第299話 チーズで憧れのアレを作った時の事
あの翌日、俺はチーズを持って第四村に転移をし、チーズを作る作業場予定地……。というより、もう半分以上できている小屋にチーズを持って行き、目標はこんな感じだけど、島じゃ無理だから、島独自の物を作ろうという感じで切り出した。
「うめぇ……。なんだコレ。いや、チーズなのは確かだけど、こんな物が存在しているのかよ」
「あぁ、こいつを食ったら他のが食えなくなるな」
「ま、こんなのがあるって程度で良いですよ。島は蒸し暑くて、普通の物では直ぐに腐ってしまうでしょうし。塩水に浸して洗ってを繰り返してカビを取り除いたり、燻製にして水分を飛ばすのもありかと思います。前にピルツさんに聞いたら、子牛の胃の液体を入れずに作れるって事でしたので、一緒にカビを抑えてもらおうと思ってます、なのでその辺はお任せします。ラクダも季節が一巡するまでは乳を出すみたいですし、少量からでも始めちゃってください」
チーズを食べて固まっているおっさん達にそう言い、とりあえずチーズの件はもう少しかな? と思いつつ第四村に転移をした。
昨日中途半端だった、疎水から水を引き入れる水路を一気に仕上げる為だ。と言っても、スネくらいまでしかないけど。
そして杭を打って、板で水を堰き止めている場所まで一気に終わらせてから、軽く板を持ち上げて水を流す。
「問題ねぇな。あとは時期を見て植えればサトウキビ畑ができる。そしたら砂糖と、搾りかすでラムだな。一応砂糖の生産量は上がる見込みで少し修正かな」
畑の脇を通り、少しだけ濁った水が海に流れ込むが、本当に少しだった。畑の堰も開けると、じんわりと水が広がり、余剰分は排水されて、田んぼにはならない事を確認して、俺は畑作りを一旦終了させた。
「で、なんで俺はレンガの目地を詰めてるんですかねぇ?」
蒸留所予定の進行具合を見に行ったら、単式蒸留器をのせる、大きい竈っぽい奴を積んでいる人の横で、ヤンキー座りをしながら下の方の目地材をコテを使って詰めている。
「いやー。積む人が早くて、追いつかねぇんですわ。レンガ積みどんだけやってんすか?」
「さぁ? 第一村で生産してるレンガとか、全然在庫が増えないので、どんどんどこかでは消費されてる気もしますけど、ここに来る前に、何か作ってました?」
俺は黙々とレンガを積んでいる、人族の若者に声をかけてみた。
「ここに来る前は第四村で、温泉の壁を作ってた」
「なにそれ。俺知らないんだけど……」
「村長を通して、キタガワからお願いされた。脱衣所も作ったな。最初は手探りだったけど、どうも俺にはこの仕事が合っているらしい。勇者の慧眼には驚かされる」
レンガを積んでいる若者は、喋りながらもドンドンレンガを積んでいき、もうコツを掴んでいるのか、バケツからセメントっぽい物を感覚だけで取り、一回で綺麗に塗って積み、柄の部分でコンコンと叩いて、張った糸の所に高さを合わせていた。この見た目で熟練の職人っぽい動きだ。
たまにいるんだよなぁ。こういう天才って。
「じゃあ、ここが終わったら、第一村での作業をお願いしてもいいですか? ちょっと大きな仕事なんですけどね」
「……あぁ。わかった。どうせ代表の事だ、後続の職人も育てろって事だろ?」
「まぁ、そうなんですけどね……。第一村にいる俺の家を作ってくれた職人って、ちょっと……」
目地とかはみ出してたし、なんか高さも微妙に違うんだよなぁ。
「大きな仕事は経験になる。まだ半人前で良ければ」
「時間的には半人前ですけど、腕は一人前ですよ」
俺は目地を詰めながら、手を止める事のない若者と、軽く話をしながらお互いに作業を続けた。
作業を少し早めに切り上げ、俺は会田さんに会うために王都の地下に転移をし、俺と寸劇をしてくれる勇者さんと世間話をしながら、テーブルでお茶を飲んでいる。
「うっへ、大魔王って超怖いんっすね」
「怖いねぇ。気が付いたら何も持ってなかったのに、首筋にいきなり剣が突きつけられてたし。本当なんで――」
「遅れちゃいましたか?」
俺が大魔王様の事を話していたら、会田さんが来て、そこで話を切られた。
「いえいえ、問題ないですよ」
そして俺は、大魔王様の事を会田さんに昨日の事を話た。
「ついに動いちゃいましたか……。ってか表で来るのか裏で来るのか、その時の雰囲気の内容じゃわかりませんね。まいったな……。どれだけ資料作りゃ良いんだ?」
会田さんは、片目を細めながら、ガリガリと頭を掻いている。なんか恐怖とかそんなのは言葉からは一切出ていない。
「会田さんが、王族を裏で操る様になってからの帳簿とか、そんなので良いんじゃないんですか? あとは具体的な案とか。そしてお互い折り合いをつけて、金やら銀の保有率とかの調整とか」
「簡単に済めばいいんですけどね。なんか百年以上国王やってて、それなりに優秀。しかも戦力も保持。対等に出られるかな……」
「あー。変なところで常識はあるっぽいので、出たとこ勝負で良いと思いますよ。危害を加えるつもりはないとか言ってましたし、蓋を開けてみるまではわかりませんよ? あ、少しずれたユーモアもありますね」
腕を組んで、上を向きながらため息を吐いている会田さんに、気休め程度の言葉を言った。
「そのユーモアが、本気にならなければいいけど……。とりあえず魔族大陸に流れたお金じゃないですか? 魔族大陸で売りさばいてたみたいですし」
「落としどころはその辺か……。末端価格数億円とかってニュースで報道されそうな出来事だしなー。やっぱり需要があるから、なくならないんだろうなー。あー面倒な事になったなー。警備とか巡回強化するのに、予算をもう少し割くか」
「島を外れてる海路なので、こっちは対策できなくて申し訳ないです」
「いやいや。仕方ないっすよ。優秀な狼の事とか、魔王や勇者が仲良くやってる島なんか、俺が犯罪者だったら絶対避けますもん」
「だよねぇ」「だよなぁ」
俺と会田さんがため息を吐きながら、もう一人の勇者が言った言葉に納得しつつ、似た様なタイミングでお茶を飲んだ。
「じゃ、資料ができて、覚悟ができたら連絡を入れます。場所はここでいいんですね?」
「えぇ、いつでも良いって事でしたので。最悪表で謁見中でも、それ以降の予定を後回しにして、こっちに来るかもしれませんよ。そんな雰囲気でしたし」
「なにそれ。凄くお金の動きを重要視してるじゃん。前日にカーム君に連絡入れたら、朝からここで待機して、その日の夕方って感じだったら、もう一回ここに来て」
「わかりました。んじゃ失礼しますね」
話し合いは終わり、俺は自宅に転移した。
「ただいまー」
「おかえり」「おかえりー」
「さてさて。今朝言ってた物はある?」
「ある」「あるよー」
「よし。じゃ、夕飯作るか」
俺はいやらしい笑顔で笑い、キッチンに立った。
「ふんふふんふ~ん」
鼻歌交じりに下処理をしたブロッコリーやトマト、新鮮な野菜類をスキレットの様な厚手のフライパンに入れてオーブンにぶち込み、ベーコンやソーセージ、ジャガイモを炒め始める。それと同時進行でチーズリゾットも少し多めに作る。ま、たまにはね? 少し早いけどいつもより少し多くても平気だろう。
そして適当に火が通ったら、野菜の入ってるフライパンを取り出し、それに入れ、薄く切ったチーズを乗せて、火を調節したオーブンにぶち込む。味はベーコンやソーセージの塩気のみだ。
そしてパンを半分に切り、薄切りベーコンを乗せ、オーブンの一番手前に置いて軽く温め、何も乗っていない竈の口辺りに、鉄の串に刺したチーズをあぶり始める。
そして少し溶けてきたらパンを取り出し、ナイフでそぎ落とす様にしてパンにドロリとかけるが、その時点で子供達を抱いたスズランやラッテが後ろに立っていた。
「コルキス。今日も昨日食べた美味しいご飯よ。昨日は不満そうにしてたもんね。今日は千切ったパンとかしゃぶってみる?」
「これって絶対美味しい奴じゃん。メルー。もしかしたらママ、ちょーっと太っちゃうかもよ?」
そして子供達に見せる様にして、フライパンを取り出し、色鮮やかな溶けたチーズのかかった鮮やかな料理を見せる。
「香りとかもいい刺激になるしね。たまには母乳とか母親達とは違う香りもどうぞ」
そう言ってミトンをはめた手を下げて、香りが上に行くようにして子供達に嗅がせてみる。
「あ、あー!」
「きゃーう!」
「うむ。嫌いな香りは避けるとか言うけど、やっぱり好きみたいだ。昨日のチーズリゾットが気に入ってるみたい。けど駄目ねー。これは味が濃いからねー。まだまだ薄味ので我慢してねー」
俺は左手で子供達の頭を撫で、鍋敷きをテーブルに置き、フライパンをそこに乗せ、パンやチーズリゾットも運ぶ。
「さてさて。いただきます! うま! めっちゃ美味い!」
「本当。凄く美味しい!」
俺とラッテは感想を言うが、スズランだけは黙々と食べているので、やっぱり美味しいみたいだ。
「さて、俺は一口食べたし、先に……コルキスか。スズランは食べ終わるの早そうだし」
俺はコルキスを抱き、昨日と同じくチーズリゾットを食べさせると、美味しそうに食べ、メルにも食べさせるが、やっぱりチーズリゾットは食べるみたいだ。
「今度普通のチーズで食べさせたら、食べなかったりして……」
俺は乾いた笑いを出しながら、空になった器を置いてメルの背中をポンポンと叩き始める。
「むしろ、普通のご飯も怪しいかも。リリーとミエルもカームのご飯の方が好きだったし」
スズランは、少しだけ千切って残してあったパンを、コルキスに与えているが、なんか不満そうな顔をしている。
「そうだねー。アレは母親として少しへこむわー。こんな美味しい物があったら、舌が肥えちゃうよー?」
「……だよね。少し自重させるかー。なんか保存利きそうな感じだし、少し北川とかにもお裾分けするか」
そう言って俺はメルをラッテに預け、個人的なメインの方。パンを頂くとする。
ハ〇ジのパンだからだ。あの溶けたチーズを乗せただけのパンは、子供の頃からの憧れだったし、思い切り齧り付く。
少し冷めているが、まだ十分に美味しく、ウニョーンとチーズが伸び、手で持っている方のパンを上げて、伸びて細くなっている奴を口に入れていく。
「うめぇ……」
子供の頃の憧れだったとかは言えないが、思い出補正とかが入り、かなり美味しく感じる。
「温めたミルクがあればそれで流し込んでたわー。これはベーコンいらなかったかもしれないな」
そう言いながら、名残惜しく感じている残りの一口を口に放り込み、しっかりと味わってから飲み込む。
「そういえば。今日はまぁまぁじゃないんだね」
「あ、そうだ。確かにまぁまぁじゃないね」
「ん? これは全部素材の味だからね。料理っていうより、炒めたり温めただけに近いし。ってか、これは下手気にいじくりまわすより、絶対そのままの方が美味しいよ。蟹とか海老の時もそうだったでしょ?」
「「あー」」
二人は納得したかの様に頷き、俺が何を基準にしているかがわかったらしい。
「例えば。卵とチーズを混ぜてオムレツを作るとしよう。火が強すぎて卵が思った以上に固まっちゃったら、美味しいけどまぁまぁって言うだろうね。全部理想のだったら美味しいって言うかもしれないけど、今回のはまぁまぁって奴かなー」
「そう言われると、他の人の料理は全部不味いになるんじゃない?」
「そーだよ。カーム君基準だったら全員不味いになっちゃうよ」
「……そうだな。けど本当に不味いなら不味いって思うけど、個人的な物差しで、これは普通って奴からは、全部普通だよ。作ってもらったのに文句を言うなら食うな。って言ってた奴がいてね。だから他の人のご飯は、全部美味しく頂いてるよ。まぁ、リリーの料理は……頑張った。うん」
「確かに……。最初は酷かったよね」
「んー。確かに……。最初のアレはちょっとねぇ……」
「あいつら上手くやってるかな?」
「ミエルがいるし、ある程度は平気でしょ?」
「だね」
「おいおい。母親であるスズランが、リリーの事を信じないで、ミエルを当てにするのか?」
「あの子は私に似てるから」
「だね。凄く似てるよね……」
そして三人でため息を吐き、なんとなく全員で魔族大陸の方を見た。
ミエルの胃に穴が開いてなければいいか……。




