『オルデク』身勝手④
預り所に行くと、子供達は帰った後みたいで、大人しか居ませんでした。
「エーフィ? 良かった、戻ってきてくれたの?」
「い、いえ……今日は、誘拐事件の調査協力に……」
連れ去られた責任を取って退職したという事ですが、預り所の人は納得していなかったようです。エーフィさんに戻ってきて欲しそうにしています。事件が解決すれば、エーフィさんも考えを改めるでしょう。もう少しお待ちください。
「調査? えっと、その子達が?」
「選任冒険者で、巫女様です!」
「あ、え、嘘!?」
とりあえず、今分かっている事を話しておきます。想像を多分に含んでいますが、大きく外れてはいないでしょう。この線で捜査をします。
「それが本当なら、大変……すぐに町に周知しなきゃ……」
「よろしくお願いします」
「少し、皆で話してくるわ」
「その間、調べていても良いですカ?」
「えぇ。エーフィ、案内よろしくね」
「はい……!」
無人となった預り所で捜査開始です。
「時間も結構経ってるし、どこまで調べられるかな」
「足跡も、残ってないですね」
「魔法を使った痕跡も残ってないでス」
魔王の魔法ではないのですから、魔法以外の痕跡が残っていたと思います。もう少し早く来ていれば見る事も出来たでしょうけど、無い物を求めても進みません。
「再犯があるかどうかですネ」
『囮捜査といえば聞こえは良いけど……ただの囮でしかない。子供達を怖がらせるだけだし、再犯を待つのは……それに、クラウちゃんを攫った後すぐに次ってなると、クラウちゃんの身に何かあったと思うべきだから』
犯人の目的は分かりませんが――次の事件が起きていない以上、クラウさんは無事と考えるべきです。だからといって再犯を待つつもりはありません。
「おやおや? お嬢さんではありませんか」
私達が捜索を続けていると、聞き覚えのある声が聞こえました。
「……奇遇ですネ。学者さン」
「そういえば自己紹介がまだでしたねぇ」
シーアさんの無表情に気付いていないのか、学者が自己紹介を始めようとしています。鋭いのか鈍いのか、分からない人ですね。
「ヘトヴィヒ・ベアリトです。以後お見知りおきを」
「……レツァルア・クラフトでス」
予め考えていたのか、そういう経験があるのか、シーアさんは偽名を名乗りました。この人には良い印象を持っていません。出来る事なら会いたくなかったとさえ思っています。
『私達も、偽名の方が良いのかな』
(”巫女”を知っているようでしたので、考えておいた方が良いかと)
マリスタザリアを神のように崇めているこの人にとって、私達は敵です。この人が言っていたように、私達の所為でマリスタザリアが強くなったのは事実なのでしょう。”悪意”が増え、魔王が生まれた事が原因かもしれませんが、一因ではあると思っています。ですがそれを――感謝されるのは、受け入れられません。
「そちらの方達は」
「この町で合流する事になってたんでス。名前はアルマとリーツアでス」
名前を偽ろうとも、存在を偽ろうとも、この人の悪事を暴いてみせます。
「アルマです」
「リーツア、です」
「? えっと」
突然違う名前を名乗りだした私達に、エーフィさんが困惑していました。会ったばかりなのですから、どちらが本当の名前なのかエーフィさんには分からないでしょう。後で事情を説明すると、私の方から告げる前に……リッカさまが自分の唇に指を立て、首を横に振ってしまいました。
「は、はい……」
理解してくれたのかどうか、分かりませんけれど……エーフィさんはぽっと頬を染め、こくこくと頷いています。リッカさまのあの仕草を見てしまったら、同性であっても……どきどき、してしまうでしょうから。
「……コホンっ」
「ハッ! わ、私少し、奥見てます!」
諍いが起きていると伝わったようで、エーファさんが離れてくれました。ここで争いを始めるつもりはありませんが、警戒しておきましょう。
「どこかで見たような」
名前を知っている以上、顔も知っているかもしれません。ただ――まだ、確信には至っていないでしょう。
「まぁ、その方達は偽名を使うような人達ではありませんし、人違いでしょう」
挑発でしかない事は分かっています。顔は引き攣りそうになりますが、私達は表情を隠すのが得意です。
「ヘトヴィヒさんはどうしてここニ?」
「実はここで神隠し事件があったのですよ」
「そうみたいですネ。私達も何か力になれないかト、ここに来たんでス」
「そうでしたか。しかし、もう何もないようですね」
柱をごしごしと擦りながら、ヘトヴィヒはにやりとした笑みを浮かべました。手持無沙汰で、汚れを気にして擦ったように見えましたが――どうやら、そうではないようです。
「どういった事件だったか教えてくれませんか?」
「そうですね。恐怖を増長させるような咆哮に乗じて、子供を誘拐したという話ですね」
口数が少ないように感じます。私の質問には必要最低限の事しか答えてくれませんでした。気に入っているシーアさん以外に興味がないだけかと思いましたけど――レイメイさん相手には良く話していたはずです。
(沈黙は金、ですか。少し揺さぶりをかけてみましょう)
「誘拐された子は、何か特徴があったそうなのですけど……。確か、胸に大きな傷? があったそうなのです」
「胸ですか?」
何やら考え込んでいます。考え込む直前に見せた、眉を少し下げる仕草。私達がここに来てすぐ現れた事と合わせて、怪しすぎるでしょう。
「申し訳ない。そこまでは知りません」
「そうですか」
今思えば、この人に繋がる糸は見えていました。マリスタザリアへの崇敬と、人体実験です。
「レツァルアさん。どうですかな? この後ご一緒にお茶でも」
「いエ。アルマお姉さん達とは久しぶりに会うのデ」
「それは、失礼を。暇が出来ましたらどうぞ、我が家へお越し下さい。オルデクの最北端に研究所がございますので」
「はイ」
シーアさんへの興味は果たして、話しが出来る相手だからという好感からなのか。それとも――別の理由なのか、ですね。離れていくヘトヴィヒの背中は真っすぐでしたが、どこか気が逸っているような足取りに見えました。
「もしかして?」
ヘトヴィヒが見えなくなったところで、リッカさまが私を見て首を傾げました。リッカさまも、あの人の言動に違和感を覚えたのでしょう。
「傷の位置に疑問を持っていました。もし知らないのであれば、傷の有無に反応するはずです」
「確かにおかしいとは思いましたけド、証拠としては少し弱いですネ」
「犯人に繋がる物が何もないんだから、とりあえず調べてみるのも良いと思うよ」
あの人の研究所は調べるべきです。正直、一番の容疑者だと思っています。
「それに、おかしいのはそれだけじゃないっぽいしね」
更なる証拠として――リッカさまが見ていたのは、ヘトヴィヒが擦っていた柱です。そこには、何か引っ掻いたような痕がありました。
「爪の痕だけど、私よりも細い指でつけられてるか子供の物だね。でも、こんな高さにつけられない」
「誰かに担がれてたって事ですネ」
「ヘトヴぃヒの、ちょうど肩の高さだったから」
『決め付けでしか、ないけど』
状況証拠の羅列でしかありません。ただの言いがかりと怒られても仕方ないでしょう。ですが――ヘトヴィヒの言動全てが、怪しすぎます。
「わざわざここまで来て、変な事していったんだから」
疑っておきましょう。相手はマリスタザリアを崇敬する相手です。もしかしたら――魔王が興味を持つかもしれません。
「あのー、そろそろ大丈夫ですか……?」
「はい。席をはずしてもらって、ありがとうございます」
「いえ……。ヘトヴィヒさんと、何かあったんですか?」
「まァ、色々ト」
「あの人は、この町ではどういった立ち位置なのですか?」
横の繋がりが強い町という印象を受けました。事件があればすぐに町に警報がなるようですし、クラウさん誘拐後の動きも連携が取れていたと聞いています。そんな住民達から見て、ヘトヴィヒはどういった人なのでしょう。
「生物学者って話ですよね……。余り町に下りて来ませんし、不気味って事くらいでしょうか……」
研究対象がマリスタザリアという事も、知らないようです。
『急がないと、クラウちゃんの容態が気になる――』
「……?」
(リッカさまの第六感が――)
「エーフィさん。この町に地下はありますか?」
「避難所が一つあります」
「案内してもらえますか?」
「はい、こちらです」
下で何か起きているのかもしれません。すぐに確認しましょう。
「どうしたんでス?」
「足元に、居る」
「”影潜”ですカ?」
「んーん、これは単純に……地面の下に」
じわじわと何かが移動しているようです。エーフィさんの案内で地下に向かい、リッカさまが目を閉じて感知に集中しました。避難所に移動できる道はありません。しかし避難所はここだけとなると――どこか別の所に、道を作った人が居るのでしょう。
「結構離れてるけど、今でも移動してるっぽい」
「方向はどちらでしょう」
「向こうかな」
北に真っすぐ、じわじわと移動しているようです。
「”土流”で繋げる事も出来ますけド」
「地盤が脆くなってそうだから、変に揺らさないほうが良いかも」
避難所の造りはしっかりしていますが、地下通路が広げられている所為で地盤が脆くなっているかもしれません。慎重になるべきでしょう。
「地下通路があるなんて、聞いてますか?」
「いえ……」
内緒でそのような物を作る理由なんて、一つしかありません。
「いよいよ、あの人が怪しいかな」
「マリスタザリアって捕まえられるんでス?」
「んー……」
完成体だと、不可能でしょう。ですが私達は、その答えを持っています。
「出来ない事は、ないのかな」
「完全になりきれなかった個体が居ました。それを捕らえる事は可能だと思います」
”悪意”が少しもないここならば、不完全なマリスタザリアが出ていてもおかしくありません。
「何とかして、あの人の家を調べたい」
「でハ、私とヘンタイさんでお呼ばれしましょウ」
レイメイさんではなく私達がついて行くべきと思いますが――あの人は、”巫女”かもしれない私達を警戒しています。連れて行く事は得策では無いという判断でしょう。レイメイさんならば、男性宅に女性だけで行くのは憚られたという理由にもなります。
ただ、躊躇する事に変わりはありません。あの人のシーアさんへの執着が気になります。
「お二人は地下の物体を辿ってくださイ。その間私達ガ、学者宅を調べまス」
「でも、ね……」
「もし地下のマリスタザリアが本物になってしまったラ、地上に出てくるかもしれませン。その時倒せる人間が傍に居るべきかト」
何か起こるか分かりません。レイメイさんよりも私達が行くべきでしょう。リッカさまの戦闘は制限していますが……これは緊急事態に、あたります。リッカさまの視線に私は、頷くしかありませんでした。
「どうやらあの人は私を気に入っている様子。そしてお二人には警戒心を持ってしまっていまス。いくら子供とはいエ、女一人で男の家に行くのは危険というものでス。ヘンタイさんを連れて行く事には納得してもらいまス」
「いつでも”伝言”が出来るようにだけはしておいて下さい」
「もちろんでス。というよリ、繋げたままにしておいて良いですカ」
「分かりました。私がかけましょう。シーアさんは迎撃の準備を優先させてください」
「ありがとうございまス」
シーアさんが後れを取るとは思えませんが、迎撃用の魔法に集中しておいてください。リッカさまも万全ではありませんけれど……万全ではないなりの戦い方を、リッカさまは行えます。
「えーと……?」
「エーフぃさんは、自宅の方へ。少し危ないかもしれませんから」
「は、はい」
変質が不足しているマリスタザリアならば、町の警備隊で対処出来ると思いますが……用心は必要です。それに、ある意味これは――良い機会と言えるでしょう。私はずっと、一つの仮説を考えていました。ここで、試したいです。私の浄化が……どこまで通じるのかを。
「リッカさま。変質不足のマリスタザリアならば、私の浄化だけで何とかなるかもしれません」
「そうだね。アリスさんの”光”と”拒絶”、すごく成長してるから」
変質を解けるようになっていれば……中途半端であれ変質を”分離”させられるのなら、今後の活動に幅を持たせられます。
「まずは私に、任せて下さい」
「ぅん」
浄化こそ……私が唯一、誇る事が出来るものです。ずっと感じていた手応えを、ここでものにします。
「でハ、ヘンタイさんを呼び戻しますかネ」
”伝言”をかけながら、シーアさんは一足先に行動を開始しました。
「ヘンタイ……? だ、大丈夫なんですか?」
「あーえっと……一応、大丈夫です、よ?」
切迫している状況下で聞こえた「ヘンタイ」という言葉に、エーフィさんが不安を抱いています。
「お、男の人って皆ヘンタイですもんね!」
「気をつけてますから、ご安心を」
この町の女性が言うと説得力が違う、そう感じてしまいました。それはもちろん、リッカさまも。
『男性をお客として商売している町でも、男は皆狼だと言っているんだから。やっぱりお母さんの言う事は正しかったんだ。これからも気をつけよう』
「ヘンタイさんが少し不憫になりましタ」
「シーアさんが呼び方を変えてあげないからですよ……?」
「本当の所ハ?」
「それくらいの心持で居てくれた方が安心出来ます」
「その点だけハ、旅に出てから実感出来ましタ」
誤解でしかないと、分かっているのですが――訂正しようとは、思っていません。この町に来た男性が、「お相手を」と言っていたのを知ってしまったら……仕方ないと思います。
『地上に出たら、ドリスさんにもそれとなく伝えておいた方が良いかな』
避難行動が必要になった時、知っている人が居ると混乱を抑えられるはずです。ドリスさんに伝えておくのは正しいと思います。地下の気配を辿る時に、ドリスさんのお店に寄ってみましょう。
「――ドリスさん、少し良いですか」
シーアさんと別れた後、真っ先にドリスさんの所に向かいました。開店準備中なのか、お店の前を点検しているようです。
「あら。エーフィとは会えた?」
「はい。今から容疑者を調べる所です」
「凄い、もう見つけたの――て、この町に居たの……?」
「まだ確定ではありませんが、何か知っているのは間違いありません。ですが今は、問題が起きています」
人通りの少ないお店の裏まで来て貰い、事情を説明しました。
「つまり……避難が必要になるかもしれないのね?」
「はい。町に被害が出ないようにしますが、もしもの時はお願いします」
「ええ、それは構わないけど……」
クラウさんの事が気になっているのでしょう。見つけられなかった事に、後悔しているのかもしれません。灯台下暗しという言葉が向こうにはあります。誘拐や神隠しという先入観によって、町の中が盲点となっていたのでしょう。
《ごめんくださイ》
シーアさんがヘトヴィヒ宅に着いたようです。
「リッカさま」
「うん」
私達も行動を開始する為に、ドリスさんと別れます。まずは地下の反応を辿りましょう。じわりじわりと、蠢くように北上を続けているそうです。
《レツァルアさんは、本当は何をなさっているのですか? 旅の一座という事ですが、そうは見えないのですよ》
「単刀直入だね」
「相変わらず、シーアさんを試すような言動です」
ヘトヴィヒは、自分の方がシーアさんよりも頭が良いと思っているのでしょう。だから切り込めるのです。つまり、シーアさんの演技には気付いていません。
《バレましたカ》
《流石に無理があったでしょう》
《ちょっと席を外してもらいたいのですけド》
《おっと、もしやお仲間にも秘密だったのですかな?》
《はイ》
《そうでしたか。では、隣の部屋に》
《あぁ、後で教えろよ阿呆》
《それは私の気分次第ですネ》
レイメイさんの棒読みにひやりとしましたが、別行動出来る事になったようです。この間にレイメイさんが、何か証拠を見つけられたら良いのですが。
《行きましたネ》
《教えていただけますかな?》
《はイ。ヘトヴィヒさんは皇国の事を何処まで知ってますカ》
《皇国というと、東のオステ皇国ですかな?》
《はイ》
《確か、女皇による独裁制でしたな。皇家は閉ざされていて、国内でも知る者は少ないと》
《そうですネ。そしてその皇家は、一つの皇家としてずっと続いているのでス》
皇国の事は、あまり勉強していません。言葉と文化は調べましたが――皇家、つまり王族については謎が多い国なのです。アルツィアさまに聴こうと思いましたが、知っている方が危険な情報もあると、濁されてしまいました。
『一つの家でずーっと、かぁ。料理だけじゃなくてそういう所も、似てる……のかな?』
「皇家ってどんな感じだろ?」
「私も、皇家については殆ど……アルツィアさまも教えてはくれませんでした」
「神さまが教えてくれないって事は」
「何かあるのだと思います」
先入観を与えないように、アルツィアさまは情報を厳選します。皇国にも、何かあるのでしょう。王国に魔王が居る時点で、私達が皇国に関わる事は無いと思いますが……少し、興味がありますね。シーアさんは皇国の話を使って、どう切り抜けるのでしょう。
《少し前ニ、皇国からこの国に密入国した皇姫が居ましてネ》
《ふむ》
《その者は共和国に匿われたんでス》
《もしや》
《実ハ、私だったりしまス》
《何と……》
「これって」
「半分、本当の事だと思います」
皇国から王国に、密入国したお姫様が居るようです。それを共和国と王国で探しているのでしょう。連合だけでなく、皇国も今の王国に関わっているのですか。いよいよ……世界が無視できない段階に、来ているのかもしれません。
《国に帰るのが嫌だったのデ、共和国の人間として匿ってもらっていたんでス。しかし私は好奇心の塊のような存在でしテ。王国にも興味が出た時ニ、今の仲間についていく形で旅を始めたのでス》
《成程……皇家の……通りで、気品すら感じられて……》
《そんな訳デ、今は身分を隠して旅をしてまス。気の合う学者さんって事で話したんですかラ、言い触らすのは無しですヨ?》
《えぇ、もちろんですとも。そんな大事な事を教えていただき、ありがとうございます》
完璧な言い分だったからでしょうか。ヘトヴィヒは完全に信じているようです。身分から状況を読まれる可能性は十二分にありえます。「共和国のレティシア姫」から意識が離れた事で、選任冒険者や”巫女”の仲間という事実に辿り着けなくなったはずです。
《皇姫とは……ふむ。やはり私はついている……。――として完璧……》
《お茶の続きをしましょウ》
《おぉ、そうですな。ではお連れの方を》
《はイ。戻ってもらいましょう》
シーアさんに任せて、正解でした。後は、地下の何かと……ヘトヴィヒの研究について、ですか。
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