってなかったと思うし、ふざけてみんなを笑わせるっていうより聞き役ってタイプだったの。」

「そんなインパクトのない木村は木村じゃない。でもさっき記憶に残ってるって言ったよね?それくらいなら他の人たちと一緒だと思うけど。」

「そうよね、むしろなんで夏樹ちゃんがそんな普通の、木村くんじゃない木村くんを見てたのか不思議なくらいよ。」

「あはははは、そうですよね。本当は初めて木村くんを見た時、中学の時に好きだった人にそっくりで、本人かと思っちゃったんです。よく見れば違うってわかったんですけど。それでもなんか意識しちゃって、入試直前なのにあたしは木村くんを見てばっかりで、心臓がずっとドキドキしてました。」

「なるほど、そっから夏樹ちゃんは木村くんを意識しちゃうようになったってこと?入試の緊張も加わった、いわゆる吊り橋効果ね。」

うーん、客観的に見ると、木村の容姿はそんなに悪くないのか。身長も高いし、顔は中性的。あとは真っ黒な瞳が印象的だ。ただ性格がそれを遥かに上回るインパクトですべてを上書きしていくため、もはや容姿などなんのプラスにもならない。

「ううん、本題はここからなのです!うちの入試って変わってて、必須の2教科のテスト用紙を同時に渡されて、2時間以内に提出するんでしたよね?木村くんの席、ちょうどあたしの斜め前だったんですけど、1時間も経ってないうちに立ち上がって教室を出て行ったんですよ。先生の一人がトイレかって聞きに来たくらい早かったんです。」

どうせ木村のことだ、またふざけていたのだろう。それとも目立とうとしていたのか?確かにあのテストを1時間以内で終わらせるなんて現実的に考えて不可能だ。この僕でさえ、まあ僕は成績優秀じゃないので比較しちゃいけないんですけど、2時間ギリギリに提出したはずだ。

「それで、木村くんは戻ってこずに試験には合格してたってわけ?」

「はい、でもそれだけじゃないんですよ。知り合いの情報通に聞いたところ、入試結果は次席で合格。高校での成績は、なんと学年でもトップ集団にいたって噂です。」

「ど、どうも信じがたいけど、あそこで転がってる、もはや猫ってよりパンダみたいな物体が本当は優等生?僕が思うにあの性格は絶対に素だよ。あれが仮面だなんてありえないよ。」

「うん、そうなの。だからあたし、入部の勧誘された時に人違いかと思って、でも見間違うはずないし、すっごく動揺したの。それで、確かめてみようって好奇心もあってこの部に入っちゃいました。」

「そんな理由だったんだ。なんだか納得も理解もできないけど、木村に誘われて入った理由が聞けてよかったよ。だってあの木村だよ?普通は入部する気が起きないよ。」

「そうなんだよ、あの木村くんだったんだよ。ちょっとカッコイイって最初に思っちゃった自分が恥ずかしいよ。でも昔に好きだった人に似てるってだけで、けっこうドキドキした場面があったの。あっ、でもそれは最初だけだよ?知ろうとすれば知ろうとするほど気になっちゃったのは事実かな。」

「で、結果的に木村くんはあの木村くんだったってわけね。」

「そうですねぇ。だから面白い友人として好きってだけで、恋愛対象には断じてなりえないのでありますっ!」

僕と木村の恥ずかしい、いや、超恥ずかしい話が思い出される。”お前は人の気持ちになって考えたことがあるか”とか、”友達が好意をよせている”とか、”気付いていたのか”とか、”普通気付くだろ”とか、勘違いしすぎだろ2人とも。あぁ!時間よ戻ってくれっ!

「どうしたの草野くん、難しい顔して。ほらほらちょっと酔いがさめちゃったからまた飲もうよ。はぁい、どーぞー。」

そう言いながらふわふわしている夏樹ちゃんが飲み物を渡してくれた。あぁ、やっぱり可愛いなぁ。特に酔ってるパジャマ姿なんてさいこ・・・いやいや、意識が変な方向へ向かいだしたぞ、しっかりしろ草野!

「あ、ああ、ありがと。でも夏樹ちゃんはもう飲むの止めた方がいいよ?」

「ひどーっい!あたしだってもっと楽しみたいし女子トークしたいよぉ!付き合えよ草野ー!」

僕は女子ではありませんが。これって男性として見ていないフラグってことでしょうか、夏樹様。

「さぁ次はレナ先輩の番ですよぉ?レナ先輩は付き合ってる人、いるんですかぁ?」

「い、いいいいないです。」

あれ?レナ先輩、言葉遣いがおかしいですよ?

「えー、ホントですかぁ?もっと飲んで白状してくださいよー。」

あぁ、夏樹ちゃん、酔っ払いのオッサンになりつつあります。

「まぁまぁ夏樹ちゃん、レナちゃんは見た目通りのおウブさんなの。あまり刺激しちゃだめよ?」

「そうなんですか?じゃあ今までに付き合った人とかいないんですかぁ?キスとかぁ?」

「キキキキ、キスくらい、し、したことくらい、%@#&>!$・・・」

「キャー、レナ先輩可愛い!耳まで真っ赤ですぅ!じゃ、あたしとファーストキスしましょーよー。んぅー・・・」

「ちょ、ちょっと夏樹、やめてよ、飲みすぎだよ!こら見るな草野、この変態!」

なぜに僕に矛先が。そこの黙ったままのガイコツだってニヤニヤと見てるでしょうが。こんなおいしい場面を見ない方が変態っすよ!

この後も夏樹ちゃんが酔って寝てしまうまで、オッサンのようにレナ先輩に絡んでいたのだった。

そして僕と3回生はそれを肴においしくお酒をいただいた。まあ夏樹ちゃん就寝後、レナ先輩の冷たい視線が僕だけに浴びせられたのは言うまでもない。


あれ、いつの間に寝ちゃったんだろう。肩が少し冷えていることを頭が認識すると、目が徐々に覚めてくる。そういえば昨日はクリスマスパーティという名の飲み会があり、僕は酔ってコタツで寝たんだ。明らかに睡眠時間が足りていないのがわかる。12月の朝の寒さが肌に痛い。薄暗い部屋を見渡すと、相変わらず部屋の隅で大きな猫は眠っているようだ。コタツには僕の他に不気味なガイコツが寝ている。パジャマに蛍光加工で描かれた骨が薄っすらと淡い光を放ち、武田先輩の頭の下にスケルトンがくっついているように見える。本当に趣味と気持ちが悪いですよ、この人。

コタツで眠ると水分が奪われ喉が渇く。水を飲もうと起き上がり、フラフラと歩き出したその刹那、僕の視界になんともエロティカルな光景が飛び込んできた。

いつも僕が寝ているベッドでは、真ん中に水島先輩が寝ていて、その両隣には夏樹ちゃんとレナ先輩が眠っている。2人とも水島先輩を抱き枕にするように小さく丸くなり、その2人を水島先輩が抱えるようにしている。

3人ともスヤスヤ寝息を立てながらとっても気持ちよさそうに寝ているのだが、僕の視線は自然と、いや、あくまで偶然にパジャマの胸元、いや襟元に・・・

部屋が薄暗いため、その未知のトンネルの奥には漆黒が広がり、あとは僕の妄想力に任せるしかなさそうだ。レナ先輩はパジャマが少し大きめであり、ん?僕は一体何を考えているんだ!ジェントル草野としてここは布団を掛けるべきだろう!ふー、危ない危ない、まさかこんなところに悪魔の誘惑があろうとは。僕は布団を持ち上げ、ゆっくりゆっくり、そうあくまで3人を起こさないためにゆっくりと首元まで掛けてあげたのだった。あぁ、あの漆黒に吸い込まれそうだ、いや、むしろ吸い込まれたい。はっ!あれか!木村が入学式に僕に投げかけた質問の答え、今ならはっきりとわかる!あれが宇宙なのだ!

・・・馬鹿か僕は。まだアルコールが残っているに違いない。コップ一杯の水を一気に飲み干し、僕は二度寝するためにコタツに戻った。


クリスマスパーティから5日が経っていた。その間、僕の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。酔ってはいたが、確かに聞いた。あの日、夏樹ちゃんは確かに言った。木村は恋愛の対象ではない、と。今までの根底を覆す発言だ。これは由々しき事態だ。ん?いや、いい方向になったのだ、うん。

となると、あの時の僕への不意打ちのアレはどういう意味になってくるんだろうか?経験値の少ない僕に出せる結論は安易なものにしかならないのだが、どうにも腑に落ちない。だって夏樹ちゃんは、好きな人はいない、と言った。じゃあなんで?誰か教えてくださいっ!

大学はといえば冬休みに入り、授業は休講になっている。基本的に部活も休みとなり、面白くもない番組をただ垂れ流しているだけの無機質なテレビと一緒に、僕は一人部屋の中で悩んでいた。

世の中では明後日がクリスマスイヴという、僕には毎年縁のないイベントの日となっている。本当は夏樹ちゃんを誘いたかったのだが、昨日電話して断られたのだった。”遅いよー、もう予定入れちゃったよ。高校の時の友達たちと一緒に遊ぶことになったの。ごめんね。”だそうだ。電話が切れる直前、小さくバカ、と言われたような気もしたが、確かにそうだ。こんな直前になってから誘うなんてどうかしていた。無神経な僕。

年末が近いため特番ばかりで面白い番組がなく、適当にチャンネルを変えてみる。今年売れたお笑い芸人がベテランにいじめられていたり、毎年恒例の長時間番組が行われていたり、はぁ、くだらない。毎週の決まった番組の方がよっぽど面白いのに、なんで年末年始はこうなんだろう。これで視聴率が取れるのだろうか?などと余計な心配をしていると、電話が震え出した。なんだ、実家からか。

「何?うん、うん、そうだね、3日か4日後に帰るよ。うん、わかった。じゃ。」

こうして僕は帰省し、年末年始を地元の友人たちと、一応楽しく過ごしたのだった。


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