鏡の向こう側
もう一人の自分の話。
ある世界、ある有名な名家に一人の男児が生まれた。陽に透けると金色のように見える小麦色の髪と青い目をした男の子。
またとある世界、とある孤児院の前に捨てられた赤ん坊がいた。陽に透かせばキラキラと光る銀髪と青い目をした男の子。
この二人には人には言えない秘密があった。
―――――それは鏡を通して、別の世界のもう一人の自分に会っていること。
今日も違う世界の二人の子供が鏡を見ながら話しかける。他人が見れば普通の鏡、けれど確かに彼らの目にはもう一人の自分が映っている。
*
「っ、からかうな!」
勉強の合間、いつものように鏡にいる俺とそっくりな顔をしたもう一人の俺とのおしゃべり。
『ふふ……、別にからかってないよ。本当に秋穂は可愛いよ』
「……ノエルだって同じような顔してんだから、自分を褒めているようなものだろうが、ナルシストめ」
『おや、じゃあ秋穂は私の顔嫌いなんですか?』
「……嫌いじゃないよ。知ってるだろ」
『ええ、私も秋穂とそっくりなこの顔はとても気に入ってます』
「なんだよ、それ」
ふん、と顔を背ければノエルの笑い声が聞こえてくる。この穏やかで心地良い雰囲気が俺は気に入っている。
ノエルと会ったのは、まだ俺が一歳ぐらいだった。その時のことは余り覚えていないが、母が言うにはその頃から俺は鏡の前でなにがしていたらしいから多分そのころにはノエルと会っていたのだろう。そんな物心付く前から一緒だったため、他人には見えていないというのに気付くのに時間がかかった。あ、少し違うか、ノエルは俺にしか見えないことはなんとなく気付いていたけれど、他の人も鏡を覗けばその人そっくりのもう一人の自分に会えるのだとそう思っていたのだ。まぁ、そのせいで病院に行かされそうになったのは良い思い出だ。
一歳からの付き合いの俺達だが最初からこんな仲が良かった訳じゃない。というより五・六歳まで俺達は会話すら満足に出来なかった。ノエルが住んでいるところと俺のところでは言語が全く違ったためだ。言葉を教えようにも鏡の向こうに相手がいるから何かを書いて渡せるわけじゃない。なんとか二人であいうえ表をつくり、今ではどちらも完璧に話すことができる。
今は十四歳の俺達はこのつい一年程前に反抗期なるものにかかり、かなり仲が悪化していた。大喧嘩の末今では大の仲良しだ。
『秋穂?』
「ん? ああ、ごめん。ちょっと一年前のこと思い出してて」
『……はぁ、あの頃の私なんて思い出さなくていいですよ。むしろ燃やしてやってください』
「えー、やだ」
『これが噂の羞恥プレイですか……』
「だってノエルの本音が聞けた俺の記念日だもん。そして俺の本音を言えた記念日」
『ふふ……、そうですね。秋穂のあの可愛い顔は忘れられません。リンゴのように真っ赤になって涙目になっていた秋穂の顔は、ね』
「……うう、これぞ噂の羞恥プレイ返し」
『本当に、触れられれば押し倒していた自信があります』
「あーあー、聞こえないー」
『早く魔術を完成させますね。完成したら……覚悟してくださいね?』
襲いますから、そう破壊力抜群の色気と笑顔を残してノエルは立ち去って行った。
その後には鏡の前で悶え死んでいる人が一人。つまり俺。
「やばい、やばい、心臓が壊れる。なんで同じ顔でここまで違うかな。て、こんなんで俺あっちに行ってもつのか……?」
中学二年一四歳、秋雨秋穂このままだと死因が悶え死にになりそうです。