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第十三話 異界省局長久杉の思惑

 深夜の異界省局長室に薄暗い光が灯る。

そ局長室には大和から送られてきた『特区』に住む四種族の報告書に目を通す久杉がいた。


はっきり言って、大和の報告書の価値は低い。異人に関する最新の情報は施設から送られてきており、『特区』で行われているのは施設で得られた情報の再確認の意味合いが強い。

だが使い道はある。最新ではないとはいえ、秘匿された情報だ。喉から手が出るほど欲しい者などいくらでもいる。

だからこそ、どのように使うのか考えるためにこんな深夜に報告書に目を通していた久杉だが。


「ふむ」


 読み終えて目を抑えながら利用方法を考える。

 想定外なことに大和の報告書に価値があった。良くも、悪くも。

 エルフやドワーフ、獣人の情報に価値はない。茶が好きだ、酒が好きだなど何の価値もない。

 ただ、吸血鬼についての情報、いやそれに関して書かれたことが見逃せなかった。

 暴走と刑罰。これは良くも、悪くも異界省に大きな影響を与えることになる。


 報告書に書かれている吸血鬼の暴走の可能性については問題ではない。どの種族も暴走の可能性はあるのだ。他の種族よりも可能性は高いのかもしれないが、その程度は想定している。問題なのは暴走という単語が入っていることだ。

 これがもし、異界省を快く思わない者の手に渡ればどうなるか。吸血鬼を危険視している、差別しているなどで攻撃材料となってしまう。

 今は問題ない。しかしいずれ異界省を解体しようと考える者の手に渡ってしまうのは避けたい。あまりに危険だ。

 しかし、暴走後について刑罰。これに施設から届いている情報を組み合わせることで非常に強力な手札となる。


 その情報とは、寿命だ。

 これは自己申告の寿命であり、前の世界での記録だ。こちらの世界でも同じとは限られないが、もし同じだとすれば大きな影響があるだろう。

 例えばエルフの平均寿命は五百年であり、エルフの王族、ハイエルフはその倍を生きるという。

 またドワーフの寿命は三百年程とエルフほどではないがまた長い。

 逆に獣人は六十年程だという。人間よりもやや短いのかと思えば、百年以上生きた個体も居たというので、人間と大差はないのかもしれない。

 

 ここで問題となるのは、人間と異なる寿命を持つ種族を、人間と同じ刑罰で済ませるのか。はっきりと言えば、人を殺し懲役三年となった場合、人間の三年とエルフの三年は同価値なのか。平等なのかという問題だ。

 時間の上では平等だろう。しかし心情ではどうだろうか? 大衆は納得するだろうか。

 では寿命ごとに刑罰を定めれば良い? ありえない答えだ。応報刑論にも教育系論にも反する。人が認める前に、法として認めるわけにはいかない。


 それに問題となるのは刑罰だけではない。例えば社会が進み、エルフが政治家となったとしよう。人間であれば政治家となりどれだけ地盤を固めても歳に負け、四十年が精々の所を、エルフは二百、三百年と続けられる。

 もちろん民主主義だ。選挙に負ける可能性もある。しかし、百年、二百年も政治の舞台に立つ者を降ろすだろうか? そのエルフに失態がない限り、選挙に負ける可能性はほぼないのではないだろうか。

 そしてそんなことが各地で起きれば、国会が他種族の手に渡ることになる。

 では人間のみ、一種族のみが特権階級のように国を動かす? とても先進国とは思えない。

 

 法律も、刑罰も人間だけを想定したもの。寿命の異なる他種族を想定などしていない。今は『特区』や施設にいる異人だが、いずれは一般社会に出てくる。その時には当然、異人に対応した法律、刑罰になっていなければならない。

 それの調整を行わなければならないのは? 法務省だ。


 法律の大幅改革。いや、新たな法律を作るといっても過言ではない。法務省ではこんな一大事業は初めてだろう。責任や重圧の所為で疲弊していく様子が目に浮かぶ。

 ただ、異界省がある限りは共同という名で責任と重圧を半分にできる。異界省に法律の専門家はいないので作業を半分には出来ないが、異人に前の世界での法律を聞くなど分担は出来る。

 故に、法務省は異人を含めた新たな法律を作り終えるまでは異界省の存続を願うだろう。そして新たな法律を作るのに一年、二年程度の時間で足りるはずがなく、施行後の法改正なども視野に居れば十年単位の時間はかかる。

 

 要は情報を与えることで異界省は法務省を仲間に引き込むことが出来る。

 ……法務省程度を仲間に引き込めても影響力は小さいが、味方は多くて困ることはない。まあ、念のために鬼札は隠し持っておく必要があるが。


 鬼札は、吸血鬼だ。吸血鬼は寿命以前の話になるのだ。

 吸血鬼は階級というべきか、分類がありそれぞれ寿命が異なる。


 まず始祖。始まりの吸血鬼。始まり故に唯一の個体であり、老いて死ぬことはなく、殺されたこともないので事実上不老不死である。ただ、始祖は前の世界に居残り世界と共に滅ぶことを選択したため、こちらの世界には来ていない。


 故に考える必要が出てくるのは次の真祖からとなる。始祖の血により吸血鬼となった者を指し、始祖との適性が重要であり、数は一桁しかいないらしい。また、始祖と同じく老いて死ぬことはないが、八百年と千五百年生きた個体が討伐されたことがあるので不死ではない。そして真祖のほとんどは始祖と共に滅ぶ道を選び、こちらの世界に来ている真祖は吸血鬼の代表のヴァル・マールのみである。


 施設にいる吸血鬼も、『特区』に住まう吸血鬼も、真祖のヴァル・マールを除けば一般的な吸血鬼。普通の吸血鬼となる。普通の吸血鬼は今までの始祖や真祖と異なり、寿命は三百年ほど。老いるのではなく体が朽ちて死ぬらしい。

 これだけならまだ良かったのだが、面倒なのは吸血鬼になる条件。

 方法は二つ。真祖から血を与えられ吸血鬼となるか、普通の吸血鬼から血を与えられて半吸血鬼を経てから吸血鬼となるか。

 

 そう、普通の吸血鬼の下がいる。それが半吸血鬼。基本的には人間と変わらないが、日光を浴びれば容易に滅び、寿命も人間と変わらないが老いは止まる。ただ、吸血鬼としての適性があった場合のみ、十年ほどで吸血鬼として覚醒する。適性がなければ、日光を浴びれば滅ぶ人間が出来上がるだけ。

 

 吸血鬼の生態は、法務省にとって酷く悩ましいものとなるだろう。

 まずは真祖。寿命のない者をどう法律で縛るのか。寿命のない者に禁固刑などは意味があるのか。

 そして半吸血鬼。元は人間である。そして吸血鬼への覚醒も本人が感覚で察する者であり、外見的特徴の変化はなし。実に困る。どう扱うべきなのか。

 元は人間だ。しかし半吸血鬼は人間ではなく、吸血鬼に近い。つまり異人寄りだ。吸血鬼の寿命は三百年程だが、半吸血鬼は人間と変わらない。そして半吸血鬼から吸血鬼に覚醒しても自己申告に頼るほかない。

 

 実に大変そうだ、面倒そうだ。おかげで法務省にとって最高の鬼札となってくれる。吸血鬼に対応する法律を考えるだけでそれなりの時間は稼げそうだ。


 大和の報告書の扱い方は決まった。

 報告書の一部を隠して、法務省出向組に見せて意見を聞く。意見の答えはどうでもいい、出向組は確実に法務省に報告書の中身を報告し対策を考えるだろう。そして、対策を考えている間は異界省が無くなっては困るため、守ってくれるだろう。


 異界省は自分の身を守る薄い盾を手に入れた。

特に期待していなかった大和の報告書から望外の成果に久杉は一人微笑む。

久杉は異界省を守るために最終的に全ての省庁といかずとも、半分近くの省庁が異界省に手を出せない状況に持っていきたいのだ。その一歩がこの段階で達成できた。


ただ久杉の元に来るのは良い報告だけではない。

施設からの報告書に目を落としてすぐにシュレッダーにかける。

 大和の報告書と違い、何の価値もない。それ以前に、随分と前から新たな情報が出てきていない。

 何より最も期待し、待ち望んでいる情報に一切の変化がないのだ。


 それは魔力。


 異人のみが持ち、異人にしか使えず、異人にしか認識できない謎の力。

 存在はしている。例えばヴァル・マールが綿毛のように浮かびながら移動出来るのは魔力を使っているため。あれは風を生み出して飛んでいるわけでも、その場の重力だけを減らしているわけでもない。ヴァル・マールだけが現代の科学では説明できない方法で浮かんでいるのだ。

 しかしその魔力が、どんな機材を用いても観測できない。存在しているのは確実なのに、観測はできない。異人に曰く、前の世界に比べれば枯渇に近いほどに魔力がないといわれるこちらの世界だが、あるはずなのだ。魔力が。

 この魔力を観測できれば、利用することが出来れば。世界は大きく変わる。異人の技術も加われば、第二の産業革命が起こってもおかしくないほどに。

 そうなれば、魔力の見つけ出した異界省の影響力は上がり、財務省ですら容易に手が出せなくなる。


 久杉が考える最も安易で、最も影響力を持てる未来なのだが、その全てとなる魔力の観測が成功しない。報告に何の変化もない。

 だが久杉に焦りの様子はない。元よりそんなすぐに成果が出てくるとは考えておらず、手は他にも打ってある。今回の大和の報告書のように、どれかが当たればそれで良い。


 とはいえ、異界省を守る盾ばかりに執着してはいけない。剣の確保も必要となる。

 久杉の夜明けはまだ遠い。


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