第265話 対策を手探りで始めた時の事
夏の大食い大会は端折りました。
あれから数日、ガラス容器が届いたのは三回目の定期便だった。
それまでにできる事はとりあえずやっておいた。各村の村長への、不審人物が出るかもしれないとの報告。北川との対策会議? 会議じゃなかった気もするが、とりあえず話はした。
随分急だとか言われたが、どういう状況なのかを言ったら納得した。そして今まで鍛えた奴を、本格的な戦力として数え、一日中訓練をしてソッチ系専門の奴に仕上げる事になった。
とりあえず北川は伐採の作業から外れ、訓練担当になり、ティラさんに訳を話して子供達と同じ事を定期的にやってもらう事にした。そして報酬は俺の手作りお菓子だったので、気分転換もできるので交渉は成立した。
そして第一村ではキースに狼の事を任せ、歩哨犬ならぬ狼の育成ができないかを頼んでみた。まぁ、文句を言いながら尻尾を振っていたので、満更ではなかったっぽい。
因みに夏の大食い大会は第三村で開催されたが、イセリアさんがまた優勝した。俺は買った人族の事もあったし、オブザーバーとしての参加も断った。スズランは肉以外興味ないとか言って出なかったが、肉だったとしても妊娠を理由に俺が止めていただろう。
けど、クジラ系の水生魔族の大食いは見てみたかった。なんか北川の話では凄かったらしい。
「カームさん。まだ奴隷だった子は、働かせないんですね」
「筋肉が戻るまでもう少しかかるからね。それに本格的に稼働させてないし。ってかできないし」
俺は業務後、クリーム作りを専用に用意した作業場で一人で作業していたら、ウルレさんが来てなぜか手伝ってくれている。島の代表一人にやらせるのもどうかと思ったんだろう。
「それに大工の見積もりができてないから、専門の業者との話し合いも済んでいない。もう少しだけ一人でコツコツとやってから帰るつもりだったんだけどね」
俺は水に入った、半分以上沈んでいる穴開きボウルを指さす。体感でこれが一回沈んだら一時間くらいなので、クリームを作って容器に入れる、箱にカルツァ家の焼き印を押して容器にラベルを貼る、緩衝材とかを詰めて大きな木箱に詰める、の三日を見ていた。だってまだ百個しか届いてないし。
「まぁ本格始動する頃には、十分ではないけど体の状態も戻ると思うので、誰かもう一人大人を付けるか、そのまま仲の良いエレーナさんを付けるかですね」
「彼女はパーラーさんといる事が多いので、接客系にさせるのかと思ってましたが……」
「なら彼女達を見て物凄く泣いていた、おばちゃんを付けましょうか。ご近所に絶対一人はいた感じの、世話焼き大好き系な方ですし」
「あー、確かに。なぜか一人はいますよね、近所に。アレ何なんでしょうね?」
俺は瓶にクリームを入れ、ウルレさんは木箱に焼き印を押す作業を黙々としながら、少しどうでもいい会話をしつつ、ボウルが水に完全に沈んだのでキリの良い所で作業を終わらせた。
「ヴォルフ。お手」
スズランはヴォルフに芸をさせ、茹でたササミ肉を与え、食べ終わったら頭を撫でている。島の狼のリーダー、歩哨狼としても頑張ってくれているからだ。
「でー、キース君は何って言ってるの? ヴォルフ達の事とか」
「教えるとなんでもそつなくこなす、物覚えが怖いくらいに良過ぎる集合体。だってさ。実際に俺も両手両足に分厚い布を巻きつけて、訓練に参加したらやばいくらいに連携が良過ぎた。まず武器として木の棒を持ってる右手、その後に重心の乗ってる足、その後跳びかかられて倒されて余ってる手足に噛みつき。訓練の必要ある? ってくらいだった。後はキースと第三村に行ってもらって、訓練役を見つけつつ、各村に配置かな。今できる事で一番簡単そうな気もする」
本当、あの熊を倒しに行く犬漫画みたいに妙に連携が良くて、必殺技とか使えそうな感じだ。問題は各家庭で飼ってない個体を見つける事だけど。
結構な数が首輪じゃないけど、スカーフみたいに布を巻かれてたりしてる。エレーナさんも偶に、ターニャとソーニャと遊んでるのを見るし。あのティラさんもなんか一匹だけ手懐けてたし。今度買って来た女の子達とかに触らせてセラピー犬ならぬ、セラピー狼として活躍させてもいいな。
「なんか殺気というか、威圧感出してないカームってそんな認識だと思われるから、後でどっちが上かわからせた方が良いと思う」
「だねー。犬って上下関係うるさいし」
二人がそういうとヴォルフが顎を乗せて来たので、微笑みながら頭を撫でてやった。
「かまって欲しいのか、信頼しているのかわからないけど心配するな。ちょーっとヴォルフの時みたいに魔力を使って脅すだけだから。傷つけたりはしないよ」
問題は歩哨中に傷つけられた仲間が出たら、仲間意識が強すぎて襲い掛かって殺すか、悲しんで辞めるかもしれないって事だな。どっちだろうか?
麻雀大好き動物王国的なおじいさん風に、少し大げさに撫で終わらせると、満足したのかドアから出て行ってしまった。
「どっかから猫でも連れてきて、島に持ち込むかな。ヴォルフ達だって多分どの魔王かわからないけど、持ち込んだと思うんだよね。勇者やキースの話だと、本当はこういう場所に狼はいないらしいし」
「あー猫ちゃんねー。確かに島で見ないよねー」
「猫は嫌い。近づくとすぐに逃げて触れないから」
いや、スズランさん。ヴォルフだって初めて会った時に速攻でお腹見せたでしょ。それと同じだって。スズランからは野生の勘的な何かじゃ、近付いたらヤバイって雰囲気が出てるんでしょ。
「けどなー。将来的に野生化した猫が、飼育してるニワトリや鴨とか、ウサギを襲ったら嫌だしなー」
生態系とかもどうなんだろうか? 勝手に連れてきて野に放ったらどうなるんだろう? 紀元前二千年前のヨーロッパ辺りから、飼ってたっぽい痕跡が見つかったり。エジプトと交易してた商人から広まったとか言われてるしな。船に乗ってるネズミの駆除とか云々で、大陸を渡ったとかも聞いたな。
それにひよこと一緒に育てられた猫とか、犬に育てられた猫とか……。虎やライオンだって犬に育てられると、性格が犬っぽくなって優しくなるって聞いたし、その辺は少し検証かな? けどタイの寺院で、家とかに連れ戻される虎とか見てると、まんま大きな猫って感じもする。
人のいる環境下での飼育なら平気だろうか?
「猫も嫌いじゃないんだけどね。まぁ、ちょっとその辺りは考えてみるさ。子猫とかもらってくるとか」
血が濃くなるのが怖いから、本当は少し多めにもらってきたいけど、そうするとどうなるか怖いからできないんだよなぁ……。
◇
翌日。なんだかんだでウルレさんとほんの少しだけ残業して作っちゃったクリームを、カルツァ家に業務前に届け、午前中は普通に書類仕事をしつつ、休憩後に少しキースの所に顔を出す。
「おー、あれからどうだ?」
「あー? 特に何もねぇよ。見てみろよコレ」
そう言ってキースは足元にいる狼達を指す。五匹の狼がじゃれて遊んでいるだけだ。
「かわいいよなぁ。本当犬はいいな。狼だけど」
キースはなんかホッコリしている。パトロナちゃんが産まれてからこいつも変わったなぁ。昔はなんかもっとトゲトゲしてたのに。まぁ、良いと思うけどね。
「あぁ、けど訓練はしてるんだろ?」
「もちろんだ。お座り!」
キースが少し声を大きくして言うと、狼達は一斉にじゃれるのを止め、直ぐに座り出した。
「見回り開始!」
そう叫ぶと、狼達は一斉に駆け出して散っていった。
「全員別ルートで村の中を見て回り、ある程度したら森も見て戻って来る。ちなみに不審者が見つかったら――」
そして遠くの方で狼の吠える声が聞こえた。港の方だ。
「こんな感じだ」
キースがどや顔で弓に弦をつがえて走り出したので、俺も一緒に走って港の方に向かうと、いつも買い物をしてくれている商人さんの部下が、注文書を持って交易所に向かう途中だったらしい。そして鳴き声を聞いた別の狼達が、全てそろって牙をむき出しにしている。
「申し訳ありません。防衛力を上げるのに、狼を訓練させてたところなんですよ。島内の人なら平気なんですけどね。じゃ、いつもの様にお願いします」
俺は申し訳なさそうに謝りつつ、今の状況を説明してから、交易所の方を手の平で指して、商人さんの部下を進ませた。
「今後の課題だな」
「あぁ。明らかな不審者と、島外から来た客の区別くらいは付けさせてぇな。丁度集まってるし、言い聞かせてみるわ」
キースはそう言ってしゃがみ、お座りをしている狼達と目線を合わせ共通語を喋っている。シュペックの時も普通に喋ってて意思疎通してたからな……。本当不思議だ。
午後になり、俺は北川の所に顔を出すと、もう訓練を始めていた。食ったばかりで平気なんかな?
「調子はどう?」
「まぁまぁかな。今は基礎的な事を教えつつってな感じだ。誰だったっけ? えーっと、そうだ、ニルスさんだ。その人からの荷物が届けば森に入っての訓練ができるぞ」
「あぁ、俺が頼んでおいた森歩き装備一式か。急いでも体がついて行かないからな。それと最初は一泊二日程度の、訓練をたまに挟む程度で良いだろう。合格ラインは子供達と同じ、五日分の食料で十五日生活だな。もちろんティラさんが引率で」
「某特殊部隊の第一段階の最終訓練でも、そんな長々としないで、短期的な長距離移動だぞ?」
「知ってる。けどこの島では体力を三として、精神面を七にしようと思ってる。大体外周百五十キロの楕円だ、第二村と第三村の直径の方が短いから、そこを二十五キロの装備で一日で横断させるつもりはないよ。問題は侵入したよそ者が、森に逃げ込んだ時の追跡と確保。フルールさんと狼がいればそれ程苦じゃないと思うけど、そういう場合は身軽な装備での追跡になるだろ? だから森に慣れさせて、サバイバルさせる」
俺が説明すると、北川はなるほどという感じで頭を縦に振り、訓練中の男達に視線を戻した。
「で、俺はどこまでやればいいんだ? 海岸線から森を見てバレない程度か? それとも森の中で隣を歩かれてもバレない程度か? 森から難破船を監視するなら前者で十分だけどな」
「ならそれで」
「あいよ、ちょっとあの辺りにいるからここから探させろ」
俺は北川にそう言い、森に入って体に【粘液】を纏い、なるべく濃い色の葉を選んで刈り取って寝転がり、蔦がモッサリと這っている木の陰に抱き着く様にして立つ。
そして北川がしばらくして訓練を止め、こっちの方を指さしたので説明中なんだろう。俺は今、ガラスでできた仮面的な気持ちで、木になりきっている。
数名と目が合っている気もするが、気のせいだろう。ってかなんでこっちに近づいて来てるんですかねぇ?
「いいか、お前等に任せる主な任務は、難破した船の報告があったらそれを監視し、敵対勢力と判断したら排除する事と、この島の情報を盗もうとしている奴の排除だ。つまり気が付かれる前に仕留めるって事だ。おい、まだ魔王を見つけられねぇのか!」
あぁ、普段通りの恰好だったから、木の伐採に行ってると思ってるのか。なら仕方がない、黒一色だったら気に留めてたんだろうな。
「おい、動いていいぞ」
「あいよー」
緩い返事をして、木から剥がれる様にして数歩離れると、数名がギョッとした感じで驚いていた。
「こういう事だ。普段からここまでしろとは言わねぇが、伏せて砂浜が見える程度に頭を上げても、バレない様にするつもりだ。足元に水を撒いて泥を作ってくれ」
そう言われたので、首を傾げながら足元に【水】を撒いて、魔法で土をこねて泥を作り出す。
「人族は顔の色で結構違和感が出るから、魔族と組ませてそっちを監視役にさせる事が多いと思うが、一応全員ができる様になっておけ」
そう言って北川が泥を手で掬い、顔を洗う様にして顔面に塗り付けている。そして目の部分だけ泥を払った。
「顔の油で結構光を反射するからな、森の中では顔だけがどうしても浮く。俺の髪は黒いから平気だけど、金髪はかなり目立つ。茶色や緑、黒の布を頭と口元に巻いて、目元だけこんな感じでも良いな。とりあえず全員先に経験だけはしておけ、数日後には簡単な物から始めるぞ!」
そう言って北川が笑顔で泥を指さし、誰も動かないので片手で掬ってから、一番近くにいた人族の顔に塗り付けた。
「俺に塗られたい奴はどいつだ? 塗られるか、塗るかだ」
そう言った瞬間に、残りの全員が急いで顔に泥を塗り始めた。まぁ、軍隊なんか上官の命令は絶対だしな。パワハラの次元じゃないよな。まぁ、まず自分から塗ったのはある意味正解だと思う。自分がやらないで相手に押し付けるのは、駄目な上官っぽいし。
「後日この魔王の訓練でコレをやる。よし、このまま着衣水泳だ! そして服が乾くまで砂浜をランニングだ!」
そう言って北川は海に走っていき、服が重いのにバタフライをし始めた。勇者って元気だなぁ……。そして俺は無視されると……。なんで俺は今日普段着で呼ばれたんだ? どうすんだよコレ、戦闘用の服で良かったじゃねぇかよ。ってかランニングしたら汗でずっと乾かねぇだろ……。
んー今後の課題を話し合いたかったんだけど、メモでも残しておくか。
海岸から手を入れてない森までの距離を、なるべくまっすぐ飛ばせるように、ハンドル巻式で水平射程を七十メートルを目標にした、既存の物より強いクロスボウの開発の着手。
各村に配備した時に隊長になれる者の選別。
狼を使った歩哨訓練は順調なので、第三村から一人連れて来るか、魔族で狼と話ができる犬系獣人族の志願者を探すか。
今思いつくのはこのくらいか。明日も会うんだしこのくらいでもいいな。
んじゃ俺も草を洗い流して帰るか、なんかずぶ濡れのまま砂浜走り出したし。ってか急に予定を変えるなよな。一回着替えてまた書類仕事じゃねぇかよ。いいや、このまま家に帰って休むか。故郷に帰った時に言われたし、たまには午後から休んでもいいよな。ウルレさんに一声かけるけど。
もうそろそろ奴隷だった子とか、元人族の奴隷とか表記するのも辛くなってきたので、次回以降に登場する時に代表で、左腕のない女性に名前を付けようかと思います。




