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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十八章 皇国再統一編

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347 隠居屋敷の主

 二日後の十二月三十日、景紀や冬花、貴通は結城家居城である河越城へと帰還した。

 昨日、有馬・斯波両公と今度は対外情勢について協議する場を設け、ひとまず国内の安定化を優先する方向で意見の一致を見たため、一度景紀は国許に帰ることにしたのである。

 景紀が河越に帰るのは、十一月五日に嶺州に向かう途上で立ち寄って以来、およそ二ヶ月ぶりのことであった。


「皆様、此度の戦勝、誠におめでとうございます」


 三人が河越の駅に着いて汽車から降り駅舎を出ると、馬車と共に宵が出迎えてくれた。子を身籠もって三ヶ月目ということもあり、まだお腹の膨らみは目立っていない。


「ただいま、宵。出迎え、ありがとうな」


「はい、お帰りなさいませ。景紀様」


 景紀がそう言えば、宵は安堵の笑みを見せてくれた。


「冬花様も貴通様も、ご無事のお帰り、誠に喜ばしく思います」


「僕も、“お帰り”でいいんですかね?」


 少しだけ、貴通は不安げな声で尋ねた。

 性別が暴露されて以来、貴通は宵と十分に話す機会がなかった。その間に自分は、景紀と体を重ねようとしてしまったのだ。その後ろめたさが、彼女にそんな言葉を口にさせていた。


「何をおっしゃっているんですか。私たちは、共に景紀様を支え合う者同士ではありませんか」


 だが宵は、むしろ当然とばかりに貴通の存在を受け入れていた。それが、男装の少女には素直にありがたかった。

 そうして四人は馬車に乗り込み、居城である河越城へと向かう。


「宵、俺の留守の間、よく結城家を守ってくれた」


「いえ、御台所として当然の責務ですから」


 宵は得意げになることもなく、ただ当然のように為政者としての自らの責務を受け入れているようであった。

 とはいえ、景紀としては身重の彼女に無理を強いているのではないかと心配になるのも事実であった。


「体調の方はどうだ?」


「そうですね。時折、吐き気や倦怠感を覚えることはありますが、典医曰く、通常の妊娠した者に起こる程度に収まっているそうです」


「少しでも体調に変化があったら、政務で無理する必要はないからな」


 男の自分には判りかねる部分もあるので、景紀は案ずることしか出来ない。それが、もどかしい部分であった。むしろ宵の方が泰然としている分、自分が少し狼狽し過ぎではないかとすら思えてくる。

 ただ、宵は政に対する責任感が強すぎる部分もあるので、自分の方で彼女が知らず知らずのうちに無理を重ねていないか気を配っておく必要があるだろう。そう、景紀は考えていた。


「景紀様も、あまりご無理はなさりませんよう」


「おう。お互い、体だけは壊さんようにしないとな」


 互いに互いのことを案ずるのが何だかおかしくて、景紀と宵は小さく笑い合った。

 そうして馬車は、河越の城下町の中を進んでいく。窓の外を流れていく街並みに、景紀は視線を向ける。


「空襲の傷も、ほとんど癒えたようだな」


「ええ、不幸中の幸いと言いますか、城下に落ちた爆弾は三発のみだったようで、街が大火に呑まれることもありませんでしたから」


 皇都内乱の最中、河越は蹶起部隊に合流した龍兵部隊による空襲を受けた。敵龍兵部隊は河越城を標的にしたようであったが、何発かが城下町の方にも落下してしまったのだ。

 この空襲によって、城下町では死者こそ出なかったものの、三十名近い負傷者を出している。宵が早期に空襲の警報を城下に発したことも大きいのだろう。


「城の修復の方も、順調に進んでおります」


「ああ、助かる。問題は、皇都屋敷の方だな」


 結城家皇都屋敷は皇都内乱の戦禍を受け、大きく損壊していた。幸いにして奥御殿と表御殿の内、奥御殿に近い中奥と呼ばれる区画は無事であったが、家臣たちの執務部屋である御用部屋や定府家臣たちの住まう表長屋などは大きな被害を受けている。

 皇都内乱で被害を受けた市街地の復興事業は結城家の支援の下、政府主導で行われているが、将家の皇都屋敷についてはその対象外であった。これは、将家が封建領主であることから、皇都屋敷もまた領地の延長であると捉えられているからである。

 つまり、結城家皇都屋敷の再建は結城家の責任の下に行わなければならない。

 もちろん、結城家が皇都市民を顧みずに自家の屋敷の再建を優先しているような印象を与えるわけにはいかないが、かといって損壊した屋敷を長く皇都市民の目に晒したままにしておくのも、結城家の権威を損なう要因になりかねない。

 また現在、仮屋敷となっている佐薙家皇都屋敷は、六家である結城家が日常的な執務を行うには手狭であり、結城家皇都屋敷の再建は急務であった。


「皇都屋敷の再建については、領内の商人や豪農などからも援助の申し出が来ております」


「ああ、廃材が目当てか」


 景紀は、彼らが援助の見返りに結城家皇都屋敷の廃材を求めているのだろうとすぐに察した。

 この時代、ある建物を建てるために取り壊しになった元の建物の建材を再利用するということがよく行われていた。これは、建材を有効活用するというよりも、元々の建物の由緒を受け継ぐといった意味合いの方が強い。

 たとえば、有名な寺社などが建て替えられる際に出た廃材を、豪商や豪農たちは自身の家に利用しようとする。そうすることで、自身の所有する建物そのものに箔を付けることが出来るからだ。

 今回の場合も同じで、結城家皇都屋敷で使われていた建材を自身の商店や家に用いることで、建物自体の格を上げたいのだろう。

 結城家が内戦に勝利し、これから皇国の政治を事実上、担っていく可能性が高いとなれば、なおさらであった。


「ええ。それと、旧伊丹・一色家領や南泰平洋での事業拡大を景紀様に斡旋して欲しいのでしょう」


「これからそういう甘い汁を吸えると見越して近寄って来る連中が大勢出てくるだろうな」


「私も、気を付けなければなりませんね」


 景紀も宵も、実質的な天下人とその御台所となったからこそ飛び込んでくるだろう厄介事を思うと、辟易とした気分になってくる。

 もちろん、六家である以上、これまでもそういう者たちがいたが、これからは領内だけでなく全国規模でやってくるのだ。当然、警戒はしないといけないだろう。

 やがて馬車は市街地を抜け、河越城の西大手門を潜って城内へと入る。中の門を通って外曲輪を抜け、三の丸門を潜ったところで景紀は馬車を停めさせた。


「ちょっと、ここで停めてくれ」


 そこは、三の丸にある隠居屋敷の門の前であった。今は、景紀の父・景忠が幽閉されている屋敷である。


「景紀様、お供いたしましょうか?」


 即座に景紀の意図を察した宵が、そう申し出る。


「いや、父上には俺一人で会ってくる。宵たちは、先に本丸御殿に行っていてくれ」


 景紀はそう言って馬車から降りると、隠居屋敷の門を潜っていった。






 三の丸の一角に設けられた隠居屋敷は、流石に本丸御殿とそれに付随する庭園ほどの広大さはない。

 とはいえ、一般的な邸宅に比べれば十分に広大であったし、庭園も本丸御殿のものと劣らぬほどに整備されていた。上級士族の武家屋敷と比較しても、隠居屋敷は表御殿、奥御殿に続く第三の御殿と評して差し支えない規模を誇っている。

 今は前当主が幽閉されているだけであるが、そうでなければ結城家大御所が隠然たる権力を発揮する場であるのだから、ある意味で当然といえた。

 景紀は隠居屋敷担当の家令に導かれながら、父の元へと向かう。

 父には正室であり景紀の実母でもある久姫以外に複数の側妾を侍らせており、その者たちが今も父の身の回りの世話をしているという。

 もっとも、主君押込によって主要な家臣団からも見放されてしまった父の住まう屋敷は、どこかうら寂しい雰囲気を湛えていた。結城家大御所として振るえる権力もなく、ただ身の回りの世話と屋敷の管理をする者たちだけが付き従っているだけの父に、景紀は無常さを感じざるを得ない。

 皇都内乱と続く内戦によって伊丹・一色両家を降し六家体制を崩壊に導いた一人であるからか、余計に六家の栄枯盛衰というものを感じてしまう。

 同時に、六家当主であるというだけで家臣団からの支持を得られると盲目的に信じることの危うさを、今の父は教えているような気もした。

 幼少期、その容姿を気味悪がられて虐められていた冬花を庇い、彼女を側に侍らせていたが故に、一部家臣団から次期当主として相応しいのかと疑いの目を向けられていた景紀は、だからこそ家臣団たちが無条件に自分に従ってくれると考えるほど楽天的にはなれなかった。

 今の父の在り様を見ていると、子供の頃の自分の考えは正しかったと思わざるを得ない。


「お久しぶりです、父上」


 父・景忠は洋間で布張り椅子(ソファ)に腰掛けながら、新聞を読んでいた。幽閉されているとはいえ、外との連絡がまったく遮断されているわけではない。それが逆に、父の政治的影響力が局限にまで低下してしまったことを如実に物語っていたが。


「……景紀か」


 父は、また一段と老け込んでしまったようであった。言葉にはまったく覇気がなく、病を得て少し不自由になった体を緩慢に動かして眼鏡を外した。

 父も老眼鏡を使うほどの歳になったのかと、改めて景紀は父の老いを感じてしまう。


「今さら私に、何の用だ?」


 景忠の声に拒絶の響はなかったが、かといって息子の来訪を歓迎する響もない。ただただ疲れ切った男の声であった。


「いえ、用というほどのことではありません。ただ、陛下の勅旨を果たしたこと、父上にもご報告すべきかと思いましたので」


「そのようなことを、お前に報告されずとも知っておる」


 景忠は、卓子(テーブル)の上に重ねられた新聞に視線を遣った。


「二〇〇余年続いた六家体制も、これで終わりか」


 父もまた、景紀と同じように世の無常を感じているようであった。


「武家政権であった幕府も二度、滅びました。六家体制もまた、終焉を迎える時が来たというだけでしょう」


「栄枯盛衰は世の常とはいえ、滅びるときは呆気ないものよな」


 結城家は六家相克の内戦の中で勝者となった。しかし、景忠だけはその勝者の地位から除外されてしまっている。むしろ伊丹・一色両家の側に同情を覚えているのかもしれない。


「景紀よ、お前がこれから築こうとする体制は、何年持つ? 何年持たせられる?」


 だからこそ、その問いは重苦しく響いた。


「判りません」


 とはいえ、景紀は自分や有馬・斯波両公が築こうとする六家体制に代わる新たな体制が、永続していくものとは考えていない。将家を中心とする封建的な体制から、徐々に内閣と議会を中心とする近代的な政治体制へと移り変わっていく間の、過渡的な体制にならざるを得ないだろうと思っている。

 あるいはその先にある中央集権体制もまた、いずれは別の体制へと移り変わっていく時代がくるかもしれない。

 そしてそれは、自分たちの世代が責任を負うべき問題ではない。景紀はそう割り切っている。

 あるいは父は、父親であるからこそ息子たちの世代が生きる時代を心配しているのかもしれない。自分も父親となり、その子に結城家を継がせようとする頃には、そういう心境になるのだろうか?


「判りませんが、少なくともより良き時代を築こうとするのが今を生きる人間の務めでしょう」


 隠居願望を抱いている自分が言うような台詞ではないと思いつつも、景紀はそう答えた。

 確かに自分もまた、皇都内乱の時、宵とお腹の子を守るために伊丹・一色両公との対決を選んでいるのだ。少なくとも、子供が健やかに成長し、元服を迎えるまでの十数年は国内の安定化に尽力する必要があるだろう。

 ルーシー帝国、ヴィンランド合衆国といった、皇国にとって脅威となる国とも対峙していかなければならない。

 しかし皇都内乱において自分と父が真逆の決断をしたように、自分の子もまたその子なりの決断をする時が来るだろう。その時に自分は父・景忠と同じように親子で決別するのか、それとも子の決断を尊重出来るのかは、まだ景紀には判らない。


「景紀よ、その良き時代のために、今度は結城家が滅ぼされることになるかもしれないとは、考えぬのか?」


 あるいはそれは、自身を幽閉する息子とその正室、そして生まれてくるであろう子に対する、景忠なりのささやかな復讐であったのかもしれない。

 事実、六家相克の内戦の末に伊丹・一色両家は衰退の道を辿った。遙か西洋では、民衆が革命によって王の首を刎ねた国も存在する。


「その時は―――」


 だが景紀は、父の意地の悪い質問に小さく笑って答えた。


「その時は、また抗うかもしれませんね。俺が、あるいは宵が、もしくはこれから生まれてくる子、あるいはさらに先の子孫たちかもしれませんが」


 息子の言葉を景忠がどう受け取ったのか、景紀には判らない。ただ、父はしばらくの間、じっと景紀のことを見つめていた。


「……景紀よ」


 そして、すべてを諦めたかのように息子の名を呼んだ。景忠は最早、自分がかつて思い描いていた結城家の後継者がそこにはいないと理解したのかもしれない。


「宵姫殿との間に子が生まれたら、私にも会わせて欲しい」


 だからそれは、為政者であることを完全に諦めた、ただ一人の父親としての言葉だったのだろう。

 そのささやかな望みを無碍にすることは、流石の景紀にも出来なかった。

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