第十三章 2年目のはじまり
第十三章 2年目のはじまり
後期の試験日程もすべて終わり、いよいよ新年度を迎えた。
4月。ちょうど1年前、僕はこの大学の学生となった。そしてまた新しい学生たちがこの門をくぐり、希望溢れる新生活の第一歩を歩む。
言語研究会では、もちろん新入生獲得に向け、授業の合間を縫って交代で勧誘活動を行っていた。主には僕たち新2回生の3人組だが、水島先輩や武田先輩、それにレナ先輩も協力してくれている。
しかし、割り振られた勧誘場所が3箇所あるどの門からも離れているうえ、教室などからも微妙に遠いため新入生が中々話を聞きに来てくれない。まあ部の名前がこれだもんな、僕だって普通に考えたら入部なんてしていない。はずだった。はずだったのだが、今や僕は部長である。何かおかしいレールの上を歩いている気もするが、このレールを降りるためにはきっと木村を抹殺する必要があるのだろう。
「よっ、お疲れさん。受付代わろうか?」
「あ、武田先輩、助かります。ちょうど一人だったんでお願いします。」
「今日は、うーん、まだ0人か。この一週間でトータル2人。あまりにも少ないな。部長さん、座ってばかりいないでチラシでも配った方がいいんじゃないのかい?」
ぐっ。好き勝手言いやがって。だったらあなたが配ってくれたらいいじゃないですかっ!とは言えず、曖昧な笑顔で受け流してトイレへと向かった。
「ふぅー・・・せめて2人か3人くらい入部させないと部長としてのメンツがなぁ・・・」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっ、安心したまへ草野部長軍曹。」
「ぬおっ!いつの間に隣にっ!?そして部長か軍曹、どちらかに絞れないのか君は。」
「だってぇ、僕様が与えた名誉ある軍曹の地位も捨てがたいしぃ、僕様から奇跡的に泥棒猫の如く奪い盗った部長の名も捨てがたいしぃ、結果2個で一つなのぉ。」
「なのぉ、じゃねーよ。なんだか恨んでますよね木村さん。不可抗力ですよ、僕の部長任命は。そして与えられた名誉ある地位は謹んで返還いたします。ところで安心しろとはどういう意味だ?新入部員のあてがあるのか?」
こいつなら手段を問わなければ新入生の1人や2人、簡単に連れてきてしまいそうな気がしてくるから恐ろしい。
「なんと!君はもう忘れてしまったのかね、僕たちに残された愛の切り札を!」
「えー、すまん、なんかあったっけ?」
「レ・ナ・せ・ん・ぱ・い・だ・よ♪」
「耳の近くで囁くな気持ち悪い!レナ先輩?あぁ!部長選挙の時の条件か!?」
「そのちょーり!しかしレナくんも往生際が悪い。電話にも出ないし僕様が部室にいる時間は近づかないようにしているようだ。このままではお約束をお守りいただけませんねぇ。いけない小娘にはきつーいお仕置きが必要です。お尻ペンペンですよぉお尻ぃ、レナ先輩のお尻ぃ・・・」
「おい変態、その辺で止めておけ。本気で警察のお世話になりたいか?」
「まあ細かいことは気にするな、ただの僕様の妄想癖だ。毎日の入浴中と寝る前には習慣にしていることだ。」
「おい、頼む。もう僕に近寄らないでくれ。」
「おいおいおいおい部長様、そうだ君が部長様だ。それはなぜだ?僕様の条件をレナ君が受け入れたからではないのか?ではないのか?そうであろう愚民ども!」
「なんか言葉がおかしいですよ木村さん。」
「なんとでも言いなさいよっ!とにかく部長様は部長様らしく部長逃れの対価を支払うよう裁判所の権力を行使してでもレナ君に催告及び出頭させてくださいよねっ!それが道理ってものでしょうよっ!」
うぬぅ、確かにその条件を飲んだのはレナ先輩本人だ。守るのが道理ではある。こんな時だけ部長という立場を利用されることが悲しいが、正論を言われると反論できない。
「ちょっとレナ先輩と連絡をとってみるよ。もしかしたら体調が悪いとか、いろいろ他の事情があるかもしれないし。」
「体調が悪くて寝込んでいる場合に限り条件を変更しますとお伝えください。その場合の条件は三日三晩24時間僕様看病です。」
「多分レナ先輩、その条件を飲むくらいなら自害されると思います。」
結局僕がレナ先輩に電話し、約束は約束ですから、と無理やり納得してもらった。レナ先輩も約束を破るつもりはなかったみたいだが、どうにか逃れる方法を探していたようだ。まあ木村のことだ、もっといい条件を出さないと逃れられないだろうし、いい条件とはレナ先輩自身がもっと苦しくなることに決まっている。
その翌日、レナ先輩の人生におけるもっとも過酷かもしれない一日がスタートした。と思ったのだが、僕の目にはそこまで嫌がっているようには見えない。ただ、僕や夏樹ちゃんが見ると恥ずかしそうにもじもじして、いつものような毒舌が皆無だったことが驚きだ。木村いわく、その羞恥心が・・・いや、彼の言葉を繰り返すだけで犯罪になりそうなので止めておこう。
「・・・と、まあこんな感じの活動をしていますので、よければ体験入部でもしてみてください。お時間いただきありがとうございました。」
レナ先輩が勧誘デスクに座ってから2時間が経過した。昨日までの一週間で説明を聞いてくれた人が2人だったのに対し、今日は既に8人ものロリコン、いや新入生がお話を聞きにきてくださったのだ。もちろん全員が男子だ。
そういう僕もついつい横目でレナ先輩を見てしまう。ちっちゃい体に妙に似合う黒と白のふわふわしたメイド服のような衣装に金髪ツインテール、そしていつもの赤いメガネが絶妙。スカートが少し短めで、座ると蜂蜜のような色をした太ももが現れ、それを袖の長い白シャツから半分だけ覗く手で必死に引っ張って隠そうとしている。これを見ないのは逆に失礼だ、おっと危ない、レナ先輩がこっちをうるうるした目で睨んでいる。無言だがこれは目を合わせるといけない。そう思いつつ、つい見てしまうのが男というものだ。あ、うつむいたレナ先輩可愛い。しかし明日、僕の寿命は大きく削られることになるかもしれないと直感した。
そんなことを考えているとまた新入生がやってきたのだった。珍しく、というより初の女子学生だった。
「こんにちは。来てくれてありがとう。見てのとおり言語研究会ということで、各種様々な言葉について・・・」
僕は比較的まじめそうな2人組の女の子たちに一通り説明し、就職にも少し役に立つというキメ台詞で締めくくった。これは水島先輩から必ず言うよう指導された台詞だ。果たして本当に役立つのかどうか疑問ではあるが、法律を学ぶ上で言葉について研究するということは正しいのだろう。まあ実態を正直に話してしまえば面接官になんと言われるかは想像に難しくないのだが。
この日、レナ先輩は午後から開き直り、座ってばかりではなく、少しだけではあるが積極的に勧誘を行ってくれた。その成果はすさまじく、一日で説明を聞きに来た男子学生が18人、女子学生は僕が話をした2人という過去最高の結果となった。まさに木村の思惑通りというわけだ。そういえば今日は木村が最初に来ただけで、その後は姿を見ていない。ヤツのことだから、一日中レナ先輩を付け回すのだろうと思っていたのだが、らしくないな。
まあ、そのおかげもあってなのか、新入生勧誘期間終了時に新入部員はなんと男子8人、女子2人と合計で10人の1回生を獲得したのだった。僕は部長として歴代最高記録を打ち立てたのだったが、新入生歓迎会の日を迎える頃にはなぜか、いや、間違いなく木村のせいで男子2人、女子2人の合計4人になっており、入部1ヶ月以内の退部人数も歴代最高記録となった。
「木村ぁ!貴様、新入生諸君に何をしたぁ!」
「心外だな草野部長ぉ。僕様は悪いことは一切しておりません。この目を見てくださいよぉ。」
「腐ったアニサキスのような目だ。」
「僕様はお魚に寄生する虫様じゃない!お前に寄生してるのだ!そして水島先輩に寄生したいのだよっ!ってホントに何もしてませんよぉ。いつもどおり、普段どおりの僕様だっただけですよぉ。僕様より、むしろレナ先輩に言い寄って、その報いを受けての退部じゃないんですかぁ?」
う、それは想定していなかった。そういう退部も不思議じゃない。なんせレナ先輩、あの容姿から想像つかない言語を発することがある。木村に近いものを感じたら毒を吐かれた新入生がいても不思議じゃない。
その後、それとなくレナ先輩に新入生がたくさん辞めたことについて話してみると、原因は木村による独奏演説会及び個別面談だったことが判明。少なくともこの奇行によって5名は言語研究会を早々に去らないと危険であると感じ取ったようだ。あとの1名はレナ先輩が追い出したと思われるが、確認はしないでおこう。
「でも草野部長、すごいじゃない?退部者がたくさんいたとはいえ、4人も確保できたんだから。」
「それが、今日また1人辞めるって、説得する暇もなく退部届けを出されちゃいました。」
「は・・・ははは・・・し、仕方ないんじゃないかな。それでも3人、十分だよ。」
「すいません水島先輩。僕が不甲斐無いばかりに。」
「そんなことないよ、木村くんがいるのに3人確保できたのは君の力だよ。」
「そうそう、草野くんが頑張ったからだよ。残った3人にはあたしたちがフォローしていこうよ。」
夏樹ちゃん、君はなんて優しいのだろう。
「くーさのーっ!なんでこんなに退部が多いのだー?」
木村くん、君はなんてウザいのだろう。
「それじゃ、さっさと歓迎会の日程を決めましょうか。」
「はい、水島先輩。また予約などお願いしてもいいですか?」
「わかったわ。じゃあお店は私が決めちゃうわね。まあ駅前の”ほんわか”だけどね。」
新入生勧誘期間も終了し、一息つけた頃、言語研究会は3人の新入部員の歓迎会を催すこととなった。
僕は本気で木村を呼ばないことを考えたが、見透かされたように夏樹ちゃんに注意されてしまった。レナ先輩は賛成してくれるはずなのにな。
しかし、この歓迎会を期に4回生の2人は本格的に部に顔を出さないようになるらしい。武田先輩はともかく、水島先輩がいなくなるのはちょっと寂しい気もする。木村が部に来なくなるんじゃないかとも心配したが、むしろそちらの方が都合がいいのかもしれない。
そして歓迎会当日になった。短い春が夏に向けて様変わりするこの季節、せっかく過ごしやすいと思っていた日々を連れ去っていく夏がうらめしくもある。
夏樹ちゃんは自分の名前が夏だから、季節は夏が好きと言っていたが、僕は汗をかいてシャツが肌に張り付くこの季節を好きになれない。
しかし今日はあいにくの雨が降り、夕方になってくるとTシャツでは肌寒く感じる。僕は風邪を引かないようにジャケットを着てきたが、夏樹ちゃんはもう夏を意識しているのか薄着だった。
「お待たせー。待った?ごめんね、ゼミが長引いちゃって。」
「大丈夫、まだ時間があるから。じゃあ揃ったのでみんなお店に向かおうか。」
自分で言うのも変だが、最近になって部長という立場に慣れてきたみたいだ。自然と言葉が出てくる。木村を相手にしていた水島元部長、大変だったろうなぁと改めて実感する。
お店に到着し、新入生を上座に座らせた。と言っても和風の席じゃないのでどっちが上座かわからないけど。
「それでは、言語研究会の新入生歓迎会を行います。まずは乾杯してからゆっくり自己紹介をしましょう。」
とそこへ木村が立ち上がり勝手に自己紹介のようなものを始めてしまった。
「僕様が僕様塾の塾長、木村だ!諸君、この度はごくろ」
「待て待て待て待て、誰が木村塾だ。誰が塾長だ。勝手に活動内容を悪の組織的なものにするんじゃない。流れ的におかしくなりそうなので、最初に自己紹介してしまおうか。まずは僕から。2回生ですが部長をしています草野拓斗です。何かわからないことがあれば遠慮なく聞いてください。次は水島先輩にお願いします。」
「はーい。水島雪、4回生よ。一応は昨年まで部長やってました。今は就職活動中です。ま、大体は決まってるんだけどね。」
「はいはいはいはいはーい!次は僕様。僕様が僕様塾のじゅ」
「それはもういい!黙れ!」
「しょぼーんだよ。」
そんな感じで部員の自己紹介が進み、新入生の番となった。
「久保田綾です。和歌山出身で、この4月からはこっちで一人暮らしを始めました。またみんなで遊びに来てくださぁい。それと、あたしのことは綾って呼んでください。苗字より名前で呼ばれる方が慣れてるので。」
と笑う綾ちゃんは、スポーツをしていたらしく、キレイな小麦色の肌に引き締まったボディラインをしている。長い髪を後ろで一つに束ね、白のワンピースにデニムのパンツを合わせたシンプルな格好をしている。たぶんファッションにはあまり興味がないのだろう。特にアクセサリーも身に付けていないし、都会慣れしていないようだ。そういえば化粧もかなり薄い。高校を出てそのままって印象を受ける。僕も1年前はこんな感じで素朴だったのかな。って今もあまり変わっちゃいないか。
「えっと、片山真紀と言います。えっと、私も和歌山出身で綾ちゃんと仲良くなって一緒に入部しました。えっと、私は実家から通学してるので、あまり部に行けないかもしれませんが、よろしくお願いします。」
「今日は時間大丈夫?」
「えっと、はい、親にちゃんと話してありますし、綾ちゃんのところに泊めてもらえるので大丈夫です。」
「僕様も今日は草野ちゃんに泊めてもらえるので大丈夫です。」
「聞いてないし、泊める話も知りません。」
「ひどくないっ!?」
木村のことは無視しておくとして、緊張しているのか真紀ちゃんは話がしどろもどろだった。綾ちゃんとは対照的に大人しそうな子だ。きっと高校では風紀委員か図書委員をしていたに違いない。まあ第一印象はおっとりさん、ってところかな?
「じゃあ最後は俺っスね。俺は城崎ユージ、大阪で一人暮らしっス。焼肉屋でバイト始めたんで、またみんなで食べに来てください。内緒でサービスしちゃいますから。」
「じゃ、今度の飲み会はユージくんのバイト先で焼肉だね!サービスを期待しちゃいまぁっす!」
「いやいや夏樹ちゃん、それじゃユージくんが参加できないじゃんか。」
「あ、そっか。ごめんごめん、あははは。」
「いいっスよ、個人経営の店なんで、店長に直談判しますから、バイトしながら飲み会参加させてくれ!って。」
「はははっ、出来るのなら今度よろしく!」
「任せてください!」
全員の自己紹介も終わり、歓迎会という名の飲み会が始まった。いつもの如く木村は早々に水島先輩と武田先輩に酔い潰され、訳のわからないことを呟きながら崩れていった。乾杯から25分後の出来事だ。
「あーあ、また木村くん隅っこで寝てるね。草野くん、また何か掛けてあげたら?」
「仕方ないなぁ。お店に借りてくるよ。」
僕は立ち上がり、店員さんに借りたひざ掛けを木村に掛けてやった。周りを見渡すと、いつも通り水島先輩と武田先輩が2人で話をしている。その隣ではレナ先輩と1回生の女の子2人組が話している。レナ先輩といきなりどんな話をしているんだろう、と気になったが、それより夏樹ちゃんのもとにはいつの間にかユージがいた。
「夏樹先輩ってカレシいるんスか?やっぱいますよねぇ?」
おいおいおいおい1年坊。いきなり何を聞いちゃってくれてんの。僕の中にある人間判断装置が警報を鳴らしている。この人種は僕の苦手とするタイプだ。いわゆるチャラ男に近い雰囲気を持っている。僕はチャラチャラしているタイプや悪ぶってるタイプを苦手として生きてきた。軽いノリに対応できないんですよ僕って。なんであんなに軽い?もっと言葉を選ぼうよ、なんて僕も偉そうなこと言えるほど言葉は選べないのであるが。
「んー、今はいないんだぁ。っていきなり先輩にそんなこと聞くかなぁ。」
「えー、マジっスか!?こんな可愛い人いたら放っておかないっスよ?だったら俺が立候補しちゃってもいいっスか?」
僕の中の間欠泉からドロドロの赤いものが噴出しそうです。「おい、俺の女に何言ってんだよ。」なんて、言ってみてぇ・・・
そんなへっぴり腰な僕を無視して二人の会話は続く。
「あははははっ、もう、ユージくん冗談ばっか!ユージくんは付き合ってる人がいるんじゃないの?」
「マジっスよマジ。考えといてくださいね?あ、部長、おかえりなさいっス。」
その後、僕は部長でありながらこの新入生に押されっぱなしの展開が続き、なんとも疲れた時間を過ごした。どのくらい時間が経っただろう、やっとユージが水島先輩たちのもとへ移動した時、僕は心底ホっとした。ああ情けないさ。ザ・情けない男、それ僕。
「ユージくんって面白いよね。あの子がいれば部の雰囲気が明るくなるんじゃない?」
「そうかなぁ、僕はもう少し話してみないとよくわからないかな。そういえば・・・」
ユージが彼氏として立候補したことについてどうするのか聞こうとしたとき、2人組女子がやってきた。
「失礼します草野部長。何を飲んでるんですか?」
「ああ、僕はモスコミュールだけど。」
「じゃ、あたしもそれにしよっと。すいませーん!」
そう言って綾ちゃんは僕と同じ飲み物を注文した。おいおい、未成年よ、堂々としたもんだな。まあ僕もあと数ヶ月は未成年だが。
「木村先輩ってお酒に弱いんですね。ホントにすぐ寝ちゃってびっくりしました。普段はあんな、あっ、ごめんなさい、あはは、つい。」
「いいよいいよ、あいつは入学当初からずっとあんな調子だよ。変だろ?実際、あいつのおかげで新入部員がたくさん辞めちゃったからね。」
思い出すと怒りが復活してきた。真面目そうな男子が次々に辞めてしまい、ユージのような僕の天敵だけが残ってしまったじゃないか。
「でも面白くてあたしは好きですよ。木村先輩のおかげで部室に来るのが楽しみになっちゃいました。」
「それはレアな発想だね。木村が喜んで絡んでくるから気をつけてね。っていうか、困ったら辞める前に相談してねお願いだから。」
「大丈夫ですって部長。あたしは簡単には辞めませんから。だって既に楽しいですよ、この雰囲気。せっかくだからもっと楽しもうって話してたんですよ、ねっ、真紀?」
「えっと、そうですね。私も別に木村先輩のこと苦手とかないです。むしろ今日はもっと話したかったですね。」
おぉ、この2人はなんとも稀有な存在である。この悪魔に僕がどれだけ苦しめられたことか。そこへ自ら飛び込もうとは、僕から言わせれば自虐行為ですよ。
話が聞こえたのか急に木村が立ち上がった。
「めいべりんにゅーよーっくっ!」
バタン
「あ、寝た。」
「寝ましたね、木村先輩。」
「なんの夢見てんだ。」
「なんの夢を見てるんでしょうね、木村先輩。」
「明日にでも聞いてみたら?きっと2時間くらい意味不明な解説が続くと思うから。」
「そうですね、聞いてみたいと思います。」
なぬっ!?なんと真っ直ぐな瞳。この方はもしや勇者様?冗談で言ったつもりなのに、真に受けられてしまった。そして引き返せない僕。すまん後輩。
「今年の1回生はなんだかすごいね。強いっていうか、個性豊かっていうか、いい子たちなんだけど変に頼もしいね。」
「うん、なんか押され気味かな。木村と違った意味で。」
「そういえば今日は夏樹ちゃん、あんまり酔ってないよね?」
「あはは、なんだか後輩がいるって思うと酔いが醒めてきちゃった。先輩らしくしないとって思ってるのかな?」
「それに比べ木村は、相変わらずだな。時間も遅くなってきたし、そろそろ切り上げようか。」
と、そこで僕は木村を持ち帰らなければいけないという過酷な現実を思い出したのだった。
「次に行きましょうよ次ぃ、二次会っスよ!まだ11時じゃないっスかぁ。」
「ほら、こいつの面倒みないといけないから、悪いけど僕はパスさせてもらうよ。」
そういって僕は木村をダシに使って逃げることにした。おそらく数人が帰り、少人数となればユージと話す機会が増える。正直、僕にはまだ彼を避けたい気持ちが大きかった。
「あたしもごめん。親が心配するし、これでも一応女の子なもんで。」
そういって夏樹ちゃんも続いて不参加を表明し、僕は心の中で安堵した。
「僕が付き合うよ、これから中々こういう機会がなくなるし。水島も行けるよな?」
「私もいいわよ。1年坊主に世間の厳しさを教えてあげるわ。」
なんだかオヤジのような水島先輩だ。結局4回生の2人と1回生の3人が二次会に行くことになり、駅でそれぞれが分かれた。二次会に戦闘不能となった木村を引き取ってもらえないか交渉したが却下されてしまった。
この日も僕は夏樹ちゃんに色々聞こうと思っていたが、不甲斐無い僕と、ユージの軽いノリのおかげでペースはずっと握れないまま終わってしまい、もやもやとした気分のまま帰ることになった。
さて、この物体をどうしようか。さっきから起こそうとしているがまったく起きる気配がない。背負って帰れる距離じゃないし、そもそもなんで僕がこいつを背負う必要があるというのだ。なんか考えてるだけで腹が立ってきた。とその時、誰かがこちらに歩いてくる。レナ先輩だった。
「どうしたんですか、レナ先輩。二次会に参加することにしたんですか?」
「ううん、二次会には行かないよ。もう飲めないし。少し休んで帰るつもり。」
「でも電車の時間とか大丈夫ですか?レナ先輩ってどこに住んでるんでしたっけ?」
「ストーカーでもするつもり?」
「いやいやいやいや、そんなつもりじゃないですよ、嫌だなぁ。でも女の子があまり遅くなると危ないですよ?」
「うん、ありがと。大丈夫だから。それよりソレ、どうするの?」
あぁ、爆弾を抱えた僕を心配して来てくれたのか。なんだか嬉しくなってくる。普段は考えていることが中々わからないけど、やっぱりレナ先輩は優しいんだろう。ほんのり頬がピンクになっている小さな先輩がとても可愛く見える。今日の服装もちょっと子供っぽいので、警察が見れば中学生と間違われて補導されるかもしれないな。
「とりあえず起きないので、近くのファミレスに入って小一時間ほど待ってみようかと思ってます。タクシーはもったいないですし。」
「ファミレスよりタクシー代のほうが安いと思うけど。まあいいよ。私も付き合ってあげる。」
「え?レナ先輩がですか?だって12時過ぎちゃいますよ?ホントに電車がないんですけど。」
「人の心配より自分のこと。明日の予定とか大丈夫?ほら、さっさと行くよ。」
「あっ、はい、ちょ、おもっ!」
レナ先輩は当然ながら肩を貸してくれるわけもなく、僕が木村を引きずるようにして歩かせた。途中で何度も寝言でモーマンタイだとかパーマレスにしてくださいだとか、ホントになんの夢を見てるのか知りたくなるくらいうるさかった。
ようやく目的の店に到着し、本当の意味ではないけど肩の荷が下りた。
「あぁ、本気で重かった。こんな扱いしてんのによく起きないなコイツ。」
「ま、並みの神経してないからね。草野もよく面倒見てるね。」
「レナ先輩って木村のこと真剣に嫌ってますよね?理由って聞いてもいいですか?」
「ん、あまり話したくないんだけどね。従弟なの、ソレ。」
「へぇ、イトコですか。ん?え?えぇ!?イトコって従弟のことですか?」
「声おっきいよ。だから話すの嫌なの。ソレと従弟なんて呪いみたいなものだもん。他の人たちには言わないようにね。水島先輩は知ってるけど。」
「そ、そうなんですか。でもなんで僕に話してくれたんですか?言いたくなかったんでしょ?」
「流れっていうか、まあ別にいいでしょ、もう聞いたんだから。だからって私のこと、ソレと同じ目で見るのだけは止めてよね。」
「大丈夫ですよ、レナ先輩はレナ先輩ですから。別に従姉弟だからって何かが変わるわけじゃないですし。ちなみに木村が入部したのって、レナ先輩がいるのを知っててですか?」
「それはわかんないけど。アレって昔は真面目な人種だったの、私が知る限りではね。成績も優秀だったって聞いてる。どこで道を間違えたのか、それともずっと本性を隠してたのかわかんないけど、大学生になった木村を初めて見たときはホントびっくりしたんだよ?最後に会ったのは中学の時だったかな?その時はむしろ静かな子だったの。」
「この木村が静かな人間だったなんて信じられないですね。じゃあ突然この部に入ってきて、最初からこんなんになってたんですか?」
「うん、この大学に入ったことも知らなかったからね。部室で最初に会った時は身長も伸びてたし、顔も幼さが消えてて、何よりあの表情や言葉使いで従弟ってわかんなくて、こそっと木村から伝えてきたの。必死で色々考えたよ、どうしてこの学校に?どうしてここにいる?私、とっても焦っちゃって、何を言ったかも覚えてないんだ。」
もしかして木村はレナ先輩を追ってこの大学に?いや、まさか、な。そんなことで大学決めるような人、さすがにいない、よな?部に入った理由は水島先輩って言ってたけど、そこに偶然にもイトコがいた、そんな奇跡的な確率が考えられるだろうか?だとすれば、レナ先輩がいるからこそ、この部を選んだと考えるのが自然だ。水島先輩が好きっていうのはもしかしてフェイクか?なんのために?そんなのは簡単だろう。本当はレナ先輩が好きだからだ。って僕の考えは暴走に近いものがあるな。ただイトコってだけなのだ、今のところは。まあ、かなりの嫌がらせに近い絡みをしているのは周知の事実だが。
「どうしたの草野?私を無視して考え事?」
「いえ、あっ、ごめんなさい。どうして木村がこの部に入ったのか、その理由が気になったんです。」
「それは私も考えたんだけど、途方もない答えしか見つからなくて、結局考えないことにしたの。だってその物体の考えてることなんて私には想像つかないんだもん。いくら考えても無駄なんだよ。」
「そうなんですよね、木村ですもん、答えは本人以外にはわからないんでしょうね。でもレナ先輩への接し方は他の人とは一線を越えて違いますよね。」
「だから私も木村に対しては特別に優しく接してるの。」
「え?あ、ははは、優しく、ですか。」
「何か文句ある?でも、私、ホントはこんな性格じゃなかったんだよ?なんか毒を吐くみたいなイメージになっちゃってるけど、そんなんじゃないんだ。」
そう言って少しうつむいたレナ先輩は寂しそうであり、悲しそうだった。そうなってしまったのは、僕にも少しは責任がある。そういう目でレナ先輩を見てたし、多分、他の人たちもそれを少し楽しんでいた。だからレナ先輩は引くこともできなくなっていたんだ。
気付いてあげられなかった。こんな小さな女の子が自分から言うのは勇気がたくさん必要だったはずだ。それも年下の僕みたいな奴に。
ここがファミレスじゃなかったら抱きしめてあげたい。包み込むように強く、壊れないように優しく。だけど僕は所詮恋愛レベル4の魔法使い候補。きっとファミレスじゃなくてもそんなことはできなかっただろう。
「ごめん、なんかしんみりしちゃった。らしくないよね。」
「大丈夫ですよ、他の部員はいませんし、今は強がらないでもいいです。僕なんかでよかったらいつでも話、聞きますよ。」
「ありがと。ちょっと泣きそうだよ。ダメだぞ草野。私なんかに優しくしてたら夏樹に言いつけるぞ?」
「な、ななななんでそこで夏樹ちゃんなんですか!?目の前で女の子が落ち込んでるんですから、優しくするのは当然じゃないですか。」
「あはは、ごめんごめん、ちょっとからかってみただけ。でもありがと。草野はホントに夏樹が好きなんだね。私はそろそろ帰るよ。ソレが狸寝入りしてるような気もするしね。じゃ、付き合ってくれてありがと。また部室でね。」
「帰るってもうこんな時間じゃ電車ないですよ?どうするんですか?」
「心配してくれるんだ?でも大丈夫だよ、タクシーでも捕まえるから。」
「ダメですって、夜に1人じゃ危険です。せめてタクシーに乗るまでは僕も行きますよ。」
「さっきお店の人にお願いして呼んでるから安心して。草野はソレのお守りを頑張るんだぞ。」
そう言ってレナ先輩は店を出て行ってしまった。レナ先輩の小さな背中が少し寂しそうだった。色々と1人で抱え込んでるのかな。2人でこんなに話をしたのは久しぶりだったし、個人的なことを話してくれたのは初めてだった。だんだん心を開いてくれているのかな、と少し嬉しくなる反面、レナ先輩が僕に対して壁を作っているのがわかってしまったのが悲しかった。
「おい草野。」
「起きてたのか木村。帰るぞ。」
「吐きそうだ。僕様をトイレに連れていけ。」
「おわっ!?マジか!?ちょ、待て!あと2分我慢しろ!」
僕の祈りもむなしく、魔界へ通じる門は開かれてしまった。
「うぼらっ!うぶっ!ぅろおおおおおおおおおおおぉぉぉ・・・・」
奥から出てきた魔物、いや、店長さんにひたすら謝る僕だったが、隣では魔王が気持ち良さそうに眠っていたのだった。
初土下座体験 済み




