第12話 夜空
「ご主人様」
「ん?なんだ」
「そんな風にしても、何も望みませんからね」
「……それは困る」
ドレスの騒動以来、また退屈な日々が戻ってきてしまっていた。
このままでは実験が滞ってしまう。
しかしだからといって望みを強要すれば、実験の意味を失ってしまう。
「やるせないものだ」
「そうだ。一つ聞きたいことがあるんです」
「なんだ?なんでも言ってみろ」
「ご主人様の……お話が聞いてみたいです」
「……それは望みか?」
「はい。そう言えと言うなら、望みだといいましょう」
「わかった。といってもつまらぬ話だぞ」
「良いんです。私がご主人様のことを知ってみたいだけですから」
「わかった。じゃあそうだな……この世界に来る直前から話そうか」
俺はふつふつと、語り始めた。
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俺はレールの上を走るだけの人生を以前の世界……地球で送っていた。
特に目立った成績も残さず、全てが無難。そのまま中高と実力的に行けるところに進学した。大学進学だけは少し頑張って、ギリギリのところで合格した。しかし大学でも無難さが消えることなく、そのまま卒業、中堅のメーカーに就職した。
仕事がブラックだと思ったことはなかった。むしろホワイトだったとも言える。
来た仕事をこなし、次へと投げる。それだけの日々で残りの人生を過ごした。
そんな俺の転機は、年の離れた弟の不登校だった。
弟は原因不明のまま学校にいけなくなり、高校で留年を余儀なくされた。そんな弟は塞ぎ込んで、親とも顔を合わせなくなっていった。
そんな中である日、俺は弟の趣味の一端を偶然知ることになる。
あの日、弟は小説家になりたいと静かに語った。
悪いことではない。俺は応援すると言った。すると弟は俺にだけその小説の下書きを見せるようになった。
出来栄え?俺は編集者じゃないし、こういった小説を好んで読む人間でもないから、なんとも言えない。でも、まだ素人味を感じるというのが正直な感想だった。
弟は諦めずに書いては見せてを繰り返した。俺は具体的なフィードバックは避け、続きを楽しみにする良い読者を演じた。
その日も俺は、仕事終わりの身体にムチをうって、田舎の実家行き特急列車へ乗り込んだのだった。
事件は起きた。
そして俺は死んだ。
死んだと思ったのに、気がつくと白い部屋の中にいた。
女神を名乗る謎に人物に当たり散らし、思いつく願い全てを無遠慮にぶちまけた。
その女神が、それほどの願い全てを叶える力があるなんて思いもしなかった。
そうして強くてニューゲームしたらなんだ。
俺は望むもの全てを手に入れることができた。
それがひどく退屈であることに気がつくのに、そう時間はかからなった。
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「どうだ、俺の一生はこんなもんだ」
「……愛していたのですね。弟さんを」
「愛?といわれるとなんか気持ち悪いな。まあでも家族愛とかそういうことなのかな」
「愛ですよ。羨ましいです」
聞くところによると、ロゼは親の顔さえ知らぬうちに売り飛ばされ、奴隷として生活してきたことしかないらしい。兄弟の有無すら、彼女には知らされていない。
「愛ね……そんないいものでもないさ」
これだけ生きてると、愛の裏側を知る機会もたくさんあった。
その点、この世界の婚姻は愛ではなく実利に基づく合理的な判断の集まりで面白く感じていた。
「いずれ私が愛を知ったら、ご主人様はその相手すらも私にくれるのですか?」
「洗脳は専門外だが、まあやれないことはないだろう。与えてみせるさ」
「そうですか」
ふふっといたずらそうにロゼは笑った。
「そうだ、一つお願いがあります、ご主人様」
「なんだ?」
「星を、綺麗な星をみたいです」
「なんだそんなことか」
話し込んですでに夜も遅い。しかも今日は新月と来た。
「よし、捕まれ」
「は、はい?」
がしっとロゼを捕まえて、ベランダから外に飛び出す。
ぐんぐんと街から離れていき、やがて人が生活していないような、静かな丘に着地する。
「どうだ。ここが、この世界で一番綺麗に星が見える場所だ」
「……すごいです」
思わず口数がすくなってしまうくらいの、絶景がそこには広がっていた。
灯りや月に邪魔されない満点の星空は、筆舌し難いほどに美しい。
「もし、私があの星を手に入れることを望んだら、ご主人様は取ってきてくれますか?」
「無理だな」
「無理……ですか」
「星の熱にお前が耐えきれないからな。というかこの地が滅んでしまう。それでも望むか?」
「あくまで例えのつもりです」
「そうか。俺もこの世界を滅ぼすのは本意ではないからな」
「聞いた私がバカでした」
くしゅん
ロゼが小さくくしゃみをした。
「すまない、寒かったか。今ローブを創って……」
ロゼは創造魔法を詠唱しようとする俺の手を掴んで、無理やり詠唱を止めさせた。
「いえ、これでいいです」
そういってロゼは俺のマントの中へと潜り込んだ。
人肌の温もりを俺自身も感じる。なるほどたしかに、これだと寒くはないのかもしれない。
「しかしいいのか。どんな上着でも創ってあげられるというのに」
「まったく……いいんです、これで。これが、いいんです」
そうしてそのまま、2人きりでしばらく星を眺めたのだった。
言葉はこれ以上いらない。ロゼの気が済むまで、俺はロゼと温もりを分け合ったのだった。




