第10話 書斎にて
「どうした、大丈夫か?」
「は、はい……」
手紙を届けて帰ってくると、約束通り死骸を見ててくれたらしいロゼと目があった。
ロゼはガクガクと生まれたての子鹿のように立ち上がって、「外の空気吸ってきますねぇ」と庭に向ってしまった。
なにかあったのだろうか。
まあいい。とりあえず俺は肩に蜘蛛を担ぎ直し、家を出る。
向かうは、国一番の糸専門のばぁさんのところだ。
ばぁさんは、この国で卸される糸の全てを知り尽くし、そして自らも最高級の糸を仕上げる糸専業の、服飾界隈では知らない人はいないレジェンドの1人だ。
「ばぁさん、いるか?」
「客……じゃないようだね」
街の外れの薄暗い店。部屋を照らす火が一切ないのは火災を恐れてかはわからない。
そこが、ばぁさんの営む服飾店だ。
「これ、処理できねえか」
「ディープケイブスパイダー。またずいぶんと大物を狩ってきたもんだ」
「ちょっと入り用でな。余った分は無償であげるから請け負ってくれねえか」
「はぁ。まったく最近の若モンは価値がわかってないねぇ」
「いや、わかってるつもりだが?」
「わかっておらん。だいたいディープケイブスパイダーが糸師からしてどれほど垂涎のシロモノか」
「おっと長ったらしい説教はまた今度にしてくれ」
ばぁさんの話は歴史があって面白いんだが、とても長い。
ここで長時間拘束されるのは、あまりに退屈だ。
「最速でいつできる?」
「あたし以外に頼む手はないんだね」
「ばぁさんの右に出るものはいないだろ。こと糸作りに関しては」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」
ばぁさんは顔のシワをいっそう深めて、そう笑った。
「明日、だね」
「そんな早くに?他の仕事もあるだろうに」
「都合よく仕事は来てないからね」
ばぁさんが仕事不足?そんなわけがないだろう。
きっと俺に気を使って嘘をついているんだな。
「まあ、ばぁさんが良いってなら、そんじゃ明日取りに来るよ」
「あいよ、待ってるからね」
俺はばぁさんに蜘蛛の死骸を託して、店を出た。
っと看板が傾いてらぁ。らしくないぜばぁさん。
俺は魔法で軽く浮いて、看板をまっすぐに向きを直した。
「よし、今日はこれで帰るか」
俺が去った頃、表に出てきたばぁさんは言った。
「まったく最近の若いモンは……」
まっすぐになった看板を見て、そう言ったらしい。
もちろんそのことを、俺が知ることはなかった。
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ばぁさんから糸を受け取り、その足のまま今度は布を作っている工場へと向かう。
手織りのほうが味が出るとか聞くんだが、そこまで待ってやれるほど俺は忍耐深くない。
「はぁ?ディープケイブスパイダーの糸!?」
「ああ、加工できるか」
「で、できます!」
受付の女の子がそういった瞬間、工場の方から毛むくじゃらの大男が出てきた。クマの獣人か。良い体格をしている。
「できねーよ!」
若い新人さんだったのだろうか。受付の女の子に大男はガミガミと出来ない理由を並べたてて、言い負かしてしまった。
「まってくれ。できないのか?」
「うちでそんな高価なもんは扱えねえ」
「生産機の問題じゃないんだな」
「ああ、うちの生産機なら糸を織るのに問題はねぇ。ただ問題は、その責任を負えないってことだ」
たしかに、ディープケイブスパイダーの糸はとんでもない値段がつくシロモノだ。もし万が一のことがあって弁償となったら、何人の首が飛ぶかわかったもんじゃない。
「わかった。じゃあ話は簡単だ」
「なんだ?」
「俺が作業する。機械だけ貸してくれ」
「そんなことできるわけ……」
「レンタル代は十分払うさ」
そういって金の入った袋をドンとカウンターの上に置いた。
大男はしばらく悩んだのち、その袋に手をかけ、そして中身を一銭たりとも見逃さずに確認した。
「おい、一号機がメンテで止まってただろ。あれを開けろ」
「いいんですか?」
「他ならぬ俺の言葉だ。現場は従うだろ」
どうやらこの大男、それなりの権力者だったようだ。
話が早くて助かる。
「ついでだ。この俺直々に使い方を教えてやろう」
こうして俺と大男のデュエットによる、ディープケイブスパイダーの織布作業が幕を開けたのだった。
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布作りを終えた俺は、さて次はと考えて、ふと足を止める。
そういえばロゼのサイズがわからないな。
目測で作ってあとから入りませんでしたじゃ、ディープケイブスパイダー狩りからやり直しである。
仕方がないので、俺は一旦帰宅することにした。
「帰ったぞ~」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「お、ちょうどよかった」
「はい?」
「ロゼ、ちょっと脱いでくれ」
「……はい?」
「必要なんだ」
「わ、わかりました。ではベッドで……」
「いや、書斎がいい」
「しょ、書斎で!?」
何をそんな驚くことがあるのだろうか。
まあいい。書斎に連れてくか。
なにやらあわあわとしているロゼを米俵のように担ぎ上げ、左手には布を持ち、俺は階段を登っていくのであった。
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ロゼこと私が、優雅に午後のティータイムを楽しんでいたときである。
「帰ったぞ~」
ご主人が帰宅なされた。別に言いつけられたりはしてないが、私は習慣として、いつも彼を出迎えに行く。
「おかえりなさいませご主人様」
彼は、なにやら疲労の色を見せながら、それでも目を煌めかせてそういった。
「ロゼ、ちょっと脱いでくれ」
ああ、とうとうか。
私の心の内の声はそうであった。
そもそもいままでがおかしかったのだ。
自画自賛のようでおかしいが、この見た目の女奴隷を抱えて、秘め事が一つもないなんてありえない話だ。男というのはいつだって、自分の所有物に自分のマークをつけたがるのだから。
「わかりました」
前も言った通り、私は奴隷だ。それがたとえどんなに嫌な行為だろうと、拒否権は存在しない。
「ではベッドで……」
うちのベッドは柔らかい。多少激しくされたところで、衝撃を和らげてくれるだろう。
浴室は嫌だった。前に尊厳を破壊されるまで責め立てられた過去があるから……。
「いや、書斎がいい」
「しょ、書斎で!?」
気は確かか?
書斎には高価な本や大事な書類とかあるのでは!?
むしろそのほうがたぎるという変態さんなのですか!?
あわあわと考えを巡らせていると、ご主人は無理やり私を抱きかかえて、書斎へと入っていってしまった。
ああ、さよなら私の貞操……
この後めちゃくちゃ採寸させられた。




