第十四話 一か月が経過して……
大和が『特区』に来て一か月が経過した。
雪も降り、寒くなる中でコタツに入り久杉への報告書をまとめるだけの生活……なんてものは当然なく。
各種族にストーブやコタツなどの暖房器具の使い方と危険性を説明し、更に灯油の管理をしなければならない一方、雪を知らないエルフと獣人にあれは何だと叩き起こされ、雪かきなどしたことのない吸血鬼を巻き込んで、雪かきの重要性、必要性を説いてやらせるも、初めての雪の前ではあまりに無力。慣れているドワーフだけが戦力となり雪かきを終える日々。
そんな頼るになるドワーフもついこの間には集合住宅一階の壁を全て壊して鍜治場を作ろうとした。
勿論大和はすぐに止めたが壊れた壁が直るはずもなく、久杉に報告し業者の手配に大忙し。
鍜治場についてもこちらで作ると説得してドワーフを下がらせた。
つまり、大和に休みの日々などなかった。
唯一休めるのは自宅だけ、だった。
「大和殿、蜜柑の補充をお願いする」
「大和兄ちゃん、このゲーム難しい」
この一か月で親密になりすぎたのか、どの種族も当たり前のように大和の家にやってくるようになってしまった。
今はエルフの代表のテレシアと獣人の代表の娘であるナリナがいる。
日が暮れれば吸血鬼の代表のヴァルが姿を現し賑やかになる。
以前まではドワーフの代表のバンダンも来ていたが、鍛冶場の一件で責任を感じているのか最近は大和の家に現れない。
「テレシアさん、蜜柑は向こうの段ボールにあるので自分で補充してください。ナリナちゃん、昔のゲームはそんなものだ。死んで覚えるしかない」
大和は今日も今日とて久杉からの反応が一切返ってこない報告書をまとめながら、招いていない客を適当に相手をする。
それが終われば明日の準備と大和が忙しく動いていると。
「ああ、あんちゃん? カタログの件はどうなったか聞いても大丈夫かい?」
玄関の扉から顔だけを覗かせるバンダンに遭遇した。ややばつの悪そうな顔だが、カタログの話が気になって我慢できずに来てしまった様子。
「鍛冶場の一件で対応が追われているので、少し遅れるかもしれませんねえ? 平穏に過ごしてくれれば早まるかもしれませんが?」
分かった、悪かった。そう言うとバンダンは顔を引っ込めて逃げて行った。
逃げ去るバンダンの背を見送ると同時に、大和は空が夕焼けに染まっていることに気が付いた。
忙しいときは時間が過ぎるのはいつも早い。
そして大和の時間はここ一か月ずっと早いまま。
「ナリナちゃん、ゼブルさんが心配するからもう帰りな」
「ええ~! 家にゲームないのにー」
居座ろうとするナリナを無理矢理立たせて玄関まで運ぶ。
日が暮れたら帰る。それが幼いナリナに決められた門限だ。
わざわざ大和がゼブルに門限というものを教えてまで決めさせたのだ。帰ってもらわないと困る。
文句を垂れ流すナリナを見送り、これで家に残るのはただ一人。
「うふふ、これで二人っきりですね」
出来ればテレシアも早々に帰して一人っきりになりたい大和だが、追い出す口実が見つからずに何もせずにいた。
ナリナのように幼ければ門限だ何だとあるのだが、テレシアはエルフ的にも立派な成人。何より上司である久杉が種族的に駄目な食材などを探るのに丁度良いと判断し、様々な食材を送ってくるので追い出しにくい。
今は海の食材週間であり、牡蠣など少々手の出にくい食材なども送ってくるので、大和としても断りにくい。
何より最大の理由は。
「来たのじゃ、大和殿。おお、盗人エルフではないか。ふてぶてしいのう」
どうせ日が暮れれば吸血鬼のヴァルがやってくるためだ。テレシアを必死に追い出しても別の者が現れるのだから意味がない。
それに二人っきりでは少々気まずいが。
「おや? 何もできない吸血鬼ではありませんか? この間は驚きましたね。魔力がなければ並以下とは」
三人となれば気が楽、というよりテレシアとヴァルの相性が悪いのか、顔を合わせては口喧嘩を繰り返し、大和は何の対応もしないで済むので楽になる。
醜い口喧嘩を無視して、大和は夕食の準備に入る。残念ながら三人分用意しなければならないのだが。
「毎日申し訳ない、大和殿」
「本当にエルフは強欲じゃのう。昼も夜も飯をねだるとは。節度を知らん。ああ、大和殿。いつも感謝しておるのじゃ」
「……そう思うのであれば、もう少し静かに待って頂けると嬉しいです」
顔を合わせれば他にすることがないのかと思うほどに口論の連続。大和自身が相手をすることに比べれば楽ではあるが、作業中に口論を聞かされるのが苦ではないわけではない。
忙しくて一人の時間が取れない今などは特に他人の声が煩わしく感じられる。
「だそうじゃ。常に騒がしいそうじゃよ、テレシア」
「貴女がいなければ静かになると思いますよ? 運動でもしてきては? この間のような無様を晒さぬように」
ぬぐぐ、と顔を突き合わせて睨み合う二人を見て、大和は何も言わずにため息を吐いた。この二人は口論を止める気はない様子。
「先程からこの間、この間と何の話だ」
「ええっと、身体能力調査、でしたか? その話です」
ああ、と大和が思い出したのは雪が降る少し前に行われた全種族合同の身体能力調査。スポーツテストに色々と付け加えたようなもの。
記憶に残っているのは獣人たちの記録。どれもが驚くほど高く、人間の限界を容易に超えていた。
その運動能力全般に大きな記録を残した獣人に対し、ドワーフは力で存在感を示した。砲丸をソフトボールのように投げたのは驚いた。
それに比べると、エルフや吸血鬼はそれほどの記録を出せていない。人間と同じかそれ以下だったはず。
確かに吸血鬼は特に悪かったように思えたが、エルフも……。
どんぐりの背比べ、という言葉が大和の脳裏に浮かんだ。
「あ、そうでした。明日からもそれに似た調査をするので、他の種族の代表にも伝えてくれませんか?」
「うふふ、この間と似た調査だそうですよ? 大丈夫ですか?」
「うぐ……。大和殿、何の調査をするのじゃ?」
「魔力調査です」
久杉から来た非常に難しい指令。
まず、前例がない。だからどのように調査をするのかを自分で決めなければならない。
それに調査と言ってもどこまで調査すればいいのか分からないし、それが正しいのか判断することもできない。
例えば、ヴァルは宙に浮ける。それに魔力を使っているが、魔力を使い自分の身体を浮かせているのと、見えも触れもできない翼を出して飛んでいるでは意味が異なる。
異人に嘘を吐かれても見抜けない。仮に魔力を使わず、手品だったとしても信じるしかない。
そんなことをする者たちではない、と先ほどまでは信じていたが。
「……魔力、調査? そんな、こんな魔力が薄い環境で調査されても……」
「何じゃと。これ以上に醜態を晒せと? 何とか、何とかせねば」
たった一つの言葉で今にも死にそうな顔になり、打開策を探すような姿を見せられては何かするのではないかと、今までの信用が軽く吹き飛んだ。
何もなければ良いのだが。




