第256話 値段を検討せずにその場で決めさせられた時の事
アレから二十日。俺は仕事が終ると帰りにキャメルミルクをもらい、少しだけ石鹸つくりをして型に入れて乾燥をさせていく作業をしつつ、アピスさんに頼んで薬草をオリーブオイルに漬けた物を使って保湿クリームを作り、まずはラッテに渡して女性達に使う様に言って欲しいと言い、島内に広めてもらった。
スズラン? 職場に男性が多くて、なんか慕われてるから、奥さんがいる人に渡してと言おうと思ったが、ラッテでどうにかなりそうなので特に頼んでいない。
なんか姐さんとか、姐御とか言われてる噂がちらほらある……。仕方がないとか思いたいが、実際やってる事が豪快過ぎてスズランの事を知らなかったら、俺でも言いたくなりそうな雰囲気だから仕方がない。
けど、そうなると俺が頭目とか親分、頭とかの位置になるっぽいので少しだけ抵抗がある。クラーテルの姐さんは別だけど。
そして残りの村でも少し親しい女性に頼みたかったが、第二村では女性と多く接するのは神父様しかいないし、第四村なんか、フォルマさんにしか頼めない。第三村? イセリアさんに頼みましたよ。しかも渡した翌日に寄ったら、なんか凄く喜んでた。効果はかなりあるらしい。
まあ、一つの容器に大人数が手を突っ込むから多少不衛生だけど、本格的に動き始めたら問題はないだろう。
キャメルミルク石鹸も容器から外すと、牛乳パックみたいに長細い真四角なので、一定の間隔で切っていき、株式会社アクアマリン代表取締役の判子を彫ってくれたバートさんに、アクアマリンのエンブレムの上に、弧になる様に共通語でアクアマリンと入れてもらった。
それを切ったまだ柔らかい石鹸の面の部分に押し当て、どんどん熟成させていく。そこまでアルカリが強いって訳じゃないが、鹸化させて少しでもアルカリを弱くして肌に優しくする為だ。
ペーハー値? 良くわかりません。娼館に持っていった固まってない液体石鹸? ナンノコトカナ?
まぁ、あの状態で使ってても問題はなかったし、本来なら半年くらい熟成させた方が良いとか会田さんも言ってたけど、一ヶ月くらいなら問題はないみたいだ。まぁ、本当なら後十日くらい熟成させたいけどね。
「カームさん。業務が終わってから、旧自宅に行って何をしているんですか?」
書類を持って来てくれたウルレさんにそんな事を言われてしまった。
「んー? 試作品作りの内職かなー。もうかなり噂にはなってるけどさ……」
そう言って俺は、机の引き出しから暗所保存の理由として置いておいた石鹸を取り出す。
「石鹸とクリーム作りかな」
「あー……。誰かに言って作らせていた訳じゃなく、自分自身でやっていたんですか……」
ウルレさんはそう言うと頭を押さえ、なんか渋い表情になった。
「代表が時間外労働してるなんて意外? それとも先に帰っていた自分が申し訳ない? 多分両方だろうね、けど言ってなかったから気にしないで。まぁ、無理だろうけど。もう試作品作りは終わってるし、後は知り合いの務めてる娼館に行って、使い心地や塗った後の肌の変化を聞いて来れば生産に入れる。けどこの石鹸が曲者でね。乳を出すラクダが一頭しかいなくて、作れる数が限られてる。まぁ、これはおまけだけどね。メインは繊維のつもりだし。人気が出たら追加でラクダを頼まないといけない。最悪俺が旅する可能性が……。そんな事できないから、また二百日待つ様だね」
俺は盛大にため息を吐き、親指と人差し指で石鹸の角を持って少し目線より上に持ち上げ、ウルレさんに良く見せる。
「飼育員さんに聞いた話だと、ラクダって妊娠して子供が産まれるまで季節が約一巡。そして乳を出す期間も同じくらい。メスが多いから時期が来ればある程度生産はできるけど、作った分は貴族様に渡しつつ、お世話になってる取引先への手土産かな。クリームはカカオバターとオリーブオイル、薬草だけだからいつでも売れるけどね。はいこれ使っちゃって。赤ちゃんにも使えるくらい肌に優しいよ。あー精油作りの施設も整えないと。ラベンダーは増えてるし、ミントも駆逐するくらいある。これも草案書かないと。娼館に持ってく手土産も作らないと」
「なんか、一気にやる事を自分で増やしてません?」
ウルレさんは眉間に皺を寄せ、なんか言いた気にしている。
「趣味で精油は作ってたけど小規模だからね。増えすぎたミントの駆逐とか、なんか良い感じで剪定して増やしちゃった、ラベンダーとかを消費するいい機会だし。作業自体は簡単なんだよ? 蒸留所の奴と似てるし、一人でも足りる。後はヴァンさんに設計図を見せて作ってもらえば精油作りは解決。実はあまり忙しくはないんだな」
俺はフルールさんに呼びかけ、第四村の北川に、今日の開拓は休ませてもらう事を言ってもらい、パーラーさんがお茶の用意ができたと呼びに来てくれた時に、昼食作りが終わったらキッチンを借りる事を言っておいた。
「エレーナちゃん? さん? でも呼んで教えるかなー。パーラーさんも来ますか?」
「はい!」
素晴らしい返事が返ってきたので、必要な材料を書いたメモを渡しておいた。
「さて手順は覚えましたか?」
俺はパウンドケーキをオーブンから出し、振り向きながらエレーナさんに聞いてみた。
「はい、これで材料があれば作れます」
「私もついてますから安心してください」
パーラーさんもついでに返事を返してくれた。こっちはもう確認みたいなものだ。
「えぇ、これで第一村でケーキが食べられます」
なんか甘い臭いに釣られ、オーブンに生地を入れてからエルフが一人増えていたが、練習って事で何本か余計に作ってあるので問題はない。
「……まぁ良いんじゃないんですかね? いつも島の安全を守るのに歩き回ってるんですし。第一村に来た時だけ少しだけご褒美があっても。一本作るのも数本作るのも手間は同じような物ですし、練習にはなるんじゃないんですか?」
「えぇ。私の為にどんどん練習してください」
「お茶を飲みながら、キリッとした笑顔で言わないでください」
今のセリフですげぇ駄目エルフっぷりが上がったな。これさえなければ優秀さが引き立つんだけど。あと酒。
「さて、自分はこの作った物を約束があるので持っていきますが、女性同士仲良くおしゃべりしながらお茶でも飲んでいてください」
「え! それ持って行くんですか!?」
「いや、かなり残ってるじゃないですか……」
三十本も作ったのに……。
「このお茶飲みながら一本食べられますよ!」
「よ! じゃないですよ。普通は切り分けたのを食べるんですけどねぇ……。まぁ、確かに一本食べたくはなりますけどね?」
一瞬で上がった血糖値が、どんどん下がっていくあの感覚。あまり経験はしたくはないなー。
「んじゃ、のんびりお茶でもしてから夕食でも作って下さい。行ってきますね」
「どこに行くんです?」
「知り合いのいる娼館へ。今噂になってるクリームの感想を聞きに」
「カームさん、奥さんがいるのに不潔です!」
エレーナさんが叫んだが、別にそういう目的じゃないのでなんかどうでも良い……。ってか娼館って言葉に反応するのか……。思春期だなぁ。
「色々突っ込み所があります。まずは娼館って言葉をどこで覚えたかですね。まぁ、周りの大人達でしょうが。それとその職場に嫁の一人の師匠的な方がいましてね。女性の多い職場で、島じゃない場所での評価が欲しいんですよ。なので昔のツテを頼ってです。やましい事はしてませんし、嫁二人には許可は取ってあります」
「ふぇー。娼館は行ふのに買わない男っているんれふねー」
エルフが口にケーキを含みながら喋っている。飲み込むのが惜しいのはわかるが、飲み込んで喋れ。頬がハムスターみたいになってるぞ。
「昔、職場の仲間に連れられて付き合いで行っただけです。買いはしませんでしたよ。身持ちは堅い方でしたからね。まぁ、ここまでにしておきましょう。余計な事まで言いそうですしね。んじゃ行ってきます」
俺は粗熱がある程度取れたパウンドケーキを笑顔でバッグに入れ、軽く挨拶をしてから執務室に入って転移をした。
俺は夕方近くで空いている門に並ぶと、いつもの門番が書類を書いていたがなんかよそよそしい。
「おいおい、いつもの調子はどうした。お前らしくねぇぞ。別に今までの事を気にしてるならそれこそ気にすんな。いつも通り頼むぜ」
俺は兵士の二の腕をバンバン叩き、バッグから六本ほどパウンドケーキを取り出し渡してやる。
「今日はちょっと用事があるから無理だけど、今度時間作って来るから、そしたら軽く飲みに行こうぜ」
そう言って鎧の上から軽く胸を叩き、肩をバシバシ叩いてから門を通った。やっぱり色々バレちゃったから、こんな態度なんだろうな。俺としてはいつも通りが好ましいんだけどな。
そしてあまり通い馴れたくない道を通り、娼館に入るとなんか物凄く人が多い。
「いらっしゃいませ。どなたか……セレッソさんですね。ただいま接客中なので奥でお待ちください」
入り口の、この間と同じ受付の女性にそう言われ、皆が酒を飲んでいるホールとは別な場所に案内されてしまった。ってかVIPとか貴賓って言葉がしっくりくる場所だ。落ち着かない。
いや、自分の執務室だと思えばいい。なんかやたらと沈むソファーに、テーブルには高そうな装飾の入った瓶に入っている酒。そしてグラス。技術的な物で、値段が跳ね上がっていそうな物ばかりだ。取りえずベッドは無視するけどな。
「失礼します」
「ローザさん。ちょっと……」
そして隣に座ろうとした、品のあるローザと呼ばれた女性が止められて、急いで入ってきた女性に何かを耳打ちされて、今度は向かいに座った。
そういう接客は必要ないと言われていたのかな?
「セレッソは接客中ですので、それまで私が付かせていただきますね」
「……必要ないので、自分の仕事に戻って下さい。と言ったら怒られますか?」
「随分答えにくい質問をなされますね。はい、とだけ言っておきます」
ローザと呼ばれた女性はにっこりと微笑んでいる。普段どんな客をもてなしているんだろうか? なんか怖くなってきたな。
「それならいいです。では、形だけでも接客をお願いします」
そう言って俺は、細かい彫り物がしてあるコースターを少し押し出すと、ローザさんは自分の前にグラスを置き、丁寧かつ綺麗な動作でお酒を注いでくれて、俺の前に戻してくれた。
うん。美味しいなこれ。
「カーム……さんと名前は伺っております。先日頂いた肌の手入れ用の塗り薬の件ですが――」
それからローザさんの話が始まり、一日目で肌がサラサラのモチモチになり、三日目辺りからお客様でもわかるほど、肌の様子が変わり、その噂が広まって数日前から、一週間に一度来ていた客が、三日に一度来るようになったらしい。
「正直に話すなら、店で一人で飲ませるな。と、オーナーから言われております。交渉の場にいきなり出ても気分を害されると思っているのか、セレッソからそれとなく定期的に塗り薬を店に売ってもらえないかと話が出ると思います」
「そうですか……。正直そこまでになってるとは思いませんでした」
俺は盛大にため息を吐き、頭を抱えてテーブルに肘をつく。軽い気持ちで昔のお隣さんが務めてる娼館に、テスター頼むんじゃなかったわ……。
「あの、もし気分を害されたのなら謝罪しますので、どうか頭をお上げください」
「いえ、違います。自分の軽率な行動から、ここまで事が大きくなっているのかと思ったら、少しだけ頭痛と不安が。多分スイートメモリーだけじゃ済まないでしょうね……」
品質を上げる為に、熱してない油での薬草の成分の抽出。生産力の限界はどのくらいだ? 俺が業務後に気軽に笑いながら片手間でやれるような状況じゃなくなったな。専門の生産施設や人員。それに専用の容器。
「品質……。薬草……。生産……。生産施設……。人員、容器」
「あの。本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、平気です。少し考え事を……」
どうも声に出ていたみたいだ。とりあえずポケットから紙と木炭を取り出し、目の前の女性から変な目で見られようが、書き損じの書類に草案をまとめ始める。
ローザさんも気を利かせて話しかけてこないのがうれしい。難しい事を考えずに飲みましょうとか言わず、どんどん進めてこない辺り、常に上客を相手にしている気もする。
「あら、どんな感じになっているかと思えば。すごい事になってるわね。ナニ、コレ?」
セレッソさんが貴賓室に入って来て、そんな事を言った。
「先ほどローザさんから少し聞きました。この間の物を売ってくれないか。と……。けどオーナーが出てもアレなのでセレッソさんから話が出るかもしれないと。でも試しに俺が片手間で作った物なので、生産状況が整ってません。だってその辺のテーブルでこんなもんか。って程度で作った物です。商品にするなら、安定した製品の為の分量や、容器が必要でしょう? 今それを纏めてました。あ、コレ頼まれてた物です」
俺は自分の脇に置いておいたバッグをテーブルの上に置き、軽く押し出してセレッソさんに渡し、纏まってた案を書いて丸を付けてまたポケットに突っ込んだ。
「相変わらずクソ真面目ねぇ。こんな所に来たんだから、楽しく飲めないの?」
「飲んでも酔えませんし、嫁達に二人目の子供をせがまれているので、他の女性にうつつを抜かしている場合ではありませんしね」
「あら、なおさら駄目じゃない」
そう言ってセレッソさんはローザさんの隣にどかりと座り、接客というより、いつもみたいに元お隣さんと話している感じだ。けどそれが今の俺には嬉しい。気を遣わないで済む。
「駄目ですね。さっさと帰りたいです。で、商談どうします?」
「ココにだけ壺売りでいいんじゃないかしら? そして周りの娼館への代理販売店にするとか」
「こちらとしては、アクアマリン産という宣伝も欲しいじゃないですか? 模倣品が出るのは優れている証拠なので構わないって考えですが、油分が多いので木箱の容器じゃ滲みます。それに値段も決めてませんし……。あー、ガラス容器をとりあえず外注して、デンプンのりでスタンプで印刷した紙を張り付けるか。確かニルスさんがガラス工房があるとか言ってたな。海運だとコストがかかるから、セレナイトで生産、販売……。けど機密保持が……。それに職員の安全……。そう考えると島で生産して出荷が無難か?」
俺は一旦ポケットに戻した紙をまた取り出し、またメモを箇条書きした。
「途中から仕事の考えになってるわよ。そういうのはここでするような事じゃないでしょ。これ、店の子がクリームを使用した感想と途中経過、そして効果が出るまでと出た後を綴った物よ。さっさとこれを持って帰りなさい。そして奥さん達とイチャイチャしながら子供でも作ってなさい」
「ちょっと、セレッソ。この方はお客様で――」
「いいのよ。元からこいつは一途で、女遊びができないクソ真面目な男なんだから。私といる時くらいは気を遣わせない方が喜ぶわ。そしてある程度試作品ができたらもって来て頂戴。女としての意見を言うわ。それとは別に、これくらいの壺で早めに追加よろしく」
セレッソさんは腕を使って胸の辺りで壺を抱くような感じになった。直径三十センチくらい? 梅干しとか入ってそうな奴だな。そうなると瓶だけど。
「まだ値段決まってませんが?」
「肌の質が戻って、お客様がかなり来るようになったの。頻繁に使っても、これくらいの小瓶で大銅貨五枚から銀貨一枚払っても良いって言ってる子もいる。このグラスに並々入っているなら、銀貨二枚三枚くらいじゃないかしら?」
なんかすごい事になってね? 前世のスキンケア商品で言うならドラッグストアで売ってる奴で、上から数えた方が早い化粧品扱いじゃね? 五十グラムで三万円とかのを製薬会社とか通販サイトの売り場で見たけど、それの二個下くらい? けどこの世界での品質とか成分とか考えるなら、かなりの上物って事だよな?
けど化粧品に水銀とか鉛が使われてたり、貧血になる事で真っ白い肌を手に入れてたとか、瞳孔を大きく見せるのにベラドンナの汁とか点眼したり……。良く考えなくても全部毒だしな。
そう考えると、安全かつ確実に肌の状態が良くなるならそうなるのか?
肌の状態が悪くなってさらに薬品を強くするよりはそうなるよな。
「ってか、スズランちゃんと一緒に寝てて肌の違いとか気にしてない訳?」
セレッソさんはゴミを見る様な目になり、そんな事を言って来た。確かにそうだよな……。あとラッテの名前を出さないのは気遣いだろうか? 隣に元同僚っぽい人がいるし。
「そういえば違っていたような? ほぼ毎日だと変化に気が付き難くて」
俺は考えるまでもなく答えた。最近なんか多いし。
「ご馳走様。まぁ、その違う、が女は欲しいのよ。そして男はそれを求める。つまり今が大繁盛しているのがソレよ」
「わかりました。原材料の希少性、製造にかかる手間、その他諸々を考慮して、試作品を使ってテストしてくれるって事で、既製品ができあがるまで勉強させていただいた価格でお持ちします。他の娼館にもお勧めして下さい」
「今ここで、このグラスに入れられるだけの分量でどの程度になるか言っていきなさい」
そう言ってセレッソさんは指でグラスを弾いたので、俺はグラスに【水】を満たし、空中に浮かせて四角にして、大体の分量を目で量ってみるが百グラムくらい?
ショットグラス三杯とちょっとと考えるなら妥当か。そうなると試作品としてさっき言ってた半額でいいか。端数は切ろう。
「先ほど言った、壺の大きさくらいならこのくらいで。グラスなら下の値段で。明日納めに来ます。けどそれはツボでの値段です。製品としてガラス瓶に入れて販売する場合は、かなり上がりますよ?」
大体十リットルは入るだろうしな。油で煮れば今と同じ物ができるし、夕方には間に合う。
俺は紙に値段を書き、半分に折ってローザさんに見えない様にセレッソさんに渡した。
「……いいわ。決断の早い男は嫌いじゃないわ。行動も。けどあっちの方は早いのは駄目よ?」
「商談って、たまにこういうのがあるから嫌いなんですよね。まぁ、昔お世話になった事とか、嫁がお世話になっていた事とかを含めて色々勉強させてもらいました。ってか俺がお世話した記憶しかねぇな……。主にお菓子とかで。切った端数戻していいっすか?」
最後のは下品なので無視しておく。そういやラッテは、セレッソさんに夜の事とか話してねぇよな?
「そういえば、お世話らしいお世話ってあまりしてないわね。スズランちゃんが殴り込みに来た時くらいかしら?」
「それを言われると何も言えないんですけどね……。とりあえず値段はソレで。んじゃ失礼しますね。あ、明日に来るのでそのバッグは置いていきます」
そう言って立ち上がり、面倒なので帰りだけは転移を使わせてもらった。ローザさんが目を見開いて驚いていたけど。
「ただいまー」
「おかえり」
「おかえりー。どうだったー?」
スズランが座ったまま答え、ラッテが夕食を配膳しながら言ってくれた。
「んー。向こうでも大好評で、凄く混んでた。噂が噂を呼んでさらに増えそうって。で、今度は壺で追加注文」
「へー。私がいない時で助かった。ってか本当にこれ凄いよねー。潮風で傷んだ肌が嘘みたいに戻ってるし」
「ささくれが減った。地味に痛いから助かってる」
スズランは俺のカップに日本酒を注いでくれた。
「ははは、あれだけやってささくれだけとか。やっぱり肌強いね。タイミングよく帰って来れて良かったよ。んじゃ、いただきます」
「いただきます」「いただきまーす」
んー。日本酒にアジの開き。美味いなー。
「あれ? スズランは飲まないの?」
俺はラッテも飲んでいるのに、スズランだけ飲んでいないのが気になり、なんとなく聞いてみた。
「その事で少し大切な話があるの」
スズランは微笑んでいた顔を少しだけキリッとさせて、姿勢を正した。あ、もしかしたら――
「もう二回目の生理が来てもいいはずなのに、来てないの。妊娠している可能性が物凄く高いって、人間のシスターが言ってた」
「うぉっしゃー!!!」
俺はイスを倒しながら立ち上がり、両手でガッツポーズを決めながら吠えた。
「え? そんなにうれしいの? じゃ、私も今夜お願いね。実はスズランちゃんの生理が遅れてる事は知ってたから、結構な頻度でせがんでたけど」
「いいよいいよ。この際また二人で二人目作っちゃおう! 妊娠の可能性があるならラッテも駄目」
俺は座り、ラッテの分の日本酒も一気に飲み干してから麦茶に変え、ニコニコとしながら夕食を食べ終わらせた。
まぁ、少しだけ本音を漏らすなら、できるまで毎日は厳しかったかな? って思ってた。
当たる日前後数日と、時々ムラムラしたらでよくね? って思ってた。ラッテも当たらない日だけしか参戦してなかったし。
ってか、一人三回目はマジで勘弁してください。
ネタバレになるので、止めた副題
スズランが妊娠していた時の事




