『トゥリア』悔恨⑩
「クソが……」
「巫女もここに居ろ」
慰霊碑と思われる、石碑の傍に居ろと……マクゼルトが顎で示しました。レイメイさんからは少し離れていて、シーアさんの傍……私の魔法を二人に届かせるには、時間が必要な距離です。これが偶々とは、思えません。私の魔法についても……調べているはずです。
「……」
言う通りにするしか、ありません。
(今は、まだ…………)
しかし、歩き出した私を、リッカさまは手で制しました。
「先に、離れてくれませんかね。私は貴方を信じていない」
「用心深い事だ」
私とは比べ物にならないくらい、リッカさまは冷静です。私も、相手を信じた訳ではないというのに……言う通りにするしかないと、何も考えずに近づいてしまう所でした。まだ、私は……何も出来ないと、決まった訳ではありません。戦いが終わるまで……私の戦いも続いています。
「ま、良い。来い、ロクハナリツカ」
「ぁ……」
それでも私の手は……離れていくリッカさまの背に、伸びてしまいました。それでリッカさまが止まる事はないと、分かっているのに……。
「……っ」
「何とかなんねぇのか……!」
「出来たラ、さっさとしてまス」
私の行動で、二人を焦らせてしまいました。言い合いになっても、意味は、ありません。
「落ち着いてください。機会は、来ます。それまでに、準備を」
自分に言い聞かせる意味合いが強いですが……私はまだ諦めていませんし、私の戦いも始まろうとしています。隙は必ず、生まれるはずです。
(お前が一番……クソッ)
(”風”と”水”は何とか……。しかシ、”雷”がそれすらも邪魔を……。それに、黒い魔力が邪魔です……!!)
あの時とは違うと分かっていても……脳は、記憶は、魂は……赤く染まったリッカさまを、覚えています。
「……」
「先に聞きてぇ事とかあんじゃねぇか?」
「……この戦いの意味とか、魔王の真意とか、色々ありますけど」
あの時は不意打ちで、リッカさまの実力を計れなかったからと……身勝手に再戦を望んできた狂人相手に、常識など通用しません。気持ちが落ち着く事はなく、焦りは私の心を焦がしています。
(現状を打破する方法を探さないと、いけません)
悠長に話している場合ではないと思いますが……確かめなければいけないでしょう。聞き込みでは何一つ得られなかった情報を……マクゼルトは知っているはずです。
「ライゼさんを如何したんですか」
「あんさんに何の関係があんだ?」
「弟子ですし、魔王討伐を手伝うという約束を反故にしたちゃらんぽらんに文句言いたいので」
私達は、ライゼさんに……感謝しかありません。目を見てお礼を言いたいと、思っています。しかし……そうするしかなかったのだとしても、言いたい事はあるのです。
「カカカッ」
「いつも私に、命の在り方を説いていたのに――ライゼさんは本当に、生きる努力をしたのか。問わないと気がすみません」
「成程。馬鹿だな。あんさん」
親子なのだと、否応なく実感します。ライゼさんと違って、マクゼルトは心底リッカさまを貶していますが……っ笑い方や物言いがそっくりです。
「神の所で、自分で聞け」
「……」
答えてくれるとは、思っていませんでしたが――溜息を吐き、リッカさまは刀を一振りして戦闘態勢を整えました。構えはありません。斬るという意志だけを刀に宿した――いつもの姿です。
「奇襲なんざ俺の柄じゃねぇ。正面からぶっ殺してやる」
「……」
リッカさまとマクゼルトは対照的でした。戦う者として、マクゼルトはリッカさまの本気を知りたくて――この愚行に走ったのでしょう。愉しみだったと、全身から愉悦が漏れ出しています。
「人殺しが出来るようになっとって安心したぞ」
口数の多い人です。この人がライゼさんの師匠とは思えません。ライゼさんはどちらかと言えばリッカさまと同じでした。命を奪うという行為に疑問を感じながらも、役目と守るべき者を理解し、剣を揮っていたのです。故に、口数は多くありませんでした。
ゆったりとした構えは自信ゆえに、呼気の威圧は己を鼓舞する為に、ライゼさんは戦士として――リッカさまに近しい物を持っていたのです。ですが、マクゼルトからは何も感じません。戦闘を愉しむ狂人です。
「手前ぇの敵を殺したくれぇで狼狽しとったガキの相手なんざ、求めとらんからな」
(こんな、リッカさまを嘲る相手に……何も出来ないなんて……っ)
『初めから殺す気で行く』
この人は幹部です。魔王の事、他の幹部の事、聞くべき事は沢山あるのでしょう。ですが――この人は殺されても話しません。私の能力で視る事は出来るかもしれませんが、私は記憶を視る事は出来ないのです。得られるかどうか分からない情報の為に、制圧という手段を取れる程……この人は、弱くありません。
(殺す以外の選択肢はありません)
『あの時出来なかった、戦い』
(今回も、何も出来ません……)
『あの時守れなかった、戦い』
(今回も、守れません……っ)
『あの時忘れた物を、取り戻す』
(私は、また……)
リッカさまの魔力が激しく明滅し、想いが高まっていきます。あの時出来なかった戦いを、乗り越え……私を守る刃を、取り戻す、と。
『私が守れなかった約束を、今ここで……!!』
(リッカ、さま……)
私はまた、貴女さまの無事を祈る事しか、出来ません。ですが……っ……私も、乗り越えたいです。
(どうか、勝利を……)
貴女さまの勝利を祈ります。私は今回こそ……貴女さまの命を、魂を、想いを……守って、みせます。
(だから――)
「っ――!」
明滅は終わり――光を纏い、リッカさまはマクゼルトに斬りかかりました。私は誰も、死なせません。後ろは、こちらは任せてください。私の戦いを、私は完遂します……!
「カカッ!」
「――!!」
リッカさまが消えた後すぐに、マクゼルトも消えました。どちらも、”疾風”なしです。
「ッ……」
その速度に、背筋に寒気を感じたレイメイさんが反応を示しました。どんなに「本気」と明言しようとも、仲間に本気を向ける事などリッカさまには出来ません。これが、本気です。そしてマクゼルトはそれに付いて行っています。
正拳突きがリッカさまの鼻先目掛けて迫っていましたが、圧を感じたリッカさまは大きくしゃがみ込み――拳圧に逆らう事なく、むしろ圧に乗ってマクゼルトの背後に流れていきました。
「――シッ!」
「そんな避け方もあんのか……面白ぇ!!」
受け止める訳でも、受け流す訳でも、相殺する訳でもなく――利用したのです。触れただけで致命傷になりかねない拳圧に身を委ね……背後までの移動を行ったリッカさまは、横薙ぎを見舞いました。ですが――マクゼルトは裏拳を放ち、刀と鍔迫り合いを演じています。拳圧で、刀を受け止めたのです。
「――っ―――」
正面からでは打ち合えないからと、すぐさま手首を返し――マクゼルトの腕目掛けて斬撃を放ちました。しかしマクゼルトは、リッカさまの手首が返った瞬間を見逃さなかったようです。裏拳を更に押し込み……拳圧をぶつけようとしています。それを感じ取り、リッカさまは後退しました。
「一度俺の拳を受けただけはあるな。範囲は織り込み済みって事か」
『斬り込んでも同じ結果が続くだけ、かな。いや……私の方が不利』
一呼吸の間に繰り広げられた攻防は、攻撃の選択もそうですが……踏み込む距離すら間違えられません。
(深く踏み込むだけでなく……強く踏み込み、体が少しでも硬直してしまうと……っ)
互角に見えて、リッカさまは力負けしています。力を補う為の震脚すら、軽々しく使えないのです。
(打ち合えば、間違いなく……リッカさまの方が先に倒れて、しまうでしょうっ)
打ち合ってはいけない相手ですから、必然的に動きが大きくなり……体力を、削られます。
『魔王との立会いを参考にしたけど、純粋な力はこっちが上』
腕力の差が、リッカさまの動きに大きな制限が掛けているのです。マクゼルトの方がリッカさまに、大きく踏み込めています。故に速度でも、リッカさまが何とか追い縋っている状況となってしまいました。本来は同等……いえ、私の目算ではリッカさまの方が早いのに、拳圧という一点でリッカさまは後手に回らざるを得ないのです。
『唯一は、技術』
しかし……リッカさまには、技術があります。力が上なんてことは、考えるまでもなく当たり前なのです。リッカさまより力の弱い戦士など居ません。リッカさまは常に、腕力が上の相手と戦い続けていました。だから――経験も、上なのです。
『切り結べば結ぶ程、私が不利になる。少ない手数で、効果的な一撃を入れないと』
不利です。断言出来ます。ですがリッカさまは……負け、ません!
『どれも私の想像の範囲内。でも、威力が想定外かな』
すでに、リッカさまの肩が、擦り切れています。骨に異常はありませんが、違和感を覚えるくらいには深いです。
(拳圧に乗る度、リッカさまが、削れていきます……っ)
何より乗るという事は、方向が定まるという事です。読まれ、先手を許すでしょう。後出しはリッカさまの得意とするところですが……マクゼルトの反応速度は人外であり、それを行動に反映出来る人外の肉体を持っています。長期戦は、出来ません。時間稼ぎ何て、言ってられないのです。
(魔力は、溜まって来ています。ですが……それまでに、リッカさまが……っ)
「ライゼは避けるのに精一杯だったってのになァ!」
「……っ」
マクゼルトの速力が上がりました。ですがそれは――リッカさまも、同じです。
『小手調べなのは分かってた。決められなかったんだから、ここから……っ!』
リッカさまの刀が、マクゼルトの拳を逸らしています。刀が拳圧に当たった瞬間受け流し、ほんの少しだけ拳の軌道を変えているのです。制御と回避で……リッカさまに損傷は、殆どありません。しかし周囲はどうでしょう。拳圧が当たってもいないのに葉が、枝が、地面が、岩が、爆ぜています。
その威力が、リッカさまに向いているのです。少しでも間違えると、あれが……リッカさまに襲い掛かります。擦り傷では済まなく、なるのです。
「っ」
ぱんっと、私の足元が爆ぜました。あの圧は、私の傍にまで届いています。私は、避けられます。見えていますから。でも……見えていても避けられない二人が、います。
『もっと離れないと、アリスさん達の方まで……っ』
”盾”で防ぐことは出来るでしょう。ですが――私は、何もするなと言われています。これは”盾”も同様です。私が魔法を使えば、マクゼルトは問答無用に檻を狭めるでしょう。私は、何も、してはいけないのです……っ。
(マクゼルトの意識が、私から外れるまで……)
「っ――シッ!」
拳圧を逸らす方向を、リッカさまはじりじりと変えています。そして、ゆっくりと……その場から、離れていました。少しでも、私達に被害が出ないように……逸らすだけで精一杯の中、私達の事まで考えているのです。
「周りを気にしとる様じゃ話になんねぇぞ」
『ライゼさんは私寄りだったけど、この人はレイメイさん寄り……正直煩い……っ!』
戦いの状況を声高に伝え、相手を威圧する言葉を吐いてきます。それが、リッカさまには煩わしいのです。針の穴に剣を投げ入れるような、繊細にして豪快、集中の縫い目すら許されない作業をしているリッカさまには……マクゼルトの煽りが大きく聞こえています。
『心を揺らさない……っ』
しかし、リッカさまは――冷静です。攻撃に移ると見せるような、軽快でキレのあるステップを見せ、マクゼルトに「反撃がある」という警戒心を植え付けました。その隙にリッカさまは、私達から大きく離れています。
『感情の揺れが、只でさえ短い戦闘時間を短くする……!』
完全に相手の流れでしたが、リッカさまは自分の流れに変える技があるのです。これが、リッカさまの強さ。ライゼさんが言っていた、経験による開花でしょう。決して、負けていません。リッカさまは……負けません。
「一本取られたな。カカカッ」
醜悪に嗤ったマクゼルトが、再びリッカさまに殴りかかりました。
『フック、アッパー、ストレート……どれも私の適当な部位に』
技術を感じさせない、型のない攻撃――ですがそれで、十分なのです。
『上手い事コンビネーションを織り交ぜてる。カウンター出来なくはないけど、拳の範囲が厄介』
我武者羅に見えて、流れるような連携も織り交ぜています。それが独特な緩急を生んでいるのでしょう。リッカさまは、踏み込めずにいます。
『我慢勝負……! 殺し合いをしたいと願ったマクゼルトにとって、今の私はイラつきの対象になる』
リッカさまの集中が戦いの中で切れる事は、ありません。ただ避けるだけのリッカさまに苛つき、雑な攻撃が続けば……リッカさまが有利になるはずです。
『一刀の下斬り捨てる。剣とは本来……一度振れば相手を死に追いやる武器』
決して、押されている訳ではありません……リッカさまは、マクゼルトが痺れを切らすのを、待っています。待って、待って……一撃で、決めるつもりです。
(しかし、マクゼルトの集中力も……っ)
「お前達何をしてる!」
戦場に場違いの声が聞こえました。誰か来ているのは気配から分かっていた事ですが――マクゼルトから視線を外す事は、しません。そのまま、離れてください。
「ここがどういう場所か分かっているのか!」
「おい下がってろ」
「お前、見た事あるな」
「どうでもいい。下がってろ。アレが見えねぇのか」
レイメイさんが村人と話をしています。マクゼルトは、リッカさまと私から意識を逸らしません。むしろ私への警戒が強くなりました。リッカさまがその隙を逃すはずがありませんが……村人の登場で、踏み込めずにいます。マクゼルトの行動次第では、後退も視野に入れる必要が、あるからです。
「ライゼ……? いや、マクゼさんか……!?」
「あ? ――おっと」
ライゼさんもすぐに気付きましたが、変質前の面影を強く残しているのでしょう。村人が気付き、マクゼルトが漸く反応を見せましたけれど――私が魔法を使えるだけの隙は、生まれません。リッカさまが代わりに斬り込みましたが……後退せざるを、得なくなりました。
『邪魔と判断されれば、マクゼルトはあの人を殺しに行く。その時に隙が生まれるけど、あの人は確実に死ぬ……!』
マクゼルトが村人を認識してしまった以上、状況がどう転ぶか分かりません。
「し、死んだはずじゃ……」
「死体が見つかっとらんのに、死んだも何もねぇだろ」
「そ、そうだよな……」
旧知の仲という感じには見えません。むしろマクゼルトには、怒りや煩わしさが見えています。
(リッカさまとの一対一を邪魔されたから……?)
『付いて来ない……。何する気……?』
「分かってますよね。私があなたの相手ですよ」
自分に意識を向けさせる為に、リッカさまが声を掛けました。マクゼルトは――リッカさまの声に、反応を示しません。
「せっかく楽しんでたってのに」
「マクゼさん……その姿一体何だって――」
「うるせぇ小蝿だな」
「……っ!」
懐に手を差し入れたマクゼルトを見て、リッカさまは不本意ながら……斬りかかりました。村人に何かしようとしているのは、間違いないでしょう。阻止する為にリッカさまが動くのは……当然です。
「俺を失望させるな」
しかしマクゼルトにとっては、自身が気持ちよく戦えるかどうかが問題なのでしょう。リッカさまの行動に冷めた視線を向けながら攻撃を避けました。しかしリッカさまは、避けられる事前提で動いています。私達から離れていましたが……村人を守る為に、マクゼルトと村人の間に、移動しました。
「その手に持ってるの……鉄球ですね。そんな物投げられたら、アリスさん達が巻き込まれかねません」
私達と村人の間に、距離など殆どありません。巻き込まれる可能性は……あります。村人を巻き込むのなら、一対一とは言えないでしょう。私も、動かせていただきます。
(ここは、私が――)
「動くな」
「っ……」
結局のところ、マクゼルトの匙加減でしかありません。シーアさんとレイメイさんを閉じ込めている檻が、狭まりました。これから起こる事が、分かっているのに……何も出来ないと、突き付けられて、います。
「そんなに守りたいんか」
「……」
「守って見せろよ」
ただ、放っただけ。そんな、マクゼルトの掌ほどもある鉄球が……銃と呼ばれる道具よりも強く、早く、飛翔しました。
「――っ」
「へ?」
リッカさまはそれを――横に、斬りました。上部は遥か遠くまで、村人の頭上を通っていき……下部は、地面に大きな穴を作り出しています。リッカさまによって軽減されたのに、それだけの被害を生み出したのです。人に当たれば……どうなって、いたか。
「ほう」
「……楽しまないで」
激怒したリッカさまの行動を愉しむように……マクゼルトは、追加で二個、鉄球を投げました。リッカさまは、一個は先程と同様に処理し――もう一つは、斬らずに見送っています。一個目は同じ結果となり、もう一個は村人の頭の上を素通りしていきました。もし、二個目の鉄球を斬っていたら……下部が、村人に当たっていたでしょう。
「遊ばないでください」
「邪魔者が居たら、あんさんが集中せんだろ。今みてぇにな」
鉄球がこちらに飛んでくる様子は、ありません。私が動きを止めてからは、檻も狭まらなくなりました。マクゼルトの匙加減ですが……約束は、守っているようです。
「ま、マクゼさん……怒ってんのかい? ライゼを追放した事を……! しかしあれはアイツの息子が――」
「邪魔と言っとる」
殺されそうになっているというのに、喧嘩の延長としか考えていない村人のズレた言動に……マクゼルトが再び、鉄球を放ろうとしました。リッカさまが何度も、それを許すはずがありません。リッカさまは、マクゼルトに斬りかかりました。
隙とは言えないまでも、マクゼルトは村人を殺す事に執着を見せています。そんな意識で、リッカさまの攻撃を避けられるはずがありません。だから、腕でリッカさまの斬撃を受け止めようとしています。
(斬っ――!?)
『筋肉で、私の――』
そのまま斬り落とされると思ったのに、マクゼルトは筋肉を硬直させ……鉄を切り裂くリッカさまの斬撃を、止めたのです。
「つまらん終わり方だったな」
『刀抜けない……っ!』
「――リッカ!」
刀が抜けず、拳を受けるだけのリッカさまに集中する必要は、ありません。マクゼルトは私を見ています。動けば一人だけでなく三人が死ぬ事になる、と。私はそれでも――”想う”事を止められませんでした。
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