第二回
そして今朝も、野山がぽつんと一人でやや大きめのちゃぶ台の前にあぐらをかいて飯を食っていた。六畳間にぽつんと一人いる。周りには箪笥か、布団くらいしかないため、部屋はとても広く見える。縁側へ通じる障子からうっすらと日光が畳と合わさって細長く伸びている。
「よう」と挨拶がわりに英吉は声をかけて朝飯が配置されている前にどすんとあぐらをかいた。何気なく野山の皿をみると、まだあまり減っていない。
「昨夜遅くまで起きていたもんでね」と視線を察したのか、野山が言った。
「そうか。またネットで職探しか?」
「まぁそうだ。中々見つからんもんだよ、まったく」と言って野山は焼き鮭を真ん中で真っ二つに追ってまるごと口にいれて頬張った。口が大きいから容易に入ってしまう。汚い食い方をするのが野山の癖だ。だが、妙に美味そうに食う。英吉はそこが気に入っているため、別に不快に思わない。英吉は味噌汁から手をつけることにした。まだほんのりと湯気がたっている。今朝も婆さんのお節介がこのちゃぶ台の上に現れていた。
「君は相変わらず一定しているね。」と野山が焼き鮭を頬張った口に更に白米を流し込みながら言う。
「うん。特に現状を乱すような事がなかったからね」
「相変わらずの気楽者だ、まったく」
「君はまた今日も外をうろつくのかい?」
「うろつくとは失敬な。君とは違って俺のは職を求めて歩く有意義なうろつきだ。君のようにただ時間を浪費するためだけに歩くそれとは訳が違う」
「それこそ失敬という奴だ。俺は世界を歩いている、世界を堪能している、流れと停滞を堪能している。かなり有意義だと思うが…まぁいいさ」英吉はこの平行線になりそうな無駄な議論が面倒臭くなったため、さっさと飯を食おうと思い、一番手数のかかる焼き鮭を攻略しようと醤油瓶を手に取った。英吉は何にでも醤油をかけたがる男である。
「おい君、何にかけるつもりだ?魚なら辞めとけ。婆さん、どうやら今日は塩をかけすぎたようだ」と言って顔をしかめる真似をした。バリバリと骨まで食っている。彼の魚が置いてあった皿には何一つ残っていない。いつの間にか小鉢や茶碗の料理も消えていた。器用な男だと英吉は思った。
野山は飯を食い終えると「じゃ」と言って二階の自室へと帰った。そして数分間、上でドタバタした後、また降りてきて「じゃ」と言って安下宿から出て行った。英吉は彼がいつもどこで何をしているのかはよく知らないが、職を探していることだけは知っている。だが、毎日のように外に出ていれば自然、職にありつけそうなものだが、それとも彼の要望が高くて相応の職が見つからないのかも知れぬ、などと英吉は考えても仕方がないことに思考を傾けていた。
ぼんやりと骨になった魚を眺めながらそんなことを考えていると、婆さんが入ってきた。「おはようございます。いかがでしたか?えぇ」と微笑を含めて言いながら皿をさげはじめた。「えぇ、美味かったです。」と英吉は取りあえず褒めておいた。柱時計をみると時刻は十時半をいつの間にか過ぎていた。が、特にすることも無いため、暇潰しがてら、英吉は婆さんが皿を運ぶのを手伝った。それからそれが済むと彼は縁側に出てそこで一つ大きな伸びをした。塀が高いため、世間の目をあまり気にせず伸びができる。体全体に日が当たり、その全てが新しく作り変わっていくような気が起こった。日にあたった雑草も思い思いに伸びて生長している。風情を感じた。
英吉がこの安下宿に決めたのは単に破格な家賃に魅了されただけでない。長い築年数、物静かな老婆、古めっかしい様、それら全てを総合して、英吉はここはまるで時間が停止、否、時間から取り残されたような、そんな雰囲気を感じたのである。それらが、英吉の心理を刺激した。そして他とよく見比べる前にもうここに住むと決めてしまったのである。英吉は後悔をしていない。逆に、余計な手間がなくなって助かったと思っている。
伸びをし終えると英吉は自室へと帰った。ふすまを開けると中はかなり暗かった。そこで初めて彼は電気をつけていないことに気付き、電灯のヒモを引っ張ろうかと思ったが、その前に閉じられたカーテンを開けた。一気に日光が侵入して来て、たちまち部屋は明るくなった。部屋は日光特有の柔らかさと暖かさに支配された。英吉はこの感じが気に入り、電灯をつけるのを辞めにした。




