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己立  作者: 夢田浪洋
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第三回

    読者の方へ大切なお知らせ

「己立」の「小説家になろう」での連載は今回で終了することにしました。作品の方向性、クオリティ維持、読者のニーズ等を総合的にふまえた結果です。そして、「カクヨム」に拠点を完全に移し、また第一回から連載し直すことを決意しました。再会時期は未定ですが、近いうちに連載再会する予定です。同名義、同題で連載しますので、続きが気になる方は「カクヨム」で御覧下さい。勝手な変更ですが、よろしくお願いします。

 英吉は窓を全開にして、外の世界を眺めた。風がひゅうっと通り過ぎた。目の前に銀杏の木が一本植わっている。まだ初夏のため、外面的な美しさこそあまり感じられぬが、日の光を透かして光っている青葉などを見れば生命力という内面的な、根本的な美しさは十分感じられる。銀杏の木の向こう側には家が連なっている。銀杏の木の上を見れば青空をすべる真っ白い雲がある。雀が三羽、ピュッピュピュッピュッと鳴いてどこかへ飛んでいった。微かに踏み切りの音が聞こえる。どこかで子供がキャッキャと叫ぶ声が聞こえる。火曜日の午前である。英吉は非常に良い心持ちになった。英吉は外に出てみたくなった。

 階下へ降りて、ぼろぼろの自分のサンダルを履いて英吉は外へ出ようと格子に手をかけようとすると、ガラッと格子が開いた。丸刈りで、顎髭を耳まで伸ばし、鼻眼鏡をした風貌の長谷川が現れた。「おや、お出かけですかな」と愛想よく笑って言う。手にはクーラーボックスと釣り竿を持っている。朝からいなかったのは釣りに行っていたからだろう。

「えぇ。長谷川さんは釣りに行ってらしたんですか?釣れましたか?」

「いやいや駄目だ。六時からはってたんだが、こんのくらいの小魚しか釣れなかった」と言って両手の親指で長さを再現してみせてくれた。およそ五センチ程度である。長谷川は夜勤でどこかの缶詰工場で週四で働いている。なので午前中は疲れていれば寝ているか、元気があるときには時間が許す限り釣りに行くかのいずれかである。この男は、よほど釣りが好きらしい。英吉はこの長谷川の底知れない活力、忍耐力に感心した。英吉には到底できぬ。

 長谷川と別れて外に出ると、ひゅうっと風がまた、一筋吹いた。気持ちの良い風であった。午前であるし、そもそも人通りが少ない閑静な場所にこの安下宿は位置しているため、表は大変すっきりしていた。都会でこのように道の真ん中でぼぅっと突っ立っていれば周囲の人間の注目を浴びて心苦しく、一種の羞恥心が湧くが、ここではそんな心配に頭を回す必要がない。風が吹くたびに立ち止まって風の尾を眺めていても構わないのである。英吉は都会に住んでいながら都会が嫌いであった。

 英吉はぶらぶらと気の向くままに足を歩かせた。路地をぐねぐね曲がったり、細い路地裏を歩いたりして、英吉はやがて、人通りの多い大通りに出てしまった。スーツ姿の疲弊した顔つきのサラリーマン、厚化粧した気難しそうなOL、配送トラック、どこかへ向かう車、客を乗せたタクシー………様々な物体で大通りは蠢いていた。その中でぽつんと英吉は歩道に立っていた。川のまんなかにドンと置かれて、流れを二つに裂く岩のように突っ立っていた。

 ぼぅっとしていると英吉のそばを一人のサラリーマンが通り過ぎた。その時に風がふっと吹いた。が、その風はどこまでも重苦しく、どこまでも影を帯びていた。その尾など、掴んだらグチョグチョに溶けて消えてなくなってしまいそうだ。英吉は不憫に思った。そうして、自分がつくる風にはその様子がないことにほっとして、もと来た道を戻っていった。

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