『メルク』ツァルナの香り⑨
ルイースヒェンとの関係は悪くなるばかりだが――アルレスィアは順調に、”巫女”になる為の準備を進めていた。九歳のあの日、あの子を連れて来られなかった時にアルレスィアは落ち込んだ。落ち込んだけれど、どこかホッとしていた自分が居た事を自覚したらしい。
自分に自信がなかったからだろう。そんな状態で逢っても良い出逢いにならなかったと、ホッとしてしまった。「そんな中途半端な気持ちにならなくて良い様に、もっと頑張ります」とは、アルレスィアの言葉だ。
一日一つ織り込まれる、「向こうの世界の事にしては、どこか個人を話しているような」情報を楽しみにしながら、言葉通りにアルレスィアは頑張っている。
『誕生日おめでとう、アルレスィア』
「ありがとうございます。アルツィアさま」
歳を重ね、十歳となったアルレスィアが”神林”にやって来た。美しさは留まるところを知らない。容姿は更に磨かれ、抜群の外形は大人顔負けだ。年齢を知らない子が見れば――いや、年齢を知っていても、十歳の少女とは思えないだろう。
「巫女様は、何も言ってきませんでした」
『ああ――』
十歳という事は、掟の期限だ。ルイースヒェンがもう少し――愚かだったなら、アルレスィアに掟を告げただろう。だけどあの子の本当は、優しく繊細、そして……真面目なのだ。
『集落の者達も、大半がきみの事を理解してきている。少し大仰で、畏れを多分に含んでるけど、ね』
「はい。理解しております」
『ルイースヒェンも、無碍にはしない……はずだ』
イェルクから世界の事を聞いている。”巫女”の重要性を、間違えてはいるけど分かっているはずだ。だから、アルレスィアに直接言う事はない。つまり――今まで同様、アルレスィアが自主的に出て行くのを待つだろう。
勉強の遅れを理由にする事は出来ない。もはやアルレスィアは、集落の誰よりも頭が良いのだ。集落長に働きかける事も不可能だろう。元々肩書だけの長だったからなのか、ゲルハルトが台頭してきてからは肩身が狭くなっている。ルイースヒェンとイェルクが来てからは、長とも呼ばれなくなった。そして今に至っては――ゲルハルトの方が長のように動いている。
『一応、何を言われても言い返せるようにはしておいておくれ』
「分かりました」
”巫女”になる覚悟と決意があるのだから、どこで過ごしても一緒だろうけど――アルレスィアは、”神林”から離れたくないのだ。あの子が来る日を、ここで迎えたいのだろう。アルツィアとしても、アルレスィアに万が一があってはいけないと心配している。
アルレスィアの決意が揺らぐ事は無いと信頼しているけれど――”巫女”になる為の、唯一にして絶対の規則が脅かされる事だけは、避けなければいけない。
(それは、どこに居ても一緒だけれど)
ここならば、王都よりは安全だ。逃げられる場所もある。今は静観しているようだけど、どちらに転ぶかは……ルイースヒェンの悪意次第だ。
『それじゃ、”拒絶”の練習をしようか』
「はい。今日は、治療に使えないか考えてみたいです」
『ふむ。激痛を緩和出来るかどうかといったところかな?』
故に、表立ってアルレスィアの話題を出す者は居ない。ルイースヒェンやイェルクを恐れての事だが――アルレスィアの特異性が、そうさせないのだ。世界の真実を知るのは、エルタナスィアとゲルハルト含む数名のみ。他の者達は漠然と、「何かある」までしか考えられない。
生まれた時からアルツィアが見え、どこか”人”とは違うと感じさせるアルレスィアの台頭は――集落の者達にある種の不安を与えている。だが、この沈黙をアルツィアは良しとしていた。
何故なら、昔は「アルレスィアがおかしい」と言われていたけれど、今は――「世界がおかしい」と、認識が改められてきているから。その認識は危機感へと繋がるだろう。贅沢に溺れようとも、ここは”神林”を守る集落だ。アルレスィアが”巫女”となった時、一丸となって協力してくれる事を願っている。
アルツィアの予想通り、膠着状態は続いた。アルレスィアの周りは非常に静かだ。心が視えるアルレスィアにしてみれば、その限りではないようだけど。
(イェルクの時と一緒だな)
直接的な感情の方が、アルレスィアは気にならないらしい。いっそ嫌われていた時の方が良かったと思えるくらい、視線が粘りつくのだ。忌避されるのではなく、今や注目の的となっている。視線が集まるのは仕方ないが――その視線が、イェルクのように矛盾しているのだろう。
受け入れなければいけない事は分かっているが、集落が元に戻る事を恐れている。イェルクは明確な態度と言葉でアルレスィアを嫌っているのだ。”巫女”が変わると、支援を辞めるかもしれない。
イェルクは敬虔なる信徒だ。”巫女”になれば変わると思っている者も居るが――聖伐派かどうかで考えているという事を、クレイドル家とルイースヒェンしか知らない。アルレスィアが大虐殺説を推す限り、支援しなくなるだろう。
集落にとって、どちらが”巫女”になるかどうかなんて関係ないのだ。今の生活が変わるかどうかに焦点が当てられている。アルツィアの願いが叶うのは、まだまだ先になるだろう。
『その時、どうなるか――かな』
「?」
『呼ぶまで集落で過ごしてくれるかな? ルイースヒェンの様子を見てくる』
「はい、分かりました」
アルレスィアを集落に残し、アルツィアは”神林”に入っていく。あの子の方も、大きく動いた。壱花、十花の願い空しく、あの子は十三歳という若さで”巫女”になろうとしている。あの子は明日、”巫女”になるようだ。
(こちらは、どうするか)
ルイースヒェンの焦りも極限にまで高まっている。どうやら、そろそろである事を感じ取っているらしい。
(歴代の”巫女”でも、ここまで代替わりを感じる事が出来た者はいない)
”悪意”が燻っていなければ、ルイースヒェンも……アルツィアともっと話しが出来たのだろうか。今となっては、空しい仮説だ。
「……でも、私は……今更、戻る気なんて、ありませんから……」
”神林”湖の傍で、ルイースヒェンは祈っていた。ルイースヒェンも限界が近い。”悪意”は成長する一方だ。早く浄化しなければ、取り返しのつかない事になるだろう。
『ルイースヒェン』
「……」
遂に、声が聞こえる予感すら感じなくなってしまった。繋がりも希薄になっているように感じる。
十五歳の時、こちらに連れて来られて……十二年か。”巫女”の中でも長い方だ。イェルクが居なければ、ここまで続けられなかっただろう。きみのお陰で、”神林”が維持出来たのは間違いない。”神林”の衰えに、きみが関与していない事はアルツィアが保障しよう。
(だけど――)
きみの中にある”悪意”を、祓う必要があるようだ。
『こちらも、近日中に移譲する必要が……あるかもしれない。ルイースヒェン、ありがとう』
”神林”から出て行くルイースヒェンに、報せておく。聞こえずとも、言わなければいけないだろう。謝りは、しない。アルツィアはきみに、感謝だけを伝えよう。
「アルツィアさま」
ルイースヒェンが離れて行くのを見て、アルレスィアが木陰から出てきた。待っているように言ったのに、しょうがない子だ。まぁ――今日はずっと、”森の歓迎”が起きているようだから、我慢が出来なかったのだろう。
『もうすぐ十三歳だね』
「はい」
『そろそろ”巫女”になってもらうよ。”光”の扱いと、”拒絶”との複合を練習してもらわないといけないからね』
「覚悟は出来ています。直に来る、もう一人の”巫女”さまを導く為に――私が先に」
『そうだね。きみがあの子に教えて上げるのが一番だ』
今からでも良いと、アルレスィアは目で訴えている。あれから三年だ。アルレスィアはあの時の悔しさをバネにして、更に研鑽を積んだ。覚悟だけは戦士のそれだろう。
(まだまだ、その時じゃないよ)
だけど、違うんだ。アルレスィア。覚悟の完成はまだまだ先になる。何故ならきみは――未だ、実戦を積んでいない。心構えが出来ていないのだ。あの子もまだ、実戦というものはしていないけれど……気負わず、抱えず、思い詰めず。あの子は冷えた精神で心を燃やせる。戦いに関して、あの子以上に真摯な子はいない。
『明日の昼。ここにおいで』
「分かりました」
今までの練習を駆使して、ゲルハルトと共にマリスタザリアと対峙して欲しい。きみはこれから、戦いを学んでいく必要がある。
『とりあえず、高台に行こう』
「? はい」
まずは、実物に攻撃を当ててみよう。”森の歓迎”を堪能したいかもしれないけど――今日は遅くまで、あの子は居るらしいから。
「巫女様は、諦めていないようでしたけど」
『そうだね』
「今にも私を……」
もはや集落の者達をけしかける事はできないと、最近は自分から仕掛ける事が多くなった。わざわざアルレスィアの前に出て来て、睨み合っている。その時の視線は、アルレスィアが「殺される」と感じる程だった。そこでアルレスィアから攻撃をされようものなら、それを理由に追放するのだろう。
『大丈夫だよ。きみの方が強いから』
「……」
そういう意味ではない事は、分かっている。強いから大丈夫なんて事はない。憎悪を向けられる事には慣れているが、あんな必死な――縋るような殺意は初めてなのだ。「あんたさえ居なければ」、「自分にはここしかないのに」という強い感情が、アルレスィアに流れ込んでいた。
だけど――「ここしかない」は……アルレスィアも、一緒なのだ。
(ルイースヒェン……。君を選んだ事を、後悔している。選ばなければ良かったと思ってしまう。だけど謝る言葉すら、君には届かないのだろう。だから私は――無理やり奪う事で、君の未練を断ち切ろう)
ルイースヒェンが道を踏み外す前に、行動する必要があるのかもしれない。明日の昼、実行しよう。
(今までありがとう。ルイースヒェン。せめて君の幸せを、祈らせておくれ)
きみの大切な時間を奪ってしまって、すまない――。謝罪を言葉にする事は出来ないが、これはアルツィアの本心だ。
『……?』
「アルツィアさま?」
立ち止まったアルツィアに、アルレスィアは首を傾げた。アルツィアは、見てしまったのだ。ルイースヒェンの中で……”悪意”が、頭をもたげる瞬間を。
「――そうね。男を使いましょう」
黒く濁った瞳で、ルイースヒェンは……近衛を呼んだ。
「ねぇ。誰でも良いから男の人を呼んで?」
「分かりました」
近衛が出て行き、一人の男を連れてきた。どうやら近衛の友人らしいが、ルイースヒェンの顔は渋い。
(醜い顔の方が良かったけど、この際誰でも良いわ)
体を強張らせた男にルイースヒェンは近づいていき、耳元に顔を寄せた。”巫女”だから、そういう用事ではないと分かっていても、どきりとしてしまうのだろう。期待感を高めていく男に、ルイースヒェンは――告げた。
「ねぇ。アルレスィアを襲ってきて」
”巫女”の、致命傷を――。
「――アルツィアさま?」
”神林”を出る直前で止まったアルツィアに、アルレスィアが再び声を掛けた。世界を視るアルツィアが、”何か”に止まる事は良くあったと記憶している。だけど――アルレスィアが見た事のない表情を、アルツィアは浮かべていた。
(ルイースヒェン……そこまで……)
痛恨だ。もう少しだったのに、ルイースヒェンが……最後の一線を、超えようとしている。もはや儀式をしている場合ではない。”巫女”の歴史で初めてとなる、強制移譲を行おう。
『アルレスィア』
「はい」
『今日は森で過ごすと良い』
「ですけど……もう……」
家に帰らないといけないし、”巫女”以外が入り続ける事で起きるかもしれない不測の事態を気にしているようだ。だけど、アルレスィアならば問題ない。それに、集落に戻ると……アルレスィアが、襲われてしまう。
ルイースヒェンもアルレスィアも、アルツィアの都合で人生を狂わせてしまった。ならば、どちらも守るしかない。アルレスィアを守り……ルイースヒェンの悪事は未遂で終わらせる。アルツィアには、それしか出来ないのだ。
『今日くらい構わないよ。それに、まだ居たいだろう?』
「……はい。まだ、感じてますから」
いつもと同じく、”森の歓迎”が終わるまでここに居て良い。そして今日は、ここで明日を迎えよう。エルタナスィア達は心配するだろうけど、ここに居る事は知っている。騒ぎにはならない。
『だったら、最後まで堪能すると良い』
「ぁ……ありがとうございますっ!」
『ハハハっ――良い笑顔だ。布団はないけど、核樹を使うと良い』
「はいっ」
笑顔の花が咲き、アルレスィアは湖に戻っていった。”神林”全体に漂う”森の歓迎”だけど、湖周辺が特に強い。そこで強く、感じたいのだろう。核樹は生きている。きみを包み込み、守ってくれるはずだ。
(……私もきみと、もっと話をしたかったよ)
ルイースヒェン。きみはもう……”巫女”では、いられない。
翌日、アルレスィアは”巫女”になった。”光”を移譲するだけの、簡単な儀式なのだが――素質が……いや、能力が関わっているのか、アルレスィアはルイースヒェンの記憶を読み取ってしまったらしい。そこには、昨日の出来事も含まれている。
「そうですか。巫女様は、私を……」
『……アルレスィア。ルイースヒェンはもう、”巫女”じゃないよ』
「……はい」
(そのような計画で、私から剥奪出来ると思っていたのでしょうか)
男を利用して、”巫女”の資格を剥奪しようとした。アルレスィアはその事に対して、特に感想を持っていない。何故なら、触れる事すら不可能だからだ。アルレスィアの”拒絶”は全てを弾く。”人”に突破出来るような強度ではない。
(最後まで分かり合えませんでしたね……)
それに、この出来事が自分にどう影響するのか……もしもを考えても意味はないと、この時のアルレスィアは考えていた。あの子に逢うまでは、ルイースヒェンへのトラウマなど無かったのだ。
『……集落に行って、”光”を見せよう。発動は出来るかな?』
「――はい。『言葉』も、『想い』も問題ありません」
『一度発動してみよう』
「光よ」
いつもならば、わざわざ確認などしたりしないが――アルレスィアの得意魔法を見たアルツィアは、確認を促した。
”人”が持つ得意魔法は最大二つだ。アルレスィアで言うと”拒絶”と”治癒”に当たる。そこに”光”を与えると、普通は得意魔法が一つ減ってしまう。
先々代”巫女”は”録音”と”反響”を持っていたけど、”光”を入れたら”反響”が得意魔法から外れていた。移譲後には戻ったから、”光”が優先されていただけなのだろう。だから得意魔法は二つ以上にはならないと考えていた。しかし――アルレスィアは、違う。
「光りまし――!?」
魔力が乱れ、”光”は発動しきれずに消えてしまった。
『大丈夫かい?』
「は、はい。少し驚いただけです。ですが……」
アルレスィアの腕前は、世界を視ても最上級に位置している。そんなアルレスィアでも、三つの得意魔法を扱う事は出来ないらしい。
(どうして三つになってしまったのだろう)
練習していた二つが無駄にならないのは、良い事だが――やはり、二人の在り方が関わっているのだろうか。
『制御がし辛くなっているのかな』
練習する時間は、ある。あの子も”巫女”になったけれど、まだこちらに来られそうにない。だけど今、”光”を証明しなければいけないのだ。
「どうすれば……」
『ん――』
核樹が枝を落とした。まともに魔法を扱う事が出来なくなってしまったアルレスィアを心配しているのだろう。
(――そうか。なるほど)
魔法はアルツィアが持つ力の一端だ。そして核樹は、アルツィアが直接生み出した子になる。アルツィアを世界に繋ぐ役目を持つ核樹ならば、制御を補助する効果があるかもしれない。
『アルレスィア、これを』
「これは、核樹でしょうか。杖みたいですね」
『杖か』
これが上手くいけば、杖の形に削るとしよう。
「では――」
アルレスィアが再び”光”を発動させた。今度は、途中で消える事はない。杖に流れた魔力はアルレスィアの扱い易い速度となり、流れを修正しているように見えた。
「うまく、いきましたね」
『そうだね』
ただ、まだ荒れている。杖で補助しても、アルレスィア自身に流れる魔力は荒れたままなのだ。一度二度の発動ならば問題ないだろうけど、もう一つ補助が必要かもしれない。
『私の髪も渡しておこう。これを溶かして、糸にするんだ』
核樹が有効なら、アルツィアの一部も有効だろう。
「服に、編み込めば良いのでしょうか」
『そうしておくれ。魔力の流れが意識し易くなるはずだ』
アルツィアにも、出来る事があったようだ。手伝える事は何でもやろう。
「ルイースヒェンさんは、どうなるんですか?」
『本人の意思を尊重するよ。ここに残るか、出て行くかを』
ただの枝だった核樹を杖のようにして、髪と一緒にアルレスィアに渡す。見た目から入る、という訳ではないけど――杖を持ったアルレスィアに、威厳が生まれたように感じる。
(イェルク辺りが見たら、アルレスィアに飛び掛かるかもしれないな)
核樹はまだしも、アルツィアの髪は”巫女”以外が持つ事は出来ない。糸にすれば大丈夫かもしれないけど、無理ならばアルレスィアが縫うしかないだろう。
『とりあえず、問題は解決した。後は――アルレスィアが宣言するだけだ』
「はい」
杖をぎゅっと握りしめたアルレスィアは、いつものように隠れて”神林”を出るのではなく――堂々と、正面から出て行った。
(まさか、そこに居たなんてね……)
「お前、どうしてそこから――」
「――光よ」
普段は積極的に関わらない者達も、”神林”から出てくれば声を掛けざるを得ない。だけど、アルレスィアが灯した”光”に全員が悟る。そして――虚ろな目をしたルイースヒェンを、見た。
「アリス……」
「お母様。私は本日より、”巫女”となります。最初のお役目として――ルイースヒェンさんにアルツィアさまの言葉を授けます」
恐る恐る声を掛けたエルタナスィアに、アルレスィアは凛とした声で答えた。”光”を灯せた時点で、今までの全てが証明出来たと言えるだろう。ただ――ルイースヒェンだけは、アルレスィアを認めていなかった。そしてルイースヒェンに協力していた者達は、断罪を恐れている。
口を噤み、アルレスィアの言葉を待っていた。恐らく全員が、ルイースヒェンへの処罰が告げられると思っているのだろう。その後は自分も――と。しかしアルレスィアは、私情を挟む事はない。
「集落に残り”巫女”を支えるか。自由を得るか。ルイースヒェンさんに選ぶ権利があります」
「……もう用済みって訳?」
「いいえ。元”巫女”として厚遇するようにとの事です」
「……ッ」
アルレスィアを睨みつけたルイースヒェンが、震えている。アルレスィアならば自分が何をしようとしたのか、分かっているはずだ。そう思ってしまうくらい、全てを見通す目をしている。それなのに、この期に及んでアルレスィアは自分を見ない。怒りも憎しみも、憐憫すらなく、淡々と”巫女”として告げている。
それがルイースヒェンには――我慢出来なかった。
(人形が……見下してんじゃ、ないわよ……っ)
「出て行くわ。やっと解放されるんだもの」
後ろを向いたルイースヒェンが、歩き出す。その足取りはふらふらしていているが――怒りで、視界が揺れているのだろう。
「でも、私はまだ諦めてないから。絶対に、戻ってくる」
解放されるという言葉に偽りはなかった。しかし、諦めていないという言葉も嘘ではない。アルレスィアにはその矛盾が分からなかった。だけど――”巫女”に縋るのではなく、繋がりを求め続けたルイースヒェンは……アルレスィアと、同じだ。
しかしアルレスィアは逃げなかった。今も、逢う為に頑張っている。繋がりを求めるのではなく、繋がりを手に入れる為に頑張っているアルレスィアにとって、待っているだけだったルイースヒェンを理解する事は……今は、難しい。
二人が手を取り合う未来もあったのだろう。それでも――道は、別たれた。
「私に光の槍を」
「……っ何、よ」
(……? 何か、消えたような……)
「少しは、気分が良くなったりは――」
「いきなり攻撃されて、良くなる訳ないでしょ」
これも、アルツィアからのお願いだ。ルイースヒェンの為に浄化をして欲しいという物だったが――”悪意”が出て行ったかどうか、この時はまだ分からなかった。
去っていくルイースヒェンの背中に変化はない。”神林”内部だったから”悪意”が見えなかったのか、この時は”悪意”を感じる力が弱かったからなのか。浄化の効果を視る事は出来なかった。
ただただアルツィアは、ルイースヒェンが”悪意”に飲まれない事を、今でも願い続けている。
ブクマ評価誤字報告ありがとうございます!




