第9話 世界一のドレス
ドラゴンのテールスープを振る舞ってからというもの、再び退屈な日々を送っていた。
しかし1つ変わったことがある。
ロゼが物を気軽に要求するようになった。
各地の図鑑や、本。ばかりだが、その『勉強』を止めさせるわけにもいかず、俺は次の要求はまだかまだかと待たされることが多くなっていた。
ある日、ロゼは言った。『宝石情報がたくさん乗った図鑑が欲しい』と。
俺はすぐさま鉱石専門の学者を探し出し、その研究成果全てを図鑑にして提出させた。
昔取ってきた魔界の奥特有の鉱石一つで請け負ってくれたから安いもんである。あんな鉱石魔界にいけば無数にあるというのに。
ある日、ロゼは言った。『裁縫について知りたい』と。
俺は王族に掛け合い、お抱えの針子を一人借りて、ロゼに稽古をつけるようにした。
モンスター1体の討伐で請け負ってくれたから安いもんである。まああのレベルのモンスターが王都近くに住みつくというのは聞いたことがなかったが、まあ俺は余裕で倒せるので、特に問題はない。
ある日、ロゼは言った。『国宝級の宝飾品の絵が見たい』と。
別に現物を持ってきてもいいのだが、絵を所望するのならと俺は街一番の絵描きに依頼した。
街外れに大きなアトリエを建ててやったら泣きながら仕事に取り掛かった。魔法で1時間もせずに建てたのに、大袈裟なやつだ。
とまあ、ロゼは何かを知りたがっているようだった。
それが何かは俺には見当もつかない。
しかし、テールスープに勝るインパクトのある要求はなかなか来ないのであった。
「おいロゼ。そろそろ次の要求を」
俺は我慢ができずにそうロゼに尋ねた。
「そうですね……」
ロゼは図鑑を閉じて、少し悩んでいるようだった。
そしてその口角が、ニヤリと笑い吊り上がった。
「この世界で最も美しいドレスが欲しいです」
なるほど、最近の要求は『この世界で最も美しい』の基準を測るための前座だったのか。
「無理でしょうか?」
「無理な理由あるか。よしわかった」
俺は膝に手をついて立ち上がる。
「世界で最も美しいドレスを着せてやろう」
こうして俺は、服飾の道に手を伸ばすことになったのだった。
<=>
さて、まずは『世界で最も美しい』という言葉の真意だ。
美しさなんて、見た人によって異なる不安定な指標に過ぎない。
つまりこの言葉の意味を深堀するなら、誰しもが目に入れて二度見してしまうような、派手さと綺麗さの両立したものというところだろうか。
となると必要となってくるのは、その素材の特異性と、それがひと目でわかる特徴だということだ。
このことに関して、実は1つ見当をつけてる素材がある。
とある洞窟に存在するディープケイブスパイダーの糸だ。
この糸、一見ただの蜘蛛の糸のようだが、詳しく調べてみるとわかる面白い特徴がある。
魔力を当てると繊維が開き、中の色が顕になるのだ。
つまりは、皆の前で花開くかのように色の変わるドレス。それこそが俺の考える、最も人目を引くドレスだ。
もちろん美しさも担保できる。
昔、ディープケイブスパイダーの糸を納品したら、針子から泣いて喜ばれたことがある。それほどに貴重で、加工がしやすく、肌触りや着心地も最高級の一品なのだとか。
となればまずは、必要量のディープケイブスパイダー狩りだな。
俺はいつも通り街の門まで歩くと、そこからディープケイブスパイダーの生息地までひとっ飛びで飛んでいった。
<=>
ふう。帰ってきた。
ディープケイブスパイダーの素材を両手に抱えながら、俺は街の門へと帰ってくる。
「カインの旦那!今度はケイブスパイダーかい?」
「いや、これはディープケイブスパイダーだ」
「なるほど、どおりで知ってるよりもデカいわけだ」
「名前は似てるが全くの別もんだぞ」
「いやはや、無知で申し訳ないねぇ」
「謝ることはない。一般人は見ることすら稀なモンスターだ」
「そうだ、これ、良かったら持っていってくれないかい?どうせあのばぁさんのところに行くんだろう?」
「手紙か……まあいいか、届けてやろう」
「ありがとう。なかなかココから動けたもんじゃないからね」
門兵は、門の近くに住まいを置くことが多い。内地の方までは、なかなか行く機会がないのだろう。
「じゃあよろしく頼んだよ!」
「ああ」
門兵に別れを告げ、家の方へと歩みを進める。
生きゆく人々は俺とその肩の死骸を交互に見て、『いつものことか』と呟いて各々の生活に戻っていく。
「帰ったぞ〜」
「お帰りなさいませ、ご主人……様……」
「ロゼ、1つ頼まれてくれないか」
「な、なんでしょうか」
ロゼは俺の肩に乗った死骸を見つめてそう弱々しく返答した。
「ディープケイブスパイダーの死骸、これ見といてくれないか」
「見、見て?」
「ああ、とどめは差したつもりだが、万が一があるからな」
「い……」
「嫌か」
「う……わ、わかりました……」
「良かった。じゃあよろしくな」
死骸を玄関に下ろし、手紙を手に持って再度家から出ていく。
拒否されるかと思ったが、この大事な任を請け負ってくれてありがたい。
帰りに旨いスイーツでも買って帰るか。
そう考えながら、街の外れで真上に飛び上がり、そのまま屋根の上へ着地する。
実はこの世界の飛脚も愛用する手なのだが、急ぎの荷物のときは道ではなく屋根の上を走るほうがいい。
理由は単純。道を遮る歩行者がいないからだ。
屋根の上を走るのは少しばかり技術がいるが、俺の場合ミスしても空を飛べるので、実質ノーリスクで走れる。
「さて、届けに行くか」
俺は足に力を込めて、屋根を蹴った。
<=>
「ど、どうしよう」
私は目の前の死骸を目に焼き付けるように見つめながら、背筋を流れる冷たい汗に身震いをしていた。
私には戦う力はない。だからこの死骸が、何らかの原因で再び動き出してしまったら最後、最初の犠牲者として墓石に名前を刻まれることになるだろう。
じゃあなぜ断らなかったか?
ご主人の命を拒否する奴隷がいるものですか。
いつだって生殺与奪権はご主人が握っている。一介の奴隷である私に、拒否する権利はない。
しかしそれにしても……。
大体のことなら耐えられる自信があるが、虫、それも特に蜘蛛に至ってはその限りではない。
蜘蛛風呂と言う言葉を字面だけで想像してみてほしい。
私が蜘蛛を嫌うのに、それ以上の理由はいらなかった。
今もなお、死骸の蜘蛛を見て、あれが肌を伝う気色の悪い感触を思い出してしまっている。
「ああ、限界きそう……」
早くご主人帰ってこないかなぁ。
私はその日初めて、ご主人の早い帰宅を心の内で願ったのだった。




