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【実験】絶望的状況の奴隷にすべてを与えてみたら  作者: 畑渚


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第11話 お披露目

「よし、出来たぞ」


 俺はトルソーに着せたドレスを眺めながら、そう呟いた。


 まったく慣れないことはするもんじゃないな。1週間くらいずっとこれにつきっきりだった。


 もちろんロゼの要求を欠かしたことはない。しかし、すこし遠慮をしているのか、美味しいものが食べたいとか、街で一番人気の本が読みたいとか、控えめな要求ばかりだった。


 まったく、遠慮なんて覚えていては実験に支障をきたすではないか。


 しかしドレスにつきっきりだった俺はそう言うこともできず、ようやくお披露目ができるといったところだ。


「ロゼ!いるか!?」


「はい、ご主人様。なにか御用ですか?」


「できたぞ」


「できた……?」


 おいおい、自分で要求しておきながら忘れたというのか?


「お前が要求したんだろう。『世界一のドレス』を」


「……もしかして自分で作ってたんですか?」


「あたりまえだろう」


「てっきりこの国一の裁縫家とかに頼むのかと」


「まああいつらも良い腕前をしている」


 認めよう。裁縫家たちも良い腕をしていると。


 だが敢えて言おう。俺には敵わない。


 俺には無限の想像力と、それを形にする創造力がある。


「このレベルに至るには数ヶ月……いや、数年はかかるだろうな」


 これは自惚れではない。純然たる事実だ。

 俺の魔法は、この国にある魔法体系に組み込めない複雑性を秘めている。


 この魔法を存分に駆使した一品は、解明すらも不可能な魔法系を練り上げて作られている。


 その高みにあることこそが、このドレスが『世界で最も美しい』所以だ。


「さあ着てみろ」


「……ご主人様、その、今じゃないとダメでしょうか」


「ああ、今着てくれ」


「……わかりました」


 そういってロゼが服を脱ぎだす。


 ああ、そういうことか。ロゼも今や1人の乙女。着替えを見られるのは嫌だということだったか。


「着たら呼んでくれ」


「えっちょっ」


「飲み物でも飲んで待ってるさ」


「こ、細かい調整とか、あるんじゃないんですか!?」


「サイズ調整は完璧だし、自動補正の魔法も組み込まれている。安心しろ」


「なっ」


 唖然としているロゼを後ろに、俺は1階へと降りて冷蔵庫を開く。


 まったく、仕事終えた後のジュースは格別に美味いな。



 しばらく安楽椅子でゆらゆらと揺れていれば、ロゼが控えめな声で俺を呼ぶ。



「どうだサイズは」


「ご主人様……」


 そこには、俺の想像どおりに完璧なドレスを着こなしたロゼがいた。


 創造魔法の良いところは、自分のイメージという不定形が形を成す部分だ。

 創造者として、これ以上に気持ちの良いことはないだろう。


「あの……」


「なんだ、言ってみろ」


「本当にこれが、『世界で最も美しいドレス』なのでしょうか」


 俺はふんぞり返って座っていた椅子から転げ落ちそうになった。


「な、なに……?まさか不満があるのか?」


「い、いえ、素晴らしいドレスだと思います。肌触りも着心地も、素材の見た目も」


「ならば……!」


「しかし、目を引く装飾も、散りばめられた宝石なども、何もありません。これが本当に世界一美しいのでしょうか?」


「な……なるほどな」


「す、すみません。変なこと言いましたよね。とても美しいドレスだと思います」


「本当の美というものが何か、教えてやろうじゃないか」


「へ?」


「予定変更だ。文を出す」


 俺は書斎に戻り、便箋にサラサラと要点だけ書いて、魔法で飛ばす。


 しばらくすると、豪華な便箋が魔法で送られてくる。

 中身を確認した俺は、にやりと笑みを抑えきれなかった。


「あ、あの……ご主人様?」


「喜べロゼ。決戦は、今夜だ」


 そう微笑む俺の手には、王城の夜会の招待状が握られているのだった。



<=>



 その日、王都に激震が走った。


 夜会にかの英雄カインが参加するというのだ。


 重役たちは土産を王都から掻き寄せ、なんとか取り入ろうと気になりそうな話題をいくつも仕入れた。


 令嬢たちは、未婚のカインに嫁ぎ入れるために、いつもより豪華なドレス、装飾品、髪型にも念を入れ、口説き文句を本で勉強した。


 王は、その報告を聞いて笑った。

 王はカインがどんな男かを知っていた。そしてそんな彼が突如として参加するのは、決して政治や婚姻などのためでないことも。

 ただし、王が手塩にかけて育てた娘に、夜会への参加を告げたのは、彼の野心もまだ火が灯っている証だった。



 そして夜会が開かれる。



 そこでいつものように無表情気味で現れたカイン。



 ただしいつもと違うのが一つ。



「ご、ご主人様。皆様から視線が……」


「気にするな、この程度」



 女の付き人を従えていた。


 しかもただの女ではない。



 誰も持たぬような銀髪をゆるく巻き、毛先のひとつに至るまで傷は見当たらない。

 化粧は薄く、しかしその素材を最大限まで引き立てる道具として機能している。

 ボディラインは決して豊満ではなかった。しかし、まるで芸術品であるかのように、白い柔肌は女らしさを引き立てる曲線を描いている。



 そしてなにより、その女が着ているドレスに目が行く。



 深い、夜闇に解けてしまうようなパープルカラーのドレス。

 最低限しかつけていない装飾品は、まるでこれで十分かと言わんばかりの自信を感じさせる。



 ざわりと辺りが騒がしくなる。そのドレスの意匠はこの世界にはないものだからだ。いったい誰がそのドレスを作り上げたのか。何を持ってその色艶を表現しているのか。

 世間知らずな令嬢が呆けている中、賢い人たちはそろばんを弾き始めた。


 あの英雄カインが付き人に着せたドレスだ。

 同じ型というだけでどれだけの金銭が動くことだろうか。


「……一度目だ」


「ご主人様?」


「一度、この観衆がお前を値踏みする」


「……っ」


 ロゼは視線に耐えながら、必死にカインの後を付き従う。

 それはまるで、男の3歩後ろを行く、貞淑な夫人のようにも見えた。


「そして二度目だ」


 ロゼとカインが魔法灯で照らされた明るい室内に完全に入ったとき、カインはロゼにだけそう告げた。


 カインがロゼの肩に手をやる。

 するとそこから、まるで花が開くように、ドレスの色が変わる。


 落ち着きのあった色はどこへやら、咲いた後のドレスは、情熱的なワインレッドで、観衆の目線を釘付けにした。



 数人が倒れる事態にまでなったこの日を、王は笑いながら、花咲事件と名付けた。


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