第266話 姐さんがお礼を持ってきた時の事
「ヴァンさん、ちょっとこれ作ってもらっていいですかね?」
「は? やっと来たか」
翌日、俺は今ヴァンさんの工房に向かい、クロスボウの強化の為にハンドル巻き上げ式の、簡単な絵を描いて持って行ったら既存の物が少し大型になっており、もう作られていた。
「前に言ってただろ? それに弦を均等に引かないと矢がまっすぐ飛ばない、テコだと引けない、なら既にある、取っ手巻き上げのを付けたなら文句はねぇだろ? あとお前の判断がないと、生産しないつもりだったからそれだけな」
ヴァンさんがニヤニヤとしながら、俺に巻き上げ式クロスボウに、ストックと照準器を付けた近代改修した物を渡してきた。ってか弦が太いな。引っ張り強度どのくらいだ? 麻紐の太さ一センチで五百キロくらいってのは知ってるけど……。小指の太さの半分くらいだな。
俺は先端部分のあぶみを踏んで、二本のハンドルを回して弦を引っ張り、外に出て黒曜石で作った矢を乗せて、森に向かって膝撃ちの体勢で構える。
「あそこの一番手前の木ですが、目視六十五ってところでしょうか?」
「あー。それを俺に聞くか? 足が短けぇんだぞ? 六十ないし七十なのは確かだな。それにその剛性的には十分だ。撃っちまえ」
ヴァンさんの言葉を聞き、とりあえず水平で撃ってみるが、見事に狙っていた場所に矢が突き刺さった。反動も今までのに比べて少し強かったけど。
「ありがとうございます。とりあえず残り三個? 三台? お願いします」
「あいよ、何でその数になったかは聞かねぇが、五日もありゃ十分だ」
「お願いします。後で故郷の酒で、数年巡った良い物を届けますから」
俺は超笑顔で言ったら、ヴァンさんも良い笑顔で親指を立ててくれた。
「さて、この絵が無駄になったけど……どうすっかなー。仕事すっかー」
執務室に戻り、少しため息を吐きながらイスに座り、絵をゴミ箱に投げ入れて何気なくトレイの手紙を開け、背もたれに寄りかかって読んでみる。
「手紙じゃなくて見積書じゃん!」
俺は急いでイスに深く座り直し、詳細を見てみる。解体、撤去、材料費にある程度の日数まで書いてあり、妥当な数字だった。二枚目を見てみると、織田さんの図面を真似したのか、ちょっとだけ細かく描いてあるが、完成予想図的には問題はないだろう。高すぎるわけでもないし、これは断る理由はないな。ってかカルツァが金出して、無利子で返すだけだからいいんだけどね。
しばらくは一般流通しないから、返すまでに結構時間がかかるけど。
「ちょっとガラス工房の、拡張工事の打ち合わせに行ってきます」
ウルレさんに一声かけ、俺はセレナイトの酒蔵に転移し、前回頼んだ大工の工房に向かった。
「お疲れ様です。アクアマリン商会のカームです。見積書が届いたので打ち合わせに来ました」
「おう、届いたか。おめぇら、俺はちょっと外すが、サボってもいいけど寸法は間違えんなよ!」
「「うっす!」」
休んでても良いって事だろうか? まぁ、別に俺が気にする事でもないな。
「でー、この専用の施設を中に建設しないといけないので、まずは屋根と一部を除いた壁まで仕上げ、中が完成したら残りの内装をお願いしたいんですよ」
「あぁ、それは問題ねぇ。後はそっちの手配した、業者とのすり合わせでいいな?」
「えぇ、問題はないです。では後日、にそちらに工房内の専門業者が打ち合わせに行くと思うので、その時はよろしくお願いします。それでは奥様、そのような流れでお願いします」
「はい、わかりました」
俺はお辞儀をし、ガラス工房から去って酒蔵のロフトから執務室に転移し、建築業者分の見積を見ながら、カルツァに借りるお金の明細を書いておいた。後は中の専用器具の建設見積もりだけで済むな。
そして昼食を家で食べていたら、なんか玄関前に質量のある物が落ちたような音がした。
「なんの音?」
「わかんなーい。何か大きな石でも降ってきた?」
「本当なんだろう?」
なんか今まで聞いた事もない音だ。しかも少し揺れたし。
そう思っていたらいきなりドアがノックされたので、開けてみるとピンク色の髪の女性が……。しかも何か担いでいる。
「スズランちゃんいるー? 春のお祭りのお礼持って来たわよー」
「姐さん。それ、なんすか? なんか鋭い爪が見えるんっすけど」
「あ、コレ? 飛竜」
なんか恐ろしい事を、語尾にハートが付きそうな、めっちゃ良い笑顔で言わないでくれ。ってか俺の胴体より太い腕? 脚? 恐ろしくデカくないか?
「姐さんの竜の時より大きいんじゃないっすか? ソレ」
「あー、大きいだけ大きいだけ。こんなの私の事を見たら逃げの一手よ? 一番美味しい所はもう食べちゃったけど、食べやすい部分だけ持ってきたの。この辺にいなかったから、ちょっと遠出しちゃった」
つまり竜のまま着地って事か。冒険者の目撃者多数で噂になるな。ってか一番美味しい所ってどこだろう? 怖くて聞けないわー。
「はい」
姐さんはそう言って、俺の胴体より太い腕だか脚を、片手で持って突き出してきた。
「ど、どうも……」
俺は抱える様にしてそれを持つと、家の中を覗いてから手を軽く振り、飛んで山の方に向かって行った。
「姐さんだったよ……。飛竜の肉貰ったけど……どうするよこれ」
「村に飛竜が出た事がないから早く食べたい。料理して」
「いや、お昼を食べたばかりでしょ。夕食にね?」
「私も初めて見るなー。なんかグロイねー、やっぱり鱗とかカッチカチだし」
ラッテは俺の抱えてる肉塊の鱗を突っつき、カチカチと音を鳴らしている。魚の鱗ってレベルじゃないな。
鱗の向きが逆だったら、俺の胴体は紅葉おろしになっていたかもしれない。
「キースに食べ方聞いてくるわ。あいつ冒険者の野良時代に、顔見知りに誘われて飛竜の討伐した事があるらしいし。最前線に行く途中に自慢気に話してたのを覚えてるわ」
「キースって意外にやるのね。この島じゃ凄い人が多すぎて、埋もれてる感じがするのに」
スズランさん、一応俺と一緒に最前線に呼ばれた男ですよ? そんな無個性みたいに言わないで下さい……。
「へー。キース君って凄かったんだー」
はい、凄かったんです。本当にこの島じゃ目立たないだけで……。
俺はとりあえず飛竜の肉をそのまま氷漬けにして、腐らない様にしたが、なんか切断面がなんか雑だった。多分姐さんが食いちぎったんだろう。
なんで冷凍にしないか? 冷凍焼けとか溶けた時の細胞の破損で旨味とかが逃げると嫌だったからだ。
「おーいキース、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいか?」
「あ? なんだ? 昨日の今日じゃ、狼達に客か不審者を教えるのは無理だぞ?」
「違う違う。聞きたい事って言っただろ。飛竜の食い方を教えて欲しいんだ」
俺は訳を話し、討伐経験のあるキースに聞きに来た事を言った。
「鳥肉だな。なんか牛とか鹿みたいに赤いけど、鶏肉そっくりだ」
「鳥か……。赤いのに鳥……。なんか不思議な感じだな」
なんかもう常識の範囲外だから、もうどうでもいい感じで答えてしまった。
「こればかりは何ともいえねぇな。けど見た目よりは美味いぞ。食べ応えがあるし変な臭みもない。お前の腕なら上手く料理できるだろうな」
「助かった、ありがとう」
「おう、気にすんな。けど鶏肉の方が美味いぞ。故郷では弱ってる体に良いとか、妊婦にもいいとか言われてたな」
「お、おう」
それだけを言い、軽く片手を上げて第四村に転移した。もちろんクロスボウを持って。
「おい! お前だお前! 射撃が得意だからって、近接をおろそかにすんな! 白兵戦になったら、ナイフくらいは使えねぇと話にならねぇぞ!」
転移をしたら、北川が怒鳴っていた。なんか耳が痛いわー、魔法を使わない近接苦手だわー。
「おう、悪いけどそいつと、射撃が得意な奴を残り三人集めてくれ」
俺は北川に話しかけ、軽く肩に手を置いた。
「なんだ、訓練ちゅ……。わかった。」
北川は、俺の持ってるクロスボウを見て、言いかけた言葉を引っ込め、残り三人を呼んで、なぜか俺の方についてきた。そのまま近接の方を面倒見てていいんですよ?
「コイツが飛距離を伸ばした、引きの重いクロスボウだ。使い方はわかると思うが、ここに足を掛けて――」
説明を終わらせ、森の方に人がいない事を確認し、膝撃ちでクロスボウを水平にして矢を飛ばし、六十メートルは離れてる木に命中させる。
「弓を引くのに時間がかかる分、飛距離は増している。つまり威力も高いって事だ。十人の部隊では二人、五人の部隊なら一人は行き渡る様にまずは一個、合計で四個になる様に今は作ってもらっている。そこでだ。射撃が特に得意なお前達にコレを託す」
俺は初めてクロスボウを借りた男に渡し、話を続ける。
「そこでだ、お前達には百から百五十の距離を正確に当てられる様に訓練して欲しい。これは森に隠れながら、海岸にいる敵の指揮官を一射目で仕留める為だ。北川、ココに人と同じ幅くらいの丸太を打ち込んでくれ、俺達はあそこの森に向かう」
「あいよ。お前達、こいつが優しいからって手を抜くんじゃねぇぞ! こいつは静かに怒るタイプだから気を付けろよ」
「「「「はい! わかりました!」」」」
元気がいいねぇ……。まぁ、北川が言ってる事は当たってるけどさ。
「さて、どっかの甘党エルフみたいに、二百歩先のオークの目玉に当てろとは言わないが、せめて百歩の人には当ててもらわないと困る。理由はさっきも言ったが指揮官の負傷か死亡させるのが目的だ。ちょうど教官が丸太を立て終わった。見た感じ人と同じ太さと高さだから、この間みたいな事にはならない。さて、ここで質問だ。敵を狙う場合はどこを狙えば良いと思う?」
「……頭か胸でしょうか?」
「半分正解。理想は頭だけど、可動域が多く小さい頭を、百歩も離れて狙うと確実に外す確率の方が高いだろう。この場合は負傷させつつ、運が良ければ殺せる胴体を狙った方がいい。体の中で一番太く、避けるには体全体を動かすしかない」
俺は森の中で寝転がり、クロスボウを少しだけ盛った土の上に乗せて照準器を覗き込む。
「そこで射撃が得意なお前達の出番だ。指揮官が負傷すれば烏合の衆だ、生きてても判断力の低下と、部下が意見を聞きにくい。俺はさっきまっすぐに撃った矢で二射目、これは三射目になる。さっきの距離は六十歩だったが、今回は百二十歩。二倍だ――」
俺は糸で作った十字の中央から、三本下の線に合わせて丸太を撃つと、少し弓なりになって飛んで、人で言う胴体部分に当たってくれた。
「弓の飛距離と目標までの距離がある程度わかってれば、こんなもんだ。今回は動かない的だけど、そのうち海に浮かべて動いてるのを狙ってもらう事になるが、まだまだ先の事だけど覚えておいて欲しい。難しくは未来位置予測とか偏差射撃ともいう」
そう言って俺は、一番近くにいた奴にクロスボウを渡し、伏せ撃ちで撃つ様に言い、将来的には、昨日見せた草の恰好で撃ってもらう事も言った。
「まだ当てようとしなくていい。今日は新しいクロスボウの感覚を掴め。そうだ、初めてなんだから当たらないのは当たり前だ。真っすぐに撃って、距離を確かめるのは良い事だ」
俺は隣に伏せ、目線を合わせながら呟くように言い、一人五回撃たせて交代させた。
「今回はさわり程度だけど、その内訓練も厳しくなってくると思う。残りの三個は五日後にできるから、一個できたら届けるようにする、それまでは仲良く使ってくれ」
それだけを言い、今日は新しいクロスボウに慣れさせる事だけに専念させた。
「キースの話だと鶏肉って言ってたな」
俺は家に帰り飛竜の肉を軽く切り落とし、フライパンで焼いて何も付けずに食べてみる。うん鳥だ、ってかササミに近い感じで脂質が少ない。恐竜は鳥に進化したとか、鳥とワニに分岐したとかって話だったな。今の研究ではどうなってるか知らないけど。栄養? 知らないね。ワニなんか食卓に並ぶ事なんかないし。
「いいや、鶏肉風で」
俺は肉と皮の間にミスリルマチェットを突っ込み、雑に皮を切って力任せに引きはがす。ってか鱗が固いし。なにかに使えねぇかなこれ。
そして細切れにした肉を塩コショウで焼き、一回フライパンを洗ってから醤油タレで甘しょっぱく、もちろんどっちも薄味。コショウも唐辛子も最低限。
「あーい。飛竜の手探り料理。とりあえず焼いてみました編でーす。その内様子見ながら豪快に焼いたりしてみるけど、二人は妊娠中だから、味が濃いのは勘弁ね。キースの故郷では妊婦にも良いとか言われてるらしいけど、食べ過ぎはなんでも毒だから。それじゃいただきます」
もしかしたらスズランとラッテが妊娠しているから、姐さんは飛竜を狩って来たのかもしれない。
「「いただきます」」
三人で挨拶をし、まずは塩コショウの肉を食べてみる。
「うーん、この赤身なのに鶏肉の食感。見た目は豚とか牛の背筋辺りなのになー」
「飛んでるんだから鳥。肉が赤いけど鳥。難しく考えちゃ駄目。美味しければなんでもいい」
そう言ってスズランはモグモグと美味しそうに食べており、子供の為って事で緑黄色野菜も食べ、そして肉で相殺している。
「確かに飛んでるなら鳥だね。スズランちゃん面白い事言うね」
ラッテはニコニコとしながら、普通に食べてはいるので問題はないはずだ。
「そうだね。飛べるなら鳥だね。ってか鱗硬かったし、討伐してる人は凄いよ」
飛んでても皮の部分に脂質は多少あると思うけど、硬い鱗がビッチリ生えてるしなぁ……。
「カームなら多分一人で狩れる」
「うんうん。自分を普通っぽく言っちゃ駄目だよ」
「あるぇー? なんでそんな事言っちゃうかな。 こんな大きな腕だか脚のサイズなんだから、大きくて怖いってなだけで、近寄りたくないよ?」
三人でニコニコと食べていたら、ヴォルフがやって来たので、生肉を少し切り分けたら物凄い勢いで食べだしたので、少し多めに切り分けたら、咥えて凄い速さで外に出て行った。
「なんか凄かったけど、美味しいのかな? 普段から鶏とかウサギ肉食べてるのに」
「動物は動物で色々敏感だから。何か私達には感じられない物でも察して、ターニャとソーニャに持って行ったのかも」
「動物にとっては物凄く美味しいとか?」
三人で首を傾げながら、開きっぱなしのドアの方を見て食事を続けた。ってかお裾分けしないと腐るな。キースとか北川にもあげるか。
飛竜はFPSからの逆輸入です。
ワニ肉は牛、豚、鶏に比べ、高タンパク・低カロリー・低脂肪で、さらには乳幼児から学童期にかけて脳の発達に有用であると考えられるDHA含有率が高く,ビタミンB6・B12も豊富に含まれているそうです。
ですが飛竜はファンタジー食材なので、あくまで参考程度に……。




