第298話 問題が上の方に行ってた時の事
会田さんやカルツァの話し合いから五日。特に動きがないのか何の連絡もなく、執務室でのんびりと書類を書き、第三村の開拓をしつつ、引いた疎水からサトウキビ畑用の小さな水路を魔法で作っていたら、何か視線を感じたのでそちらの方を何気なく見たら、見たくない人物がニコニコとしながら畑道に立っていた。
とりあえず無視する訳にもいかないので、俺はため息を吐きながら作業を中断し、俺の方を見ていた人物の方に歩いて行く。
「お久しぶりです。まぁ、大体何の用なのかは想像がつきますけど、一応聞いても良いですか?」
「例の件で聞きたい事があるから、ちょっと連れて来てくれ。って言われてね。で、これは何の畑?」
大魔王の部下さんは特に不思議がる事もなく、世間話の様に俺に聞いてきた。
「サトウキビですよ。今あそこに建ててるのが蒸留所になるので、砂糖を作りつつ、酒も造ろうかな? と。なんか毎回問答無用で拉致に近い形で連れていかれましたが、今回は余裕がありますね」
「人の目もあるから、こういう建前も必要でしょ? 執務室なら同じ様な感じで連れて行くけど。後は個人的な興味。結構運営も軌道に乗って来てるんじゃない?」
「まぁ、ぼちぼちです。損が出てない程度ですよ。鋼材が島にはないので、輸入して利益が出るまでは多少かかりますが、酒の需要は多いので見込みですけどね」
俺は【水】を浮かせ、手を洗ってからタオルを濡らして固く絞って汗を拭き、水路予定地から畑道に上がった。
「ちょっと来客なので、時間になったら上がってくださいって、トローさんに伝えてください。じゃ、行きますか」
俺は近くにいた人に聞こえる様に叫び、魔王部下さんの方を向いた。
「そうだね。けどその前にジャイアントモスの布を一巻き売ってくれるかな? 表の方でとある貴族に褒美として使いたいらしいんだ」
献上じゃなくて、売ってくれとな? 横暴って訳ではないみたいだ。
「一回第一村に行く必要がありますけど?」
「問題ないよ。今日の予定はもうないから、裏でのんびりしてるし」
なんか大魔王様が、一番似合わなそうなのんびりって……。見てみたいな。
「わかりました。では一回第一村を経由してか――」
そう言った瞬間に、言葉の途中でいきなり執務室に飛ばされた。魔法陣の展開とか見せずに転移するのは止めてくれ。心に悪い。
「品定めは任されてるから、案内をお願い」
「……うっす。次は一声かけてから転移をお願いしますわ」
つまり部下のこの人も、ノーモーションで転移ができる事はわかったわ。ったく。本当あの城の奴は規格外過ぎだろう。
「んー。品質はどれも同じような物か。あ、良い意味でね。どれも高水準だから。けど売り歩かないのは正解かな? 値崩れするし」
「で、このおチビちゃんは誰? かなりの目利きみたいだけど」
止めて下さい。おチビちゃんとか言わないで。俺の胃に滅茶苦茶負荷がかかるので……。
「ちょっとしたお知り合いです。この方のご主人がジャイアントモスの布を所望してまして」
「あら、そうなの? 現地価格だからその辺よりは安いわよ」
「別にお金に糸目は付けないので、その辺りはどうでもいいのですが、やっぱり高品質な物じゃないと、主人の威厳にもかかわりますので。お前にはこれがお似合いだ。って意味ではその辺の布でもいいんですけどねー」
まぁ、表じゃ国王様だしな。それなりの物じゃないと駄目か。
「在庫的に一番古いこれで」
なんでわざわざ古いのを選ぶんだろうか? 些細な嫌がらせか?
「あら、それが一番古いって良くわかるわね。確かに最初期の頃に織った物よ」
「絹だと黄色く変色したり摩擦に弱いけど、これは季節が巡る毎に、より強固になるだけですからねー。果実酒と同じですよ。保存状態も良いしこの店では最高の物なのは確かだ」
そうなのか……。絹は黄色くなるのは知ってたから、在庫処分できるとか思ってた俺が馬鹿だったわ。
「博識ねぇ。布は湿気とか日の光とか本当気を遣う事が多いのよ。果実酒みたいに、ある程度安定した地下に放っておけばいいって物でもないのが、面倒なのよねぇ。子供みたいに喋らないから余計に手間がかかる。花を庭先で育ててるのと変わらない。そんな子よ」
まぁ、喋らない分子供より手間がかかるとか誰かが言ってたけど、確かに布も生き物みたいなものだしな。なんとなく納得はできる。
「じゃ、お金はこっちに? ここに?」
「そっちよ。普通の服とか、もう縫ってあるマントなら加工費とかはこっちだけど、布は島で取れる財産だし。織ってくれてるのは妹達だから。私は服飾関係で来ただけだから、布だけだったらその代金を渡してる感じね」
「へー。一応そうなってるんだ。悪いね。布のまま買っちゃって」
「お偉いさんに使ってくれるならその子も本望でしょ? 構わないわ」
なんだろう。普通に会話してるのを見ると違和感しかない。性格的な感じだろうか? 客には普通に接客するとか言ってたのに、俺と一緒だからだろうか?
「じゃ、ありがとうお姉さん」
「私より年上っぽい妖精族に、お姉さん言われてもねぇ。とりあえず、ありがとうございました。で良いのかしら? じゃ、在庫が一巻き出たから、私は妹達に一声かけてくるわね」
そう言ってテーラーさんは裏口の方から出て行ってしまった。俺がいるから対応が雑だなぁ……。
「折角席を外してくれたし、ここで飛ぼうか」
大魔王の部下がそう言った瞬間、見覚えのある小さな扉のある場所に転移させられた。一声かけられたけど、俺の返事を待ってほしかったな……。
「よく来た。楽にしていいぞ」
そしていつも通り案内をされて部屋に入ると、果実酒を飲みながらチーズを食べている大魔王様が、いつも通りな感じで対応してくれた。
確かにのんびりしているっちゃのんびりしているな。こんなシーンは貴重なんじゃないだろうか?
「じゃ、失礼します」
そう言って俺は椅子に座ると、空きグラスに果実酒を注いでくれたので、軽く頭を下げてから頂戴する。 「うわ。なんだこれ。凄く芳醇な味わいだな! 言葉にできないのが悔しい」
「ふん、普段から酒を嗜む事を覚えた方が良いな。では早速本題だ。コレについて進展があれば詳しく話せ」
そう言って大魔王様は、カルツァ家の紋章が入った手紙を、テーブルの上を滑らせてこっちに渡してきた。
「あー…………。はいはいはい……。禁輸品ですね。簡潔に書かずに長々としているので、ちょっと理解に時間がかかりました」
「表に送られてくる手紙なんかそんな物だ。建前やら色々必要だからな。その辺は仕方ないと諦めろ」
大魔王様がにやけながら言い、俺は今まであった事で知っている事を全て教えた。
「そうか。人族側に金が流れている可能性も見るか。目先の犯罪組織云々だけではなく、そこまで考えるのはさすが勇者だな。あまりにも大規模化していて、頭が多いならこちらからも軍を出すと返事はしたが……。そうなると何らかの対策と、話し合いも必要になってくるだろうな。そいつを紹介しろ。金や銀の所持量は政策にかかわる事だ」
俺はその言葉で、口に含んでいた果実酒を床に噴きだし、思い切りむせて咳き込んだ。
「おいおい、もったいないだろう。良い酒だぞ? しかも一般には出ぬ物だぞ? 折角だから楽しんでいけ」
そう言って大魔王様は、三分の一まで減っているグラスに果実酒を注ぎ足してくれた。ってか見る人から見れば、かなりヤバイ光景な気もするけど、良い雰囲気だし、まぁいいか。
「前回出された時は楽しむ余裕すらなかったですからね。では、お言葉に甘えて……」
そう言ってから俺は、口を酒で湿らせた。
「ご予定はいつ頃がよろしいですか?」
「向こうに合わせる。お前が転移している地下の事は知っているし、会談場所はそこでいい。向こうの立場もこちらの立場もあるから、公の場で大っぴらにやる訳にもいかんだろう。それにそっちの方が落ち着く。余計な気遣いは無用と言っておけ。堅苦しい様式など話し合いには邪魔だ」
んー。腐った貴族とかより、滅茶苦茶清々しいな。無駄を排除して話し合いだけに集中とか……。
「流れた金の事が主だった内容で良いですかね?」
「あぁ、かまわん。何かあれば数回に分けて出向く。あとこちらに戦闘の意志はないが、攻撃されたら敵とみなす事も付け加えておけ」
そう言って大魔王様は指先でチーズの乗った皿をこちらに押し出してきたので、遠慮なく頂く事にする。向こうも手づかみだし、こっちもいいよな?
「うわ、滅茶苦茶濃厚でクリーミー。何の乳だこれ……。羊とかラクダでのチーズ作りの計画は進めてるけど、こんなの食ったら、他のチーズが食えなくなる美味さだ……」
「なんの乳かは知らん。献上された物だからな。美味いと言ったら定期的に送られて来るから、遠慮なく食らっているが、聞いておくか?」
大魔王様は真面目な顔で言ってきた。なんか俺には、だんだんこの人が気のいい兄さんにしか見えなくなってきたわ。
「島の環境で育てられるかどうかもありますので、こちらはこちらで特産品として、地元の物でやらせてもらいますので、お気遣いなく」
「そうか。持ち味を生かした戦い方だな。それと布の件は感謝する。使わぬから裏にはないし、一巻きとなると滅多に出ないから倉庫にもない。かと言って頼むと時間も金もかかる。安く済ませられるならそれに越したことはないからな」
「たまたま島で群生してて、職人の意向もありますし、島の外でどれだけ値が上がろうと関係ないって事でしたので。ってか、そちらから職人を派遣して、島に拠点でも作ればよかったんじゃないんですか?」
そうすれば俺が島に行く必要も、無駄に勇者に討伐される魔王も減っていた気もするし。
「ジャイアントモスの布に興味がない。それにどれだけ金が必要かを考えると、討伐されたら魔王を定期的に送る方が金はかからん。今回は上手くやってくれたみたいだがな」
大魔王様はニヤニヤとしながら豪快にケーキの様に切られたチーズに齧りついた。
「好き勝手にやらせて生き残ればよし。国防に役立てば目付け物」
「挙句、停戦に海路の安全確保、真水や食料の供給に島の発展。国や貴族の財布は減らず、全て勝手にやってくれた魔王がここにいるがな」
「なんかそれだけ聞くと、普通なら褒美を渡したり、受勲とかされそうな物言いですね」
「まぁ……な。ただ、表の貴族達とは体系が違うし、好き勝手やらせた結果だから、こちらから少しだけ便宜を計る程度だ。その辺は我慢しろ」
「別に今更どうこう言うつもりはないですが、俺にはその程度が丁度いいですね。爵位とか重そうですし。気楽にやっていけたらそれで十分ですよ」
「欲がないな。たまには強気に出る事も覚えろ。折角の機会だぞ?」
「俺には魔族を束ねる大魔王様に、おねだりする勇気はないですよ。色々監視されてるのに、好き勝手やらせてもらってるだけで十分です」
「そんな物言いできる時点で、十分にかなりの勇気だがな。こうやって一緒に酒を飲んでいるだけでも、見る者にとっては命知らずな馬鹿に見えると思うが」
大魔王様はいやらしい笑顔で笑い、一気に果実酒をあおった。
「あ、褒美を思いつきました。この残ってるチーズでお願いします。家族で食べますので」
コルキスとメルにあげるのにはまだ早いが、離乳食用として味の薄いチーズリゾットにすればどうにかなるか?
「……安いな」
「何も与えずに、貸しを作る様な感じにするなら、ここで素直に貰った方が良いかな? と思いまして。あとは職人育成用に試食ですかねー」
俺はアニメとかでよく見る、まだ切れていない丸いチーズや、ケーキの様に切られたチーズを見る。
「半分は教材として使うのか。何から何まで島の発展を重視しているな。おい、キッチンから適当に見繕ってこい」
「かしこまりました」
そう部下さんが言って、消えたかと思うと、しばらくしてから布に包まれた丸いチーズが十個、テーブルの上に現れ、その後に戻って来た。
座標で物を先に転移でもさせてるんだろうか?
「……多いっすね」
「言っただろう。送られてくると。この先少し忙しくなるから、のんびりできる時間が少なくなる。暇になる頃にはまた送られて来るだろう。気にせず持って行け」
物量は正義とか言う感じで、多く渡されても困るんだよなぁ。田舎のおばあちゃん家とかで、なんか山盛りの野菜とか肉を出される感じだ。しかもお土産に段ボール数箱で野菜満載とか。
「あ、はい……。じゃぁ、持ち帰るのに布を二枚下さい。五段に重ねて両手に持って帰りますので」
「あぁ、お前は転移する時はアレだったな。こればかりはしかたがないか……。おい」
「はい」
そして大魔王様が顎で部下に指示を出すと、直ぐに布を持って来たので、チーズを包んで立ち上がる。
「ここから転移していいですかね?」
「かまわん。好きにしろ。けど、ここに直接転移するなよ? 殺すぞ?」
「あ、ルールは忘れていませんのでご安心を。寿命でしか死にたくはないので。じゃ、チーズありがとうございましたー」
俺は大魔王様の見え見えの殺気を軽くいなし、魔法陣を展開する。
「私の殺気を受け、そんな口調で話せる奴はそうはいないぞ? あぁ、忘れてた。子供が産まれたんだったな。息災でな」
「ありがとうございます。妻達に伝えておきますし、子供が大きくなったら言っておきます」
そう言ってから、俺は自宅に戻った。
「ただいまー。ちょっと出かけててさ、お土産貰っちゃった」
そう言って俺は、笑顔で両手を胸の辺りまで上げ、大量のチーズをスズランとラッテに見せた。
「おかえり。何それ」「おかえりー。何? それ」
二人が不思議そうに聞いてきた。そうなるよなぁ。
「全部チーズ。物凄く美味しいから、お土産にくださいって言ったら、なんか大量に渡されてさー。今からベーコンとジャガイモのアレ作るから、先に摘まんでてよ。本当に物凄く美味しいんだから」
俺はそう言い、キッチンにドカリとチーズを置き、一つだけ持ってテーブルに行き、小さめに切って先に二人に出しておく。
「ん! 美味しい! 絶対にベーコンに合う」
「ほんとだー、なにこれー。スズランちゃん。これはベーコンと一緒にたべるより、そのままの方が絶対良いよ。ってか普通のチーズが食べられなくなっちゃう」
「だよね。俺もそう思った。料理に使うなんてなんかもったいない気もするけど、調理してみたい衝動が抑えられない。コルキスとメルにも、食べられるのを作ってあげまちゅからねー」
俺は笑顔で抱かれているコルキスとメルを撫で、早速料理を開始した。
「はーい。まずは大人用チーズリゾットと、離乳食用ね。ベーコンのチーズパイが焼きあがるまで、もうちょっとだけかかるから先に食べちゃおうか」
俺は深皿にチーズリゾットをよそい、テーブルに置き、先に作って冷ましておいた子供達用チーズリゾットを食べさせる。
「うー、あーあー」
まずコルキスに食べさせると美味しかったのか、もっとくれと言わんばかりに声を出している。
「そうかそうか、美味しいか。メルの分もあるからもうちょっとだけだぞー」
「美味しー。そのまま食べてもいいけど、料理に使うのもいいね」
ラッテが笑顔で食べているが、スズランは何も言わずに黙々と食べているので、美味しいのは確実だ。あんな勢いは、故郷にいた時にしか見た事がない。
「はーい、今度はメルねー」
俺はよそった分を食べ終わらせたスズランにコルキスを預け、メルを抱いて口元に持って行くと、いつも以上にパクパクと食べ始めた。
「お? メルはチーズリゾットが好きなのかな? それともチーズが美味しいからかな? そのままいっぱい食べて、元気に育ってねー」
俺はダラダラとした笑顔で、メルにチーズリゾットを口元に運び続ける。
「全部食べちゃったよ、珍しいな」
俺はメルを抱きながら、空になった深皿を見る。
「こんなに美味しいんだから仕方ない。コルキスもおっぱい飲んでるけどなんか不満そうだし」
「あちゃー。薄味にしたけど、この頃から舌が肥えちゃったら、将来が心配だなー」
「ま、美味しいから仕方ないよー」
ラッテはホッコリした笑顔で頷きながら、深皿の縁を指でトントンとしていた。
「そうだね。ま、少しずつ消費してこうか。お、香り的にそろそろかな。さぁさぁ、美味しいけど食べ過ぎると太っちゃう、遅れたメインを出しますか」
俺はそう言い、メルをラッテに預け、オーブンの蓋を開けに立ち上がった。




